002.異世界転移
「ご無礼の数々、申し訳ありませんわ」
そう言って、アンジェラと名乗った少女は深々と腰を折った。もちろん煌びやかなふわふわのドレスの裾を持つことも忘れていない。どこからどうみても完全無欠のお姫様だった。
くるりとカールしている金髪、少しつりあがった眼差しが力強さを感じさせる碧色の瞳。小さな鼻と口。精巧に作られたフランス人形のような少女――おそらく生徒達と同年代だろう。
生徒達と違って神々しさというか威圧感を感じるのは、生まれ持った性質か堂々とした態度が要因だろう。
「も、申し訳ありませんじゃねーよっ! なんだよっ! ここはっ!!」
相手が下手に出てきたことで多少心にゆとりを取り戻したか、長い髪を脱色した男子生徒が吠える。
ウチのクラスの問題児一号。狗奈山治喜だ。
細い狐目にほぼ剃りきってなくなった眉、エラの張った頬はげっそりとしている。震える唇から大量の唾を吐き出しながら叫ぶ姿は、虚勢にまみれていた。
声の大きさに、近くにいた女子生徒の肩がびくんと跳ねた。可哀想に。だが安心してほしい。俺もビビっている。
「そこも含めてご説明させて下さい。皆様がおくつろぎできる場を準備しております。ぜひ、そちらに――」
突然の『転移』で混乱している俺達の前に現れたのは、アンジェラいう少女とそのお着きの騎士達。俺達を取り囲む兵士達より立派な鎧を着飾っているところからも、多分上の立場のヒト達なんだろう。
事実アンジェラは、自身を『ゴスペラズ帝国第一王女』という肩書きを名乗っていた。
王女様。
マンガや映画の中でしか観たことのない存在。
これは、「ははー」って土下座とかした方が良いのか。国や時代によっては王族を直視するだけで不敬罪――死刑になるという話も聞いたことがある。
しかしこの王女はそのあたりに穏便なのか、俺たちの不敬には一切気にするそぶりもなく、ついてこいと歩き始めた。
ざわめく生徒たち。ついて行くべきかどうか悩んでいるようだ。何人かの生徒は不安げにこちらを見てきていた。どうすれば良いのか判断を大人に委ねたいんだろう。安心していいぞ。俺もどうして良いか全く分からない。
とはいえそれを言えるわけでもなく、表面上は平静を装って歩き始める。ついて行くしかないだろう、ここは。
「とりあえず行こうか」
そう声をかけるも、着いてくる生徒は数人しかいない。残りの生徒は互いの顔色を伺いながら、一歩を踏み出せないままだった。
どうするか。ついていくことが確実な正解とは言えないこの状況で、無理強いすることはできないよな。
「みんな、ここで待っていても仕方ない。まずは話を聞くためについていこう」
そんな中さっと前に出てきたのが、皇英雄。通称"ヒーロー"。成績優秀、容姿端麗。カリスマ性とリーダーシップを兼ね備えた完全無欠の生徒会長だ。
英雄の声に奮い立ったのか、残っていた生徒たちは顔に生気を取り戻し、英雄について歩き始めた。
いきり立っていた狗奈山も毒気を抜かれたのか、チッとダサい舌打ちをしてついて行く。
「……」
呆然とそれを見送る俺。あれ、俺の立場は? と思わないでもないが、まぁいつものことなのでもういいや。
それでもしょんぼりしてしまったのか、後ろからポンと肩をたたかれた。
「先生、元気出してください」
くりくりの大きな瞳で見上げてくるのは、月詠恋唄。クラス――いや、日本一の美少女と言っても過言ではないウチのアイドルだ。俺の中ではあの王女様よりも可愛いと思っている。
「ぎゅってしましょうか?」
ハグを求める姿勢で小首を傾け、可愛らしく尋ねてくる。一見、かわいこぶって完全に狙ってやっているように見えるこの動作も、彼女は確実に素でやっている。
実家が超がつくほどの大金持ちらしく大切に大切に育てられたためか、ちょっと――かなりふわふわと可愛らしい性格になってしまっている。
しかし誰に対してもこんな感じかというとそうではなく、普段は『普通』の女子高生を演じているあたり、頭も良いんだろう。ただ特定の人物の前では素が出てしまうらしい。なんで俺の前で素が出てしまうのかは、永遠の謎だ。なぜか出会った頃から懐かれている。
「ふ、不潔です! き、教師が生徒に……!!」
眼鏡をかけた三つ編みの生徒がキンキン声で叫んでくる。正義感の強い頑固な少女は、ウチのクラスの委員長だ。まさにステレオタイプ。
「すまん、すまん。さっ、置いていかれる前に行こうか」
後ろからは全身鎧の兵士が、兜の隙間から鋭いまなざしを向けてきていた。正直びびる。
何人かの残っていた生徒と一緒に列の最後尾に並びついて行く。
案内されたのは、豪華なシャンデリアが掲げられ金糸が煌めく赤い絨毯が敷き詰められた大きなホールのような部屋だった。よく海外の映画で優雅なダンスをしていそうな部屋だ。
まず目に入ったのが、ホール中央あたりに置かれてある大きな黒い枠だ。
不思議道具を活用する国民的アニメで大人気のワープ装置付きドアの外枠だけが残ったような物体だった。
さらにその奥、ホールの一番奥が数段高くなっていて、そこに豪華な椅子とそれに座る初老の男がいた。
王冠、豪奢なマント、手には王笏。誰が見ても一目で分かるやつだ。キング。王様。ボス。
そいつが広場に集められた俺たちを冷たく見下ろしていた。完全に相手を下に――まるでゴミくずのように見る視線。
あ。これ、駄目なやつだ。
なんとなく感じる負の感情。
人を見る目があるかと聞かれたら微妙としか言えないけど、俺と合うかどうかは一目で分かる。こいつは相容れないやつだ。ちなみに狗奈山や英雄もそっち側に入る。俺の許容範囲はとても狭いのだ。伊達に生徒たちから『柴田友達いない説』などと囁かれるだけはある。
「控えよ!! ゴスペラズ帝国皇帝にして現人神であられる、ジャオソク・ツ・ナード・ドレアム皇帝の御前であるぞッ!!」
玉座の側に控えていた、これまた初老の男が見かけからは想像もできない大声を発する。
びりりと震える空気に、思わずみんな静まりかえってしまった。
「ふむ。勇者達よ、来訪を感謝する」
玉座の上からふんぞり返りながら言っても、まったく感謝しているようには感じないぞ。とは、さすがに口には出せない。俺は空気を読む日本人である。
「……勇者?」
すでにこちらの代表となった英雄が疑問符を浮かべる。ちなみに英雄を先頭にほかの連中は一歩引いた位置に立っている。俺たちはさらにその後ろだ。
「わが愛しの娘にして天才魔術師アンジェラにより蘇らせし秘法――勇者召喚術。其方らは魔王らの手によるこの世の危機を救うため、その召喚術により悠久の時を超え現出したのだ」
いつの間にか玉座の前に立っていた王女様は、照れたように会釈する。
この王様の発言と王女様の表情に、生徒達のざわめきは大きくなった。勇者とか召喚とか魔王とか、そう言ったキーワードに心くすぐられたのか瞳を輝かせる者や不安そうに戸惑う者など様々な反応が見える。
隣の方からは「そんな使い古されたネタよく使うよな」といった言葉も聞こえる。
すみません。
ちょっと区切りが悪いですが、長くなりそうなのでここで切ります。
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