生まれ損なった僕は世界に何を願う
剣と魔法の世界が舞台のVRMMORPGの中で
僕は魔法使いの格好をして、冒険者をしている。
冒険者たちが集い、露店がある広場で、さっきまで一緒にクエストをしていた仲間といた。
「次はこのクエストにしましょうよ!セナ先輩!」
僕にそう話しかけてくるのは、
僕と同じ魔法使いのレイアだ。やり始めたばかりの頃色々と教えていたら、よく僕と組むようになった。
「そうだね。こことも近いし、でも、MPが今は回復してないからこれを飲んでから行こうか。」
「うん!」
そう言って僕は露店で買ったジュースを手渡した。
彼女はジュースを一口飲んだあと、
周りを少し見回し、
「そういえば、聞いてくださいよ。3日くらい前、
私が他のゲームをしていたら
バグに襲われたんだ。」
と小声で言って来た。
僕は驚いた勢いで飲んでいたジュースを吹いた。
「え、バグに襲われたの。」
むっとした表情でレイアは僕を見る。
「先輩声が大きい。あと汚い。」
「ちょっと待ってバグ襲われた……ほんとなの」
バグ
それは、仮想現実世界で人に危害を与えたり、
データを荒らしおかしくさせるような
害悪なプログラムの総称だ。
今の時代コンピュータウィルスもこう呼ばれる。
「そうですよ。それより口拭いてください。」
「ごめんごめん」
僕が口を拭き終えたのを見てから、
レイアはまた話し始めた。
「私そのゲームで、バグに襲われてもうダメだーって思った時にこの人が助けてくれたんですよ。」
と嬉しそうにいってポケットから写真を取り出して
見せた。
それにはレイアと白いロングコートと目を覆い隠すようなサングラスを掛けた少年が写っていた。
「この人が私を襲っていたバグを切り捨て、
こけていた私に聞いてきたの
『大丈夫ですか。』
すっごくかっこいい声だった。
その人、新しくできた削除プログラムなんですって
かっこよかった〜」
と嬉しそうに言った。
それを聞いて僕は思わず
「会いたくないな」と口に出してしまった。
「え、何か言った。」
レイアは不思議そうに僕を見た。
「いや、バグには襲われたくないなって」
慌てて別のことを言う。
「でも、こんなかっこいい人に会えるなら
バグに襲われてもいいかな。」
「もう、セナ先輩はメンクイなんだから」
そんなことを話しながら、露店で買ったジュースを飲んでいた。
ビー、ビー、
「サーバ内でバグ発見が検出されました。
バグの削除を開始します。
この付近の冒険者の方は運営が今から
メンテナンスを開始します。
速やかにログアウトしてください。」
突然、不快な電子音と共に無機質ないかにも機械らしいカクカク声が辺りに広がる。
周りの冒険者は
ないわー、ええー
メンテナンスかよ
と口々に話していた。
「えっ、バグがここにもいるの。
データがおかしくなるのが怖いから、先にログアウトします。先輩、また今度行きましょうか。」
「そうだね」
そう話したあとレイアはログアウトして消えた。
広場に沢山いたはずの人が消え
僕一人だけが残った。
この広場は冒険者しかいないはずなのに
僕だけが残っていたら
「バグ発見、削除お願いします。」
カクカク声が僕の耳に入ってきた。
バレた。
見つかった。
逃げなきゃ
僕は急いて広場を出て細い脇道に入った。
僕は前と同じように隠れるのに
ちょうど良いグラフィックの隙間がないか探す。
それがいけなかった。
この隙間に入れば、見つからないんじゃないか。
そう思って覗くと、バチバチと嫌な音が鳴り、
慌てて離れた。
すると
その隙間が白く染まり始めた。
白くなった所はもう削除が始まっていて
僕が触ったら消されてしまう。
ここもダメか
今日はおかしい
いつもならあり得ない。隙間から削除を始めるなんて
さっきからハズレばかり、このままだと
見つかってしまう。
焦って走るうちにいつのまにかに広い通りに
出てしまった。
やってしまったと思った時にはもう遅かった。
「バグ発見、削除お願いします。」
今度はやけに流暢な女の人の声が響いた。
さっきの放送の声と違うことに違和感を覚えるが
それを無視して細い脇道に戻ろうとした。
けれども、
バチバチ
「いた!なんでここはまだ白くなっていないのに!」
入れない
白くなった場所に触ったみたいに
腕がボロボロになっている。
僕に痛みの感覚があって良かったと心底思う。
気にしないで進んでいたら、
もっとボロボロになっていた。
そう、ほっとしていると
「ちっ、こいつ痛覚あるのかよ。
ま、その方が削除しがいがあるんだけど」
そんな声が後ろから聞こえてきた。
振り向くと
この世界観に合わない
白いロングコートと目を覆い隠すようなサングラスを掛けた少年がいる。
その服の白色は僕をボロボロにする白と
同じ色だ。
まさか、レイアが言っていた新しくできた
削除プログラム
目を合わせたら、少年はにっこりと笑って
「あ、いま言った事聞こえてた?
俺は、DBAI
君みたいなバグがあるAI を探して
削除すことが
仕事のAIなんだ。よろしくね。
というわけで、
いまから君を削除すよ。」
と言いながら僕に近づいてくる。
逃げなきゃ、そう思って
手と同じくらいボロボロになっている足で
必死に逃げようと走っていたが
いきなり右足の感覚がなくなり、
何かにつまずいたのか
右足の方を見てみると
右足が途中からなくなっていた。
「あ、足が……」
かなり、僕と距離があったはずなのに
DBAIは僕の目の前にいて
僕の足を切ったであろう刃物を腕に突きつけた。
「もー、逃げるなよ。
早くやれって周りがうるさいんだ。
まあ、俺は楽しいんだけどねー
いっぱい遊べるから!
でも、今は仕事だからもう終わらせないと」
笑いながら
僕を仰向けに地面に押しつけ
刃物をふりあげる
こんなのに消されるのか
「あれ、今まで見たバグは暴れていたのに
これは泣き出した。変わっているな 」
生きたい、消されたくない
「消されてたまるか……」
DBAIはさらにおかしいそうに笑った。
「あはは、そんなこと言うバグは初めてだ。でも
削除さないと。」
そう言いながら刃物を振り下ろす 。
怖さのあまり目をつぶりながらも僕は思った。
「生きたい……!」
ピー
何が高い笛のような電子音が
辺りに響いた。
首にくるであろう刃物に叩き斬られる痛みも
来ない。
ゆっくりと僕は目を開ける。
僕の首にもう少しで届くと言うところで刃物は
止まっていた。
いや、刃物だけじゃない。
刃物を持っているDBAI全体が止まっていた。
何が起こったか、わからなかった。
「転送データ過多によりサーバと回線が混乱している状態です。解決まで30秒かかります」
とカクカク声が辺りに響いた。
思わずぽかんとしていると
地面のグラフィックが揺らぎ
そこから男の人が出てきた。
今僕を消そうとしてきたDBAIと同じ、
この世界観に合わないロングコート着て、目を覆い隠すようなサングラスをかけているが
僕を消そうとするような白色ではなく、
いつも、守ってくれる隙間と同じ黒色だった。
僕に、向かって何が言っているようだけれど
何を言っているのか耳に入ってこない。
どうも、男の人と僕の言語プログラムが違うらしい。
「助けてください、片足になってしまって
歩けないんです。」
うまく伝わるかわからないが
藁にもすがる思いで目の前にいる男の人に頼んだ。
すると、
男の人は僕を押さえつけていたDBAIを退かし
僕を小脇に抱えて走った。
その直後
「転送データ過多による問題が解決しました。
あと10秒で、開始します。」
あのカクカク声が流れる。
男の人は舌打ちをした後
このゲームの中では
あり得ない速さで走り出した。
この男の人は何者なんだ。
なんで、僕を助けてくれるんだ。
そんなことが頭の中でぐるぐると駆け巡る。
「アッハハ、あはは、
初めてだ!バグに逃げられるなんて
二つまとめて、削除してやる」
後ろからは固まっていたのが解けたDBAIが
また笑いながら追いかけて
刃物でいくつもの斬撃を飛ばして来た。
あんな沢山の斬撃、避けれるはずがない。
男の人も慌てるかと思ってみると
男の人は僕を抱えてない方の手で、コートのポケットから黒い紙を取り出し自分のおでこに貼り付けたあと、僕のおでこにも貼り付けた。
そうこうしているうちに斬撃が僕たちの身体に当たる
そう思えたが斬撃は
僕たちの身体をすり抜けていく。
何が起こったかわからなかった
「え、えー」と間抜けな声が出てしまった。
そんな僕を無視して斬撃が降り注ぐなか、
男の人はポケットから
また黒い紙を取り出し、
今度は少し離れた地面に投げつける。
すると地面が切り取られ、切り取られ部分が立ち上がって黒い扉になり、勝手に開く。
僕を抱えたまま男の人はその中に飛び込んだ。
それが僕が生きるために僕の生き方を変えることになる始まりの出来事だった。