030.勇者ヤマオカ
キザエルフによって召喚され契約した『勇者』。
この勇者と俺たちとの最大の違いは、生きているかどうかという点だ。
【勇霊召喚術】は、過去に存在した実在の勇者の『魂』を呼び出し、それを召喚者の魔力によってつくられた器に入れることで契約となる。
つまり、異世界とか異次元とかそういったところから生きている存在を呼び出しているわけではないのだ。
魂だけの過去の亡霊。
それが【勇霊召喚術】によって喚び出される勇者の正体。
俺の目の前で面倒くさそうにしている少年も、そんな過去の勇者の一人なんだろう。
「……おいオッサン。わざわざオレが聞いてるんだ。答えろ」
尊大な言葉を発してくる勇者少年。
どう見ても年下のくせに、年上に対する礼儀を一切感じさせない傲慢さが若さを感じさせる。
そもそも初対面の相手に向かって放つ言葉遣いではないよな。
そんなことを気にしてしまう俺は、やっぱりオッサンなんだろう。
「……ああ、日本人だよ。キミも?」
「ふん。どうだっていいだろ? オレのことは。というかなんでお前にいちいち言わないといけない」
な、なん……だと……。コミュニケーションが成り立たない……ッ!?
少年勇者はかけていた黒縁の眼鏡をくいっと持ち上げる。
少年とは言っても高校生くらいだろうか。
細身の身体で身長は俺より少し高いくらい、か。細く鋭い目元まで伸びている髪は黒色だ。
美形でも不細工でもないが、いつも教室で本ばかり読んでいそうな雰囲気をもっている。
ナチュラルに偉そうな感じや喋り方から察するに、友達がいないのではなくできないタイプの男の子なんだろう。クラスで騒ぐ同級生を見ては「ふん、下らん。オレには本があれば十分だ」なんて言っていそうだ。
『オレってクールで格好良い』と思ってるかもしれないけど、ただの拗らせぼっちになってしまっている。
「ま、まぁ、そう言わず……教えてくれてもいいんじゃないかな?」
「ふん。それでオレになんの利がある?」
あかん。行っちゃいけない方向に突っ走ってらっしゃるわ、この子。
とはいえ、どうやらこの世界には過去にも日本人が召喚された事実があるようだ。
そして勇霊召喚術で召喚されるということは、この世界で命を散らしたということ。
……帰る手段が見つからなかったか、それとも自ら異世界で生きることを選んだか。
どうやら話を聞く必要があるみたいだな。
「……審判、勝利条件の戦闘不能や降参っていうのは、ロイントリッヒでなくてそこの勇者君でも良いのか?」
立会人のラルフレアはちらりとロイントリッヒや勇者に目をやり、首を横に振った。
「……いや、両名の降参あるいは戦闘不能が必須だ」
ずいぶんと相手側に有利な判断だ。
訝しげに立会人に視線を送るが、薄く口角を上げられることで答えられる。
『……どうやら【勇霊召喚術】の勇者は、ヒロユキ選手と何かしらの縁があるようですね』
『かかか。世界は狭いの』
『しかし、実質二対一の戦いとなるわけですが、立会人の判断はどうなんでしょうか!?』
『ふむ。まあハンデと考えても足りぬくらいであるが……そこを含めて判断したのだろう』
『ところで立会人は誰の推薦で決定したのでしょう?』
『かかか。もちろん挑戦者よ』
『なるほどぉっ!! これは陰謀論が生まれてもおかしくない状況だが、しかしっ! 既に決闘は成立していますッ!!
この窮地にヒロユキ選手、どう戦うのかッ!!』
実況、解説がいろいろ言っているが、そうか、グルなわけだ。
キザエルフはにちゃっとした嗤いを浮かべている。既に決闘の誓約という既成事実はできあがっているため、バレても問題ないと思っているんだろう。
視線を巡らせれば、怪しい感じのエルフがあと数人は見える。いざというときの助っ人要因か、邪魔要因か。
ここまで準備するその労力を別の方向に向ければいいのにな。
「もうよかろう。では、はじめッ!!」
「イケっ、勇者ヤマオカよっ!!」
開始早々、キザエルフはバックステップで俺との距離を開ける。そのまま偉そうにしているヤマオカと呼ばれた勇者に指示を飛ばす。
ヤマオカ……山岡、かな。
「やれやれ。ただ働きは嫌だけどな……なんかオッサンの顔がウザいからやってやるか。こんなにムカつく感情が俺にもあったとはね。ふぅ。オレはもっと感情が欠けてると思ってたんだがな」
勇者ヤマオカは首をこきこき鳴らしながら、無造作に一歩を踏み出してくる。
「多分、斜に構えたオレってクール! ってやりたいんだろうけどさ。お前のはただの傲慢で稚拙なワガママ君になってるよ?」
対して、俺も一歩踏み出す。
「ほざけッ!! 【伸】びろッ!!」
羽織っていたマントの中から現れた刀を振るったのと同時、勇者の叫びが、"カタチ"となる。
まさに文字通り、魔力の粒子で縁取りされた『伸』という文字――慣れ親しんだ日本語の漢字だ――がヤマオカの突き出してきた刀に当たり、突如として刃が伸びてきた。
「おわっ」
明らかに取り出した時とは違う刀身の刺突に、思わず変な声が出る。
一瞬前まで顔のあった位置を貫いた刀は、伸びてきたときと同じ速度で縮んでいき、元の刀の長さに戻る。
『おおっと! 突然勇者の刀が伸びたように見えましたが!?』
『かかか。あれがあの勇者の能力――【音吐魔術】であろう』
『ボイス・マジック、ですか!?』
『うむ。魔力のこもった声が、音に込められた意味を表出させる魔術。
先ほどのはどうやら物質を伸ばす意味を込めた音を使ったのであろう』
『なるほどぉっ! だから刀が伸びたんですね!!
でも、待ってください!! それなら、あらゆる現象を引き起こせるということではないですかッ!?』
『そうなるであろうな』
『こ、これはっ!! ヒロユキ選手……大ピンチですッ!!』
解説の骸骨賢者様が、本当に解説をしていた。
それはともかくとして、なるほど。ボイスマジック、ね。
「仕留めたと思ったが……予想以上に速い動きだな。これは少し本気を出すか」
「その言い方がダサいわ」
刀を格好良く振り回した後鞘にしまいながら、決め顔をつくるヤマオカ。格好付けている感がそこはかとなくダサい。
「ふん。うるさいぞ、オッサン!」
ヤマオカは羽織っていたローブの中からいくつかの石を取り出し、こちらに向かって放り投げてくる。
だが、その礫はあらぬ方向に行ってしまっているのも多く、直接俺に当たりそうなものは数個しかない。そもそもスピードも遅く、当てる意思がないように思えた。
なんなんだ?
「ふん。所詮、底脳か。くたばれオッサン――【針】となって【突】き【刺】されッ!!」
ヤマオカの叫びにより、投げられた石から鋭い針がいくつも生まれ、それらが重力の放物線を無視して俺に向かってくる。巨大な磁石に吸い寄せられるようだ。
「なるほど」
そんな使い方も出来るのか。
生え出てきた針も単なる針ではなく、どうやら魔力が纏われているようで通常のモノより遙かに強度が高そうだ。もしかしたら余計な付与もなされているのかもしれない。
だが四方八方を針の山に囲まれても、どうということはない。
当たらなければ問題ないのだ。
「馬鹿な……っ!?」
俺の周りにつくった結界に当たった石は、そのまま俺に到達することなく次元の穴へと消えていく。
時空魔術と結界を応用した魔術結界。結界の表面を時空魔術で囲み、触れたモノを"転移"させるわけだ。
ちなみに転移先はキザエルフの真上にしておいた。
「うわっ!? あああああっ!?」
キザエルフに降りそそがれる針の山。ロイントリッヒの悲鳴に勇者ヤマオカは慌てて魔術をキャンセルさせていた。
「な、何をしている!? きちんとやれッ!」
「ちっ、うるさいな」
いくつか針の石があたったのか、ロイントリッヒの端正な顔に何本もの切り傷が抉られていた。痛そうだとは思うが同情はない。ざまぁとしか思わない。
イケメンは滅びれば良いのだ。
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