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042.世界


「やぁね、骸骨ジジィ。せっかくワタシが良いところ見せようとしてたのに! 無粋なんだから!!」

「かかか。男女のさがなど、とうの昔に忘れたわ」


 目の前で軽口をたたき合う二人。だが、その言葉通りの余裕は一切感じられなかった。

 リボンちゃんも賢者様が、自分の持つ魔力を最大限まで高めようとしているが、それでも天使の少女には届いていない。


「……」


 それは天使も分かっているんだろう。

 攻撃を仕掛けてくることなく、余裕をもって待ち構えている。


「ふむ。舐められたものよな」

「ホントね。じゃあ、あの子に教えてやろうかしら。追い詰められた獲物の恐ろしさを……!!」


 二人は図ったわけでもなく、自然と同じタイミングで踏みだした。瞬間――


「はい、ストップ!」


 俺は二人の肩に手を置き、動きを止める。


「な、何を!? 聖皇様、早く行かれなさい!」

「ご、ご主人様!? なんで?」


 慌てる二人を無理矢理俺の後ろに引っ張り下げる。

 恋唄もすぐさま二人の手を取り、動かないようにしていた。


「俺たちに、シリアスは似合わないっしょ!」


 何か強敵が現れて激戦を期待させている感じだけど、そんなことにはならないしさせない。

 誰かのために犠牲になるとか、一番いらない展開だ。


 俺はみんな仲良く――俺の仲間達限定という但し書きはつくが――ハッピーになっていきたいわけだよ。


「だから、パパッと終わらす」

「――?」


 少女が不思議そうに、こてんと首を傾げた。

 自分を攻撃してこようとする相手が二転三転すれば、それは確かに『何してんだ』と思っても仕方ない。


 でもな。

 それは悪手だ。

 隙があれば全力で仕留めに行かなければいけない。


 それが自分より格上の相手(・・・・・・・・・・)なら、なおさらに。


「――【絶対者の世界エンペラーズ・ワールド】」


 俺の魔術が、世界を止めた。

 木の揺らめき、爆風の余波、熱と光の残滓、ざわめき、そしてそこに存在する全て。


 比喩表現ではない、圧倒的な現実。

 時空魔術の行き着く先。一つのゴールだがその実現には大きな魔力が必要となる。


 身体の中からごっそりと何かが抜けた感覚。これが魔力が抜ける感覚か。


「……ふぅ」


 ふらつく身体を無理矢理に動かす。

 驚いた顔で止まっているリボンちゃんや賢者様、そしていつでも凜々しい恋唄を背に、跳躍。


 首を傾けたままの姿勢で制止している天使の前に立ち、そっとおでこに手を添えた。


「ごめんな」


 膨大な魔力を一気に吸い上げる。

 掌から熱い魔力が奔流となって俺の中に流れてくる。


 【魔力操作】、【魔力譲渡】の複合技だ。

 接触している相手の魔力を自分のモノとする。本来は相手の同意がなければ意味をなさないものだが、意識がなければ強制的に同意されたとみなされるようだ。


 もし万一事前に抵抗術式を構築していたとしても、それを上回る魔力や行使力があれば突破も可能だ。


 あっという間に少女の内包魔力は尽き、代わりに俺の魔力はほぼ全回復したようだ。

 少女のもっている魔力は、時を止める魔術一回分くらいの容量だったということか。


 この時を止める力は、燃費が悪すぎる。

 一回止めるのに莫大な魔力を使うのに、止められている時間はほんの僅かだ。連発も難しい。


 でも一度止めてしまえば、同じような力をもつ相手が出てこない限り無敵といえる。

 そんな力を出し惜しみなく使って良いものかと思わないでもないが、俺は安全に楽しく幸せなスローライフを送りたいのだ。


 使えるモノは何でも使う。それが貰ったものであれ自分で得たものであれ、関係ない。


「――時は動き出す」


 魔術の解除。同時に世界が音と光を取り戻した。

 魔力がからっぽになった天使の少女が、電池の切れたロボットのように崩れ落ちる。

 上空から落とすのも可哀想なので、ゆっくりと降りられるように結界を張ってあげた。


 同時に、少女が意識を失ったことで木洩日に張っていた結界も解かれたようだ。くぐもった悲鳴を上げながら落下していく木洩日にも同じ結界を張り、みんなの所に俺も降り立った。


「え? ん? なんで? 何が? どうしたっていうのよぉ!?」


 リボンちゃんの絶叫が響き渡る。

 俺が飛び出したかと思えば、天使ちゃんは力尽きて落下中。一瞬で全てが終わっていたのだ。

 確かに悲鳴を上げたくなる気持ちも分かる。


「……一体何が?」

「ちょっとね。時間を止めてみました」

「……かっ、かかかっ!! まさか【時の支配(クロノス・マスター)】とは……!! 儂の想像をいつも簡単に超えて行かれる!」


 賢者様が一瞬呆けたものの、大笑いしながら降りてきた木洩日の側に寄っていった。


「ならば、儂も聖皇様の配下として恥じない働きをせねばなりませぬな。この少女の封呪、確実に解きましょう」

「賢者様、ありがとうございます!」


 恋唄も賢者様の後を追っていく。友達の様子が心配なんだろう。

 天使の少女も鳴島も意識を失っていることで、さしあたって危険もないだろうから賢者様もそばにいることを了承したみたいだ。


「んもっ!! 骸骨ジジィばっかり良い格好してズルいわ!! ワタシも……そうね! この子をミンチにしたら良いかしら!?」


 リボンちゃんがそう言って、気絶している鳴島を脚から持ち上げた。

 ぶらんぶらんと揺れながら呻く鳴島。


「いや、止めてあげてっ!!」


 さすがにそんなスプラッターな展開は見たくないぞ!!

 もうっとつまらなさそうな不満顔になったリボンちゃんは、えいやっと無造作にパンツの中に手を突っ込む。


 そこから自慢の糸を取り出し、それでくるくるっと鳴島を巻き縛った。絶対嫌だわ、あれは。

 あの糸、細いくせに強度が半端ないから、鳴島でも破ることは無理だろう。


 そのままそっちはリボンちゃんに任せ、俺は天使の少女の元に向かう。

 【天屍】と呼ばれた天使みたいな少女。


 神々の遺物である神代宝具アーティファクト。その一つであるという戦闘兵器【天屍】。

 少女が放つ魔力を見れば、その大層な呼び名もあながち大袈裟ではないと思うが、それでもこんな可愛く小さい少女が兵器っていうのは信じられなかった。


 ……少女も自分が兵器と言われたら、平気ではいられないだろう。

 うぷぷと、最高のダジャレをセルフで笑うのを我慢しながら少女に少しだけ魔力を譲渡した。


 掌から降り注ぐ七色の光。

 これが俺の魔力だ。


 ちなみに魔力の色はその人その人で違う。基本は自分の得意としている属性に沿った色になりやすい。例えば賢者様は闇属性が得意だから黒色に近い魔力の色出し、リボンちゃんは情熱の赤色だ。


 まぁ、これはあくまで傾向であって絶対の法則ではないが、その人の魔力の色を"見る"ことで、ある程度得意なところや力量は測れる。


「……ん」


 小さな声が漏れ、少女の瞼がゆっくりと開いた。くりくりの瞳は元の色に戻っている。

 どうやらジェノサイドモードとかいう恐ろしげな戦闘モードは終わっているようだ。


「――再起動確認。魔力消失のため記録消去メモリーリセット処置が行われました。隷属情報も消去されています」

「ん?」


 今、聞いてはいけない言葉が聞こえたような……。

 まさか俺のせいでこの子の記憶、全部なくなっちゃった!?


「隷属情報を登録してください」

「んんっ?」


 起き上がってきた少女は、大きな瞳で俺を直視してくる。

 うおっ、なんだこの美少女からの熱い眼差しは!?


 やめてっ! 俺の対可愛い子耐性はめっちゃ低いのよ!?

 というか、瞬きもせずじっと見つめられると、恥ずかしいと言うより怖い。


「――隷属登録マスターレジスト。一位はこの子、月詠つくよみ恋唄。二位はわたし。三位はそこの男の人、柴田先生で、お願いします」


 無垢な眼差しに身悶えていたら、隣から声がかかった。

 見れば拘束具がやっと外れたのか、赤くなった手首をさすりながら木洩日が近づいてきていた。


 目元や口元にもアザが残っているが、大きな怪我はなさそうだ。

 木洩日の横にいる恋唄も、後ろをついてくる賢者様も満足げだった。


「月詠恋唄を隷属一位グランド・マスターとして登録。成功。

 木洩日陽咲を隷属二位として登録。成功。

 柴田浩之を隷属三位として登録。……否定ネガティブ。登録名柴田浩之は既に創造者オリジンとして登録されています」

「えっ!? 何それ!?」


 俺と木洩日の驚きの声が、見事にハーモニーを奏でた。

 俺、何かしました?

この作品は、多分のんびりファンタジーです。


読んでいただきありがとうございます。

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