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035.パンツの中の大切なモノ


 ぼろぼろになった俺たちの畑の中、目の前で土下座するように丸くなっている大蜘蛛。

 その隣であきれ顔の賢者様。顔は完全に髑髏なのに感情が読み取れてしまうくらい呆れていらっしゃる。


「ううっ……本当にごめんねぇ……っ!!」

「どうやら冬眠から覚めた直後だったようで、上手く頭が働いていなかったようですな」

「はぁ……」


 謝ってくる大蜘蛛と、座を取りなそうとする賢者様。

 大蜘蛛が――寝ぼけたのかどうかよく分からないが――暴れた結果、直接的な被害は俺たちが精魂をこめて作った畑だけだった。


 ただ、家や温泉などには一切被害がなかったから良かったものの、一歩間違えば大惨事だったわけだ。簡単に許して良いものか、悩む。


 しかも畑に関しても、俺だけでなく恋唄も一生懸命手伝ってくれたものだ。俺だけで判断するわけにはいかない。


「大丈夫です! また先生と一緒に農作業できるから、私は気にしてません」

「そうなのね」


 なんて良い娘や。オッサンは感動の涙を流しそうだ。


「恋唄もこう言ってくれてることだし、とりあえず今回だけは許します。でも次同じことしたら許さない」

「ひぃぃ! 分かってるわよぉ! 貴方に逆らうわけないじゃない!!

 でも骸骨ジジィも骸骨ジジィよ! こんな神の力を扱う子がいたならちゃんと先に言っときなさいよっ!!

 亜神のワタシが危うくこんがり焼けちゃうところだったじゃない!! 何、この理不尽!?」

「……お主、きちんと反省しておるのか?」


 くねくねと野太い声で悲鳴を上げる大蜘蛛に、少しばかりイラッとしたのか賢者様は持っている杖をグリグリと大蜘蛛の顔にめり込ませていた。


「してるわよっ! で、誰なの、この御方は? それに骸骨ジジィのダンジョンからエルフの匂いもしてるみたいだし……」

「聖皇様、こやつに教えてやっても良いですか?」


 はぁ……とため息をついた賢者様は、俺の了解を得てからここ数日のことを大蜘蛛に話し始めた。

 改めて考えてみれば、数日間とは言え結構密度の濃いことが多いなぁ。

 今日のこれもその内の一つになりそうだし……。


「なるほどぉ。ならワタシにとってもご主人様ってわけね!」


 説明を聞き終えた大蜘蛛はふむふむと頷き、とんでもないことを言い始めた。


「えっ!? なんで!?」

「なんでってなによぉ? ワタシが側にいたらイヤってわけ?」

「いや、嫌とかそういうわけではなくて……」


 こんな大きな蜘蛛が近くにいたら、下手したら潰されてしまう。


 特に恋唄は魔法に関しては強制的に消去できる特異体質だから大丈夫だとしても、物理的なダメージについては一般女子高生と何ら変わりない。

 こんなリスクの塊のようなヤツは正直側にいて欲しくない。


「もぉっ、そんなことなら大丈夫よ!!」


 それっ、と可愛らしくかけ声を上げると――しかし野太すぎる声だったため、全然可愛くはなかった――大蜘蛛は光に包まれ、一気にシルエットが縮んでくる。


「ぅげっ!?」

「きゃっ!?」


 一瞬で大蜘蛛だった姿はヒトの姿に変わっていた。

 身長はおそらく二メートル弱になったんだが……。これは……。


 まず目に入るのは、筋肉という鎧で纏われたバディ。胸筋で膨らんでいる胸はピクピクしている。その下の腹筋はシックスパック……ではなくさらにその上、神の領域とも呼ばれる10パックだ。

 なぜそれが分かるかというと、目の前に現れたコイツはブーメランパンツ一つしか身に纏っていないからだ。


 もっこりとしたパンツから出る脚もまた筋肉に覆われている。

 恐る恐る視線を上に向けていけば、割れたケツ顎に青くなった濃いヒゲの後。凜々しい顔つきなはずなのに、なぜか口紅やアイラインで化粧されているおぞましい顔。


 極めつけは、一本に束ねたおさげという髪型。なぜか赤いリボンがくくられていた。

 どこから見てもオネェ系なオッサンが降臨していた。


「……」

「……」


 恋唄は手で顔を覆いながらも、指の隙間から筋肉の塊を熟視していた。


「もぅ、なによっ! 近くで見たら貴方可愛いじゃないの!!」

「お、俺ッ!?」


 くねくねとポーズを決めながらウインクをかましてくるオッサン。

 ぞぞぞっと背中に氷柱を十本くらい突っ込まれたような悪寒が体中を走った。


「決めたわ! 貴方がどう言おうとワタシのご主人様は、あ・な・た!」

「ひぇぇぇぇぇ」


 一瞬気を失いそうになる。なんだこの精神攻撃はッ!?

 全然太刀打ち出来そうにない!!


「これ、鬼神闇蜘蛛デミ・ブラックデーモンスパイダーよ。いい加減にしなさい」

「もう、骸骨ジジィは邪魔しないでよぉ! これからワタシとご主人様の愛の逃避行(ラブ・エスケープ)が始まるんだから!」


 誰がお前と一緒に逃げるか。


「ダメです! 先生は私と一緒にいるんだから!!」


 恋唄が両手を広げ、俺を守るように大蜘蛛――が変身したオカマオッサンの前に立ちはだかる。


「何よ、小娘?」

「先生はちょっとロリコンかもしれないけど、ちゃんと女の子が好きだから!

 あなたの出る幕はありません!!」

「おおおおいっ!」


 何を突然公衆の前で言っちゃってくれてるんですか!?


 確かにロリコンの気があるかもしれないと薄々思っていたはいたが、それを女の子から言われると結構心に突き刺さる。

 というか、恋唄さん。お気づきになっていたんですね。


「むきー! 何よ何よっ! 偉そうに!! アンタ何よー!!」


 ムキムキの丸太のような腕を組み、恋唄と睨み合う。

 ごごごごご、と二人の背景に炎と擬音が見えるような気がした。


 小柄な恋唄とレスラーよりも大柄なオネエ系オッサン。子どもと巨人が睨みあっているような図式になっているが、二人の熱い戦いは唐突に終わりを迎えた。


「……ふっ。その熱い眼差し。折れない心。ワタシに勝るとも劣らないプリティーなお顔。どうやらワタシの恋敵エターナル・フレンドとして認めるしかないようね」

「……ライバル、ですね!」


 ぎゅっと握手する二人。性別どころか種族を超えた友情が生まれた瞬間だった。

 何のライバルなんだよ……。


「そうね。この出逢いに感謝を込めて……ワタシのとっておきをあげるわ」

「とっておき?」


 突然巨漢のオネエ系オッサンは、自らのパンツにごつい腕を突っ込んだ。もぞもぞとパンツの中を漁り、見つけたわという歓声と共にパンツから取り出したのは、金色の糸だった。


鬼神闇蜘蛛デミ・ブラックデーモンスパイダーの紡ぐ糸よ。ワタシが絞り出した大切な糸……アナタとワタシの友情の証として、アナタにあげるわ」

「やめんかー!」


 普通に受け取ろうとしていた恋唄。辞めて!! それはさすがに触らせねーよ!!

読んでいただきありがとうございます。

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