037.深淵の大森林
俺と恋唄の家には大きなリビングがあり、そこの一部は畳を敷いた和室テイストになっている。
そこに座るのが俺と恋唄、賢者様に新入りのオネエ系オッサン改めリボンちゃんだ。ちなみにリボンちゃんはもちろん人間形態になっている。大蜘蛛のままなら確実に家が破壊されていただろう。
お隣さんのエルフ姉妹は朝からダンジョン内にあるエルフ一族の森の両親のところに帰っていたから、今日はいない。
「さて。由々しき事態でございます」
賢者様が姿勢を正し、真面目な口調で話し始めた。
眼窩の炎が朱く揺らめいている。
「なによぉ、そんな怖い雰囲気しちゃって」
リボンちゃんは着せられた服の感触が気にくわないのか、襟元を引っ張りながら口をとんがらせていた。
服を引っ張るから、バッキバッキに割れている腹筋がチラチラ見えることになるが、全然嬉しくない光景だ。
「黙れ、馬鹿者。貴様のせいで大問題になったというのに」
「何があったんですか?」
熱いお茶の入った湯飲みに、ふーふーと息を吹きかけながら恋唄が尋ねる。ああ、俺はその湯飲みになりたいぞ。
「先ほど此奴が壊したあの結界……あれは巨大で広大な世界樹を世界から隠しながらも、魔力元素は世界へと届けることができるという――ある意味、世界の理に直接介入する超大規模な結界だったのです。
それが壊れた今、おそらく世界中の者がこの世界樹に気づき、実際に見ているはずです」
「もぅ! それが何の問題っていうのよぉ!?」
リボンちゃんがぶりぶり怒りながら言うが、全然可愛くない。
「分からぬか? 世界樹は魔力元素を生みつくる、まさに世界をつくる神樹である。その力は強大にして無限。世界樹を手にすることは、世界を手にすることと同義」
「要は、その力を手に入れようとする奴が出てくると?」
「ええ。まさにその通りでございます、聖皇様」
そんな凄い樹だったのか。
さすが世界樹という名を冠するだけはある。
「なら、もう一回張り直せばいいだけじゃない!! 骸骨ジジィの力なら楽勝でしょ!?」
「……あの結界は、魔術ランクで言えば第十階梯。神の力そのものと言っても過言ではない」
「だっ、第十階梯ですって!?」
ちなみに魔術における階梯とは、簡単に言ってしまえば魔術行使や威力を総合的に勘案したランクみたいなモノだ。
初歩魔術レベルである第一階梯から神の御業とも呼ばれる第十階梯までのランクがつけられるが、それぞれのランクの壁は数字の差以上にとてつもなく大きい。
「亜神と呼ばれる儂ですら、数百年に一度ある九つの星が並んだ際に発生する莫大な魔力を用いて作り上げるのがやっとだったのだぞ」
惑星直列やグランドクロスってやつだな。
地球でも同じようなことがつい最近あったが、特に何も起こらず過ぎ去っていってしまった。
星の並びは占星術とかで吉凶を占う際によく使われると聞いたことがあるが、それで何か事件が起こったという話は聞いたことがない。
ノストラダムスの大予言とか超常現象を題材にするマンガとか、子どものことは怖いと思っていたなぁ。
「それはまた……半端ないわね……」
「再度結界をつくるのは難しいんですか?」
「そうですな……儂の星詠みが正しければ、後283年は待たなければ難しいかと……」
恋唄の質問に、超具体的な年数で答える賢者様。
その星詠みってやつには結構な精度がありそうな感じだ。
「でも、ぶっちゃけ、この【深淵の大森林】に好き好んで来る奴っているのかしら?」
リボンちゃんが思い出したようにぽつりと漏らす。
なんだその闇の迷宮みたいな名前の森は?
どうやら賢者様も同じ感想を抱いたようで、心外だとばかりに口を返す。
「深淵の大森林? 何じゃその不穏な名前は? ここには世界樹の森という神聖な名があるというのに」
「だって外からは世界樹なんて見えないじゃない。あるのは強大な魔物の住まう迷宮のような深い森だけ。
そりゃみんなそう言うわよ」
「そ、そんな……」
なるほど。
確かにそれはそうかもしれない。
俺たちの感覚で言えば、好き好んで富士の樹海に入ろうとする奴がいない感じか。
「引きこもってないでたまには外の世界も気にしたら? そんなんだから骸骨になっちゃうのよん」
「……この姿は元々よ。ならば世界樹の魅力と森への恐怖。そのバランスにさえ気を配れば、しばらくはなんとかなるか……」
「俺はよく分からないんだけど、この森の魔物の強さと人間の強さを比べたらどんな感じなの?」
正直、この世界に来てからほぼこの森で過ごしているわけだから、森の外の状況はほとんど分からない。
先日王都に行ったときにはこれといって強そうな気配を感じなかったが、それでもいくらか"できそう"な気配はあったし、そもそも滞在時間も短いから全てが分かった訳ではない。
「そうねぇ。人間共が好き好んで使う"ランク"風に言うなら、森の魔物がAランク。戦闘に特化した人間共の平均が――これは種別関係無しね――Cランクってとこかしらね。もちろん中にはレアなスキルでAランク、もしくはSランクに迫る稀少個体もいるにはいるわ」
言い方的にはSが一番強くてABCと下がっていくほど弱いってことか。
「もちろんワタシはSSSランクね。認めたくないけどそこの骸骨ジジィも同ランクに認めてやるわ」
「かかか。ずいぶんと範囲の広いSSSランクだのう」
「うるさいわねっ!! で、ご主人様はもうランクの範疇に入れられないわね」
なんだよ、その人外みたいな感じの意見は。
というかSSSランクとかのキーワードが出てくると、ちょっとチープな感じがして恥ずかしくなってくる。
「でもCランクとはいえ、群になって責めてきたら不味くない? やっぱり数は力って俺の世界でもよく言われているよ」
「大丈夫よん。ランクの差を覆すことは難しいわ!」
「かかか。かつての人間共のパーティーに辛酸を舐めさせられたモノの意見とは思えぬな」
「う、うるさいわね! あのときはお腹が空いて元気が出なかっただけなのよ!!」
どこの子ども向けヒーローなんだ、お前は。
俺の疑惑の視線に気づいたのか、リボンちゃんは慌てて声を張り上げた。
「ま、まぁ任せてよっ!! こうなった責任はワタシにもほんの少しはありそうだからぁ? もし誰か来たらワタシが確実に滅するわ!」
「10割貴様のせいだがな」
口ではそう言っているが、責任はきっちり感じているんだろう。
だから賢者様もそこまで強く責めるようなことはしていなかった。
「は、ははは。まぁ結界の構築が難しい以上、何か起こってから対処していくしかないよね」
「聖皇様にはご迷惑をおかけしますが……」
「まぁ気にしないで!! 一応俺の方でも対応は考えてみるよ!」
俺が一番恐れることは恋唄の身に何か起こることだ。
魔術による攻撃には無敵とはいえ、逆に物理的な攻撃には普通の女子高生の耐久性しかない。
言ってしまえばそこらの魔物の一撃ですら即死レベルなんだ。
物理的な攻撃や万が一の誘拐、拉致などに対処する方法にいくつか心当たりはあったので、まずはそれで対応しておくか。
「先生、いつも守ってくれてありがとう」
恋唄のことを考えていたためか、自然と視線が彼女の方に行っていたようだ。
申し訳なさそうな微笑みでお礼を言ってくる。そんなに気にすることないのにな。
「っ! これが乙女の為せる技ってことね……ッ!!」
そんな恋唄を見て何かに気づいたようなリボンちゃんは、突然呻き始めた。
「こ、怖いわっ! ご主人様! ワタシも敵が来ることが怖いっ!!」
およよ、ともたれかかってくる。
いや、アンタさっき「ワタシに任せなさい」的なことを言っていたじゃないか。
というよりむしろ、よたれかかってきているアンタが怖いわ。
「さて。では儂も対処法を探るとしましょうか」
「私は子リボンちゃん達から貰った糸で何かできないか、エルフさん達と相談してくるね」
そう言って席を立つ二人。
いや、ちょっと待って。置いていかないで!?
俺の貞操の危機なんですが……!!
そんな俺の必死の想いは届かず、二人はそそくさと家から出て行ってしまった……。
「およよ……ああ、こんな時に守ってくれるワタシの王子様が、どこかにいないかしらぁ」
「そんな人ここにはいません! あっ!!」
俺も逃げようとしたのに、がっしりと手を捕まれていて身動きが取れない。
「うふふっ! 待ってよ、ワタシの王子様っ」
いやああああああああああああああ!?
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