ココア
「なんかさアンタとTさんお似合いだよね。」
え、どこが。
「雰囲気が似てるっていうか。Tさんってアンタのわがままも全部聞いてあげるって感じじゃない?いつもアンタに振り回されてるけどなんだかんだで楽しそうについてくるとことか」
あー言われてみれば、そうなのかも。
職場の同僚の言葉で初めて気付いた。
T君は違う部署の人で歳は私より7個くらい上。
元々はT君の後輩と私が知り合いだった為、顔見知り程度から仲良くなりかれこれ一年程経過していた。
「Tさんとあんな風に仲良く喋ってる女、アンタ以外に見た事ないよ。T君なんて呼んでるのもこの建物内でアンタだけだよ、きっと」
私も最初は凄い扱いづらい人だと思ったもんなぁ。
清潔感のある見た目、クールな表情、チラッと目が合うとすぐに逸らすから、笑った所なんて想像も出来ないような人。
でも会えば話すしたまに無防備に笑ってる姿を見ると、心を許してくれているのかもと思う事はある。恐らく今のところ嫌われてはないのだろう。
T君ねぇ...
異性として意識した事なかったけど......
そう思った瞬間に自分の中で確信してしまった。
私、きっとこの人を好きになる と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
数日後、T君が珍しく私の部署に来た。周りは少しざわついている。あの二人仲良かったの?なんて囁きが聞こえてくる。放っておけ。
「どうしたの?」私よりうんと背の高いT君を見上げる。
少しドキドキしているのは昨日の同僚の言葉のせいだ。
「異動になった。年明けには県外に引っ越す。」
突然の報告に目の前が真っ暗になった。
どうしよう、後一ヶ月位じゃん。
ショックを隠しきれないけどそんな場合ではない。
こうしている間にも時間は刻一刻と迫っているんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
意識しだした途端、私はT君に猛アタックを始めた。
タイミングの合う時はT君の部署を覗き、差し入れをしたりお話しをしたり帰りの時間が被れば途中まで一緒に帰ったりした。
T君はいつも嬉しそうに笑ってくれるから私もとても嬉しかったんだ。
ある日、話の流れで二人で送別会をする事になった。焼肉がいいなぁ、送別会だから全部そっちの奢りだよ、えー!なんて微笑ましいやりとりをした。
しかし後日、日程を決めようとしたら「送別会はしなくて良いから」と言われてしまった。
更に前から話していた映画の誘いも断られ、一緒に帰るのも避けられるようになっていた。
なんかしたのかなぁ。
数日ぶりにT君の部署へ行くとT君は何やら対応中の様だった。その時、部署内の女性陣からの視線といやらしい微笑みに私は気が付いてしまった。好奇の目とまた来たこいつと言わんばかりの目配らせ。
私は居ても立っても居られなくなりその場を立ち去った。
一人で暴走してぐいぐい近付いて馬鹿みたい。
もしかしたら私は特別なのかもなんて自惚れて。
二人で会ってくれるかもなんて勝手に思って。
T君の立場も周りの視線にも全く気付かなくて
嫌われるような事をしていたのかもしれない。
涙が止まらない。T君ともう一度仲良く話したい。
もう何も望まないから。このままお別れは嫌だよ。
その日は雪が降っていた。四年ぶりの大雪だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雪の翌日、たまたま仕事が休みだった。雪の所為もあってどこに出かけることもなく家に引きこもり。昨夜散々泣き腫らした目を誰に見せるわけでもないこの状況にただただホッとしていた。
21時。
外の雪はすっかり溶けていた。
T君、ちゃんと帰れてるかな。
思うと同時に指が動く。
メッセージを送ってしばらく見ないふり。
でも音量だけは最大にして全神経を耳に集中させる。
ピロン♩
今日は車ではなく電車で来たと書いてある
送ってあげようか?とすぐさま返信
ピロン♩
ドキドキしながら開いたメッセージには.........。
会社近くのコンビニでT君を拾う。
私の好きなココアを買っておいてくれたらしい。
こういうところも凄く、好き。
車をゆっくりと走らせる。
彼の家は会社とも我が家とも真逆だがそれがまた良い。
二人でいる時間が少しでも長くなればいい。
助手席に座るT君に緊張して前ばかり見る。
たわいのない会話をしていつもみたいに笑う。
たまにチラッと横を見ると自然と目が合う。
少し手を伸ばせば容易く触れる事が出来るこの距離に
心の距離を重ねて。
嗚呼、永遠にこの時が続けば良いだなんて、本当に馬鹿馬鹿しい。
でも勇気のない私は送別会を断られた理由も
映画を断られた理由も一緒に帰らなくなった理由も
部署の女性達の反応の真偽も聞くことが出来なかった。
これ以上、私の事で迷惑をかけたくなかった。
これ以上、面倒くさい女にもなりたくなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日はT君がいなくなる最後の日。
仕事終わりに、車で待ってる、とだけ連絡し
T君がやって来るのを待った。
ゆっくりとした足取りでT君がやって来る。
私は感謝の気持ちを込めて送別品を渡す。
迷いに迷って選んだ。何時間もかけて何回も調べて。
その場で包みを開けようとするT君からとっさに包みを奪う。
ーーー恥ずかしいから、後で見て。
T君はにっこりと微笑んで頷いた。
ーーーー見たら、メッセージ送るね。
T君の最後の言葉が果たされる事はなかった。
きっと、これがT君の答えだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌朝泣き腫らした目を、同僚にすぐさま指摘され
昨日徹夜で観た映画のせいだ、ととっさに笑う。
居なくなってしまってから気付く存在の大きさも。
当たり前の日常にもいつか終わりが来るという残酷さも。
どこかで分かっていたはずなのに
どうしてこんなに辛いんだろう。
もっと近くにいたかった。
もっと話したかった。
もっと笑い合いたかった。
もっと貴方を知りたかった。
今では叶うことのない願いを胸に、
私は此処から精一杯応援する事しか出来ない。
ありがとう。
どうかお元気で。