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020.力の使い方

 頭上に向け、黒い炎――冥闇めいあん系統魔術を放つ。

 今回は威嚇だけが目的なので、威力はそこまで高める必要はなかった。それよりも炎の量と勢いだけを目立たせるように構成する。


 結果、第二階梯――23段の階層をもつ術式を一瞬にも満たない時間で構築し、発動。

 放たれた焔の渦が、小屋の屋根を貫き天に昇っていく。屋根は一瞬で消し飛び、青空が広がった。


 店の中に陽の光が降りそそぎ、薄暗くジメジメとくすんでいた空気が晴れていく気がした。

 黒い焔は空へと激しく昇っていき、消えていく。


 その勢いに、襲いかかってこようとしていた男達がたたらを踏んだ。


「き、気をつけろッ!! 魔術師だ!!」

「なんだ……あの魔術……」

「お、おい……一瞬で発動してなかったか……今の……」

「あの威力、第四階梯くらいなかったか!?」

「ごちゃごちゃうるせえ! 魔術防壁を張れっ!!」


 後から乗り込んできた男達の中でも、一際大きな剣をもっている男が叫ぶ。

 尻込みしていた男達が、そいつの声で冷静さを取り戻していく。


 でも関係ない。

 こいつら相手に魔術は必要ないからだ。


 ひとつ、息を吸った。

 世界がスローモーションのようにゆっくりと動き始める。


 まず、恋唄にゲスなことをした二人を沈める。二度と女の子とお楽しみできないように、急所を的確に蹴り潰す。


 そのまま奥に詰めてきていた男達を、殴り、蹴り、弾き、飛ばしていく。

 蹴り上げた男が地に落ちるよりも速く。


 殴り飛ばした男が古くさい店の壁にぶつかるよりも疾く。

 瞬きの間にすべての敵を片付ける。


「――ふぅ」


 恋唄の元に戻った瞬間、世界が動き始める。

 蹴り上げた男が地面にぶつかり、殴り飛ばした男が店の壁を壊し、どどどと入口側の壁が崩れていく。


 その木片の隙間からうめき声を上げる男達が死屍累々たる有様になっていた。


「……う、嘘だろ?」


 ここに至ってようやく状況を飲み込んだ熊男が、わなわなと震えながら呟く。

 カウンターの内側で、どさりと尻餅をついた。


 こちら側の壁はほぼ全壊していて風通りが良くなっているのに、カウンター側の店舗は無事なままなのがちょっと笑える光景だった。


「お、お前、何者だよっ!?」

「知ってるだろ? ただのおのぼりさんだ」

「ふっ、ふざけん――」


 熊男の側まで歩み寄り手をかざすと――丁寧に焔が纏う演出つきだ――唾を撒き散らしながら叫んでいた口を閉ざした。


「改めて聞きたいんだけど、Aランクの魔石は1個どれくらいの価値なのかな?」

「……お前の持ってきた大きさなら、金貨100枚くらいだ……」


 すごいな。最初、5個で金貨50枚って言っていたから1個金貨10枚でぼったくろうとしていたわけだ。

 10倍の差を堂々と騙し取ろうとは、あっぱれだった。


「カエル。合ってるか?」


 道路の端に震えながら隠れるカエル男が、びくっと身体を震わせた後必死に頷いていた。

 こいつは戦闘員でなかったのか、助っ人を呼びに行った後は隠れていただけだったので見逃していた。


「恋唄?」

「うん。嘘は言っていません」

「じゃあ、1個換金するよ。金貨1000枚で。店が壊れた分の修繕費や治療費は、いらないよな?」

「ふざけんな!! そんなぼったくり通じるかッ!?」

「いや、始めたのはそっちだろ?」


 ぐぬぬと口を閉ざす熊男。


「……100だ。それ以上は出さねぇ。これでもオレはアズスラーン一家のあるじ張ってんだ――」


 どごん、と熊男の顔のすぐ側を弾丸のように焔が走り抜け、壁を破壊した。

 圧倒的な熱量の塊だったためか、熊男の頬の毛がちりぢりに焦げ付いてプスプスと音を立てていた。


「あ、ごめんごめん。手が滑ったわ」

「……てめぇ……チッ……クソがッ!!」


 俺の本気を感じ取ったのか、熊男は舌打ちをして悪態をつく。それでも腕に着けていたリングを掲げる。


 どうやらリングは【无匣ストレージ】の効果をもつ魔導具レガリアになっていたようで、じゃらじゃらと金貨が落ちてきた。


 それをそのまま俺の【无匣ストレージ】に移していく。

 どうやら本当に1000枚くれたようだ。金貨も偽物ではなく、きちんと本物だった。


「はい、じゃあ確かに。魔石はここに置いておくよ」


 熊男の足下に魔石を放り投げ、恋唄を伴って外に出ようとする。

 すでに店内の壁は半壊しており、ほぼ通りと一体化しているので外に出るという表現があっているかどうかは微妙なところだ。


「ナメ腐りやがって!! ぜってぇ許さねぇぞ……アズスラーン家の名誉にかけて、お前を殺す」


 熊男がカウンターを支えに立ち上がって吠えていたが、足下はガクガクだ。


「強盗がどんな名誉だよ?」

「うるせぇっ! これは男のメンツの問題だ!!」


 やばい。会話にならない。

 ただこのまま逆恨みされているのも問題だ。恋唄にどんな被害が出るか分からないから、リスクは最大限消しておきたい。


 それなら、そもそもこんな店に来るなって話だけれども……。


「……分かったよ。ごめん恋唄。ちょっと待ってて」


 ちょうど足下に落ちていた青竜刀のような武器を、熊男に軽く放り投げる。


「あん?」

「それで攻撃してきていいよ。俺、手出ししないからさ」

「はぁ?」


 メンツの問題なら、徹底的にそのメンツを潰すだけだ。

 戸惑いながらもその青竜刀を持った熊男は、びゅんびゅんと鳴らすように素振りをする。


「調子こきやがって。後悔しても遅ぇぞ!!」

「いいからさっさと来いよ」

「うるせぇぇえええええええええええええええええッ!!」


 大きく振りかぶった一撃が、俺の頭を狙って振り下ろされる。

 全力で振るわれたであろうその一撃は、俺にとってはとても緩慢な動きにしか見えない。

 軽くよけることもできたが、あえてそれをそのまま受け止める。


「ば、バカな……」


 がきん、と鉄がぶつかるような音が響いて、青竜刀が真っ二つに折れていた。

 もちろん俺にはかすり傷一つついていない。痛みすらなかった。


 唖然とした表情で折れた剣先を見る熊男。

 俺はその折れた剣先を拾い上げ、まるで折り紙のように手で折り重ねていく。


「もし俺たちに手を出したら、次はお前がこうなるよ。分かった?」

「あっ、ああっ」


 ピンポン球くらいに圧縮された鉄の塊を熊男の手に渡し、肩をぽんぽんと叩く。

 熊男は震えながら頷くだけだった。


 やっていることは完全に悪者だけれども、気にしない。

 最初に手を出してきたのはあっちだから、きっとこれは正当防衛の範囲内だろう。


 うん、間違いない。

 一時期日本でも『倍返しだ!』って言葉が流行っていたけど、俺はきちんと一倍返しだったからマシな方だと思う。


 いや、むしろ俺の行動で新たな被害者を出さないことにつながるわけだから、これは善いことをしたのかもしれないな。


 と、自分に言い訳を繰り返しつつ、今度こそ本当に店を出た。

 熊男達は追ってはこなかった。多分、今後も手を出してはこないだろう。

 それくらい心が折れた顔つきだった。


「……呆れてる?」

「え? 何でですか?」


 元来た道を戻りながら、隣を歩く恋唄に声をかける。


「いやさ、ちょっと力を得たからって調子こいてしまったわけじゃないか。ダサかったかなぁって」

「いいんじゃないですか? もっている力をどう使うのかは人それぞれですし。

 腕力だけでなく知力、財力、容姿、家族、環境。誰もが持っている『力』を最大限に活かしながら生きているわけですから。

 持っていない人から見たら妬みはあるかもしれませんが、その分『力』を扱う側には結果に対する責任がついてきます。

 その責任を負う覚悟があれば、どんな使い方をしても文句を言われる筋合いはないと思います」


 確かに自分の行動には必ず結果と影響があって、それ次第では褒められたり喜ばれたりあるいは恨まれたりするもんな。


 今回ももしかしたら逆恨みされるって結果がついてくるかもしれないけど、たとえそうなっても絶対に恋唄には指一本触れさせないっていう覚悟は出来ている。


「もちろん、これで誰彼構わずお金を巻き上げてたらドン引きしますけど……」


 と、恋唄が冗談っぽく言って満面の笑みを浮かべた。


「先生が私を信じてくれてるから、私はそれだけで十分嬉しくて……私も先生を信じてますっ!」


 胸が高鳴る笑顔とは、こんな笑顔のことを言うんだろう。

 しっかりと自分をもっている恋唄は、とても輝いて見える。


「恋唄はさ、足を引っ張るとか迷惑をかけるとかって思ってるのかもしれないけどさ。全然、そんなことないんだからな!」

「えっ?」

「さっきも恋唄が見抜いてくれなきゃ損してたわけだし……お前の勇気とか自分をもっているところを見るだけで、俺は元気が出るというか、頑張ろうと思えるというか……」


 うーん、自分の気持ちを伝えるのは恥ずかしいな。


「要は、恋唄が側にいてくれるだけで俺は楽しくて、幸せになれるわけだ!

 さっき、恋唄も言っていただろ? 人はいろんな力を持ってるって。

 恋唄は十分素敵な力を持ってるよ。だから自分を卑下することも、迷惑に思うこともない!

 俺が恋唄と一緒にいたいと思ってるわけだから、そこはもう遠慮するな!」

「……」


 驚いたようにこちらを見てくる恋唄の瞳は、なぜかとてもきらきら輝いていた。


「わ、分かったか? 適材適所じゃないけど、俺たちは互いに必要としてるわけだから、気を遣わなくてもいいんだ!」

「ふふっ! 分かりました! 先生がそんなに私のことが好きだったなんて」

「す、好きって!? な、何言って!?」


 恋唄がふふっと小悪魔のように笑って、抱きついてきた。

 だいぶ大通りに近づいていたこともあり人の流れも増えていたため、近くを通る人たちが何事だと呆れた感じとちょっと羨ましそうに見てくる。


「お、おいっ! 何を!?」

「……先生、ありがとう」


 恋唄のぽつりと呟いた言葉が、大きく心に響いた。

 いや、こちらこそありがとう、だ。


 この世界で俺に生きる意味をくれて、ありがとう。

読んでいただきありがとうございます。

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