014.俺と彼女とトイレ
騒がしい死を超越した偉大なる王――通称、賢者様が自分の家である【迷宮】に帰って行くと、周りは驚くほど静かになる。
梟のような鳴き声やりーんりーんと小さく虫の鳴く音が聞こえるくらいで、他の音は何もなかった。
まるで世界にいるのが俺たちだけのような、そんな不思議な感覚だ。
「きれいですね」
空を見上げながら、恋唄が呟く。
日本とは空気が違うのか、夜空に広がる星々が近く明るく見える。
「……そうだなぁ」
気の抜けた言葉でしか返事できない。
ここは、キミの方がきれいだよとかベタベタなことを言った方が良いのか。ただそれを言ってしまうと「いや、星と比べられても……」と呆れられる可能性もあるため、下手なことは言えない。
結局気の利いたことは何も言えず、草原に二人で座るだけの時間が過ぎていく。
「……先生」
「ん? なんだ?」
ぽつりと呼びかけてきた恋唄を見れば、頬を桜色に染めていた。
どきん、と胸の鼓動が高鳴る。
これは、あれか。
いわゆる告白なる奴か。
これまでの人生で数えるほどしか告白されていない俺は、こういう時の対処法をまだ身につけていない。
だが、考えろ。
ここでテンパってしまっては、恋唄が俺に幻滅をしてしまうかもしれない。
となれば、ここで必要なのは余裕。大人としての心のゆとりだ。
「……トイレに行きたいです」
全然違った。
もう、ここまでのドキドキをどうしてくれるんだよ、と勝手に恥ずかしくなる。
「それは由々しき問題だな……」
ただ、現実としてトイレ問題は大問題だ。
この世界に来てから用を足すことがなかったため気づかなかったが、トイレはとてもデリケートな問題である。
こんなオッサンの前で野外プレイを強制するのは、女子高生にとっては地獄でしかないだろう。
というか完全に犯罪であり、セクハラであり、健全ではない。いろいろと問題が生まれてしまいそうだ。
「あと……10分……いや、5分我慢できるか?」
「うん」
ならば、俺に出来ることはただ一つ。
最高のトイレをつくることのみ。
この世界に来てすることがいきなりトイレ作りかとも思うが、安心安全に気持ちよくトイレが出来るかどうかは、人生においてとても大切だ。
実際旅行や出張で海外に行くとき、一番気になるのがトイレと食事だろう。
俺も海外旅行に行ったとき、外国の悲惨なトイレを目の当たりにし帰りたくなったものだ。
「賢者様ーーーー!!」
まずは賢者様を大声で呼ぶ。すぐに目の前に『扉』が生まれ、そこから賢者様が顔を覗かせる。
「かかか。これはこれは。聖皇様。お早いお呼びでどうされ――」
「ちょっと恋唄を守っててくださいね!!」
呼ばれて嬉しそうに出てきた賢者様。しかしそれに構っている余裕は俺にはない。
呼んで状況説明もなくお願い事を押しつけるという失礼な行為をかましつつ、俺は転移魔術を展開させた。
目的地は賢者様の【迷宮】につくられたエルフ達の森。
「行ってくる!」
「ま、まさかっ! 【管理者】でない者が、儂の【迷宮】に時空のつなぎ目をつくるとは――」
賢者様が何か言っていたが最後まで聞き取れないまま、つくりあげた『扉』をくぐりぬける。
無事、エルフの森に出たようだ。
まさかこんなに早く転移魔術を使うことになるとは思わなかった。
「これでいいか」
とりあえず目の前にあった樹にすることにした。
風魔術で風の刃をつくり、根元からばっさりと切る。
ちなみにこれは無断でやっているわけではないぞ。
森をつくるときに、ちゃんと賢者様が俺たちも好きに使って良いと太鼓判を押してくれていた。
「あとは……」
太く大きい樹だけど、一応予備にあと数本は切っていくか。
同じ要領で五本ほどの樹を切り取り、邪魔な枝などを一瞬で削り取る。
すぐに檜のような樹の丸太ができあがった。【伐採】や【剪定】などのスキルも手に入ったが、今は無視する。
それをそのまま【无匣】にしまい込み、帰還。
数十メートルはあろうかという大木が、一瞬で【无匣】の中に消えていくのは小気味よかった。
「聖皇様、どうされました?」
戻ってくると賢者様が狼狽えように待っていた。
恋唄はちょっともじもじしている。
「すみません、ちょっと後で!」
まずは便器作りだ。
残念ながら手持ちが木材しかないので、今回はすべてそれでつくる。
世界樹からちょっと離れ――恋唄も賢者様も着いてきていた――【无匣】から丸太を一つ出す。
それを恋唄が腰掛けてちょうど良いくらいの高さに切断。
ちなみに標準の高さは38センチメートル前後らしい。今回は長さを測る機器がなかったので、恋唄基準で決める。
短く切られた丸太を、便器のカタチに削っていく。これは風魔術をフル活用した。
最初は不細工な削り方だったが、【切削】スキルを獲得してからは思うがままに削っていけた。
すぐに便器の形になる。
便座部分は木を重ねて、男子の小用にも対応できるようにした。ただ、俺は座ってした方が良いと思うんだよな。
便器の中は底だけを残し、空洞にする。
ここに、倒した魔物からエルフ姉妹が回収してくれていた魔石を入れることにする。
握りこぶしくらいの大きさの魔石は、虹色の光を放っている。
そもそも魔石とは、魔物達の心臓である魔核とほぼ同義である。
周辺の魔力を集め貯める容れ物と考えれば良い。
その魔石は様々なモノに使えるが、今回はオーソドックスに魔術の発動に利用しようと思ったわけだ。
「ほう。【魔術刻印】ですか」
賢者様がなるほど、と頷く。
魔術刻印。対象の物質に術式を刻み込むことで、様々な効果を付与する魔術だ。
魔石に魔術刻印を付与することで、魔石のもつ魔力を使い刻印した術を発動させることができるようになる。
一つ目の魔石を手に取り、考えていた魔術式――魔方陣のようなものだ――を展開し、俺の魔力で刻み込む。
が、魔石が粉々に砕けてしまった。
「かかか。聖皇様、魔力過剰しておりますな」
「大丈夫。もともと最初から失敗するつもりだったから」
今回の目的は、スキルの獲得。
おおよそ今までのパターンから、俺のスキル獲得のタイミングは想定できていた。
つまり何らかの専門的な行為をした際に獲得できる。
現に、【魔術刻印】【魔力操作】【魔力譲渡】【魔導具作成】……等々、今回必要になりそうなスキルをきちんと獲得することが出来ていた。
そうすると、どれくらいの魔力をどのような手順でどのように刻めば良いかの最適解が自然と解る。
改めて挑戦する。
今回発動させたい魔術は、まずは排泄物の消去。そして消臭。最後にトイレと排泄部分の洗浄だ。
排泄物の消去については、便器内下部に結界を張るようにし、そこに入ってきた異物を消滅させる魔術を構成した。万一、手などが入ってしまったときには魔術が発動しないように設定。
消臭は簡単で、常に魔石周囲の匂いを除去する魔術構成――これは基本的に風魔術系統でまかなえた――にする。
一番悩ましいのが洗浄の部分だが、任意の言葉で水魔術が汚れや細菌をターゲットにし発動するよう構築した。水温は周囲の気温に応じて変化するようにする。水勢は優しく柔らかく、だ。
回収してきた樹自体にも魔力があるようで――さすが死を超越した偉大なる王のつくったダンジョンだ――便座の保温効果と汚れ防止の魔術を構築。
まだ余裕がありそうなので、周囲の魔力を少しずつ回収し樹の魔力が切れないようにもしておこう。
これらの魔術構成を術式に変換し、魔石と便器となった樹に刻印する。
魔力で刻まれた術式がうっすらと発光し、魔石と便器それぞれにとけて消えていく。
おそらくこれで大丈夫だろう。
本来は俺がテストしたいところだが、その余裕はなさそうだ。
「凄まじいですな……多重刻印に刻印保護……儂でも知らぬ術式……さすが聖皇様」
隣で驚いている賢者様は放っておいて、今度はトイレの外側である小屋を作る。
イメージは小柄でおしゃれなウッドハウスでいこう。
時間がないので、今回はそこまでデザインに凝らず質を高める。
残りの木を取り出し、高さを2メートルくらいにカット。角材として使えるように切り取るが、元の大きさ半端ないため、十分に小屋の壁に使える量を準備することができた。
風魔術を使えば一本一本切っていかなくても、一気に全部できるので時間短縮になる。
魔術、本当すごい。
角材同士を術式で固定し、離れないようにする。あっという間に小屋ができた。
きちんとドアも作ったので出入りに問題はない。
小屋の中に便器を入れて、こっちも固定する。ついでに周囲の壁に消臭の術式を刻み込んだ。換気はこれでいいだろう。
後は、便器の近くに余った木材でペーパーホルダーを作る。
ヤバい、紙がない!
「恋唄、ティッシュあるか?」
「うん」
ポケットからハンカチとティッシュを取り出して見せる。
「じゃあ、今回はそれを使ってくれ。気にせず流せばいいから」
後は簡単にトイレの使い方を伝えて、俺と賢者様は小屋から離れる。たとえ消音や消臭の魔術をかけてあるとはいえ、エチケットは大切だ。
ふう。
なんとか5分もかからず、ここまでのものを作ることが出来た。
あ、洗面所を作っていないや。後で水魔術で水を出してあげよう。
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