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026.ロンリーウルフ


 ロイントリッヒが去って行った後、エルフ姉妹が謝り倒してきていた。


「すみませんっ!! ウチの一族の者が……あいつはちょっと色々問題があって……」

「ウタちゃんにも迷惑かけてるよね。あいつ保身に関する狡さだけは天下一品なの。だから誰も手出し出来なくて」


 聞けばロイントリッヒはエルフ姉妹の一族からも疎まれているようだ。

 ただ本人にその自覚は一切なく、自らは次世代を担う若手のリーダーであると思っているらしい。


 それは鈍すぎるだろうと思うが、逆にそこまでいくと天晴れだと思う。


「あいつは二人の婚約者とかそんな感じなの?」

「違いますっ! 向こうが勝手に思ってるだけなんです!!」


 必死の形相で否定するアリエルさん。

 おおう、そこまでムキになるとはよほど嫌な想いをし続けているんだろう。


「もう今はほとんど形骸化してきているんですけど、昔の風習で立場の偉いエルフは奥さんを自由に選べる制度があったんです」


 何だ、そのとんでも羨まし制度は。

 モテない男からしてみたら夢のような制度だけど……いや、待てよ。無理矢理結婚したとしても、嫌がられたまま一緒に生活するのは嫌だな……そう考えると忍耐力のいる制度と言えるかもしれない。


 どうやらエルフはもともと出生率が高くないため、次世代育成に対する熱量が結構高かったらしい。


 そのため、より良い子を育ってるために力があるエルフに配偶者を多く当て、その血をより強く残そうとしたんだそうだ。


「ロイントリッヒの一家は超保守派でしたから、そういった考え方や価値観がすべて正しく今でも適応されると本気で思っていて……」

「なまじ力もあるから、周りはなかなか口出しできないんですよね」

「力があるって……ロイントリッヒが?」


 意外な言葉がララノアちゃんから出てきて戸惑う。

 あいつの魔力を含めても、そこまで強いとは思えない。むしろ目の前にいるエルフ姉妹の方が保有魔力の量も質も上だ。


 ここに来てからのあいつの態度を見ても、情けない姿しか見ていないから余計にそう思える。


「あいつ自身の力はそうでもないです。でもあいつには先祖返りの特異な力があるんです」

「特異な力?」


 恋唄が首を傾げる。


「――勇霊召喚術、です」

「勇霊?」

「一説には『異界』に眠るという、過去の勇者――強大な力をもつ存在を召喚する秘術です。ロイントリッヒ自身は能力がそこまで高くないため同時召喚はできませんが……それでも、過去勇者と呼ばれた偉人を短時間とはいえ召喚されると、なかなか太刀打ちが難しいんです」


 勇者を召喚か。俺たちがこの世界に来た力と何か関係があるのかな。


「そんな凄い力があるなら、帝国軍の攻勢にも対抗できたんじゃないんですか?

 ロイントリッヒも一度は前線に出たんですよね?」

「……勇霊召喚術で召喚される勇者は、ロイントリッヒ自身が選べるわけじゃないの。最初に召喚術を使用した際に降りてきた勇者と契約をするんだけど、その勇者が力尽きるまでは新たな勇者と契約は出来ないから」

「つまり、今回契約した勇者がちょっとクソみたいな勇者だったの。

 力は強いんだけど、性格に難があってね。唯我独尊というか横暴なワガママぼっちゃんというか……」


 恋唄の疑問に、残念そうに応えるエルフ姉妹。

 話を聞く限り、まともな勇者ではなかったようだな。


「でも、力はあるからね。だから好き勝手にして皆に迷惑もかけて……。

 今回はウタちゃんやヒロユキさんにも……本当にごめんなさい」

「大丈夫だよ。俺があいつを倒したいと思ったから決闘も受けたんだ。

 ララノアちゃんも、アリエルさんも悪くないし責任を感じる必要もないよ」


 同じ一族だからって、個人がしたことまで責任を負うのはナンセンスだ。

 あいつは恋唄を侮辱した。超えてはいけない一線を軽く踏み越えてきたんだ。それだけで万死に値する。


「アリちゃん、心配事?」

「あっ、はい。今回のこと、どう賢者様にお詫びすれば良いかと思って……」


 思い詰めたように呟くアリエルさん。

 確かに来た早々に釘を打たれ、さらにその数時間後に決闘騒ぎだ。招かれた側が起こしたとなると、気にするのも仕方がない。


 しかも相手はあの賢者様。怒らせてしまっては一族の存続するら危うくなるレベルだ。

 というか、あのキザエルフはそこまで考えてから行動するべきなんだよな、本来は。


 だが、その心配は無用だ。


「あー……そのことなんだけど、実はもう賢者様は知ってるんだよな」

「え?」


 俺の発言にみんながキョトンとする。


「かかか。さすが聖皇様。気づいておられましたか」


 空間が歪み、にじみ、そこから豪奢なローブを纏った骸骨が姿を現した。

 【陰伏】のスキルか魔術だ。


 他者からの認識をずらし、そこにいるのに認識させなくする。姿を隠すのに効果的な魔術だ。

 魔術にしろスキルにしろ発動の際の魔力の揺らぎはどうしても生まれてしまうが、それを【隠蔽】するスキルも併せて使えばほぼ発見は難しい。


「け、賢者様!! この度の不始末、誠に申し訳ありません!!」


 がばっと、膝を折るエルフ姉妹。


「ロイントリッヒの独断の横行とはいえ、その責は止められなかった私にあります。ですので――」

「よい」

「……え?」

「構わぬと言っておる。此度こたびの騒動も、聖皇様にかかれば余興のようなもの。聖皇様が受け入れておられるのであれば、儂が出る幕はない」


 骨だけの手を、ひざまずくアリエルさんの頭に添え、思った以上に優しく声をかる賢者様。


「け、賢者様……っ」


 ありがとうございます、と涙をこぼすアリエルさん。それを抱きしめるララノアちゃん。涙ぐみながら感動を共感している恋唄。微笑ましく受け止める賢者様。外から見る分には素敵な光景だけれども。


「……というか、面白がって見てたでしょ?」


 みんなは気づいていなかったが、この賢者様、あのキザエルフと一緒のタイミングでここに来ていたのだ。


 だから一部始終をしっかりと見ているし、止めようともせずニヤニヤ――骨だけだけれども、表情はなんとなく分かる――見ているだけだったので、怒っていないことは分かっていた。


「かかか。まぁ良いではないですか。

 それより聖皇様。せっかくの決闘の舞台、儂にセッティングは任せてもらっても良いでしょうな?」

「セッティング?」

「左様。相手がどうであれ、此度の決闘はマルス神が認められた神聖なもの。ならば、それ相応の舞台は必要となりましょう」


 そういうものなのか。

 エルフ姉妹に目を向けると頷いていたので、あながち間違ったことを言っているのではないようだ。


「すみません。じゃあ、お願いします」

「かかか。任されましたぞ!」


 そう笑って去って行く骸骨賢者。少し不安な気もするが、まぁ変なことにはならないだろう。きっと……多分……。


「先生、どうします?」

「うーん……もうそんな気分じゃなくなったよなぁ」


 賢者様が去って行った後、恋唄が尋ねてくる。

 本当は、今日は家を改築しようと考えていたんだけれど、ロイントリッヒの乱入によってそんな感じではなくなった。


 なにせ明日は命がけの決闘だ。本来であれば、家を作っている余裕はないんだろう。

 まったく命がけって感じがしないのは、ロイントリッヒの醸し出す『かませキャラ』感のせいだ。


 これは駄目だな。

 余裕も行き過ぎれば油断になってしまう。


 ウサギとカメの故事に倣うまでもなく、よく物語では油断した強者が負けることがある。

 ……いや、既に自分を強者と思ってしまっている時点でおこがましいか。


「よし。俺は賢者様の【迷宮ダンジョン】に行って修行してくるよ!」


 やはり決闘前には修行回が必要だろう。

 そこで新たな力に目覚めたり、新しい必殺技を習得することが王道ストーリーの必修項目だ。


「じゃあ、ララちゃんとアリちゃんと温泉に行っても良いですか?」

「……温泉、ですか?」


 ララノアちゃんが不思議そうにしている。

 どうやら温泉という存在は知っているらしいが、見たことも入ったこともないようだ。


 そもそもこの世界ではまだお風呂は楽しだり疲れをとったりするものではなく、ただ汚れを落とすためだけのものとして考えられている。


 お風呂を準備することがまだ大変なのもあって、湯船につかるのはお金持ちやごく少数のキワモノさん達だけだ。


 一般家庭の皆さんはタオルで拭いたり、行水するくらいだけらしい。

 特にエルフ達は森に住んでいることもあり、近くの湖や滝や川で洗うことがほとんどだ。


「温泉はね。心のオアシスなんだよ。疲れた心を癒やしてくれるの」

 恋唄の温泉愛に感銘を受けたのか、戸惑いながらも入ることを了承したエルフ姉妹。


 さっそくお風呂の準備を整えて出発していった。

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、ずいぶん賑やかに楽しそうに向かっていった。


 ……仲良くなるの早すぎるね。

 ぽつんと取り残された俺は、独り寂しくダンジョンに向かう。


 そうさ。男はいつだってロンリーでオンリーなウルフなのさ。

読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] でっきりタイトルから、ロンリーウルフて魔物が 従魔になるのかと思ってました(笑)
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