白と黒と破裂音
ローフィスの軍人・イリヤとの一つのお話
幼い時、私は国の為に戦う軍人の父によって厳しく育てられた。
私はそれを嫌だとは思ったことはなかったし、いつか自分も父のように国の為に戦うことになるのだと思っていた。
それから月日が流れ、やはり私は父と同じ軍人として働いていた。
自分がどれほど傷つこうとも、それが国の為ならば、自分の怪我でさえもどうでもいいことなのだと感じていた。
そんな自分自身をかえりみることのなかった私を心配したのか、父は私に縁談をもちかけ、私は父の言う通り、その女性と結婚した。
その女性は軍人という仕事をよく知り、私のために尽くしてくれるような、私には勿体ないほどにできた女性で、私は彼女を愛しながらも、どこか嫌気がさしていた。
そしてその為に仕事がなく、自宅に帰ることが出来たとしても、私はなかなか自宅に帰ることはなかった。
そんなオフのある日、私は今日もまた自宅に帰ることなく、雪が降る中を傘をさしながら、行くあてもなく歩いていた。
しばらくそうして歩いていると、街の外れに建つ小さな孤児院を見つけた。
こんなところに孤児院があったのかと思いながら、近づこうとすると、その孤児院から少し離れたところで一人の女性が傘もささずに孤児院を見上げているのが目に入った。
彼女の姿を見た途端、私は目を奪われ、凍りついたかのように、その場から動けなくなってしまった。
彼女の儚げな表情に降りかかる雪はとても似合っていて、綺麗だった。
それからしばらくして彼女が私に気付き、こちらに向き直った。
彼女はさっきまでの儚げな表情を潜め、私にふらりとした笑顔で笑いかけた。
そうして私は彼女に恋をした。
その日から私はオフの日は必ずあの孤児院へ行き、彼女に会い、共に過ごすようになった。
何回目かの時に連絡先を交換し、それからは毎日のように連絡を取り合い、自分のこと、彼女のこと等、色々な話で盛り上がった。
しかしその頃になると、私はある葛藤に悩まされていた。
私と彼女が出会ってそう立たないある日、私がテレビを見ていると、そこに彼女がうつっていた。
そしてそのニュースを見て、私は彼女が血にまみれた犯罪者であることを知った。
そしていつか私は彼女の敵になるのだと分かってしまった。
しかし私はその現実から目を逸らし、彼女の正体を知らないふりをし続けた。
それほどまでに彼女という存在を私は求めていた。
たとえ私たちの全てが違いすぎていて、いつかどちらかが相手を傷つけることになるとしても、私には彼女が必要だった。
そして私はその葛藤を抱え続けたまま、数年間彼女に尽くし続けた。
欲しいというものは可能な限り与え、愛を知らぬ彼女に、たとえそれが届くことはないと分かっていながらも愛を囁き続けた。
しかしその頃になると、今度は彼女の方が何かに悩んでいるのか、酷く落ち込んでいることが多くなった。
そしてそんな彼女の様子に私はある結論にたどり着いてしまった。
この嘘だらけの恋人ごっこの終わりはもうすぐそこまで迫ってきているのだと分かり、私は悲しくなったが、何故だか涙は流れなかった。
そしてそれから数日後、その日はやってきた。
出会ったあの日のように雪が降る中、人気のない路地裏で私たちは見つめあっていた。
彼女は目に涙を浮かべ、震える声で私に真実を告げた。
そして震える手でナイフを握り締め、彼女は『殺したくない』と叫んだ。
私はその言葉を聞いて、彼女に本当に愛されていたのだと分かり、嬉しくなった。
私は彼女に優しく微笑みかけ、その震える手を優しく握り、ナイフを取り上げると、その手に私が彼女の為に買った銃を握らせ、その銃口を私の心臓に向かわせた。
『…ど…う…して…?』
君は訳が分からないという顔でぽつりと呟いた。
『たとえ君が何者であったとしても、私はずっと君の味方だ
君が私が死ぬことで生きることが出来るというのなら
私は喜んでこの身を捧げよう』
私はそう言って、片手を彼女の方へとのばし、その頭を優しく撫でた。
『その銃は私からの最期のプレゼントだ
それを私だと思って持っていて欲しい』
彼女は私の言葉に軽く頷くと、ゆっくりと引き金に指をかけた。
『…ごめんなさい…』
彼女はぽつりとそう呟き、引き金を引いた。
そして次の瞬間、パンッという破裂音が辺りに響き、私の胸が真っ赤に染まっていった。
私は立っていることもできず、その場に倒れ込み、霞んでいく意識の中で、涙を流す彼女に最期の真実の言葉を伝えた。
『愛してる』
彼女は私のその言葉にその場で泣き崩れそうだったが、なんとか堪え、その手に銃をしっかり握り締めたまま、その場をあとにした。
私はもう目を開けていることすら出来なくなり、ゆっくりと目を閉じた。
そして遠のいていく意識の中で私は最期に願った。
彼女が幸せでいられますようにと。