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033.匠の技


 無事に決闘を終え、恋唄の貞操を守ることが出来た。

 後はロイントリッヒに何か一つペナルティを与えれば、この騒動は終わりというわけだ。


「うぅ……」


 担架に乗せられ再びリング上に運ばれてきたロイントリッヒは、顔だけ満身創痍となってうめいていた。


 百発近く顔面にパンチを貰い続けた結果、あの端整な顔立ちが……なんということでしょう……巧みによって生み出されたまさに造形美。すっと通った鼻はブタのように広がり、キリッとした目は膨れ上がった頬のせいでほぼ一直線になっている。唇も蜂に指されたように膨れ上がり、見た目は猪と豚と人間を足して割ったような顔になってしまっている。


 エルフ自慢の耳もなぜか短くなり、傍目にはまるで豚男オークのような感じだ。


「私の……顔が……ああぁぁ……」


 輪郭もボコボコになってしまっているので、触っただけで変形しているのが分かるのだろう。うわごとのように呟きながら顔を触っている。


「か、回復魔術が効きませんっ!!」

回復薬ポーションをもってこい! 上級ハイ以上のだ!」


 救護班のエルフ達がロイントリッヒを治そうとしているが、効果がないようだ。


 魔術の造詣に深いエルフ達は、自分たちの魔術が効果をみせないことに戸惑っているようで、ロイントリッヒを治したいというよりは、自分たちの魔術が通じないのが納得できないから治療を行っている感じだ。


「かかか。既に治っておるわ」

「しかし賢者様! まだ顔の形が……」

「それを治すことは出来ん。呪いがかかっておる」


 賢者様がかかかと笑いながら俺を見てきたので、てへぺろっと誤魔化しておいた。

 確かに殴るとき勢い余って状態が固定する呪詛系の魔術をかけていた気もするが、命を奪わなかっただけ感謝してほしい。


「呪い、ですか?」

「うむ。強固な呪いだ。儂にも解呪は不可能であろうよ」

「そんな呪いをいつの間に……」


 驚愕というよりはドン引いてる視線を俺に向けられても、ごめんなさいとしか言えない。俺もそこまでするつもりはなかったんです。


 かといって解呪するつもりも必要もないと思っている。

 ちなみにかけた呪いは、顔が元に戻らないようにするだけではない。


 担架の上でわなわなと嘆いている元・キザエルフに近づく。俺の接近に気づいた途端、ひっと短く悲鳴を上げ震え始めた。


「聞いているか、ロイントリッヒ。

 決闘の報酬として、俺はお前にその姿のままヒトの世界で暮らすことを求める」

「な……なん……だと……?」

「お前が馬鹿にし見下し侮るヒトの世界で、逆の立場を味わえ。それが俺の要求だ」


 ロイントリッヒの身体の周囲に帯状の魔方陣が生まれ、金色の粒子を撒き散らしながら身体の中に消えていく。


「かかか。マルスが聖皇様の要求を是と判断したようですな。これでこの男は逆らえません」

「ちなみに要求に従わなかったらどうなるんですか?」

「死すら生ぬるい苦痛がマルスより与えられるでしょう」

「ふっ、ふっ、ふざけるなぁッ!! なんで私がそんな目に――イギャアアアッ!?」


 激高したロイントリッヒの叫びは、己の悲鳴で打ち消される。

 100万ボルトの電撃を喰らったみたいに身体を仰け反りながら悲鳴を上げていた。


「ほれ、このような感じです。自業自得とはまさにこのこと。憐れですな」

「ぐぅ……覚えて……おけよ……この辱め! 必ずッ!! 借りは返すッ!!」


 どうやら俺の要求に対し反抗したり抵抗した場合、一時的なダメージを与える仕組みのようだ。


 はあはあと荒い呼吸で、それでも憎しみをじっくりと込めた眼差しで俺を睨んできたロイントリッヒは、捨て台詞を吐き捨てていた。


「いや、無理だよ。だってお前の魔術封じ込めたから、お得意の勇霊召喚術ももう使えないよ?」

「……は?」


 呪いは顔が元に戻らないようにするだけではない。

 こいつの魔術行使に必要な体内の魔力回路を全て潰す呪いも同時にかかっている。


 魔術を扱う際に必ず必要となるものは実は自身の魔力ではない。

 魔力自体は周囲に魔力元素マナとして存在しており、それを利用すれば本人の魔力がなくても魔術の発動は可能だ。


 だが、体内の魔力回路と呼ばれる――血管のようなもの――は、魔術の行使に絶対欠かせない。魔術を発現させるために必要な魔力とを結びつける循環路(パス)のようなものだからだ。これがなければ魔力を届けることができず、魔術の発現は不可能となる。


「そ、そんな……馬鹿なことがッ!!」

「かかかっ! なぁに、お前は聖皇様の命を狙いコウタ殿をも奪おうとした。その代償と考えれば生命があるだけ安いものであろう」


 連れて行け、と賢者様に命令されたアンデッド達は、騒ぐロイントリッヒを連れて控え室の方に連れて行かれた。


 嘘だーとか、許さぬーとか、治せーとか姿が消えてもしばらく叫び声が聞こえていたが、どこまで上から目線を続けるんだろうな、あいつは。


「うーん、やっと終わったなぁ」


 思い切り伸びをして、凝った肩をほぐすようにぐるぐる回した。

 たった二日間の出来事だったとはいえ、なんだかんだ長い間ロイントリッヒのワガママに付き合っていた気がする。


 しかしこれで終わりだ。

 周りを見渡せば観客として集まっていたエルフ達も、ざわめきとと共に帰宅を始めていた。


「お疲れ様でした、聖皇様」

「賢者様もお疲れ様でした。まさか解説役をしているとは思いませんでした」


 昨日から突貫でコロシアムを作ったと思えば、今日は実況席で解説役と、一番忙しかったのはこの人ではないだろうか。


 というか一番楽しんでいた気がする。


 エルフ達もそうだが、どうやら娯楽には敏感というか飢えているのかもしれない。俺たちのいた世界と比べ、まだまだエンターテイメントは成長途上って感じだからなぁ。


「いえいえ、年寄りなりに愉しませて頂きました。このコロシアムは聖皇様のモノ。機会があればいかようにもお使いください」

「あっ……ありがとうございます」


 苦笑いと共にお礼を言うが、果たして使う機会は来るのだろうか。


「では儂は温泉にでもつかり、一献愉しんでくるとしますかな」


 かかかと笑いながら去って行く骸骨賢者様と入れ替わるカタチで、恋唄やエルフ姉妹、そのお爺さんの長老が観客席から降りてきた。


「先生! 格好良かったです! 特に最後のオラオラオラオラって掛け声が最高でした!!」

「ねー!! あいつがボコボコにされて本当に気持ちよかったよ!!」


 興奮したように頬を赤く染めて迫ってくる恋唄。さらに追従してくるエルフ妹のララノアちゃん。二人してオラオラオラオラと俺のものまねをしている。


 止めて! 勢いで言ってしまったが、思い返せば恥ずかしい。

 中二病的な忘れてしまいたい過去をほじくり返されたようで、恋唄達の賞賛が胸に突き刺さってくる。


「ヒロユキさん、本当にご迷惑をおかけしました……勝ってくださって本当にありがとうございます……良かったですぅ」


 アリエルさんは安心したのか涙ぐんでいるし、一気に周りが騒がしくなった。


「聖皇様、此度こたびの事、誠に申し訳ございませんでした。ロイントリッヒにつきましては、我らでケリをつけまするゆえ、どうかご容赦いただければ――」

「いやいや、もう大丈夫ですから!! あいつもこれから反省していくだろうし、手出しは無用で大丈夫です!!」

「しかし……」

「もう、お爺様っ! ヒロユキさんが大丈夫って言ってるんだから大丈夫なんだよ!」

「むぅ」


 言い募ろうとする長老イズレンディアさんだったが、孫娘にストップをかけられてしまう。

 どうやらどこの世界でもお年寄りは孫に弱いようだ。


「ご近所さんになるんですから、今回のことはこれでおしまいということで! これからは仲良くしましょう!!」


 その隙に話を有耶無耶に纏めてしまって締めることにする。


 個人の暴走でその集団全体が責任を被ることは度々としてあることだけれど、今回は個人に責任を取って貰うわけだからもういいと思う。それより今後のお付き合いをしっかりと良い感じにしていきたい。


「我ら碧き森の民、困ったことがお有りでしたら全霊を込めお手伝いさせていただきます」


 相変わらず堅いイズレンディアさんに、恋唄と思わず苦笑いを交わす。

 とりあえずは、これで一段落だ。

読んでいただきありがとうございます。

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