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036.リボンちゃん


「って、何をしてるんだよ! ていうかお前はいったい何なんだよっ!?」

「もぅ、ご主人様ったら。さっき骸骨ジジィが言ってたじゃない。ワタシは鬼神闇蜘蛛デミ・ブラックデーモンスパイダー。名前はまだない」


 どこの文豪のフレーズをパクってんだよ。


「じゃあさっきの大蜘蛛がお前ってこと?」

「そう。この姿は人化の術を使った仮初めの姿。鬼神闇蜘蛛デミ・ブラックデーモンスパイダーの名に恥じない、美しき乙女の姿でしょう?」

「あ、ああ……うん……そだね……」


 どうやら種族が違えば美的感覚も違うようだ。うん、そうに違いない。

 この辺の話題を続けると嫌な想いしかしそうにないので、そういうことで納得しておこう。


「どうかしら? この姿なら側にいても問題ないでしょ?」

「……いや、もう問題だらけどいいや。暴れないって約束してくれるなら、ここにいて良いよ……というか、そもそも世界樹ここは俺のモノじゃないから、皆に迷惑かけなければ自由にいていいんですよね、賢者様?」

「聖皇様のご随意に」

「いやぁん、ありがとうっ! さすがワタシのご主人様、優しいわね!!」


 賢者様はあまり関わり合いたくないのか、数歩下がった位置から見守る姿勢になっている。

 この危機対応能力が羨ましい。


「んじゃぁ、ちょっと待っててねぇ!! ――ふんっ!!」


 一際オッサン臭い気合いの入った声と共に、巨躯が跳躍。一瞬で世界樹まで跳んでいった。

 そして再び戻ってきたときには、世界樹の枝――とは言っても、そこらの大木より立派な大樹だ――を抱えていた。


 幹の太さが半径数十メートルはありそうな大樹を軽々持ち上げ、さらにはジャンプしてくる光景。それが俺にも普通に出来そうだという事実。恐ろしい。


「ご主人様、どこらへんならワタシの家を作ってもいいのかしら?」

「えっと、あの辺なら構わないけど」


 指さしたところは、俺たちの家から数十メートルくらい離れた更地だ。いずれは新しい倉庫なりを建てようと思っていた所だ。


「はぁい、ありがとっ! ふんっ!!」


 土系魔術で深い穴を空けると、どっせいというかけ声と共に抱えていた大樹を突き刺した。さらに「しゃあああ」とどこから音を出しているか分からないような奇声を上げる。


 すると世界樹の方から小さな――それでも一匹一匹が二、三メートルはありそうな――蜘蛛がわらわらとやって来た。大きさは小さいものの、形はオネエ系オッサンが蜘蛛の形態をしていたときのそれと似ている。


 そんな蜘蛛たちがしっかりと隊列を組んで、樹を取り囲んだ。


「あれは……」

「どうやらあやつの子どもらしいですな。いったいいつの間に……」


 賢者様も呆然と眺めている。

 俺はこのオッサンが子持ちという事実に戦慄を覚えていた。


 数メートルはある子蜘蛛たちを小さいと思ってしまう自分が嫌になるが、そんな俺の気持ちは関係なしに蜘蛛たちは金色の糸を吐き、瞬く間に樹の枝にはハンモックを、さらに枝と枝の間には蜘蛛の巣をいくつも作っていた。


 どうやらこの大樹が寝床になるみたいだ。


「はぁい、ご苦労様! アナタ達はこれから毎日ご主人様に金糸を献上するのよぉ」


 オネエ系オッサンが蜘蛛たちに命令すると、小蜘蛛達は器用に敬礼し、自分たちの作った寝床に入っていった。


「……聖皇様。鬼神闇蜘蛛デミ・ブラックデーモンスパイダーのつくる金糸は、神銀ミスリルの糸と呼ばれるほど最高級の品質をもつ糸です。売るなり衣服の材料にするなり、使い道は多様ですな」

「そ、そうなんですか……でも、そんなモノを毎日貰っても良いのかなぁ?」

「ふふん。これはご主人様と恋敵エターナル・フレンドへの愛を込めたプレゼント。遠慮無く受け取ってくれて良いわ!」


 どーん、と筋肉ではちきれんばかりに胸をはるオネエ系オッサン。だいぶこのオッサンのフォルムに慣れてきた気がする。


 そんなにスゴい糸なのかという驚きより、あれはパンツの中から出てきた糸と同じヤツだよな……という絶望感の方が大きい。


「というわけで、これからヨロシクね! ところでご主人様にアナタ、名前はなんていうのかしらぁ?」

「俺はヒロユキ」

鬼神闇蜘蛛デミ・ブラックデーモンスパイダーさん、私は恋唄です」

「そう。ヒロユキ様に恋唄、ね。良い名前じゃないの」

「……アンタの名前は?」

「ワタシ達魔物に名前なんてないわ。単なる鬼神闇蜘蛛デミ・ブラックデーモンスパイダー。それがワタシ」


 先ほどのまでの賑やかさはどこにいったのか、少しもの寂しげに呟くオッサン。


「我ら親から生まれぬ魔族は全にして個、個にして全なるもの。真名をもち"個"となる存在ではありませぬゆえ」

「それに、真名を与えられるということは魂の眷属(ファミリア)になるということ。簡単に名前なんてつけて貰えないわぁ」

「ファミリア?」


 恋唄が不思議そうに聞き返す。

 俺たちの世界では名前はあって当然のものだったから、この世界の――特に魔物達の生態には不思議に思うことが多くある。


 魂の眷族(ファミリア)もそのうちの一つだ。

 魔力の繋がりともいうべきこのシステム。


 名付ける、不変の忠誠心をもつ、婚姻などの深い関係をもつ。様々な繋がりの中でも特に深い繋がりをもつ同士は、魂での繋がりが生まれるという考え方だ。


 魂で繋がった者同士はその想慕がある限り、また敬慕が強まれば強まるほど持ちうる魔力が高まる。どれだけ高まるかは"親"となる者の能力で変わってくるらしい。


 実はこれは魔物同士の話だけでなく、全ての種族にとって共通の話だ。

 ただ、魔物ほど露骨に魔力の変動が起こるわけではないし、基本的に生まれてすぐ名付けが行われることから、魔物以外の種族ではないものとして考えられている。


 と、知ったかぶったものの、これは全てあの幼女女神から授かった知識から拾い出したものだ。本当に合っているかどうかは分からない。


「かかか。ちなみに儂は聖皇様から既に真名を頂いておるからな。儂の全盛期を遙かに超えるこの力……気持ちよいぞ」

「えっ!? もしかして賢者様ってのが名前になってるってこと!?」


 それはとんでもなくやってしまったのではないかと思わないでもないが、賢者様自身が満足しているなら大丈夫なんだろうか。

 世界樹の賢者、その名は賢者様……。


「むきー! なんて羨まけしからんことをっ!! ワタシも、ご主人様に名前を貰いたいわ」

「えっ!? なんで!?」

「もうっ! そんなことを乙女に聞くなんて……い・け・ず!」


 胸先にふっとい指でつんつんしてこられても全然嬉しくも可愛くも感じないぞ。

 猛烈なおぞましさだけが身体を支配する。


「先生、名前つけてあげたら? 名前がないのってツラいと思う」

「ん……じゃあ……」


 あんまり名前をつけるのって得意ではないんだけどな。

 実家で飼っていたわんこの名前もちょっとダサい名前にしてしまったし……センスがないのがつらい。


 とは言え、一生懸命考える。

 蜘蛛……オカマ……オネエ……オッサン……!?


 駄目だ、出てくるキーワードがどれもこれもヤバイ奴ばかりだ。

 何かヒントはないのか!? 筋肉、化粧、テンパック、ブーメランパンツ、それに――


「リボン……ちゃん……」


 おさげについていた赤いリボンが目に入った瞬間、つい口から出てしまった。


「あ、うそ――」


 瞬間、訂正する間もなく。オネエ的オッサン改めリボンちゃんがまばゆい光に包まれる。 

 

「あああああっ!! 愛がッ! ワタシの中にッ!! 溢れてくるわッ!!」


 光に包まれながら、いちいちクネクネとポージングを決めながら身体を悶えさせるのは心底止めてほしい。


「くるぅぅぅぅぅぅっ!!」


 一際甲高い声を上げたオッサンの光が徐々に収まり、再びその筋肉美を露わにする。


「ん?」


 ぱっと見、どこも変わっていないように思える。むさ苦しいほどの筋肉がピクピクしているだけだ。


「んもぅ! イケず!! ちゃんと変わってるじゃない!!」


 ここよここよとばかりに頭を振ってくる。そういえば一つに束ねられていたおさげが、二つになっている!?

 しかも両方にしっかりと赤いリボンが結われていた!!


「可愛いなぁ」


 恋唄のつぶやきはスルーすることに決めた。俺には全く理解できない世界だったからだ。


「気に入ったわ、ワタシの名前。ご主人様、ありがとう!!」

「え、いや、まぁ、どうも」 


 リボンを愛でながら嬉しそうにしているリボンちゃんに、どう声を返したら良いのか分からなかった。


「いいなぁ! 先生、私にも名前を付けて下さい!!」

「いや、もう恋唄っていい名前があるじゃないか!?」

「だって、私も先生と魂の眷族(ファミリア)になりたい! じゃあ、もういっそのこと――」

「だー!! それ以上先は言うな!!」


 どうやら、また新しい住人が増えたようだった。

 住人が増えることは嬉しいことだけれども。


 まさかこんな濃いヤツが来るとは……楽しそうだから良いのかなぁ。

読んでいただきありがとうございます。

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