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017.カエル男

 この世界でも、国や地域によって通貨価値は異なっている。

 ファンタジーな魔法の世界でも、世知辛い経済格差や地域格差はあるだろうから仕方のないことかもしれない。


 ただ、基本的な考え方は一部の国や地域を除いて一緒で、金、銀、銅の順序で価値があるモノとして考えられているようだ。


 もちろん交換比率は国ごとに異なっているが……。

 ちなみに、両替や貯金は世界銀行なる【ギルド】が管理しているようだ。


 銀行ギルドは世界各地に点在しており、大きめの街であれば必ず1つは支店がでている。

 一度銀行に預けたお金は、どこの銀行に行っても下ろすことができるらしい。


 ファンタジーな世界に似合わないハイテクぶりだった。

 まぁ所持金が皆無な俺たちにとっては、悲しいけれども関係のない話だ。


「ここが……アレクサンドリア……」

「……すごいなぁ」


 巨大な城壁を見上げながら呟く恋唄と俺。

 エルネリア王国の首都であるアレクサンドリアは、二層の城壁で囲まれた美しい城郭都市だった。


 城壁の一層目は低いが都市全体を囲み、魔物達からの侵略を防ぐ。

 二層目は高い壁に華美な装飾が加わり、城下町だけを囲んでいる。


 そんな二層目の城壁の外からでも、白亜の城が雄大にそびえ立つのが見えた。

 巨大な城門からは絶えずヒトが出入りしており、その人達目当てだろう屋台がいくつも出店していて喧噪に包まれている。


 城門から見える都市の風景は、まさにファンタジーの世界だ。

 煉瓦調の大通りに、木材や石材をオシャレに組み合わせた建築物。


 街灯や街路樹もきちんと整備されていて、大通りを進む馬車のような乗り物も見える。

 さらに通りを歩くたくさんのヒト。


 俺たちのような人間だけでなく、見た目はほぼ人間なのに動物の耳や尻尾ををはやしている獣人族や、逆にライオンの顔を持つ獣人族もいる。


 ローブを着込み木の杖をもつ耳の長い美形のエルフ族がいれば、竜の顔をもつ竜人族が鎧を着込み巨大な斧を担いで歩いている。


 集団で歩く小人族に呼び込みをかける、でっぷりとした眼鏡をかけているウサギのような商人。

 賑やかく走り回る子ども達も、人間だけでなく犬や鳥の身体の子達が一緒に遊んでいた。さらには一見魔物にしか見えないゴブリンのような子どももいる。


 城下町に入るための列に並びながら、そんな光景を呆然と眺めていた。


「ファンタジーの世界に来たんだって……今、すごく実感しました」

「……俺も」

「……みんなも、いろんなことに戸惑ってるんでしょうね」

「そうだなぁ……」


 一緒に召喚された子達はどうしているんだろうか。

 あの王女の奴隷と化す魔導具レガリアを付けられた以上、安心安全平和に過ごしているとは考えにくい。


 正直、俺自身は自分のことでいっぱいいっぱいなので、生徒達を今すぐ助けようとか救いに行かなきゃとかは思わないが、恋唄は優しい子なので気になるんだろう。


 かといって俺に何かしら頼むのも悪いと思っちゃうから、「助けてほしい」とかきっと言えない。

 ただ、王女様は確実に恋唄を嫌ってる……というか敵対視しているだろうから、恋唄を連れて帝国にアクションを起こすのは得策ではないと思うんだよなぁ。


「多分、わざわざ召喚したわけだからすぐすぐに何かされるわけじゃないと思うけど……きちんと準備ができたら帝国に様子を見に行こうか」 

「はいっ!」

「それはそれとして、街並みとかヒトとかいろいろ凄いなぁ」

「……あのヒト、いいなぁ」


 恋唄の視線を追っていけば、下半身が蛇で上半身がヒトの女性が歩いていた。

 美人の上に結構露出が激しい服装をしているためすれ違う人――とくにオッサン――が振り向いているが、その目線は胸部にも熱く注がれていた。


 ぼんきゅっぼん、という言葉がよく似合う素敵な体型だ。柔らかそうな双丘――いや、丘という言葉は失礼に当たるか。まさに富士山。多少の布で申し訳なさげに隠される二つの高峰を、惜しげもなく晒しているのは自分に絶対の自信があることを伺わせる。


 恋唄は別に気にする必要ないと思うけどなぁ。

 年相応に十分な膨らみがあると思うけど、その辺りを口にするとセクハラになってしまいそうだ。


「でも、すごい格好してるなぁ……」

「おっ、アンタ達、モンローを知らないとは、おのぼりさんかい?」


 ちょっと対応に困っていたら、後ろから声をかけられる。

 カエル男だった。


 頭には笠を被り、薄い着物と羽織、首には小物を入れているだろう手ぬぐいを巻いている。

 江戸時代の旅人のようだ服装だ。


「モンロー、ですか?」

「ああ。ラミア族のロリリン・モンローさ。この辺じゃ有名な女だよ。ああやって門街あたりの客引きしてるのさ」


 緑色のカエル男は、長い舌を屋台の密集している方向に向けて出した。

 どうやらそっちが『門街』という場所なんだろう。

 ラミアに声をかけられたオッサンが、嬉しそうについて行っていた。


「……そっち系のお店なんですか?」

「そっち系? ああ、違う違う。普通の茶屋だよ! ちょっとばかし値段が高いけどね。まぁ可愛い子とお茶できるって結構人気なのさ。王都の土産話にちょうどいいんだろう」


 お昼のキャバクラみたいなものなのか。


「それはそれとして、オイラはケサル。よろしくな」

「あ、ヒロユキです」

「恋唄です。こんにちは!」


 ぺこりと恋唄はお辞儀して挨拶をする。

 怪しいオッサン――カエルだから年齢は分からないが、しゃべり方的にオッサンくさい――相手でも、きちんと挨拶をするのは偉い。

 胡散臭そうに見てしまった俺、反省。


「可愛いお嬢さんだなぁ。娘さんかい?」

「むっ娘!?」

「違います、彼女です!」

「かかか彼女ッ!?」


 親子に見られる程、年の差があるように見えるのかとショックを受ければ、恋唄がとんでもないことを言ってくる。


「ほぉっ! あんた、こんな可愛い彼女がいて幸せ者だな!!」

「は、はぁ……!」


 戸惑う俺に、恋唄がこっそり耳打ちしてきた。


「先生、私たち目立たない方が良いんですよ! 旅する夫婦みたいな方がきっと周りに溶け込むはずです!!」

「な……なるほど……」


 さっきは彼女って言ってた気がするが、いつのまにか夫婦にランクアップしている……!?

 だが、別段否定する必要もない。むしろ良い!


「ところで王都には何の用だい? 観光かい?」

「えっと、まぁ、そんなところです」

「ははは。良いねぇ、二人旅ってのも。オイラはこの王都から出たことがないからね。今も下町の方に商売に行った帰りでさ」


 下町ってのは、きっと外側を取り囲む城壁のそばの町だろう。

 賢者様に王都の近くに送って貰った俺たちは、その城壁は通っていない。

 転移先がちょうど内側の城壁近くだったため、すぐに列に並ぶことが出来ていた。


「なんなら、良い宿でも紹介しようか? 地元の穴場もあるからさ」

「あっ、ありがとうございます。でも、ちょっと観光してから決めようと思って」


 というか用事を済ませたら世界樹に帰るからなぁ。

 王都で泊まることはないので宿を探す必要はないんだ。


「そうか。まぁ困ったことがあれば頼ってくれ。旅は道連れ世は情けってな!」


 いや、別にあなたとは旅を一緒にしているわけではないんだけれど……言わんとすることは分かる。

 見ず知らずの人に優しくしてくれる、良い人だな。


「ありがとうございます! じゃあ、魔石を貨幣に交換できる場所ってどこかご存じですか?」

「魔石? あんたら冒険者か狩人ハンターか? それとも魔術師……って柄じゃないか。いやでもそんな不思議な格好は、っぽいっちゃぽいな」

「ま、まぁ、そんなとこです」


 どんなとこだよとは思わないでもないが、教師とか召喚勇者とか言うわけにはいかない。

 日本にいたときの格好のままだから、俺はスーツで恋唄は制服だ。確かにファンタジー世界では浮く格好だろうな。


「どちらにしろ、所属ギルドに持ってくのが当然……ははぁん、アンタらモグリ(・・・)か」

「モグリ?」

「イイってイイって、皆まで言うな! しゃーねぇ。オイラの馴染みの店を紹介してやるよ。余所で売るより高く買い取ってくれるはずさ」


 よく分からないが、勝手に勘違いしてどんどん話を進めているカエル男。

 まぁ買ってくれる場所を紹介して貰えるならありがたいな、と恋唄を見れば「先生、止めた方が良いよ」とストップをかけてきていた。形の良い眉を逆さにして、ちょっと困っている感じだ。


 なるほど……確かに見知らぬ人に甘えすぎかもしれないな。

 朝方も骸骨賢者様にお世話になりまくって、呆れられたばかり。ここはしっかりと自分たちでやっていこうか。


「ご厚意はありがたいんですが、そこまでしていただくわけには……」

「大丈夫さ! オイラもちょうど仕事で行かないといけなかったからね! 任せておくれよ!」

「は、はぁ……」


 押しに押され、結局カエル男さんの紹介を受けることになってしまった。

 ああ、俺ってやっぱり押しに弱いのよね。

読んでいただきありがとうございます。

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