034.大蜘蛛と花火
キザエルフとの決闘騒ぎから数日が経った。
来て早々から騒がしかったエルフ達の集落も大分落ち着いてきた。まぁ騒がしくしてしまった一因は俺にもあるんだけどね。
そんな多少の負い目もあり、ご近所さんとなったエルフ達とは仲良くしたいという狙いもあり、時間が取れる時はエルフ達の元に出向き、彼らの手伝いを積極的にしていった。
一緒に狩猟採取をしたり、森の整備をしたり、意外にもエルフ達も農業はするみたいで農耕の手伝いにも買って出た。
そのうち俺たちの住んでいるところにも畑や田んぼを作っていこうと考えていたため、どんな風に田畑を耕していくのかを知れたのは良かった。
俺の農耕の知識なんて小学校レベルで止まっているからな。
こうして直に触れることが出来たのは良い経験だった。
さらにエルフ達は手先がめちゃくちゃ器用だった。美形が多いことが関係しているのかは分からないが、美的センスも高い。そのため彼らが作り出す細工品は、緻密で精巧でオシャレだ。
これには恋唄が食い付き、俺が狩猟に行っている間にいろいろ学んでいるようだった。
一方で、前々から考えていた俺たちの家づくりも順調に進み、既に完成していた。
エルフ達の中から何人か建築に詳しい人たちが手伝ってくれ、恋唄と設計やデザインを話し合い、その結果を基に俺が魔術とスキルをフル活用して建てるという荒技で一日で終わった。
作った家は平屋の一軒家だ。
少しベージュかかった白い外壁に、ドアや窓の周囲など壁面の一部に世界樹の樹から頂いた木材でアクセントを作っている。
屋根は一枚の屋根が一方向に傾いているように設計されていて、太陽の光が室内を明るく照らしてくれる。
そんなオシャレな家は貴族の豪邸かっていうくらいに広かった。まだ平屋なので良かったが、これが二階三階とあれば掃除するのを放棄したくなるくらいのでかさだ。
そんな大きい家のため、リビングも結構大きい。さらにリビングに隣接するたくさんの個室。
住む人数は俺と恋唄だけなのに、なぜか部屋数は異常に多かった。客間も兼ねているんだろうか。
作ったのは俺だが、設計したのは恋唄とエルフ達であったため、意図を全て把握しているわけではないのだ。
ただ言われるままに馬車馬のように働くのみ。
ちなみに一緒に住むと宣言していたエルフ姉妹は、俺たちの隣に家を建ててあげた。
さすがに嫁入り前のエルフ姉妹と同居するのは長老さんや彼女たちの両親に悪い。
お姉ちゃんエルフのアリエルさんも、そろそろ婚活に入るっていうような話もあるようだしね。
ララノアちゃんは同じ家が良いのにと言っていたが、一緒にご飯を食べられることと温泉も自由に入って良いことが分かると素直に受け入れていた。
欲求に素直すぎるなぁと苦笑いしてしまうが、賑やかになることは嫌いではないのでウエルカムだ。
と、まあそんな風に、エルフ達との交流は概ね良い感じに進み始めていた。
エルフは閉鎖的だとよく言われているが、案外そうでもないようだ。
★
突然、魔力の大きなうねりを感じ――何かが激しくぶつかるような轟音が響き、作業する手を止めた。
先日エルフ達の畑を耕すことを手伝った時に教えて貰ったように、家の近くに農園を作ろうと土地を耕していたのだ。
どこからか調達してきた麦わら帽子をかぶった恋唄も手伝ってくれて、ようやく小さいながらも菜園が完成しようとしていた。
ちなみに植えているのはエルフ達御用達のリーフレタスと呼ばれる野菜の種だ。
初心者でも育てやすいと言われたが、お手伝いの時点で既に【農耕】や【耕作】、【栽培】、【育成】、【伐採】といったスキルを獲得してしまっているので、余裕で育てられそうだ。
「なんだ?」
「さあ?」
恋唄と一緒に首を捻る。賢者様が何かやらかしたのか? それなら賢者様がなんとかしてくれそうだけど……。
しかし魔力のうねりは大きくなる一方で、どうやらナニカが轟音を鳴り響かせ、地響きを残しながらこちらに向かってきているようだ。
恋唄もいるので逃げようかと思ったが、どこにも逃げる場所がないので下手に動けない。
万一俺たちを狙って向かってきているのなら、下手に家とかに逃げ込んでしまったら家が破壊されてしまいそうだ。
「OOOOOOOOOOOOOOOッ!!」
姿を現したナニカは、巨大な漆黒の蜘蛛だった。
身体の至る所に金色の線や斑点がある黒い蜘蛛だ。大きさは軽く見ても十メートルを超えているだろう。俺たちの家より普通に大きい。
そんな蜘蛛が凄い勢いでやって来たかと思えば、俺たちの前で急ブレーキ。のぞき込むように大きな目をくりくりさせてきた。
「……なんだこいつ?」
「貴方ね! 世界樹の新しい住人っていうのは!!」
「蜘蛛が喋った!?」
どこから声を出しているのかは分からないが、図太く太い声が響く。巨体から声が出ているためか、声量が半端ない。ビリビリと身体が震える。
「耳が痛いです……」
恋唄は手で耳を塞いでいるが、それも意味がないくらいに声は大きい。そして図太い。
「もう! 誰に断ってここに住んでるのよっ!!」
八本ある脚のうち、前の二本が地団駄を踏むように激しく動かされる。それだけで地震が起きているように軽く揺れた。
「誰って……賢者様?」
「あと世界樹にも認められてるって、賢者様が言ってました!」
「むきーーーーっ!! あの骸骨ジジィ、勝手に決めちゃってぇ!! もう、ぷんぷん!!」
今度は脚を器用に使って、自分の頭をポコポコ叩き始めた。
こ、これは伝説のぶりっこぷんぷんではないか!?
とは言え、野太いオッサンの声でそれをやられたも全然嬉しくない。むしろ吐き気を催す悪意しか感じないぞ。
ただ、よく見れば蜘蛛の頭部に赤いリボンのようなモノがついているではないか。
こいつ、こんな声をしていても雌なのか!?
「私がちょっと寝坊しちゃってる隙に、私の世界樹に住み着いちゃってぇ!! もう激おこー!
世界樹の魔力元素が私以外にいっちゃうのなんて嫌よ!!」
「これこれ、誰の世界樹じゃ、誰の?」
もはや突然の出現が当たり前のようになった賢者様が、『扉』をくぐって出てきた。
「お騒がしてすみませぬ、聖皇様。こやつは鬼神闇蜘蛛。いつ頃からか勝手に世界樹に住み着いておる……まぁ寄生蜘蛛ですな」
「誰がパラサイトよっ!! こんなに素敵な場所、美しい私にこそピッタシじゃない!!」
「何度か追い出そうとしたんですが。儂らが本気で戦えば世界樹に悪影響を与えるかもしれぬので……こう見えて、こやつは伝説上の魔物と比喩されるほどには出来る魔物でして……世界樹に悪さをしないことを条件に居座ることを許したのです」
「悪さなんてするわけないじゃないの!!」
ムキーとお尻を振りながら威嚇する大蜘蛛。対して蜘蛛に比べれば豆粒のような大きさの賢者様は飄々と蜘蛛を無視している。
力関係が一目で分かる光景だった。
「もうっ! 骸骨ジジィ! 勝手に私の世界樹にヒトを住まわせるなんて、どんだけー!!」
「どんだけーと言われても……そもそも何度も言うが世界樹はお前のモノではないぞ」
「うるさーい! もう私プンプン!! 追い出しちゃう!!」
置いてけぼりとなった俺と恋唄を前に、漆黒の大蜘蛛はがばっと上体を起こし両脚を天に掲げる。
「アンタ達、【墜天】よっ!」
一瞬で魔術を構築した大蜘蛛から、一つの巨大魔方陣とそれに付随する多層に渡る数十もの魔方陣が発生する。数百を超える術式が一瞬のうちに構築される様はいっそ芸術的だった。
「馬鹿者!! そんな魔術を使えば、世界樹の結界が!?」
賢者様の叫びも空しく、大蜘蛛から放たれた圧倒的な魔力の奔流は空に向かって駆け上がり――
何十枚ものガラスが一斉に割れたような破壊音が地面を揺らす。
世界樹を覆う結界が崩れてしまったのだ。
――世界樹には、賢者様によって世界と隔離するための結界が何重にも張られていた。
世界樹と世界は綿密に繋がっているため、物理的に離すことはできない。しかし、賢者様の結界によって認識を誤魔化し、世界樹の存在を外の世界に気づかせないようにしていたのだ。
賢者様の結界魔術を凌ぐ魔力を持たない限り、世界樹の存在を見ることすら出来ないわけだ。
「あっ……」
そんな結界を壊してしまった大蜘蛛。
魔術を放った大蜘蛛自身も、やってしまった感をひしひしと感じさせる声を上げていた。
さらに一度放ってしまった大魔術は消えることなく、巨大な魔力の弾となって俺たちに向かって降りそそいできた。
まさに魔法の流星群やー。
しかも大蜘蛛自身も巻き込まれる範囲内にいるという救えない展開。
一体何がしたいんだ、こいつは。
即座に同規模の魔力を用いた魔術を展開させ、一つも打ち漏らすことがないように発射させる。
ミサイルが打ち上げられたように、光の筋となって迫り墜ちる魔力弾にぶつかっていく俺の魔術。
互いの一つ一つが膨大なエネルギーを持っているため、ぶつかり合うことで生まれる超圧縮と爆発は結界を張ることで無理矢理抑えつけた。
ちょっとイラッとしていたので、何本かはわざと大蜘蛛を掠めるような軌道で放つ。
賢者様の知り合いっぽいから、直撃させるのはやめておいた。
「う、嘘でしょ……」
掠っただけでも十分な熱量があったのか、多少焦げてしまった身体を脚で押さえつつ、呆然と声を上げる大蜘蛛。
その上空に広がる大きな花火。
そしてこの騒動でぐちゃぐちゃにされた俺たちの畑。
なぜだろう。涙が零れてきた。
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