032.決着
一際豪華な客席で、エルフ姉妹と一緒に応援してくれている恋唄。
賢者様が案内してくれた貴賓席のような客席だ。
そこには恋唄達以外にも、エルフ姉妹のお爺さんやおそらくエルフ一族の重鎮なんだろう初老のエルフ達、付き添いっぽい感じの若いエルフ、さらにはスタッフのアンデッド達がいた。
問題は、恋唄のすぐ後ろ。
若い男のエルフ達が数人並んでいた。
俺と視線が合うと、にやりと口角を上げた。
「お前……本当に、狡いな」
人質というわけか。
賢者様が一晩でコロシアムを作り上げたように、俺が修行と称して【迷宮】に潜っていたように、このクソキザエルフも一晩で"勝てる"手の準備を整えてきていたわけだ。
本来しなきゃいけない方向とは真逆の方向に向かって。
「くくく。元々は勇者だけで十分だとは思っていたがな。まさかやられるとは……油断とは末恐ろしいものよ」
「油断して負けたって思ってる時点で、お前の実力の無さが窺い知れるな」
「ふんっ、ほざいてろ。貴様にはもう何も出来ん。絶望を抱いて、死ね」
にちゃあ、と嫌らしく嗤ったロイントリッヒが、平手打ちを放ってくる。
簡単に避けられる情けない攻撃だが――仕方ない。
ぱしん、と頬を叩く音だけが鳴り響いた。
貧弱な攻撃だったため、ダメージはゼロだ。
ただ怒りで気持ちを保つのが難しい。
「おっと、変なことはするなよ? 貴様が何かしようとした瞬間、合図してやるからな」
「……へいへい。ちなみに合図が合ったらどうなるかは」
「貴様の想像通りと言っておこう。自分の命と女の命、どちらが大切かは考えるまでもないな?」
ぱしんと再び頬を弾く音が鳴り響く。
そよ風のような攻撃も、数が重なれば不快さは強まる。
『おおっとぉ!? どうしたことでしょう!? 向かい合ってなにやら話をしていた両選手! ロイントリッヒ選手の攻撃がヒロユキ選手にクリーンヒットです!!』
『ふむ……』
『どうされました、賢者様?』
『いやな、竜の尾を踏んでしまったかと思うと哀れでな』
続けざまに放たれる平手打ち。ダメージはないが、うざったいことは間違いない。
無抵抗な俺を叩くことが出来て嬉しいのか、嬉々とした表情で手を繰り出すキザエルフの顔が余計に腹立たしい。
「はははっ! 屑がッ! 矮小なヒト族のくせに、崇高な我らに逆らうとはッ! 恥を知れッ!!」
気持ちが昂ぶったのか、手だけでなく足も出始めてくる。
さすがに魔力を纏った蹴りを無防備に喰らうと、ダメージはなくても倒れるくらいはしてしまう。
『ああっとー!! ダウン! ダウンです!! 一方的に攻撃を受けていたヒロユキ選手、ついにダウンです!! 賢者様、これはピンチですね』
『うむ。どうやら命運尽きるときが来てしまったのかの』
「……きっついなぁ」
「後悔したか!? だが、もう遅い、遅いんだよッ!! 貴様の運命は私によって既に決められている!!」
ロイントリッヒは俺の胸ぐらを掴み、顔を寄せてくる。
「お前が死んだら、お前の死体の前であの女を――ぶふっ!?」
「……臭いんだよ。近寄るな」
いい加減、付き合うのもうんざりだ。
準備は整った。
今回ばかりは慎重に慎重を重ねたために時間がかかったが、その成果はあったようだ。
気づかれることなく、完遂できた。
「き、き、きっ、貴様!! 高貴なる私の顔に、貴様の汚い頭があああっ!!」
俺の頭突きで鼻の骨が折れたんだろう。押さえている手の隙間から血が漏れていた。
「終わりだ! あの女も、お前もッ!! やれぇ!!」
甲高く叫び右手を突き上げるロイントリッヒ。どうやらそれが恋唄を害するための合図のようだ。
「……はれ?」
しかし、何も起こらない。起こるはずがない。
ロイントリッヒが呆然と視線を巡らせる。
恋唄の後ろにいたはずの仲間は姿を消していた。さらには、コロシアムの数カ所に分かれて潜んでいた奴らも同様に消えている。
「な……なん……で?」
「何を探してるんだ? もしかして、これか?」
格好つけて指をパチンと鳴らしてみる。
俺たちの頭上に大きな魔方陣が現れ、それが漆黒の闇に変化し――そこから何人もの男が落ちてきた。
「いやぁぁあああああ」
「助けてください助けてください助けてください」
「ああああああああああああああああああ」
「ママぁ……ママァッ!!」
どいつもこいつも、まるで地獄に行ったかのように衰弱し精神的にいっぱいいっぱいの状態になっている。
泣き叫んでいる奴はまだマシな方で、目は虚ろでガタガタ震える者、焦点の合わない瞳を大きくしカタカタ笑う者、涎を垂らしながら意味不明な言葉を垂れ流している奴もいる。
「な、なんだこれは!? 一体なんで!? どうして!?」
「なんだこれはって……薄情だな。お前の仲間だろ?」
俺の転移魔術で、ちょっとどことは分からない世界に旅立ってもらっていっていただけだ。
「き、貴様かッ!! 貴様の仕業か!? だが、魔力の動きはなかったのに……なぜだっ!?」
「言う必要ないだろ? わざわざお前なんかに教えるか! ばーか!!」
子どもの悪口のようになってしまったが、それだけ俺の怒りはリミットゲージを突破しているんだ。
恋唄を狙った大罪は、重いのである。
『い、いったい、何が起こっているんでしょう!? ヒロユキ選手の突然の反撃! さらには不思議な現象が起こり、数人のエルフ達が落ちてきましたが――いや、あれはロイントリッヒ選手の友人達ではないですか!?
け、賢者様、これは一体!?』
『かかか。命運尽きたと言ったであろう?
彼の者達は愚かにも狙ってはいけないモノに手を出してしまったのよ』
『し、しかし、これは……私には一体何が起こったか……』
『ふむ。まずエルフの若造は仲間を使って人質を取っておったのだ』
『な、なんですって!? そ、そんな卑怯な手を神聖な決闘で用いるとは……!!』
『しかし聖皇様が転移……いやあれは時空転送術か……まぁそれを用いて仲間達を転移させ、企みを破ったわけじゃな』
『ですが、そんな魔術を行使すれば相手に感づかれてしまうのでは?』
『聖皇様はそこを危惧されておったんじゃろう。丁寧に丁寧に【隠蔽】スキルを使い、魔術行使の魔力放出を察知させないようにしておったわ』
完全に賢者様がネタばらしをしておられますがな。
そう。俺は先の勇者ヤマオカとの戦いで、奇しくも【隠蔽】スキルを獲得していた。
おそらくボイスマジックを受け止めた石を隠していたことで、そのスキルをゲット出来たんだろうけど、初めてのスキル行使だったため、気を遣いながら慎重にコトを進めたというわけだ。
「まぁ、お前がパチパチ叩いてきてイライラしてしまうことだけが障害だったわ。精緻な作業するのに精神状態って大切だからね」
賢者様には気取られていたということは、かすかに漏れがあったということだろう。
それでも俺をいたぶることに快感を覚えていたキザエルフには気づかれずにすんだ。
「要はお前の敗因はヒトを見下し過ぎたってこと。だから、決めた。お前をその見下していたヒト以下にしてやる」
「ふっ、ふっ、ふざけるなぁッ!!」
激高して跳びかかってきたロイントリッヒ。
その動きは緩慢で、哀れすら感じさせる貧相な攻撃だ。
おそらくこれまで卑怯な手を使い、他者の力に頼り、自分で何かをやり遂げたことがない軽い一撃。
俺も人からもらった力をもつ者として、今回のことを肝に銘じておこう。
傲りは身を滅ぼすんだと。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」
全力で殴れば一発で戦闘不能にしてしまうのは間違いなかったので、【手加減】スキルをフル活用してギリギリ意識をなくさないレベルで殴り続ける。
しかも集中的に顔面を狙い続け、ついでに拳に呪詛魔術を付与させ【状態固定】の呪いを与えてやる。
「オラァッ!!」
最後の一発はちょっとだけ力を込め拳を振るい吹き飛ばす。狙いは不公平な審判だ。
計101発の攻撃でロイントリッヒの意識と戦意を刈り取り、ついでに審判ごと吹き飛ばしてやった。
観客席との境の壁にぶつかった二人は、壁を破壊し二人仲良くノックダウンだ。
……なんか掛け声がパクりっぽくなってしまったが、それだけ怒っていたということだ。
『ラッシュラッシュラァッッシュッ!! ヒロユキ選手、怒濤の攻撃で完全、勝利ッ!!』
『かかか。判断する立会人も消えたことだ。儂が判定してやろう』
『あっ、賢者様っ!?』
実況席からリングに飛び降りてきた骸骨賢者様は、ふわりと俺の前に降り立った。
「勝者、聖皇ヒロユキ様」
俺の手を掲げ、厳かに呟く。
瞬間、コロシアムが揺れるように湧き上がる観客。歓声が実際にコロシアム中を揺らしていた。
これは、よほどロイントリッヒ達が嫌われていたんだろう。
しみじみと、嫌われないようにするって大事だなぁと心に染みた。
客席にいる恋唄を見れば、嬉しそうに手を叩いて喜んでいた。その後ろではエルフ姉妹が抱き合いながら喜んでいる。
最初からそこまで苦戦するつもりはなかったが、ロイントリッヒの実力は勇者を込めればそこそこあるんだろう。だから俺が勝つかどうか不安に思っていたのかもしれない。
なにはともあれ。
恋唄に向かってぐっと握りこぶしを掲げる。
恋唄も同じようにぐっと握りこぶしを掲げてくれた。可愛いなぁ。
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