041.激闘の予感
苦悶の声を上げながら、マッスルオカマに組み伏せられている鳴島。
その表情は痛み三割、屈辱七割でブレンドされていた。
「賢者様、その子の封呪ってやつは取れそう?」
「そうですな。元々封呪とは呪術の一種でしてな。術者本人がいないと解呪は難しいものがあるのですよ」
「そうなんですね。でも賢者様なら大丈夫でしょ?」
「かかか。聖皇様にそこまで言われたら、この老体に鞭打つしかありませぬな。五分。五分あれば解いてみせましょう」
「さすが賢者様。お願いします!」
骸骨に鞭打っても効果はなさそうな気がしないでもないが、そこは気にしたら負けなんだろう。
「ば、バカなッ!? あいつがかけた呪術だぞ!? そんな簡単に……!!」
「もうっ! アンタはこっち。余所見しないの!!」
賢者様が木洩日の拘束具に魔術アプローチをかけ始めたのを見て、さらに藻掻こうとする鳴島。
それを強靱な筋肉で上手く抑えつけるリボンちゃん。頼りになる筋肉だ。
「お、お前!! 柴田!! 魔族に寝返ったのか!? 裏切り者!!」
「いや、寝返るも何も……最初からどこに対しても敵対も味方もしてないだろ、俺たち」
……いや、帝国と一部の生徒達には敵対してるか。
口の端に泡を溜めながら叫ぶ鳴島に応えながらも、ふと思った。
というか魔族と帝国は本当に対立しているのか?
帝国の対外的な戦力のために俺たちを召喚したんだと思っていたけど……。
「馬鹿かお前は!? アンジェラ様に逆らうヤツはみんな敵だろ!?」
「そもそも、そのアンジェラってヤツ自体が信頼できないヤツじゃないか」
「おまっ!? ふざけんな!! アンジェラ様になんて不敬な!? 死ね、マジで死ね!! うぐっ!?」
ここまで取り乱すように吠える鳴島を見ていると、あの王女から離れれば【具現の輪】の効果が薄れるっていう話は眉唾に思えてくる。
「もうやぁねぇ。ご主人様に向かってその口の利き方は……殺すぞ」
「ひぃ!?」
リボンちゃん、言葉の最後が野太いオッサンのダミ声になってしまってるよ。
「いいよ、リボンちゃん。鳴島、教えてくれ。みんなは無事なのか?」
「……ああ。それぞれの恩恵に合った部署に配属されて、いろいろやってるよ」
「そっか。それは良かった」
なんだかんだ言っても俺のクラスの生徒だ。死んでるとか殺されたとか言われたらショックだ。
まぁ英雄とか狗奈山とかは、正直どうなっていても構わないが。
「そういえば、お前はなんで世界樹に来たんだ? 世界樹が目当てなのか?」
「世界樹? ああ、あの巨大樹か。確かに帝国中が大騒ぎしてたけど、そんなのは関係ねー」
「んじゃ、どうして?」
「……さっきも言ったけどな。アンジェラ様はとにかく月詠を探してるんだよ。
オレはあの神代宝具が探索機能を持っているってことを木洩日から聞いていたからな。アンジェラ様のために月詠を見つけてやろうと思っていた。
最初試したときは見つからなかったが、昨日改めて試してみたら見つけたってわけさ」
昨日……。世界樹の結界が壊れたことが原因か?
「それでここまで来たって訳か。よく辿り着けたな……」
「オレはそこらのヤツらとは違うんだよ!! なぁ、なんでオレがこんなに素直に喋ると思う?」
「うん?」
「それはな! いつでもお前らを殺せるからだよッ!!」
鳴島が力を込め、叫ぶ。
しかし何も起こらなかった。なんとも言えない空気になってしまう。
「え……あ……な、なんで? なんで瞬間移動出来ない!?」
「させるわけないだろ。お前に【瞬間移動】のスキルがあることは分かってたから、お前の周囲だけ位相の固定はしてあるよ」
俺も転移魔術は使えるから、魔術の構成はよく分かっている。そこから逆算すれば、位相を固定し転移できなくする結界を張ることも容易だ。
「クソっ……そっちもお見通しってわけかよ!? なんなんだよ、お前は!?」
「先生に向かって『お前』っていうの止めたら教えてあげるわ」
【神眼】スキルは、相手のもつ恩恵やスキルも簡単に見抜いてくれる。
鳴島がもつ恩恵は【植死】と【短距離転移】。そこから派生したスキルが【死の刻印】と【瞬間移動】という二つのスキルだった。
【瞬間移動】はともかく、【死の刻印】というスキルの内容までは分からないが、名前からして不穏過ぎる。
「なぁ、柴田……先生。助けてくれよ! 俺たち生徒だろ!? 先生が生徒を殺しても良いのかよ!?」
「……ここにはお前らだけで来たの?」
「あ、ああっ!! 手柄を他のヤツに渡すわけにはいかないだろっ!?」
そうか。ということは、俺たちのいる場所があの王女にバレている訳ではないんだな。
「なぁ、もういいだろ!? ちゃんと聞かれたことには喋った!! もう月詠を狙うことはしない!! お前らのことも話さない!
だから放してくれよ!! オレだけでも良いからさぁ!!」
「……お前、最悪だな。そもそも俺を殺そうとしといて、よくそんなことが言えるよな?」
少なくとも木洩日は率先して攻撃してこようとはしていなかった。
「クソクソクソクソクソ……クソガァッ!! 格好付けやがって!! 最後のチャンスだ! オレを解放しろ!!」
なぜかここに来ての上から目線に戸惑う。
自分の置かれた状況が分かっていないのか。それとも――。
鳴島を抑えつけているリボンちゃんも、突然の咆哮に困惑顔だ。
「はは……はははっ!! いいさ、やってやる!! おい!! 【天屍】!! オレは木洩日を殺すぞォ!!」
その叫びが切っ掛けだった。
「ぬぉっ!?」
バチン、と破裂音が響き、木洩日と少女を捕らえていた賢者様の魔力が無理矢理弾かれる。
木洩日の封呪を無理矢理解こうとしていた反動か、賢者様の両手が粉々に砕けてしまった。
だが、両手のローブの中から銀色の魔方陣が生まれ、すぐさま修復される。さすが不死者の王だ。
「こ、こやつっ!? まさか――」
しかし賢者様は焦った様子で、木洩日と少女から即座に距離を取る。同時にリボンちゃんも鳴島を抱えたまま跳ねるように木洩日達から間合いをあけた。もちろん俺も恋唄を抱きかかえて、数十メートルほど下がった。
「……保護プログラム発動。モード【ジェノサイド】起動」
「んー!? んー!!」
人形のような少女の瞳が朱く染まっている。小さなつぶやきとともに、少女の身体は少しずつ浮かび上がっていた。
必死に何かを伝えるように叫ぼうとする木洩日だが、封呪のせいで分からない。
叫んでいる木洩日の周りに薄いシャボン玉のような膜が張られ、少女の後ろ側にふよふよと浮かび流れていった。拘束されている手で膜を叩いているが、ビクともしていない。
あれは結界の一種、か。どうやら防御結界を少女が張ったようだ。
「ま、まずいわよ、アレ!?」
「聖皇様、あやつは【天屍】。まさかこの時代に残っているとは思いませんでしたが……神代の戦闘兵器――神の依り代ですぞ!!」
俺たちの側に賢者様とリボンちゃんが戻ってくる。
言われなくてもヤバさはひしひしと伝わってきていた。
天屍と呼ばれた少女から漏れ出る魔力はどんどん高まっていき、少女の周りの空間をも歪ませている。
「ははっ、ははははっ!! やっちまったなぁ!! ああなったらもう止められねぇ!! オレもお前らも全滅だぁ!!」
「なに勝手に終わらせてくれてるのよ!!」
リボンちゃんが怒りの鉄拳を鳴島に放つ。ドゴンというどうやれば身体からそんな音が出るんだという音を響かせ、鳴島は意識をなくしていた。
……死んでないよな?
だが、目の前の少女に集中したい今、鳴島に気を遣わなくて良いのは助かる。ナイスだリボンちゃん。
「……モード移行完了」
少女はまさに天使だった。
光る金色の髪。朱い瞳。内包している圧倒的な魔力。そして少女の頭上には金色の魔方陣が、まるで天使の輪のようにくるくると回っている。
「……標的、五つ」
軽く少女が腕を振るう。
金色の光の筋がレーザーのように放たれる。それが五つ。的確に俺たちを狙った攻撃だ。
「くっ!?」
慌てて、レーザーの軌跡に沿わせ魔力弾を発射。
レーザーを消滅させるつもりで放った攻撃は、なんとかレーザーの進路を変えただけだった。
森の方へ着弾したレーザーは巨大な爆発を引き起こした。
一瞬でここまで来た衝撃波が身体を揺らす。
どうやら思っている以上に相手の攻撃力は高いらしい。
「賢者様、アイツはどうやったら止まるの!? 話は通じる!?」
「最早あやつは兵器。話し合いに応じることなどありますまい! あやつの莫大な魔力が尽きるまで、儂らを殲滅せんと攻撃を仕掛けてくるでしょう」
余裕のない声を絞り出す賢者様。ここまで焦っている姿を初めて見た。
それほど相手が強力だということか。
「……ご主人様。ワタシが時間を稼ぐわ。その間に逃げてっ」
「かかか。まさかお主と同じ考えになるとはな。聖皇様、コウタ殿を連れて世界樹へ向かいなされ。あやつは神の兵器。上位の神格をもつモノには攻撃できますまい」
ざっと、俺たちの前に躍り出るリボンちゃんと賢者様。
まさか、俺たちを守るために犠牲になるつもりか!?
ということでクライマックスです。
激闘の予感。
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