010.死霊軍団
「もう、余計な手間を増やすなよ」
「スケルトンにゾンビ!?」
「普通のスケルトンじゃありませんっ!?」
さり気なく恋唄を背に隠しながら、来襲してきた敵に向かい合う。
世界樹とは反対側――俺たちを挟むような位置の土がボコボコと盛り上がり、ゾンビやスケルトンといった魔物が続々と現れる。
ここまでの道中には出てこなかった種類の魔物だ。
肉の一切ない骨だけの身体を、華美ではない質素なつくりだが剛健そうな鎧で纏ったスケルトン。
個体によって持つ武器は異なるようで、剣をもっている骨もいれば斧や弓をもつ骨もいる。
きちんとそれぞの武器の特性を理解し合っているのか、それぞれが立ち位置を図りながら動いている。
道中手に入れたスキル【神眼】によると、ただのスケルトンではなく【死の骸骨騎士】という種らしい。
さらには、朽ち果て腐敗し始めた身体をもつゾンビ。
こちらもしっかりと鎧を纏い立派な剣をもつ個体や、中には薄汚れた法衣のような着物を着て杖をもつ魔力が高い個体もいる。どこから調達してきたのか王冠や首飾りなどのアクセサリーを身につけている奴もいた。
同じく【神眼】スキルによると【血塗られた死人】や【冥府の大魔道士】という種のようだ。
それらが一斉に俺に向かって襲いかかってきた。
まずは冥府の大魔道士が、お試し攻撃とばかりに魔術を放つ。
杖から光が放たれ、それが爆発的に燃えさかる。
別方向からは、太く大きい氷の矢が放たれた。
さらには王冠を被った冥府の大魔道士が雷を呼び起こし降り注いでくる。
それらを打ち消し、跳ね返していると今度は近接攻撃を得意とする敵が眼前に迫っていた。
血塗られた死人が身体に似合わない大剣を大きく振りかぶりながら飛びかかってくる。腐った身体からは想像もできないほどの俊敏さだ。
横からは俺を挟み込むように、数体の死の骸骨騎士が仰々しい槍――|逆三角の幅広な刃をもった槍――を突き刺してきた。
だが、スケルトン達の身体が動く度にカタカタ骨がこすれ合う音が聞こえるくらいには、余裕がある。
片側から迫る槍。身体を捻って避けたついでに、槍の柄を掴む。
そのまま引っ張り、槍の持ち主がバランスを崩して倒れかけたところで降り注ぐ遠距離魔術の壁とした。
血塗られた死人の大剣を指で摘まみ止め、力を込め刃を折る。
折れた刃逆手に持ち直し、もう片側の死の骸骨騎士の頭蓋骨に突き刺した。スケルトンの頭蓋骨が粉砕した。
頭蓋を失ったためか不思議な動きをする死の骸骨騎士の鎧を掴み、大剣を折られて動きを止めていた血塗られた死人に投げ込む。
いくつものスケルトンや魔術を放ってきていた冥府の大魔道士達を巻き添えにしながら吹っ飛んでいった。
「と、とんでもないですね……」
「でも、どうしてこんなところにアンデッドが?」
「まさかっ!? 世界樹が死霊に侵されているの!?」
エルフ姉妹が騒然とするが、世界樹から受ける印象は『神聖』さのままだ。
木々も瑞々しく、緑葉も豊かに生い茂っている。
どこか呪われたり腐っていたり、毒をもっていたりといったこともなさそうだ。
なにより世界樹が生み出す魔力元素からも、アンデッド達から感じる死の波動は感じない。
世界樹とアンデッドは関係ないはずだ。
それより気になるのは。
「どうして俺だけが攻撃を受けてるんだ?」
次々と生まれ続けてくるアンデッド達の猛攻をいなしていっているが、基本的にターゲッティングは俺か、俺のすぐ後ろにいる恋唄かどちらかに限られている。
エルフ姉妹の方には流れ弾がいくくらいで、見る限り直接的な攻撃はほとんどなかった。
一瞬、この状況がエルフ姉妹の罠かとも思うが、それはそれで意味が分からない。
敢えて世界樹に連れてきたところで、別に俺からしてみれば大きな変化はない。
それよりもむしろ、エルフ姉妹の必死に戦おうという姿勢は、嘘っぽさを感じさせないものがある。
だから、俺はエルフ姉妹を信じる。
「先生っ! 倒した骨人間達がっ!!」
恋唄の叫び声が響く。
指さす方を見れば、倒してバラバラになったスケルトン達の骨が動き始め一つの塊になりつつあった。ゾンビ達の肉片なども一緒に塊の中に吸収されていく。
同時に急激な魔力の高まりを感じた。
――何かが起こる前に潰すべきか。
俺の思考を読んだのか、偶然か。残っていたアンデッド達が覆い被さるように一斉に飛びかかってきた。
それは攻撃と言うよりは、動きを封じるためのブロックっぽい動き。
恋唄を背にしている以上軽々しく動きたくない気持ちの隙を突かれた形で、飛びかかってきたアンデッドへの対応が一瞬遅れた。
それがそのまま、塊への対応の遅れにつながってしまう。アンデッド達を一掃したときには、塊は巨大な魔物へと変化を遂げていた。
一言で表すなら、骨の熊だろうか。
骨や肉片が融合を繰り返し、無理矢理獣のカタチをつくったような魔物だ。
およそ5メートルほどの巨体がガタガタ揺れながら継ぎ接ぎされていく。
関節という関節が適切にくっついていないのか、動き方が壊れたブリキ人形のようにガクガクしていて気持ち悪い。
そんな魔物が、空虚な眼窩に紫色の炎を灯した。
「あれは……【魂喰らい】……ッ!?」
「MUOOOOOOOOOOOOOO」
魂喰らいと呼ばれた魔物が、大きく口らしきモノを開け――それだけで、いくつもの骨や肉片がこぼれ落ちた――大きく叫ぶ。
それは悲鳴か絶叫か。
絶望という絶望を集め塗りたくった鈍器で殴られたような衝撃が襲ってくる。
一瞬、恋唄が血だまりに倒れ息絶えていく絶望的な光景が脳裏を叩く――それは幻影だ。
自分の声のようでそうでないような声が、俺を正気に戻した。
血まみれの恋唄が掻き消えた。
――スキル【恐怖耐性】を獲得しました。
一瞬にも満たない時間だが、相手の接近を許すには十分すぎる時間を与えてしまった。
「――ッ!?」
「ひっ!?」
その絶叫を浴びたエルフ姉妹は、腰砕けになりへたり込んでいる。
エルフ姉妹のもつ魔力が少しずつ流れ、魂喰らいに吸収されていく。
「えっ? ええっ?」
一方で恋唄には何の影響もなかったようで、突然腰を抜かしたエルフ姉妹に驚いていた。
そうか。これが魔法が効かない【特異点】の力なのか。
おそらくあの魂喰らいってやつの絶叫は、何らかのスキルか魔術なんだろう。効果は相手に恐怖を抱かせ戦闘不能にさせる。さらに魔力の吸収か。
「こいつは……強敵だぜ!」
ちょっと格好良く言ってみた。
「……先生?」
恋唄の冷たい反応が痛い。
エルフ姉妹にいたっては、恐慌状態のため相手にもされていない。
「MUOOOOOOOOOOOOOOッ!!」
さらに至近距離からの絶叫。地響きが響くほどの叫びだが、もう俺には効かない。
予想された結果が得られないことが不快だったのか、接近していた魂喰らいは両手で俺を押しつぶそうとする。
だが。
「OOO?」
不思議そうなつぶやきが、魂喰らいの最後の言葉だった。
両手が重なる前に、恋唄を抱きかかえ上空に跳ぶ。
そこから聖魔術を放ち、光の渦が魂喰らいを包みこみ、光が消えた時には魔物の姿はかけらも残っていなかった。
見せ場も盛り上がりもなく、あっけなく終了。
これがマンガや小説だったらブーイングの嵐だろうけど、こちらは命がかかっている現実だ。
持ちうる手を最大限に活かし、安全に確実に終わらしたい。
だから物理攻撃でも良かったが、アンデッドというくらいだがら復活される可能性もあったので、死霊系を強制的に消滅させる聖魔術を使ったわけだ。
「う、嘘でしょ……魂喰らいを一撃で……あの魔術って……伝説の第六階梯?」
「お、お姉ちゃん、もう私死んじゃってるのかな……」
恋唄が驚かないようにゆっくりと着地。
魂喰らいが消滅して恐慌状態は解除されたはずだが、エルフ姉妹はへたり込んだまま姉妹で抱き寄せ合っていた。
ちなみにアリエルさん。さっきの魔術は第六階梯ではなく、規模的には第八階梯です。
「先生、終わったんですか?」
恋唄が周りを見渡しながら尋ねてくる。
そういえば、さっき許可もなくお姫様抱っこをしてしまったが大丈夫だったんだろうか?
よくよく考えてみると、今日は何度も抱っこしている気がする。セクハラ案件間違いなしだが、恋唄からの文句もクレームもないので気にしないでおこう。
事なかれ主義万歳。
「あー……恋唄さん、そういうセリフは言っちゃ駄目なんですよ」
俗に言うフラグというやつだ。
そして今回はその懸念が現実になるのも分かっていた。
その答えだとばかりに、ふらふらと舞うように世界樹から梟が降りてきた。
俺たちの前に降り立った黒い梟は、頭を小さく下げて羽を大きく広げ、平伏したような姿勢を取る。
『お見事でございます』
しわがれた声を出した黒い梟は、姿を霧のようににじませカタチを変えていった。
すぐに小さな梟だったモノは小柄な人間の輪郭を取り、カタチづくられていく。
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