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023.エルフ一族の来訪

 異世界に召喚されて三日目。


 朝ご飯を食べ終えてから、恋唄とどんな家を作っていこうか話をしていたら賢者様がやってきた。

 骨がつやつやしているところを見ると、どうやら朝から温泉に入っていたみたいだ。


「あれ、賢者様。どうしました?」

「おはようございます、聖皇様。

 先ほど【リリス】から連絡がありましてな。どうやら碧き森の民が来るようですぞ」


 リリスは賢者様の使い魔の一種で、ムササビのような可愛い姿をしている小動物ゾンビだ。

 ムササビとは違い、風魔術を使い自由に空も飛ぶことも出来る。


 賢者様の使い魔であるため、テレパシー的な長距離でも大丈夫な意思伝達機能があり、連絡役としてエルフ姉妹と一緒に転移魔術で旅立って行っていた。


 ちなみにエルフ姉妹の一族がここに来るには、賢者様がリリスを起点として転移魔術を発動する手はずになっている。


 リリスから連絡が来たということは、向こうの準備が整ったということだろう。


「それはそれは。でも、どうして俺たちに報告を?」

「先に、世界樹の主たる聖皇様にご挨拶させようと思いましてな」

「ぶーーーーーーーっ!?」


 とんでもないことを仰る。


「いやいや! お隣さんになるわけだから挨拶はいいとしても、こちらから出向きますよ! てか、世界樹の主って何!? いつの間に!?」


 俺たちは世界樹、エルフ一族は賢者様の【迷宮ダンジョン】内ということで次元の壁はあっても、一応はお隣さんだ。


 だから挨拶をするのはやぶかさではないし、むしろ大事なことだとは思うけど……。

 とんでもない爆弾発言が降ってきた。


「かかか。何を言われますか。世界樹が認め、神の力を扱う聖皇様以外に、ここの長は任せらせませぬ」

「先生、凄いですね。私も王様って言った方がいいですか?」


 骸骨賢者が快活に笑うと、恋唄もいたずらを仕掛けた子どものように笑っていた。


「……マジで、立ち位置的に俺がトップですか?」

「マジですぞ」


 わお。いつの間にか世界樹周辺の責任者になっていた。

 世界樹に認められたって、いつの間に……。


「かかか。それは秘密ですぞ」

「もう……分かりました。この場所を使わせてもらっている身ですから……なんでもいいですよ」


 聖皇と呼ばれたり、いつの間にか世界樹のトップ――何をする立場かいまいち分からないが――になっていたりと、勝手に称号が増えていってしまっているが仕方ない。


 俺は流れに身を委ねることに長けたジャパニーズ。「NO」とは言えないのだ。


 ★


 とりあえず、世界樹の麓。

 周囲に何もない草原の広がるところで、転移魔術を使い呼び寄せることになった。


 出迎える側は賢者様に俺と恋唄だけ。


 一応、この世界用の衣服は昨日の時点で何着か買っておいたが、今回はお隣さんとなるエルフ一族との初顔合わせであるため、俺はスーツ、恋唄は制服で立っていた。


 賢者様はバリバリの格好いい魔術師っぽいローブ姿だ。


「では、参りますぞ」


 賢者様が両手を掲げると、巨大な魔方陣がいくつも展開される。

 転移魔術は、転移する距離や人員によって必要となる術式や魔力が異なる。距離が長ければ長いほど、人員が多ければ多いほど必要となる量は多くなるのだ。


 今回は数百人を一度に転移させるため、構成された術式は多く生まれる魔方陣も巨大で多層に渡っている。


 それを数瞬で生み出す賢者様の魔術行使技術と魔力の高さは特筆すべき事実だ。

 魔方陣が一際大きく輝いた次の瞬間、目の前には多くの人が現れていた。


 老若男女、どの顔も美形美形美形。

 美形のバーゲンセールかという勢いだが、みんな戸惑う表情を浮かべている。


「こ、ここは……!?」


 先頭の高齢エルフが声をあげると、賢者様の姿に気づいたのか一斉に膝を折って跪く。


「偉大なる世界樹の賢者殿! この度は、不肖なる我ら碧き森の民をお救い頂き、誠、誠にありがとうございます!!」

「賢者様!!」

「賢者殿!!」


 先頭で立派な髭を生やした細身の高齢エルフが、どこから声を出しているんだと思わせる大声で感謝を叫ぶ。


 すると後ろで同じようにひざまずくエルフ軍団が、賢者の大合唱を始めた。

 行き場をなくす恐怖や苦難は、想像以上にエルフ一族にダメージを与えていたんだろう。


 それを簡単に解決できる賢者様は、やっぱりスゴい存在なのかもしれない。

 もうお風呂好きな骸骨じいさんみたいなイメージが出来上がってしまっていて、スゴいという評価が違和感でしかない。


「よい」


 賢者様が片手を上げるだけで、大合唱が一瞬で収まる。全員が賢者様の発する言葉をひとつも聞き逃さないように、耳を傾けているみたいだった。


 そういえば賢者様が死を超越した(イモータル・)偉大なる王(オーバーロード)という魔物であることは、しっかりとエルフ姉妹が説明していたようだ。


 ローブの舌の骸骨を見ても全く恐怖を抱かず、逆に畏怖というか尊敬の眼差ししかなかった。


「碧き森の民よ。我が友の末裔ならば、そなたらもまた友よ。我は友の来訪を心より歓迎しよう」


 見た目に似合わない優しい口調でそう告げると、エルフ達からはおおっという感動と安堵の声が広がる。


「住み慣れぬ地で困難もあるかとは思うが、皆で力を合わせてほしい」

「はいっ、賢者様!!」

「ありがとうございますっ!!」

「ああ、賢者様!」

「感謝いたします!!」

「いや、我らが王よ!!」


「――いや、違うな」


 エルフ達の歓声が、賢者様の威厳のある一言で一気に静まる。


「賢者殿、違うとは……何がでございましょうか?」


 恐る恐るお髭のエルフ爺さんが尋ねる。


「我は王ではない。この世の王とは、こちらにおわす聖皇様、ただ一人」

「ふぁっ!?」


 賢者様は、突然爆弾を投げつけてきた。


「な、何言ってんですか!? もうすこし紹介の仕方があるってもんでしょ!!」

「はて。儂は事実しか言っておりませぬぞ。かかか」


 小声で言い合うが、賢者様は意にも介さない。

 ちらっと見ればエルフ達が、なんだコイツはって感じで俺たちを見てきていた。


「し、失礼ですが、賢者殿……こちらのヒト族の青年は?」

「うむ。この方こそ、我が王にして世界樹が認めし神子みこ、聖皇ヒロユキ様であられる。

 我を崇めることなかれ。全ては聖皇様の御心よ」

「は、ははぁっ!! 我ら碧き森の民は、未来永劫、貴方様に忠誠を尽くすことをお約束いたします!」

「あ、ど、ども。ヒロユキです。そんなに畏まらないでください。

 えっと、ご近所さんとなるので……仲良くしましょう」

「ははっ! ありがたき幸せ!!」


 わたわたと挨拶をするが、数百のエルフ達が一斉に傅くまってくるのでドギマギしてしまう。

 そんなに大層な存在でもないのにそんなことされたらマジで困る。


 賢者様を恨めしく睨むも、全くそしらぬ顔でスルーされてしまった。

 恋唄は相変わらずニコニコしている。


「……気に入りませんね!」


 突如、エルフの集団の中から一人のエルフが立ち上がって、こちらを睨み付けてきた。


「私は、偉大なる世界樹の賢者様に仕えると思ってやって来た。

 下賤げせんなヒト族の若造に頭を下げるためでは断じて、ない!!」


 長身の男性だった。

 肌は女性のように白く、細身の身体にはローブと煌びやかなアクセサリーが着いている。


 オールバックにしている髪はキレイに纏められどことなく気品があるが、それ以上にキザっぽさが目立っている。

 端正な顔を怒りに染め、殺意すら感じさせる勢いで睨んでくる。


「ロイントリッヒ!! 止めぬか! 賢者殿と聖皇様の御前なるぞ!!」

「叔父様は黙っていてください! 皆は良いのかい? こんなヒト族のガキに傅くまって!! 我らは高貴なるエルフの一族だぞ!?」


 お髭のエルフ爺さんが鬼の形相で立ち上がったエルフの青年――ロイントリッヒという名前らしい――を怒鳴るが、ロイントリッヒは怯むことなく逆に周りを扇動する。


 しかし、周りの視線は冷ややかだ。

 客観的に見て『またこいつかよ』みたいな、呆れというか冷たい視線をロイントリッヒに投げかけていた。


 思った反応ではなかったのか、少し怯み始めるロイントリッヒ。


「何を言っておる馬鹿者!! どなたのお陰で我らに安寧の地が与えられたと思っておるのだ!?」


 お髭のエルフ爺さんが顔を真っ赤にしながら怒鳴る。まさに怒髪天を衝くといった感じだ。


「はて。我の耳がおかしくなったのか。

 そこのエルフ。

 貴様は今、まさか、我が王を馬鹿にしたのかの?」


 さらに追い打ちをかけるように、賢者様の眼窩の炎が一際朱く燃える。


「はっ!? い、いえっ!! ま、まさか……そのようなこと……ただ、私は……」


 ロイントリッヒは俯き、震えながら腰を折り跪いた。

 骸骨に睨まれたら、確かに怖いよなぁ。悪夢として出てきそうだ。


「申し訳ありません! 賢者殿! 聖皇様!! 何卒、何卒お許しを!!」


 お髭のエルフ爺さんが土下座する勢いで賢者様に頭を下げる。


「かかか。違うのなら良かった。そなたも何を謝る。どうやら我の聞き間違えであったようだ。かかか。聞き間違えるとは、歳は取りたくないものよな」

「ま、まあ、皆さんいろいろ思うところはあると思いますが、仲良くやっていきましょう!

 うん!

 さ、さあ、賢者様。彼らを案内してあげて下さいねっ!!」


 なにこの雰囲気。もう嫌だ……。

 ということで、さっさと終わらせてしまおうと、纏めに入る。


 挨拶はもう十分でしょう。

 突然見知らぬオッサンを王と仰げと言われて混乱する気持ちは十分理解できる。ロイントリッヒも『ヒト族』と言っていたからには、過去に何か因縁があるのかもしれない。


 信頼関係は簡単にはつくっていけないんだ。

 時間をかけてゆっくりと。だから、さっさとこの場は終わらせましょう!


「ふむ。聖皇様がそう言われるのであれば……ならば碧き森の民よ。ついてくるが良い」


 賢者様がダンジョンの入り口を開き、彼らの新しい住処となる森へ案内していく。

 その『扉』をくぐるエルフ達を俺たちはニコニコと見送ることにした。


 やはり笑顔はコミュニケーションのスタートですよ。

 途中エルフ姉妹の姿もあり、こっちに手を振ってきていた。「また後で」って言っていたので、落ち着いたらこっちに来るんだろう。


 さらに先ほどいきり立っていたロイントリッヒも俺たちの前を通っていく。


「よろしくお願いしますね!」

「……触るな、猿が」


 今後仲良くしようね、と握手を求めてみたモノの応えてくれず。逆に暴言をぽつりとつぶやかれる。憎しみがこもった視線が痛い。


 誰にも聞こえないように言ったつもりかもしれないが、十分聞こえてるんだよな。


 賢者様が先に『扉』をくぐってくれていて良かった。あの人、なぜか俺を過大評価しているからなぁ。聞こえていたらまた一悶着起きそうだった。


「あ、あはは……」


 まぁ、そんな暴言を吐けるのも、きちんと賢者様が先に行っているのを確認しているからだろう。

 そう考えると、小物臭が半端ない。


 苦笑いで見送るしかないよな、もう。

 はぁ……。なんか厄介事が起こる予感しかしないんですが……。

読んでいただきありがとうございます。

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