031.ボイスマジック
「【爆】せろっ!!」
ロイントリッヒと罵り合っていて隙だらけだなぁと思っていたら、突然ヤマオカが叫ぶ。
瞬間、俺の近くで爆風が唸る。衝撃波が身体を揺らした。
何もない空間に突如として生まれた爆発。
「驚いた。別に物体に声を"当てる"必要はないんだな」
「……当たり前だ。俺の魔術は最強にして最凶! 死ねよ、オッサン!!」
ヤマオカが『はぜろ』と叫ぶ度に高圧縮された爆発が起こる。直接俺自身が爆発するわけではないのは、何かしらの制限があるせいか?
『おおっとぉ!? いくつもの爆発がヒロユキ選手を襲うぅッ!! だがヒロユキ選手、平然と避けているっ!』
『かかか。しょせんただの爆風。聖皇様に取ってはそよ風のようなものだ』
『ヤマオカ選手も叫び続けます!! 賢者様、なぜヤマオカ選手は直接ヒロユキ選手を爆破しないのでしょう? ボイスマジックを使えばそれも可能なんですよね!?』
『最初からそうしようとしておるよ。ただ聖皇様のもつ魔力が勇者の攻撃の位相をずらしておるのだな。魔力反発、といったところかの。聖皇様が魔力の量、質ともに上回っておるからこその現象といえる』
そうだったのか。
なんで周りだけ爆破してくるのか不思議だったが、要は『当たらない』だけだったのか。
爆風によってリングが砕け弾け跳ぶ。だが、俺は一切の無傷だ。
「なあ、もう降参したら? お前じゃ俺に勝てないの分かっただろ?」
叫びすぎ……というよりは、魔術を使いすぎたせいだろう。肩で息をしながら苦しそうにしている勇者ヤマオカに声をかける。
「黙れ! 【早】くっ! 【速】くっ!! 【疾】くゥッッ!!」
しかしまだ諦めてはいないようだ。
言葉を叫ぶ度に、ヤマオカの身体に光のオーラのようなモノが降りそそぐ。
エフェクトは格好良いが、やっていることは要は魔力による身体能力の向上だ。
「ウォオオオオオッ!! 【止】まれッ!!」
ヤマオカの叫びが『止』という漢字を生み出し、まさに音速で俺に向かって迫ってくる。
さらにその後方、魔術の重ね掛けによって大幅に身体能力が向上したヤマオカが弾けるように跳んだ。
『止』の文字が俺に当たり――
「――死ね!!」
制止した俺の背から、ヤマオカの冷たい声が響く。
一閃。
ヤマオカの振るった刀の軌道は、確実に俺の胴体を二分する位置を通りすぎた。
「馬鹿……な……」
俺の身体が止まっていれば、の話だが。
渾身の一撃だったんだろう。大振りとなったその攻撃は空を切り、逆に大きな隙をつくっていた。
終わりだ。
『ヒロユキ選手の一撃がヤマオカ選手にクリィーンヒットォッ!! これは強烈!! 起き上がれない!!』
『かかか。あれを喰らってしまうと三日は起き上がれんじゃろうな』
弾き飛ばされたヤマオカの身体は、リングに大きなクレーターを作り上げていた。
身体全体がヤバイ方向に折れてしまい、ぴくぴくとしている。
「な……なん……で……?」
「なんで止まらなかった、か?」
それでもゾンビのように這い上がろうとするヤマオカ。どうやら意識をなくしていたわけではないようだ。
「あれを見てみろ」
俺のいた位置に浮かんでいるのは、リングをつくっていた石の欠片。それが空中でぴたりと"止まって"いた。
「まさ……か……」
「そっ。お前の魔術で止めたのは俺じゃなくて、あの石だったわけだ」
こいつの使う魔術は、声で何でも可能にするずるい魔術だ。
例えばリングを溶岩にしたり、あるいはブラックホールにしたり、直接『死』を当てられるかもしれない。だから何が起こってもいいように、保険として爆破でリングが壊れたときにいくつか【无匣】に入れて隠しておいたのだ。
ちょうど止めようとしてきたからそれを身代わりにして、俺が当たったように見せかけ隙を誘った。
「単純というか……ボイスマジック、だっけ? 日本人相手に日本語の文字を使用してたら、どんな攻撃をしようとするのか丸わかりだろ?」
ヤマオカの使うボイスマジック。言葉にさえすればあらゆる事象が現実になるという壮大な魔術。
おそらく使用にはそれ相応の魔力が必要になるんだろうが、勇者としての能力が連発を可能にしているんだろう。
だからこそ、最強だと本人が思い込んでいたんだろうが。
この魔術には大きな欠点がある。
それが、言葉にしなければいけないということだ。
異世界の相手になら、意味不明な文字として通用していたのかもしれないけど。
あいにくと俺は生粋の日本人だ。つい先日まで慣れ親しんだ日本語を忘れるわけもない。つまり相手の意図が全て筒抜けになってしまう。
となると、後は互いの身体能力の差で勝負がつく。
魔術でいくら強化したとしても、女神の力をもった俺の相手ではない。
だったら、攻撃の手の内を教えてくれる相手に負けるはずはなかった。
「ぐっぅうう……くそ……」
「お前の能力は戦闘でも使えるかもしれないけどさ。でも、それ以外で使った方が良いと思うよ」
まぁ、お前は素直に人の役に立とうとはしないんだろうけど、な。
「だまれ……」
「で、お前は降参で良いよな? まだやる?」
「お前なんかに……」
瀕死の状態なのに強がろうとする勇者。腰砕けで起き上がることすら出来ないのに、なかなかの天晴れ加減だ。
そんな勇者の股間目がけて、思い切りパンチ。
どごんっと濁音が目立つような破壊音と共に、勇者の股間ギリギリのところでクレーターがさらに抉られた。
「……こ、降参――」
「屑がぁッ!!」
若干青ざめた顔でギブアップを宣言しかけたヤマオカの声は、キザエルフの叫び声でかき消される。
「散々偉そうにしながらこのザマとはッ!! 勇者が聞いて呆れる!」
リングの端から喚くキザエルフ。
いや、お前は何もしていないがな。と思っていれば、ロイントリッヒは魔術の構成に入っていた。
「――風の精霊よ。【ウインドスラッシュ】ッ!!」
魔方陣が展開され、風の刃が発射される。どうやら連射性能もあるようで、立て続けに10もの刃がほぼラグ無しで放たれた。
『なっ、なんということでしょう!?』
そんな実況の声がコロシアムに響いた悲鳴にかき消される。
「チッ……くそ、が……」
身体から切り離され首だけになった勇者ヤマオカが悔しそうに一言漏らし、光の粒子となり空へと消えていく。
「ふんっ! 使えぬモノは要らん!」
キザエルフが舌打ちしながら、忌々しそうに吐き捨てた。
風の刃のほとんどは俺を狙ったのではなく、満身創痍となったヤマオカの身体を容赦なく蹂躙していた。
本来の力があれば容易く防いでいたはずの攻撃だったはずだが、今の状態では防ぐことが出来なかったようだ。
最初の攻撃が俺の方に向かってきていたため、完全に裏をかかれてしまった。
勇者には聞きたいこともあったのに……。
確かにいけ好かない奴だったが、それでも使い捨てのように切り捨てるキザエルフに怒りが湧き出る。
そもそもキザエルフがもっと最初から勇者と協力して攻撃してきていれば、違う展開もあったはずなのに。
「何も殺すことはないだろ?」
「ふん。何を言っている? もともと死人だ。勇霊召喚術とは既に死する勇者を降ろす術。元の世界に帰っただけだ」
余裕綽々で近寄ってきたキザエルフは、馬鹿にしたように目を細めてくる。
「それよりアレを見てみろ」
俺の後方に顎をしゃくってみせる。視線はこちらを見据えたままだったから陽動かと思ったが、例えそうでも後の先を取ることは出来る。
促される先に目を向けると――
「……恋唄」
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