021.しあわせなオッサンと少女
元来た道を戻っていると、何人もの兵士達とすれ違った。
殺気だってあの熊男の店の方に向かっているみたいなので、どうやら誰かが通報したのか――あるいは立ち上った黒い焔を見たんだろう。
どうやらこの国はきちんと警察機構的な存在がいるようだ。
熊男のプライドの高さから俺たちにやられた詳細を語るとは思えないので、俺たちを捕えに来ることはないとは思うが、早めに用事を済ませて世界樹に戻るべきかもしれないな。
「とりあえず必要なモノを買いに行こうか」
「うん。まずは生活用品ですよね。石けんやシャンプー、トリートメント、タオルに歯ブラシ……」
必要なモノを順に言い合いながら、買えそうな店を探す。
そういえば、さっきから恋唄の言葉遣いがちょっとフランクな感じになっている気がする。
言っている内容は変わらないが、前はきちんと先生と生徒といった感じだったが、今はちょっと違うんだよな。
でも、それが心地良いと思ってしまっているわけだから、俺も大概だ。
「デパートみたいなところがあればいいんだけどね」
「でも、ここの通り大きいから、きっと何でも揃いそうですね!」
大通りに戻ってきた俺たちは、まずこの通りにある店で買うことを決めた。
下手に大通りを外れても、さっきみたいなことがあったら面倒くさいからだ。
「あっ、ここのお店良さそうですね!」
恋唄が目を付けたのは、三階建てくらいの大きな建物だ。入り口には花壇が置かれ、大きな看板も設置されている。
結構な人が出入りしているので、あくどい店というわけでもないだろう。
看板には『エビス商店』と書かれてあった。
「ここは、生活用品を売ってる店っぽいね」
1階部分は出入り口が広く取られているため、外からでも中がよく分かる作りになっていた。
タオルやマットなどがきれいに並べられている。
「チョイスは恋唄に任せていいか?」
「ふふっ、お任せを!」
俺のセンスの悪さはクラスでも評判だった。
学校行事のある日などは教師陣も私服で参加するときがあるのだが、俺の服装を見てクラスの連中は爆笑していたものだ。
ブタのマークのついたTシャツとか、センス良いと思ったんだけどな。
それはそれとして。
タオル、バスタオル、シャンプーなどの洗面用具や歯ブラシ、石けんなどの衛生用具、包丁やフライパンなどの簡易的な調理用具など予想以上に近代的なモノがたくさんあった。
残念ながらティッシュやトイレットペーパーはなかったが、ちり紙のような使い捨ての紙があったのでそれも買っておく。
おおよそ必要なモノを買えたら、次の店をのぞき、また必要そうなものを買っていくという流れを繰り返していると、あっという間に時間が経っていた。
とりあえずお腹が空いたので、広場に出ていた屋台で焼き鳥を買いベンチに座って食べることにした。
「美味しいですね! 何のお肉でしょう?」
「コマネチコンドルって言ってたけどね。多分鳥っぽいけど、何なんだろうね」
焼き鳥を売っていた威勢の良い屋台のおっちゃんがいろいろ説明してくれてたけど、あんまり理解できていなかった。
まぁ美味しければそれでいいや。鳥ならそこまでのゲテモノはいないだろうし。
「……でも、この世界って不思議だよね」
「はむ?」
焼き鳥を口に頬張りながら、不思議そうに見てくる恋唄。
「あ、食べてる最中にごめん」
売られている品々を見て思ったんだけど、この世界の文化や技術は地球のそれと大きく離れている。
ガラスに眼鏡、細かな細工のアクセサリーや便利な調理器具、多種多様な調味料、面白いゲームやおもちゃなど、こんなものまであるんだって思えるモノが普通に存在しいた。
一方で魔法で代替が効くモノについては、あまり技術発展がない。
たとえば電球は【照明】の術式が刻まれた魔石で売られていたし、冷蔵庫は【冷却】の術式が刻まれた箱で売られていた。
魔法があるが故に技術力が歪になっているわけだ。
「まぁ便利だからそれでいいんだけどね」
美味しいモノが食べられ、不自由ない暮らしができる。それだけで十分すぎる。調味料もない、トイレもないみたいな生活は嫌だ。
「じゃあ、最後に服を買って帰ろうか」
焼き鳥を食べ終えて、ごちそうさまでした、と手を合わせていた恋唄に声をかける。
大体の日用品は買えたので、後は服関係だけだ。
「じゃあ、さっきのクロユニに行きましょう!」
クロユニはここに来るまでに見つけた衣服店だ。大型の店舗でカジュアルな衣服がたくさん置かれていた。
若い女性が多く訪れていたので、若年層にも人気の店なんだろう。
「おっけーおっけー」
これは時間がかかるかもしれないな、と覚悟を決めて立ち上がる。
いつの時代、どこの場所でも女性の買い物は時間がかかるものなのだ。
「疲れましたねー」
「だな」
結局、すべての買い物を終えるのに一日を費やしてしまった。
だけど必要なモノは全部買えたので、今後の生活は安定したものが送れそうな気がする。
足りないモノや欲しいものがあれば、それは自作すればいいしな。
……ん。
日本ではDIYなんてしたことがなかった俺がそんな発想をするようになるとは……異世界、恐ろしい!
「恋唄は買い足りないモノとかある?」
金はガッポリ持ってるぞ、と成金みたいな思考になってしまっているな。
金貨1000枚。
ここでは金貨1枚が銀貨100枚、銀貨1枚が銅貨10枚で換算される。
金貨1000枚は白金貨1枚に交換できるが、これは大商店とか国とかといった大きな組織同士で使うことがほとんどで、個人で扱う人はあまりいないそうだ。
銅貨1枚で焼き鳥1本や果実ジュースが1つずつ買えるくらいだから、日用品をどれだけ買っても金貨1枚いくかいかないかくらいだった。
「これを買ってもらえたから、もう何もいらないです」
恋唄は艶のある長い髪についた髪飾りを触りながら、嬉しそうにしていた。
桜の花びらのようなデザインの小さな髪飾りだ。
露天のアクセサリー屋さんに呼び止められたとき、恋唄が欲しそうに眺めていたのでプレゼントした。
アクセサリー屋曰く、どうやら魔導具の一種らしく特殊な効果があるとのことだった。ただ、その効果は秘密だということで教えてくれなかったが。意味ないじゃん……。
とにかく、嬉しそうにしている恋唄を見るだけで、俺も幸せな気持ちになれる。
今俺の顔を端から見れば、でへへ、とデレデレした顔をしているのかもしれない。
「じゃあ、今日は帰るかー」
「はい!」
既に陽が沈み始めて、夕焼けが城壁を赤く照らしていた。
門を出入りするヒトはあまりいない。どうやら夕方になって外に出るヒトは多くないようだ。
この門も時間になれば閉鎖されるようだ。
「よい旅を!」
出るときも、来たときと同じように石版にタッチする必要があった。
今回もささっとそれを出し抜き、帰途につく。
帰途につくと言っても、人気のないところまで行って転移魔術で帰るだけだが。
「ふー……なんだかんだ疲れたね」
「でも楽しかった! 先生とこうやって買い物するなんて、デートみたいですね!」
「で、デート……!?」
なんだその甘美な響きを持つ、胸をドキドキさせるような言葉は!?
「ふふっ。私とお出かけできて先生は幸せ者ですなぁ」
「なんだよ、そのオッサンみたいな喋り方は!?」
「もう、ごまかしてー。幸せならちゃんと幸せって言葉にしないと、幸せが逃げちゃいますよ!」
うりうり、と肘で突かれる。そんな動作すら可愛いな。
「うるせー! お前はどうなんだよ!」
「もちろん、幸せに決まってるじゃないですか!」
照れ隠しに言い返してみれば、恋唄は本当に幸せそうに笑顔で返してきた。
夕陽に照らされるその姿は、いつもと違って大人びて見えた。
「お、お、俺も幸せだよっ」
女子高生に翻弄されるオッサン。
でも、それでも良いかなぁと頭をかきながら、嬉しそうにしている恋唄と並んで帰った。
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とても嬉しかったです。書く意欲がさらにわきますね!
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