012.同棲?
【迷宮】。
この世界とは別次元にある『狭間』や『異界』と呼ばれる場所だ。
魔力元素がたまり淀んでいくことで、次元がねじ曲げられ【迷宮】が生まれることがほとんどだが、自らの魔力を使い【迷宮】を生み出す場合もある。
その内部は基本的に魔力元素が溜まった状況や環境によって変化していく。魔力によって意図的に【迷宮】がつくられた場合は、つくった者の思念が色濃く反映されるらしい。
また魔力元素のたまり場であるため、内部には魔物が多く生まれることになる。
そのため、その【迷宮】を管理する【管理者】がいないとそこから魔物が氾濫してしまうこともあるため、ダンジョンは危険極まりないものとして考えられているようだ。
そんな危険な場所に、村をつくる。
言葉で言えば簡単だが、実際に作るとなると様々な困難や問題が出てくる。
気がする。
何しろ実際に村の運営なんかには関わったことがないから、分からない。
都市運営ゲームをやったことはあるが、破綻させたことしかないくらいだ。
「邑を……ですか?」
「うむ。今から新たに森へ移り住むことは難しいであろう?」
それはエルフという種族に問題があるからだ。
エルフとよばれる種族は保持する魔力が高いため、身体能力も全般的に高い。そのため『老い』ることが極端に遅いらしい。個人差はあるものの、長ければ数百年を生きる。
そんなエルフはいくつかの氏族に別れており、それぞれが独自の生活圏をつくっている。
それが不味かった。
それぞれの氏族は互いに独立心やプライドが高く、さらには超排他主義である。同じエルフという種であっても、氏族が変わればそれは別の種と考えるらしい。
最近の若いエルフはさすがにそんな状態を良くは思っていないものの、それぞれの氏族の重要なポジションにいるのは年老いたエルフがほとんどだ。そして年老いたエルフほど、保守的になりやすく昔からの考え方に固執しやすい。
結果として、居場所をなくしたエルフを受け入れる場がなくなってしまうのだ。
今回のエルフ姉妹の一族の問題も、結局それが問題だった。
エルフ姉妹の一族も新しい森に住処を作ることも考えたらしいが、それを作れる森がなかったのだ。
長い年月をかけ、エルフ達は世界中の森をそれぞれの圏内としてしまっているため、生活できそうな森はすでに売り切れとなってしまっているのだ。
だからといって、そんな危険そうなダンジョンに新しい村を作るのは大変だと思うが。
「賢者様の聖域に……私たちの居場所を与えてくださるのですか?」
「世界樹の賢者様のお許しをいただけるとは……!!」
「構わぬよ。そこまで広くはないが、そなたらにとっては住みやすい良い場所のはずじゃ」
だが、エルフ姉妹はノリノリのようだ。
マジか。
そして、死を超越した偉大なる王は意外と面倒見が良い。
「……恋唄、森に住みたいと思うか?」
「うーん……キャンプみたいで楽しそうかも?」
「本気か……なんかヤバい虫とかが出てきそうじゃないか?」
案外恋唄も許容力がありそうだった。
まぁ俺たちが森に一緒に住むわけではないから、どちらでもいいが。
「おや。あなた様は一緒に来られないのですか?」
「うーん……今まで森で生活をしてきたことがないから……ちょっと、ですね」
「しかし、コウタ殿を守れる場を探しているのでしょう? ならば、儂のダンジョンはうってつけの場かと思いますが」
確かに骸骨賢者が守り管理するダンジョンなら、おおよそ外敵はいないのかもしれないけれど。
どうせならもっと住みやすい場所で、恋唄には不自由なく過ごしてほしい。
なんかダンジョンという言葉が、既にジメジメした感じを匂わせている。
「ふむ、なるほど。ならばあなた様にはこちらの方が良いかもしれませんな。どうぞ、こちらに」
そう言って骸骨賢者は世界樹の樹に向かって歩き始めた。
恋唄やエルフ姉妹と一緒についていく。
「もともと、世界樹とは世界を繋ぎ、支える存在。不可侵にして、絶対的なモノ。だがそれ故に富と名声、力を求めるモノ達から狙われるものでもあります。
そこで儂は一計を案じ、世界樹に大規模結界を築きました。
外周部には世界樹を不可視にさせ、さらに忌避感を与える結界をつくることで認知や侵入を防ぎ、内部には指向性を乱す結界で世界樹まで到達できないようにしました。
あなた様には軽々と突破されてしまいましたがな」
かかかと嗤いながら、骸骨賢者は歩みを進める。
「あれ? でも、最初から世界樹が見えてましたけど?」
幼女女神のところから落ちていった際に、くっきりと巨大な世界樹は目に入っていた。
「おそらく、それはコウタ殿のお力でしょう。特異点なる自然の強制魔術解除。儂ら、魔力元素の力のみで生きる存在からすれば、恐ろしいものです」
「私、そんなに恐ろしいでしょうか……?」
骸骨賢者から恐れられ、複雑そうな恋唄。
愛想笑いを返しておいた。
「話が逸れましたな。世界樹防衛のため儂はもう一つの術をかけていたのです。
それが魔樹結界。
世界樹を囲む広大な森――世では世界樹の森と呼ばれておるそうですが……はて、そう考えれば、噂段階とはいえ、ここに世界樹があるとバレかけておるかもしれませんな……まぁよいでしょう。
この森は魔樹と呼ばれる、ある意味世界樹がつくりあげた魔物のようなものでしてな」
骸骨賢者は朗々と語りながら、いくつかの魔方陣を展開させる。
「さぁ、世界樹に触れてみてくだされ」
促されるまま、世界樹に手を当てる。
暖かな光が全身を包み、その光が円心状に広がっていく。
「こ、これは……っ!?」
光はものすごい早さで広がり、森を抜けていった。
「も、森が……」
「……動いてるっ!?」
その光を浴びた森をつくる木々がざわめいたと思ったら、ひとりでに後退を始めた。
根が足のように動き、のっそのっそではなくしゃかしゃかと後退していく。
気持ち悪っ!!
世界樹から離れていく樹の群。
樹が動き、根がめくれ穴が空いてしまったところはすぐに土が生まれ平らになっていく。
あんなに鬱蒼としていた森が、瞬く間に消えていった。
「魔樹を動かした後、世界樹の【管理者】にあなた様を加えさせていただきました」
「えっ? えっ? ええっ? 管理者? ってなぜ? 何?」
「安心してくだされ。【管理者】といっても、とりあえずはあの魔樹と結界の統制権があるだけです。特に気にする必要はありませぬ」
そうなのか。
気にする必要がないなら、気にしないぞ。
俺はできるだけ何も考えずに生きていきたいタイプだから。
「あっという間に、見渡す限りが草原になっちゃいましたね……」
恋唄が唖然とした表情でつぶやく。
樹が勝手に動くなんてファンタジーみたら、そうなるのも仕方ない。
「ちょっと上から見てくるわ」
「あっ、先生! 私もまた見たいです!」
ぎゅっと抱きついてくる恋唄。
俺は平然と平静を装い。
爽やかに頷いた。
「……お姉ちゃん、なんかヒロユキさんの顔がキモい」
「しっ! 見ちゃダメ!!」
エルフ姉妹の戯れ言は聞き流し、再び跳躍。
数時間前にも同じように跳んだが、それが昔のように感じる。
「うわー」
「こりゃまた……すごいなぁ」
世界樹を中心に、同心円状になだらかな草原が――おそらく半径数十キロくらいは――広がっていた。いくつか見知らぬ植物や木々の群生地帯はあるが、ほぼほぼ草原だ。
魔物が溢れていた森は、その草原の向こう側に広がっていた。この高さからは森の終わりが見えないほど、遙か彼方だ。
外から見れば、この数分で森がスゴい勢いで広がってきたと思うだろうけど、大丈夫なんだろうか。
他に気になるところは、世界樹のすぐそばにある泉とも湖ともいえるところから、小さな川が数本流れていることくらいか。
それくらいを確認してから地上に降りる。
「どうでしたか? なかなか素敵な立地となったでしょう」
「素敵かどうかは分からないですが、スゴいなぁとは思いました」
「では、こちらに居を構えると良いでしょう。
世界樹の滴で出来た泉は心身を癒やし、世界樹の根から溢れる魔力元素が肥沃な大地をつくる。きっと作物は豊かに実るでしょう
儂のダンジョンも近いので、そちらの魔物を食料にするのも良いかと」
どこぞのセールスマンのように、魅力をたっぷりと伝えてくる骸骨賢者。
確かに長閑で自然溢れる、きっと都会人が夢見る田舎的な感じで、住みやすそうな所だ。
「だが、断るッ!」
「な、何ですとッ!? いったい何が気に入らないのですッ!!」
どどーん、と擬音が出そうな勢いで断ると、骸骨賢者はまさか断られると思っていなかったのか騒然とする。
「いや、俺一人ならそれで全然オッケーなんですけどね。
恋唄はまだ若い女の子ですよ?
こんな何もない人もいない、失礼なことを言いますが寂しい場所に住まわせるのは可哀想です。
やっぱり人のいる町とかの方が良いかなぁと」
常識的に考えて、現代の女子高生が住む場所ではない。
「先生。私はここが良いです」
「ほら、恋唄もこう言ってますので、本当ご厚意は――え?」
「この樹のそばにいると、とても落ち着くんです。
お母さんがそばにいるみたいに暖かくて。
私のワガママが叶うなら、先生とここで一緒に暮らしたいです」
先生と、一緒に、ここで暮らしたい。
一緒に、暮らしたい。
一緒に暮らしたい。暮らしたい。暮らしたい……。
同棲。
からの結婚。出産。
自然の中を男の子と女の子が走り回り、それを追いかける俺。
後ろからは麦わら帽子をかぶった美しい女性となった恋唄がバスケットをもって楽しそうに微笑んでいて――。
魅力的なワードが頭をぐるぐる回り、一瞬で様々な妄想が生まれてくる。
「賢者様。ありがとうございます。よろしくお願いします!」
気づけば骸骨賢者の手を取り、感謝の言葉を述べていた。
「そ、そうですかっ……気に入っていただけて、何よりです……」
「……お姉ちゃん、やっぱりヒロユキさんの顔がキモい」
「しっ! 見ちゃダメ!!」
エルフの戯れ言は、やっぱり聞き流した。
読んでいただき、ありがとうございます。
少しでも面白かった
と思ってくれた方は、下の評価をクリック、ブックマークして応援してくれるとすごく嬉しいです!
よろしくお願いします!




