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024.珍客


 エルフ達の最後尾について、俺と恋唄も『扉』をくぐる。


 基本的に今後は、エルフの集落となるダンジョン内の森の入り口と、世界樹の森の外側に近いところに『扉』は繋がれ常時開いている形にするそうだ。


 『扉』自体には結界を付与してあるので、部外者が勝手にくぐれるようにはならないらしい。

 エルフ一族も外界とはいろいろと繋がる必要もあるので、このような形になったみたいだ。


 そんなエルフ達の集落は、既に百を超える家が出来上がっていた。

 基本的にはキャンプ場にありそうなログハウスみたいな建物だが、十分におしゃれな感じで実用性もありそうだ。


 これは賢者様のつくりだしたアンデッド達が建てたらしい。

 数日もかからず、これほどのものが建てられるとは……。

 俺らの家も建ててくれないかな。


「かかか。何をおっしゃる。聖皇様のお力には敵いますまい」


 俺たちが入ってきたことに気づいた賢者様が、話しかけてきた。

 どうやらエルフ達への指示は、配下の魔物達がやっているようだ。


「いや、俺には美的センスがちょっと……」


 確かに技術的な面は多様なスキルをマスターしてしまった俺の方が上かもしれないが、どうやらスキルは美的センスまでもフォローしてくれるわけではないようだ。


 どうしても素朴というか質素というか……単純な形のモノしか作れなかった。


「コウタ殿がいるではないですか」

「確かに恋唄のセンスは良いもんなぁ。今も一緒に家のデザインを考えてくれているんですよね」

「えへへ。照れますね」


 ぺろっと舌を出してはにかむ恋唄は、実際にセンスが良い。

 あの掘っ立て小屋のような今の家も、恋唄が王都で買ってきた様々な品を並べると、見違えるほどのおしゃれな空間に変わっていたのだ。外はあばら屋だけれども……。


 そのセンスを買って、次に建てる俺たちの家を一緒に考えて貰っていた。

 よくよく考えれば、一緒に自分たちの住む家を考えるって……新婚夫婦みたいだな、おい。

 照れるぜ。


「賢者殿、聖皇様。これほどのご厚意、感謝に尽きませぬ」


 エルフ達が各々家を選び、家族で入っていく姿を見ていたお髭のエルフ爺さんが、一人身悶えている俺たちのそばにやって来た。


「かかか。なに、旧き友には世話になったからな。

 だが、ここから先はお主ら次第ぞ。

 森の周囲の魔物はお主らのレベルに合わせたモノしか生まれないように"設定"してあるからの」

「はい。心得ております。

 我らは森の民。このような強き森と共に生き死んでいく誉れをいただけたこと、感謝が尽きませぬ」


 お爺さん同士が堅苦しく話しているのを聞いていると、お髭のエルフ爺さんがこちらに向かって礼を言ってきた。


「聖皇様。改めまして、碧き森の民の長をしておりますイズレンディア・シロウ・ルトリ・トリトンと申します。我が孫娘どもがお世話になったとのこと。併せて感謝いたします」

「孫娘? ああ、アリエルさんとララノアちゃんですか?」

「左様でございます。あやつらが無事に賢者殿にお目通しが叶ったのも、聖皇様のお陰とか。

 このご恩、絶対に忘れませぬ」

「気にしなくていいですよ。俺たちも助けられましたから」


 実際、あの場でエルフ姉妹に出会わなければ、今とは全く違った境遇になっていたかもしれない。

 それが良いか悪いかは分からないけど、少なくとも今こうやって恋唄と楽しくやれているのはエルフ姉妹のお陰でもあるわけだ。


「そう言ってくださると助かります。あやつらも聖皇様に感謝を伝えたいと言っておりましたので、また謁見の機会を作っていただければ幸いです」

「謁見って……友達なんで、いつでも来てください」


 どんだけ偉い人になってしまっているんだ。


「それはそうと、あのロイントリッヒって人は大丈夫ですか?」

「申し訳ありませぬ……あやつめにはキツく言っておいたのですが……恥を晒すようですが、儂のことを見くびっている節もございまして……」

「かかか。なぁに、この状況で聖皇様に手を出すほどの蛮勇はありますまい」


 立派なお髭のエルフ――イズレンディアさんが苦渋の表情を浮かべるが、骸骨賢者は軽く笑って済ませていた。


 この賢者様の想像の右斜め上を軽くぶっ飛んでいくのがロイントリッヒという男だということを、俺たちはすぐに知らされることになる。



 エルフ達の移住が一段落した頃に、アリエルさんとララノアちゃんのエルフ姉妹がやって来た。

 賢者様に、世界樹の麓にある俺たちの住居近くとダンジョン内にあるエルフ達の森を繋ぐ『扉』を作ってもらったため、基本誰でも自由に俺たちの所に来られるようになっている。


 やはり、来客はちょっとワクワクする楽しいイベントだと思うんだ。

 だから基本的に誰でもウエルカムにしようと『扉』を作ってもらったわけだ。


「ウタちゃん!」

「ララちゃん!」


 いつの間にか仲良くなっていた恋唄とララノアちゃんのコンビが抱き合いながら再会を喜んでいた。


 女の子同士はこういうボディタッチが平気で簡単にできるから羨ましい。

 俺がしてしまうと完全にセクハラで逮捕となる事案だ。


「聖皇様! 本当にありがとうございました!!」

「いや、その聖皇っての止めてよ……」


 アリエルさんが膝を折ってお礼を言ってくるので、参ってしまう。


「いや、しかし――」

「しかしもヘチマもないよ。この前みたいにヒロユキでいいよ」

「分かりました。ヒロユキさん、本当にありがとう。あなたのお陰で皆が救われました」

「まぁ困ったときはお互い様ということで。それよりこれからお昼ご飯なんだけど一緒にどう?」


 ちょうど昼食の準備をしようとしていたところに、エルフ姉妹がやって来たのだ。

 どうせなら一緒に食べていけばいい。やっぱりご飯は大人数で食べた方が美味しいと思う。


「先生、今日は私がつくるね!」


 恋唄が腕まくりをしながら、取り出してきた肉を吟味している。

 王都で様々な調味料をゲットしていたので、料理にも幅が出来るはずだ。


 とは言え、俺が出来る料理なんて簡単なモノしかないから、ここは恋唄に任せることにする。


「時間がないから、凝ったメニューは出来ないけど……」


 そう言いながら、恋唄は肉を素早く切っていく。その手慣れた手つきは、料理の経験値が高いことを容易に想像させた。


 これは期待できるのではないだろうか。

 鶏っぽい魔物の肉を一口サイズに切り、ネギっぽい野菜を斜め切りにして、醤油やみりんを混ぜ合わせる。


 そう、驚くことにこの世界、日本と同じような調味料や食材がふんだんにあったのだ。

 醤油、味噌、みりん、酢、砂糖に塩。さらにはみんな大好きマヨネーズや、明太子に似た魚介類から作った明太子風マヨネーズまであった。それらが店舗に売られているのを発見したときは、恋唄と胸をなで下ろしたものだ。


 これらを発見し広めてくれた異世界の人、本当にありがとう。

 なんせ、こういう調味料の作り方とか知らないしね。


 市販されているモノを使うだけのオッサンが知っている方が珍しいと思うぞ。

 それはさておき、切った鶏肉に小麦粉をまぶしおき、熱したフライパンにバターを落とすと食欲をそそる良い匂いがしてくる。


 エルフ姉妹も、獲物を狙う狩人の目になりフライパンを振るう恋唄に熱視線を浴びせていた。

 鶏肉をこんがり焼いたらネギを足して炒め、調味料を混ぜ合わせ炒め直したら完成のようだ。


「鶏肉のバター醤油炒めです。

 先生、鶏肉が好きって言ってたから」

「なんてええ娘や……」


 さっそくお皿に盛り付けて、テーブルを囲む。

 見上げれば青い空。目の前には可愛い女の子。さらにはその娘が作ってくれた美味しいご飯。


 まさにこの世の幸せ(ヘブン)。幸せの宝石箱やっ!!!!


「お、お姉ちゃん、やっぱりヒロユキさんって時々変な顔になるね……」

「しっ! どんな英雄にだって、ダメなところはあるのよ」


 聞こえていますけどね。


「じゃあ、いただきます!」

「いただきます!」


 俺と恋唄が手を合わせて挨拶をすると、エルフ姉妹が戸惑った表情になる。


「あー……俺たちの地元では、ご飯を食べる前に挨拶をするんだよ」

「糧になってくれる食材や、つくってくれたヒトに感謝を伝える挨拶なの」

「なるほど……私たちの食前の祈りと同じようなものなのですね」


 そういってエルフ姉妹は両手を合わせ、何事かを祈りのように囁く。


「じゃあ、改めていただきましょう!」


 肉の焼けた香ばしく良い匂いが鼻孔をくすぐっている。もう我慢の限界だ。

 パクリと一口。


「うまーーいっ!」


 高度な食レポなんて出来ないけど、とにかく美味い。ほっぺたがとろけ落ちそうだ。

 エルフ姉妹も一口目を飲み込むと目をまん丸にし、次から次へと自分の皿に入れていく。


 途中交錯する箸が――エルフ姉妹も器用に箸を使えていた――火花を散らし、肉を自らのモノにするべく相手の箸を挫き、躱す。


 まさに食の戦争だ……。

 というか、エルフもお肉はバリバリ食べるってのはマジだったんだな。


 前にそのあたりのことは聞いていたが、いざこうして目の当たりにするとカルチャーショックをちょっとだけ受ける。


「あー米がほしい……」


 少し濃い味付けが、ご飯への欲求を誘った。この世界にきて、初めてご飯が恋しくなってしまう。


「米……ライス、ですか? それなら、北のドルフエイム連合国か南の都市国家のいくつかにあると聞いたことがあります」

「元々は東の島国から伝わったみたいですけど、気に入った人達が広めているらしいですね」


 なんと。

 エルフ姉妹から重要な情報をゲットしてしまった。


 これは、次なる目的地が決まってしまったも同然だ。また、恋唄と旅行の計画を立てなければならない。


「ねぇ、ララちゃんにアリちゃん。あのロイントリッヒってエルフさんは、なんであんなに先生に絡んできてたの?」


 いつの間にか恋唄はアリエルさんをアリちゃん呼びしていた!?

 まぁ年齢もそんなに離れていなさそうだし、本人達が仲良くなるのは良いことだ。


 俺は置き去りにされているが……。


「……ロイントリッヒは私たちの祖父の兄弟の息子になるんですが……

 ちょっと性格に難があるというかなんというか……」

「大伯父様は、森を捨てることに反対し帝国軍と戦うことを選んだの。性格は微妙でも立派な戦士として戦ったんだけど……その大伯父様の息子であるロイントリッヒも最初は『ヒト族に支配されてなるものか』ってスゴい勢いだったんだけどね。最初の方の戦闘で傷ついて逃げ帰ってきたの」


 エルフ姉妹の話を要約すると、ロイントリッヒは老齢のエルフに根強く残るエルフ至上主義者の思想――エルフが全ての種族の中で一番精霊に愛され、優れている種族だという考え方――に染まっているようだ。


 そのため最初からヒト族に嫌悪感を抱いていたようだが、帝国の一件以来それが憎しみにまで膨れ上がったらしい。


 そこまでなら多少気持ちは分からないでもないが、ロイントリッヒは元々プライドも高く、親も碧き森の民の中では立場が上だったこともあり、結構部族内でも威張り散らしていたようだ。


 そんな時に帝国との戦争が起こり、意気揚々出陣したものの思った以上にヘタレだったようで、逃げ帰ってきてからは口だけ偉そうなダメエルフになってしまった。


 そして、一緒にここに避難してきて今に至る、と。


「あいつはね、お姉ちゃんに手を出そうとしてるくせに、私にもちょっかいかけてくるの。

 しかも上から目線で……あー思い出したら腹が立ってきた!」


 ララノアちゃんが怒りで地団駄を踏んでいるが、アリエルさんは諫めることなくお茶を飲んでいた。

 どうやらアリエルさん自身にも、ロイントリッヒに対して思うところがあるようだ。


「なるほどねー」


 確かにアリエルさんもララノアちゃんも文句なしの美少女だ。

 もともとエルフ一族が全体的に美形揃いだとは言え、この姉妹はその中でも群を抜いている。


 輝く碧色の髪、大きな碧色の瞳、小柄な顔は二人の共通項だが、お姉さんのアリエルさんは可愛い中に強さがあるという感じだ。対して妹のララノアちゃんは守ってあげたくなるような可愛さをもっている。


 エルフの男達が放っておかない理由は、十分に理解できる。

 ただ、そんなに手当たり次第に、しかも上からってのはダメだろう。


「――おい」


 そんな話に盛り上がっていたら、まさかの当の本人がやって来た。

 噂をすればなんとやら、だ。


 しかし、目線は俺たちに向けずエルフ姉妹だけに固定されている。どうやら俺の存在は無視することで、心の平穏を保つことにしたらしい。


「アリエルにララノア。こんな所にいたら、キミたちに悪い噂が立ってしまう。

 早く戻ろう」

「こんなところって!? ロイントリッヒ、ヒロユキさんに謝りなさい!!」


 いきなりとんでもないことを言い出したロイントリッヒに、アリエルさんが激怒する。本気で怒って叫ぶが、どうやらロイントリッヒには届かないようだ。


「どうしてだい? 私はキミたちのことを心配してあげてるんだ!

 こんなヤツの側にいたら、私のキミたちが汚れてしまうじゃないか」

「……あなた、本気で言っているの?」


 ざわっ、とエルフ姉妹の周りに風が起こる。熱い風だ。

 怒りがエルフ姉妹の身体から魔力となって放出されているようだ。


「本気も何も……本当にどうしたんだい? たかだが猿のようなヒト相手に、そこまでムキになることじゃないじゃないか」


 心底不思議そうに、ロイントリッヒはさらに怒りを煽ることを言い始めた。


 こいつがワザとじゃなく自然ナチュラルにここまでのことを言っているんだったら、逆に凄いと思い始めてきた。

読んでいただきありがとうございます。

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