011.世界樹の森の賢者様
立派なローブを纏った骸骨だった。
眼窩には紅い炎が灯っており、手には樹で出来ている杖をもっている。
先ほどのまでのスケルトン達と違うのは、服装と内包された魔力の質と量だ。
豪華な金糸の入った黒いローブを身に纏っているが、落ち着いたセンスの良い高級感がある。首元から覗いているのは、ブローチのようなペンダントだ。
「……死を超越した偉大なる王?」
「ほう。私をご存じとは……恐悦至極ですな」
いや、【神眼】スキルが鑑定してくれただけでご存じなわけではないんですが。
なんかすみません。
というかこの死を超越した偉大なる王とかいう魔物、ヤバいな。
能力値は軒並み十万に近い数値をもっているし、レベルも3桁半ばまでいっている。持っているスキルも強力そうなのばかりだし、こんなのが何体もいたら世界は滅亡しちゃうんじゃないか。
召喚されたときに王城で交わされていた会話を聞く限り、あそこの人間で能力値千超えているのがまれって言ってたもんな。
「イ……死を超越した偉大なる王オッ!!??」
「あの……亜神の……アンデッドの王の中の王……」
魂喰らいの次は死を超越した偉大なる王と、エルフ姉妹の精神力はもうマイナスを突き進んでいきそうだ。
可哀想なくらい解説役のセリフしか言えていないところが、哀愁を誘う。
死を超越した偉大なる王。
アンデッドの王の中の王にして、この世界における死の象徴。あるいは世界の破滅を招く亜神。
そもそもアンデッドとは、既に魂を無くしている動く死体のことだ。基本的に自らの意思でなるものではなく、現世に溜まった怨念が死体を宿り場として生まれるのが一般的らしい。
一括りにアンデッドといっても、その種は多種多様でスケルトンやゾンビだけでなく、低い知性をもつ食屍鬼、実体を持たない霊体の魔物であるワイトやレイスなどがいる。
それらアンデッドの頂点に君臨するのが、死の運命を超え永遠の存在となった死を超越した偉大なる王だ。
不死者ならではのしぶとさと、長い年月をかけ蓄積した智力。さらには亜神となることで得た、超越的な魔力。
俺の知っている不死の王といえばノーライフキングだが、それすらも上回る力をもった存在らしい。
……という解説をエルフ姉妹から受ける。
なんとも物騒な存在だが、今目の前にいるのはそんなに禍々しく怖い雰囲気ではない。
受ける印象は優しい用務員のおっさんのような感じだ。
見た目はドクロだから、夜中突然目の前に現れたらおしっこちびりそうになるかもしれないが。
「私の魂喰らいを消滅させし力。女神の波動を感じましたが……なるほど。近くで見れば感じるこの感覚。異界の者でございましたか」
納得納得、と頷きながらカタカタと髑髏の口を鳴らす。
……これは笑っているんだろうか。
「申し遅れました。儂は――おや、名を忘れてしまいましたな。何分ヒトと話をするのは数百年ぶりでしてな」
カタカタ笑いながら言うが、それはツラ過ぎる。
俺も一人暮らしをしていて長期間孤独に部屋にこもっていたことがあったが、その時は口の動かし方がおぼつかなくなってしまっていた。
「まぁ儂の名なぞ詮無きこと。さて客人よ。儂の負けですじゃ。あなた様の力なら、聖剣を使わずとも儂を朽ち滅ぼせましょう。ただ世界樹を傷つけることは止めておきなさい。それは世界を傷つけることと同義ですじゃ」
「いやいや、別にあなたを倒したり世界樹を傷つけたりするためにここに来たわけじゃないですから!」
襲われたから倒しただけであって、会話が成り立つなら無益な殺生はしたくない。
俺は虫を殺すときも心を痛める――こともあるかもしれない、心優しき青年なのだ。
「はて。それではこのような僻地に何用でしょうか?」
「世界樹に住んでいるらしい賢者を探しに来たんですが……ご存じないですか?」
「賢者……それはもしかして儂のことかもしれませんな」
この骸骨さん、とんでないことをおっしゃる。
賢者を探しに来たら、魔物の王が「そうです。私が賢者です」と変なおじさんもびっくりなカミングアウト。
「故あって今は世界樹の守り主などしておりますが……遙か昔……そう、まだ儂が一介の魔術師だったころ、そのように呼ばれておりましてな」
と、こちらの驚きを無視して語り始める死を超越した偉大なる王。
これは久しぶりに喋る機会ができて、饒舌になってしまってるパターンか。
キミたちの求めていた賢者らしいけど、この人……この魔物で大丈夫なの? とエルフ姉妹に視線を向ける。
「し、失礼いたします! 碧き森の民が一族、アリエル・ニズィ・ルトリ・トリトンと申します!」
「同じくララノア・ニア・ルトリ・トリトンです」
エルフ姉妹が片膝をつき、死を超越した偉大なる王に挨拶をした。
「あ、ども。ヒロユキといいます」
「コウタです。よろしくお願いします」
慌てて俺たちも自己紹介をする。そういえばまだ名前も名乗っていなかった。
「失礼ですが、賢者様にお伺いしたいことがあります!
クーリンディア・グラインフィールド・ルトリ・トリトン。碧き森の民のこの名をご存じですか?」
「碧き森の民……クーリンディア……クーリンディア……おおっ、おおっ!! 儂の旧き友の名ではないか。
そうか、エルフの娘達よ。そなた達からは懐かしき匂いがする。クーリンディアの娘――いや、そのさらに子らか」
「は、はいっ!! 賢者様! 私たちはクーリンディアの子孫。賢者様、私たちの一族に救いの手を!」
「どうか助けてください! お願いします!!」
「落ち着かれよ。どういった状況なのじゃ?」
必死なお願いにたじろぐ魔物。
勢いに圧されたのか、眼窩の炎が揺らめいている。
エルフの少女が魔物に頭をさげながらお願いするという不可思議な光景が、目の前で繰り広げられていた。
「でも会えて良かったですね」
「そうだな。ついでに俺たちの悩みも解決してくれたら良いんだけど」
隣で恋唄が嬉しそうにしていた。
うん、やっぱりそうやって笑顔でいるのが、一番可愛いと思うぞ。
「ふむ……」
エルフ姉妹や俺たちの状況説明が終わると、死を超越した偉大なる王は軽く頷き空を仰いだ。
「すまぬが、儂の力でできることはその帝国とやらを滅ぼすことくらいであるな……」
いきなりスケールがでかい。
「さすがにそれは困ります。そこにはウチの生徒達もまだいるので」
好かん奴も多数いるが、それでも生徒達を見殺しにはできない。
アンデッド軍団に襲われる生徒達を考えると、さすがに寝覚めが悪い。
それに帝国の中にも罪のないヒトはきっとたくさんいるだろう。多分。おそらく。
「であるか。ふむ、困りましたな……」
「……賢者様、過去にクーリンディアは賢者様に助けられ生きる地を得たと聞いております。
その時はいったいどのようなことをしていただけのでしょうか?」
困り顔――かどうかは分からないが悩んでいる雰囲気の骸骨さんに、ララノアちゃんが尋ねた。
なるほど。過去の教訓に生きるということだな。古きを知ることは良いことだ。
「……そもそも儂がクーリンディアを助けたのではない。奴が儂を助けたのじゃが……まぁそれは良い。
そうじゃな、確かその時は……クーリンディアの一族――碧き森の民が住む森に【精喰い】と呼ばれる魔物が住み着き、行き場をなくしてしまったんじゃ」
【精喰い】と呼ばれる魔物は、強力な魔物らしい。
周囲にある生命エネルギーを無尽蔵に喰らい尽くしていくため、そいつが側に来ればヒトだけでなく動植物までもが息絶えてしまう恐ろしい魔物だそうだ。
そのクーリンディアの住む森もそいつの被害に遭い、森が死んでいってしまったわけだ。
さらにやっかいなことにそいつは次元を渡る術をもっているようで、吸い上げたエネルギーで自分好みの世界を創り、そこを寝床にしたり危険が迫ればそこに逃げるようだ。
だからなかなか簡単には討伐できない魔物らしい。
「儂がしたのは【精喰い】を排除しただけ。そこからは奴ら自身が衰えた土地を耕し、森を育て……ふむ。【精喰い】か……良いことを思いついたぞ。儂の【迷宮】に森をつくってやろう。そこで新しい邑をつくれば良い」
骸骨賢者はとんでもないことを言い始めたようだ。
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