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015.初めての夜

 トイレ問題が解決した後は、寝る場所だ。

 寝る場所に必要なのもの、まずは家だ。


 今の季節が春夏秋冬のどれに当たるのか分からないが――日本は春だったので、同じ時間軸ならこちらも春となりそうだけど――気候は良好、世界樹から降りそそぐ日差しも暖かだったので、俺一人なら野宿でも全然構わない。


 しかしここには恋唄もいるし、そばにある世界樹からどんな獣や虫が突然落ちてくるかも分からない。

 朝起きたら体中に虫がいるなんて、考えただけで地獄だ。


 というわけで、今日は時間もないことだし適当に小屋を作っておいて、また後日きっちりと作ろう。

 賢者様のところには大工道具がないようなので、エルフ姉妹が戻ってきたらお願いして、家の作り方を知っている人を紹介して貰おう。とりあえずは魔術で無理矢理継ぎ接ぐことにする。


「どこにするかなぁ……」

「世界樹のそばがいいんじゃないんですか? そこだと泉も近いから水に困らないと思います!」


 小屋を建てる場所を考えていると、恋唄が提案してくれる。

 確かにあの泉の水は美味しく力が湧いてくるんだよな。さすが世界樹の滴だなぁと思うが、世界樹の滴の効能を知っているわけではないので適当な感想だ。


「そうだね。じゃあ、賢者様のダンジョン入り口と泉の中間くらいにしとくか」

「おおっ。聖皇様とお隣さんになれるとは……儂は幸せ者ですなぁ」


 骸骨なので涙は流れていないが、感涙を零しているような感じの賢者様。

 あ、まだ賢者様いたんですね。


 とは思っても口には出さない。大人のたしなみです。

 一応トイレにも近い方が良いと思ったので、トイレとダンジョンと泉の真ん中に小屋を建てることにする。


「じゃあ、さっそく材木を出して、と」


 【无匣ストレージ】から、残っていた丸太を取り出す。


「ふふっ、先生のその姿は、吸血鬼と戦う人みたいですね!」

「……なかなかコアなマンガを知ってるんだな」


 丸太をメインウエポンとして扱うキャラクターを知っているとは……このJK、なかなかやるようだ。


「とりあえず小屋を建てる分くらいはあるかなぁ」


 トイレを作ったことで獲得した【建築】や【築造】などのスキルのお陰か、どれくらいの量の材質でどう材木を組み合わせていけば良いかが簡単に予測できる。


 今の俺は完全無欠の名工といえるだろう。

 ちょちょいのちょいで、屋根付きの小屋が完成した。


 保温、状態維持、除菌、除湿、洗浄、ついでに虫除けと載せられるだけの魔術刻印を刻んでおく。

 部屋が一つしかない簡易的な小屋だが、夜を過ごすには十分だろう。


「ごめん、恋唄。ちょっと材料がなくて一部屋しか作れなかったよ」


 完全無欠の嘘です。

 本当はあと二部屋くらいなら作れる材木はあったが、ちょっと一緒の部屋で寝るというキャンプの醍醐味を味わいたかっただけなんです。


「すごい! 先生、凄いです!!」

「そ、そうかな……」


 あっという間に小屋ができあがっていく様を見たからか、尊敬のまなざしを向けてくる恋唄。

 いろいろと罪悪感が生まれて胸が痛い。


 だが、小屋はこのままだけどな!

 ……明日、もうちょっとまともなものにしよう。


「ついに来たな……このときが……」

「ごくり」


 覚悟を決める。

 隣では恋唄も緊張しているようだ。


 家もトイレも完成したとなれば、残るは『食』。

 よくよく考えれば、今日は朝食を取っただけでそこからは何も食べていない。


 異世界転移し、クソ王女達に襲われ、幼女女神との邂逅、そこから世界樹の森と、非常に濃い一日を過ごしてきたので、ご飯どころではなかった。いや、改めて考えると詰め込みすぎだよな。


 それはそれとして。

 こうしてゆっくりと腰を据えることができると安心したのか、食欲がむくむくと出てくる。

 先ほどからお腹がぐーぐー鳴っていたのだ。


 いざ、クッキングタイムだ。

 食材は賢者様の【迷宮ダンジョン】で生まれた魔物。


 角が四本もある凶暴そうなイノシシに似た魔物だ。大きさは小さく見積もっても四メートルは超えていた。

 それが今は部位ごとにカットされ、皮を皿にして載せられている。


 エルフ姉妹と一緒に賢者様の【迷宮ダンジョン】で狩ってきた魔物を、スキルを駆使し解体した結果がこれだ。


 先ほどまではストレージの中にしまってあったが、ご飯の時間ということで取り出した。


「……見る限り、普通の肉ですね」

「イノシシっぽかったからなぁ。ぼたん鍋みたいにするのがいいのかなぁ」

「でも野菜がないんですよね……世界樹の葉って食べられるんでしょうか?」


 世界樹の葉か……食べたら死人も生き返りそうだな。

 そうでなくても、不思議な力がありそうでちょっと食べるのは怖い。

 でも鍋かぁ。食べたいなぁ。


「かかか。ここはシンプルに焼いてみるのではどうですか?

 調味料がないとはいえ、デスヘッドボアの肉は味付けなくともそれだけでも十分美味ですぞ」


 悩む俺たちを前に、賢者様が助言をくれる。

 なるほど。確かに食材も調味料も調理器具もない現状で、とれる選択肢はそんなに多くないか。


 恋唄もそれでいいと頷いていたので、今回は原始的に焼肉だ。

 そうと決まればすぐに準備を整える。


 まずは余っていた材木でテーブルと椅子をぱぱっと作り上げる。一応四脚あれば十分だろう。できればお尻をおく部分にクッションがほしいが、そこまでの贅沢を今は言っていられない。


 さらに土魔術で周囲の魔力元素マナを岩石に変換する。テーブルより少し小さめのサイズにして、窪みもつくっておく。即席の焼き肉プレートだ。


 亜鉛やバナジウム、カルシウムもたっぷり含ませたので、きっとミネラル成分が出て美味しくなるだろう。


「あ、このままじゃ危ないか」


 テーブルに断熱と耐火、さらには消毒と洗浄の魔術刻印を刻んでおくことで火事防止を施す。


「じゃあ、まずはプレートを熱するね」


 火炎系魔術でプレートに火を入れる。最初から高温度にするとどうなるか分からない部分もあったので、徐々に熱を高めていく。


 岩石が十分に熱くなるまでに、肉を切っておくか。

 今回は焼肉なので、使うのは肩ロース、リブロース、サーロイン、ヒレ、ランプの部位を少しずつ使おう。


 量が量なので今日だけでは到底使い切れないが、ストレージに入れておけば状態が維持されたまま保存されるから日持ちも大丈夫だろう。


 それぞれの肉を部位に合わせ、薄切りやステーキ風味、角切りにしてプレートの上に載せていく。

 十分に熱されていたようで、じゅうじゅうと小気味よい焼ける音が聞こえてきた。


「ふぁぁぁ。いいにおい……」


 恋唄がプレートの上の肉を見つめながら、ため息をはいている。

 分かる、分かるぞその気持ち。


 調味料は何も使っていないのに、とても香ばしい肉のかおりが充満する。

 空腹時にこの匂いはヤバい。


「あ、皿がいるな」


 今か今かとそわそわしている恋唄に『マテ』をさせつつ、プレートと同じ要領で皿を作る。今回は軽さ重視でつくったので、見た目に反して持ちやすい軽さだ。


 さらに材木の残りから、何本か箸をつくった。


「いただきます!」

「いただきます!」


 両面が十分に焼けたところで――今回は初めての肉ということもあり、しっかり焼くことにした――互いに手を合わせ、挨拶。


 後々思ったが、【神眼】なり【分析】スキルを使えば毒の有無も分かったなあ。

 まぁ今回は仕方がない。それよりも、いざ実食!


「うんめぇぇぇぇっ!!!!」

「美味しいっ!」


 一かけら口に入れただけで広がる天国ヘブン

 肉の旨味、油の旨味ともに強烈! 加えて、とろけるように柔らかな食感。外はカリッとこんがりしているのに、中はふっくらジューシーで肉汁ぶっしゃーだ。


 ああ、自分の語彙力のなさが恨めしい!!

 俺の意思とは関係なしに、次から次に箸が進んでしまう。


 くそぅ、米がほしいっ!!

 絶対に米を見つけることを心に決めた。


「恋唄、美味しいなぁ」

「うんっ!!」


 恋唄もパクパクと満面の笑みで食べている。

 その細い身体のどこに入っていくんだという勢いで食べる姿は、本当に幸せそうだ。


 満天の星の下、可愛い女の子とバーベキュー。

 ああ、なんて素敵な世界なんだろう。

 今、この瞬間のために俺は今日まで生きていきたんだな……。


「しかし、調味料なしでこれとか……すごいな」

「魔力を含んでいるほど肉は美味しくなりますからな。ここらの魔物は高い魔力を持っているためただでさえ肉が旨いのに、そこに聖皇様の【料理】スキルが加われば、この美味も納得といったところですわい」


 賢者様が肉を頬張りながら解説してくれるが……。この人、舌がないのに味が分かるのか!?

 というか、なぜ俺が【料理】スキルを獲得していることを知っているんだ。


 肉を焼き始めて獲得したスキルだが、この賢者様、恐ろしいな。


「かかか。料理とは魂。ならば味は儂の心が感じてくれます。

 ところで聖皇様にコウタ殿。

 こちらはいける口ですかな?」


 そう言ってどこからか取り出してきたのは、陶製の徳利とっくりのようなモノだった。ご丁寧にお猪口ちょこもあった。


「これは?」

「儂の心の友。あるいは百薬の長……万能薬、といったところですかな」

「すごいです。この世界にはそんな不思議な飲み物があるんですね!」


 恋唄がわくわくしたように驚いているが、多分思っているようなものじゃないよ。


「……それってお酒ですよね? 恋唄はまだ飲めない年齢なんですが……」

「かかか。聖皇様、細かいことを気にしていてはモテますまい。

 人生は短いのです。楽しまなければ損ですぞ!」


 不死者の骸骨にそんなことを言われても説得力はないが、人の好意を無下にするのも悪い。


「じゃあ、ちょっとだけ」

「ありがとうございます、賢者様」


 お猪口に並々つがれた透明の液体に、月が揺れて映る。


「乾杯」


 こつん、と恋唄のもつお猪口と杯を互いに合わせる。その際に恋唄と目が合い、自然と笑みがこぼれた。


「ふふっ。こんなに早く先生と飲むとは思いませんでした」

「俺もまさか生徒に酒を飲ませるとは思わなかったよ」


 そう言って、くいっと酒を飲んでみる。


「……うまっ」


 味は日本酒に近い。甘美な吟醸香が鼻を通り、下の奥深くまで広がり余韻を残す米の旨み。少し辛口気味の爽快なキレの良さ。


 昔、超高級日本酒を少しだけ飲んだことがあるが、それとは比べものにならない美味さだった。

 ただ、きついな、これ。


「恋唄、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です! 賢者様、美味しいです、これ!」

「であるかであるか。これさえあれば、人生なんとかなるものですぞ。

 コウタ殿もこれから大変だとは思うが、必ず乗り越えられるからの」


 案外、平気そうに飲んでいる恋唄。お酒には強いのか?


「せっかくです。儂のとっておきの場にご案内しましょう」


 賢者様はそう言うと、俺たちに浮遊魔術を施した。

 連れてこられたのは世界樹の枝の一つ。腰掛けて座ってもまだまだ十分に幅が残る、太い枝だった。


 夜空に浮かぶ二つの月と星々。視界の先に広がる大海のような草原が作り上げる光景は、確かに絶景だ。


「きれい……」


 恋唄が呟く。


「かかか。星とはなんと力強く美しきものでしょうな……ようこそ、我らが世界【ヴァレスティア】へ」


 なぜだろう。

 この賢者様、骸骨なのにめっちゃ格好良く感じる。


 生前はきっとガチリア充のイケメンだったのが丸わかりだ。

 くそぅ、男として負けた気分だぜ。


「……せんせぇ」


 突然隣に座っていた恋唄が、こてんと頭を俺の肩に預けてきた。


「こ、恋唄っ!?」


 甘ったるい声で呼びかけれびっくりしたが、恋唄の顔を見て一目瞭然。


「お前……酔ってるな」

「んん~よってませんよぉ」


 既に目はほぼ閉じられ、顔は真っ赤になっている。ただただ幸せそうにふわっとしている恋唄だった。


 でもまぁ仕方ないよな。

 激動の一日で疲れもあったなか、こんな強い酒を呑んだらそりゃ酔ってしまう。


「かかか。コウタ殿には少し早かったかもしれませんのぉ」


 骸骨賢者が笑いながらお猪口に酒を注いでいた。こいつ、どこまで飲み続けるんだろう。


「せんせぇ、いっしょにいてくれて……うれしぃ」


 俺にもたれかかってきている恋唄が、にへへと笑いながら抱きついてきた。


 ヤバイ。この娘、酔ったらベタベタ甘えちゃうタイプか。絶対に男と一緒に飲ませられないな。


「分かった分かった。もう寝よう」

「え~……もっとせんせぇといっしょにいたいよ」

「これからずっと一緒だろ?」

「ずっと、いっしょ? うふふ! ずっといっしょ!」


 本当に嬉しそうに恋唄が笑う。

 これで恋唄が酔ってなければその笑顔にやられてしまっていただろうけれど、酔っている子の言動は当てにならない。


 それでも嬉しそうに抱きついてくる恋唄に、俺もつられて笑ってしまう。


「これからもよろしくな、恋唄」

「うんっ! 末永くよろしくおねがいします」

「かかか。仲良きことは良きことかな」



 結局、賢者様がそろそろ帰るかの、と言って【迷宮ダンジョン】に帰っていくまで飲み交わすことになった。

 大分夜も更けたため、酔った恋唄を連れて小屋に戻った後はすぐに寝ることにした。


「お風呂や着替えは明日なんとかするとして……とりあえず、今日は寝るか」

「はいっ」


 風呂にも入れず着替えもないままという、女の子には酷な状況だというのに恋唄は笑顔だ。

 未だ酔っているのか、くっついてきている恋唄の笑顔がすぐ側にあり、ドキドキしてしまう。


 相手は酔っているだけ酔っているだけと念仏のように自分に言い聞かせながら、寝る準備を整えた。


 ちなみに、布団は魔物の毛皮を使うことにした。これも狩りの時にゲットしていたもので、魔術のフル活用ですぐに使える状態にしてある。


 二、三枚重ねると案外ふかふかで柔らかく、寝心地も抜群だ。

 そこに恋唄を寝かせ俺は外で寝ようとするが、恋唄が離してくれない。


「せんせぇ、いっしょにいるって言いました!」

「いや、一緒にいるけど……一緒に寝るとは言っていないぞ!」


 一緒に寝たらいろいろとヤバイ。

 主に男的な意味で。


「俺は外にいるから! すぐそこにいるから大丈夫!」

「だめです! いっしょにいます!」


 片手で俺の手を放さずしっかり掴み、もう片手で『ここにこい』とばかりに簡易的ベッドをトントンと叩く。


「そんなことしたら襲っちゃうぞ!」

「だいじょうぶです!」

「いや、大丈夫じゃないだろっ!!」


 不毛な言い争いで俺が勝てるわけもなく。

 結局、一緒に寝ることになってしまった。


「うふふ。せんせぇあったかい」


 幸せそうにこちらを見ている恋唄。

 どうする、俺。


 これは誘われているのか。

 酔っているとはいえ、さすがに男をベッドに誘うということはそういうことだよね。


 でも、相手は可愛い生徒だぞ。

 いやいや、生徒とはいってもここは異世界。もう先生と生徒という関係ではない。


 いや、だからといって。

 と、俺の脳内で熱い論争が交わされている間に、恋唄からは寝息が聞こえ始めた。


 寝てるんかーい、とツッコミたかったが、恋唄が俺の服をしっかり掴んでいるのに気づく。


「……不安なんだろうな」


 突然、世界が変わり。

 自分が【特異点】という世界の運命を左右する存在ということが分かり。


 大切な親にも会えず、心配している母親の様子も見られない。

 元の世界に帰るときは、時間的な経過がない状態で帰れるとはいえ、不安に思わないわけがない。


 まだ小さな女の子なんだ。

 そっと、その手を俺の手で包み込む。


「必ず、守るから」


 俺がここにいる理由。俺が生まれてきた理由。それはきっと恋唄を守るためなんだろう。

 そう決意して、まぶたを閉じる。

 こうして、俺たちの異世界での初めての夜は更けていった。



 ちにみに。

 もちろん寝られなかった。

 襲わなかっただけ、俺は自分を褒めたい。

読んでいただきありがとうございます。

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