022.温泉に入ろう
温泉の成り立ちとは一体なんぞや。
世界樹の家に帰ってきた俺は、荷物整理もそこそこに、小さな小屋の中で胡座をかいていた。
周りでは恋唄が楽しそうに小物を並べたりしている。
今後近いうちに家も作り直すからわざわざ整頓しなくても良いとは言ってあったが、「明日やろうはバカヤローです」と訳の分からない返事をされただけだった。
それはそれとして。
今、何を考えているのかというと、俺たちのお風呂事情だ。
現状、寝る場所だけど家もあり、トイレもある。
となると後必要になるのは、なんといってもお風呂だ。
というわけでお風呂を作ろうかと思ったのだが、どうせ作るなら温泉が良いんじゃないかと思い立ってしまった。
俺は正直お風呂は面倒くさいと思っちゃうタイプで、いつも家ではシャワーばっかりだった。
それでも温泉に入れば気持ちいいと思うし、疲れも取れている気がする。
何より、もしかして混浴とかラッキースケベな事件が起こる可能性もゼロではない以上、早急に作らねばならまい。
で、温泉を作ろうと思ったんだけれども。
どうやって作れば良いのか……。
そもそも世界樹に温泉をつくってもいいものか……。
仕方ない、か。
「ちょっと賢者様のところに行ってくるね」
「はーい!」
困ったときの賢者様だ。
★
賢者様の迷宮に転移すると、賢者様はちゃぶ台でお茶を飲んでいた。
骸骨なのにお茶を飲むのかと突っ込みたくなるが、そういえば肉も普通に食べてたからそういうものなんだろう。
ご丁寧に座布団の上に座っているのは、見ないふりをした。
死を超越した偉大なる王と大層な名前をもつアンデッドの王が、座布団の上に座ってお茶を飲むだなんて、なんか侘しい。
「おや、これは聖皇様。どうされましたかな?」
「お休み中、申し訳ありません」
いえいえ、と座布団を勧められたので対面に座る。結構柔らかくて座りやすい座布団だった。後で作り方と材料を聞いておこう。
「温泉、ですか?」
「はい。やっぱりお風呂なら温泉かなぁと」
「なるほど。そういえばヒトの世では沐浴が礼節の一つでしたな。儂など【洗浄】や【浄化】の魔術で清潔さを保つことくらいしかしてませんからなぁ」
アンデッドが【浄化】魔術を使っても大丈夫なのか……ッ!?
「……そういえば昔、ドワーフの一族が温泉をつくると騒いでおりましたな。確か火山がどうとか」
「あっ、それですね!」
そうだ、確か火山の地下にあるマグマで地下水を温めて、それが温泉になるんだったかな。
確か地下1000メートルくらいをボーリングとかで湧出させれば良かったんだっけ?
要は熱いお湯が出てくれば温泉っぽい雰囲気になるか。
効能とかなんて見た目だけじゃ分からないから、そこまで気にしなくてもいいだろうし。
雰囲気さえあれば十分だ。
「このあたりに火山ってあるんですか?」
「東の方の大きな山を覚えていらっしゃいますかな? あれが不死山と呼ばれる火山ですな。竜が住み着いていて、その魔力で山も常に活性化しております」
そんな近くにいたのか、ドラゴン!!
大丈夫なのか?
「かかか。ヤツらもヒトの世にそこまで興味はないでしょうからな。下手なちょっかいを欠けぬ限りは、山に籠もっておるでしょう」
触らぬ神……この場合は触らぬ竜に祟りなし、だな。
東の山には一切近づかないようにしておこう。
ただ、火山があるということは温泉が湧いてもおかしくはないということか。
「世界樹のすぐそばに温泉つくって大丈夫ですか?」
「かかか。そこまで気にする必要はありませんぞ。よほどのことがない限り、世界樹は全てを受け入れてくれますからの」
一応、世界樹の管理人的ポジションにいる賢者様に許可を取っておく。
勝手に進めてしまって問題になるのは、お互いにとってよくないと思うからね。
「ありがとうございます。じゃあ、早速つくってみます」
「完成したら招待して下され。儂も最近肩がこってきましてな」
「は、はぁ……」
骨だけなのに肩ってこるものなのか……ッ!?
★
というわけで。
温泉をつくるにあたって、まずは場所決めだ。
広大な土地があるわけなので、贅沢に場所を使うことはできるが、どこにつくるかは大事だ。
とりあえず地下水がないと話にならないので、【探索】の魔術とスキルで周囲を探る。
結果、火山のマグマによって温められている地下水を発見。
さすが【御都合主義】。苦もなく見つけることに成功してしまった。
ちょうど川の近くなので、そこに決めるか。
温泉と言えば、昔、レジオネラ菌がどーたらこーたら。排水問題がうんたらかんたらと社会問題になったことがあった。
前者は無洗浄、無殺菌の浴槽で温泉を交換せず使い続けてしまい死亡事故が発生したことで広く知れ渡ることになった。
後者は詳しくは知らないけど、源泉の中にはそのまま排水してはマズい成分があるからちゃんと処理してねというやつだった気がする。
これらの問題は基本的に魔術で対応できそうなので深く気にする必要はないが、身体を洗ったりシャンプーをしたりすることを考えれば、きちんと排水処理はしておかなければいけない。
ということで、川の近くにつくれば排水処理をした上で流していけるわけだ。
今回つくる温泉は、もちろん源泉かけ流し温泉だ。
源泉かけ流し温泉は湧き出た新しい湯が常に浴槽に注がれているもので、溢れた湯は浴槽に戻らず排水されていくものだ。
温泉成分がより強く残る、まさに温泉といえる。
まずは源泉を一時保留できる貯水池のようなものをつくることにした。
土魔術で不要な土をどけつつ、周囲を固めていく。土を凝固させていくことで、ほぼ岩のような硬さと艶やかさが生まれてくる。魔法って不思議だね。
およそ10メートルほどの深さになった貯水池の中央で、穴を掘っていく。
掘るといっても、実際に掘っていたら土が溢れてしまうので、今回は光魔術の出力をあげ消滅させることにした。
魔術を放ち、水源があるところまで一気に穴をあける。
どどど、と地響きのような音がして、熱いお湯が噴き出してきた。
「あっち!!」
予想以上に熱く、慌てて避難。
【神眼】スキルで見てみれば80度近くあった。
このままではさすがに入れないので、後で温度調節をしなければいけない。
ただそれよりも、貯水池に源泉が溜まりつつあるので急いで湯船の製作に入る。
貯水池と川の間に4つの湯船をつくった。
1つは大型の湯船で、25メートル四方のプールのような形だ。湯船は賢者様のダンジョンから仕入れてきた木材でつくる。もちろん【状態保存】【殺菌】【洗浄】の術式をしっかりと刻んでおいた。これで掃除しなくても清潔な状態を保てるはずだ。
俺の安寧の生活に、掃除は必要ない。きりっ。
この大浴場は真ん中に敷居をつくり男湯、女湯に分ける予定だ。
さらにその大浴場の左右に、5メートル四方の浴槽をつくる。これは露天風呂にしようと思うので、土魔術で土を圧縮し岩石のようにして設置していく。
最後は少し離れた位置に、小さめの浴槽をつくっておく。これは家族風呂的な……混浴も可能にするお風呂だ。
それぞれの浴槽の周囲を小さな堀のようにし、溢れる古いお湯を排水できるようにしておく。
ついでに身体を洗う所やシャンプーなどを置ける台もつくっていき、床を仕上げればあっという間に俺の欲望丸出し温泉の完成だ。
貯水池に溜めていた源泉があふれそうになっていたので、木で水路を作りそれぞれの温泉に接続する。
イメージは群馬の草津温泉だ。
もくもくと湯気を立てながらそれぞれの湯船に源泉が溢れていく。
あ、そうだ。温度調節をしないといけない。
水路の入り口に木の板をはめ込み、それに【冷却】に術式を刻む。ちょうど良い温度――42度くらいが俺的にベストだ――になるように、お湯が冷却できるようにしておいた。
後は、脱衣所と温泉の周囲を囲む壁をつくるだけだ。
屋根は結界の術式を刻んだ魔石を四方に置き、中からは外が見えるが外からは見えないマジックミラーとなるような結界をつくることにした。
これがなかなか良いアイデアで、温泉につかりながら壮大な世界樹が眺められるという、観光地にぴったりな温泉ができあがってしまった。
「……ふぅ。完成だ」
満足のいく出来ではないだろうか。
外観は、愛媛の有名な温泉をモデルに近代和風建築でつくりあげた。さすがに二階はないが、土や火、風魔術を活用すれば瓦屋根のようなものができあがっていた。
室内にはきちんとトイレを準備してある。温泉に来てからトイレに行きたくなった場合、結構歩かないといけない。それならいっそ作った方が良いと、昨日作ったやつをこっちにも作っておいたのだ。
しかし、魔法やスキルってスゴいな。
こんな建築物や温泉をわずか数時間で作り上げてしまう異常さを改めて感じる。
まぁ、そういう世界なんだろうから郷に入っては郷に従えば良いのだ。
それよりも一気に全ての作業を終え、さらに温泉の熱を一身に浴びていたため汗だくになってしまっていた。
これは温泉に入るしかないでしょう。
温泉は、大変気持ちよかったです。
残念ながらラッキースケベなイベントは発生しなかったけど、喜んで貰えてよかったよかった。
ちなみに賢者様はえらく温泉を気に入り、よくお酒を飲みながら温泉につかっているようだった。
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