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スチル31.修学旅行(主人公)

 とうとうやってきました、修学旅行!

 前世と合わせても初のフェリー乗船。乗り込む前からものすごくワクワクしてる。

 見上げても全容を収めきれない大きな白い船に、はわ~とほえ~の中間みたいな声が出てしまう。

 すかさず間島くんが「島尾。口開いてる」と注意してきた。くっ。目敏い奴め。


「フェリーのお風呂ってどんなんだろうね。夕食はバイキングって聞いたけど」

「船の中にあるお風呂なんて、全然想像できないわ~。実は雑魚寝も楽しみだったりして」

「分かる! こんな時でもないとなかなか出来ないもんね」


 同じ班の女の子たちとお喋りしながら、酔い止めの薬を飲んだりトイレを済ませたりしてる内に、あっという間に乗船の時間。

 船へのタラップを上がっていくと、入ってすぐの所に一人用の幅のエスカレーターがあった。

 ここでまず驚きですよ。船の中にエスカレーターがあるの!? ふおおお、と心の中で叫びながらキャリーケースを引きずり、しおりを確認して部屋に向かう。

 だだっ広い和室をいくつも借り切ってるみたい。

 それぞれの部屋に引率の先生が一人ずつ付いている。


「はーい。荷物を適当に置いたら、A班から順番にお風呂に入ってねー。貴重品は必ず荷物にしっかりしまっておくこと。先生たちが見張っておくから」


 女子部屋には当然、女の先生がつく。

 松田先生も参加してるはずだけど、男子部屋とは階が違うからチラとも見かけなかった。


「真白、行こ! うちらからだよ、お風呂」


 咲和ちゃんに促され、慌てて着替えとタオルを持ってお風呂場に向かう。

 スーパー銭湯みたいな感じの浴場で、船の中にあるとはとても思えない広さだった。

 みんなして「おお~!!」と声を上げてしまう。シャワーからもどんどんお湯が出てくるし、これどうなってるんだろう。


「見て! もうすぐ出航だよ!」


 お風呂に浸かったまま、大きな窓におでこをくっつけるようにして一人の子が叫ぶと、あっという間にみんなが窓際に鈴なりになった。


「ちょ、これ外から裸が見えるんじゃないの?」

「んなわけないでしょ~」


 待ちに待った旅行ということで、全員が軽い興奮状態にある。

 誰かが何か言うたびに他の子もケラケラ笑い出すもんだから、お風呂の中の賑やかさといったらなかった。


 これだけ大きなフェリー全部を貸し切るのは、金銭的に無理らしい。

 だから一般のお客さんも乗ってるはずなんだけど、どこにいるのか姿を見かけない。

 平日ど真ん中という日程のせいか、どこに行ってもうちの中学のジャージ姿しかなかった。

 修学旅行生の騒々しさを避ける為に、部屋に籠ってるのかな。もしそうなら、本当に申し訳ない。


「この船には他のお客様も乗ってます! 大きな声で騒いだり、甲板を走ったり、周りの人の迷惑になることはくれぐれも慎むように! ――はい。では、いただきましょう!」


 学年主任の先生が大きな声で注意を促して、食事が始まる。


「そっちの声の方がでけえんだけど」


 隣のテーブルからボソッとぼやく男子の声が聞こえてきて、咲和ちゃんは口に含んだばかりのジュースを噴きそうになっていた。


 バイキングでの夕食を済ませ、甲板に出て白く泡立つ波しぶきや空に輝く星を眺め、消灯時間が近づいてきたので部屋に戻る。

 

 帰る途中、甲板の端っこでようやく松田先生を見かけた。

 ぼんやりと海を眺めている先生はひどく寂しそうだった。

 花香お姉ちゃんのことを考えてるんだろうか。それとも他に何か悩みがあるんだろうか。

 もしあったとしても、私にはどうすることも出来ない。

 卒業してもきっと、教師と生徒という関係を越えることは出来ないだろう。望もうとも思わない。この世界での彼との縁は限りなく薄かった。


 トモイくん、頑張って!

 私は心の中でエールを送り、二度目の初恋を完全に卒業した。


 

 船室に戻り、ごろんと畳に横になり毛布をかぶったまではスケジュール予定表通りだったが、まだ誰も寝ようとしない。薄暗い部屋の中で始まったのは、そう、修旅定番のコイバナだ。


 うちのクラスでは、間島くんと田崎くんが人気を二分してる。

 間島くんと絵里ちゃんの仲良しっぷりは周知の事実なので、田崎くんの一人勝ちのように思えるんだけど、女の子全員に愛想を振りまいてる彼に告白しようとする猛者はいなかった。

 他校に彼女がいるという噂もそれを後押ししている。

『そこの女バスの子と付き合ってるんだってさ』と誰かが言うと残念そうな溜息があちこちから漏れた。


「はあ、彼氏欲しいなあ~」


 咲和ちゃんがぼやいたのをきっかけに、どんな男の子がいいか、という話になる。


「背が高くて、もちろんイケメン」

「声が素敵で、彼女に一途」

「頭が良くてスポーツ万能」


 次々に上がるハイスペックな条件に、最後は皆で笑ってしまった。

「そんな奴は三次元にはいない」「鏡みようぜ」と続く声に、そりゃそうだ、と深く頷く。


「あ、でもほら。真白のTVの特集に出てた人達はスペック高かったよ!」


 同じ班の子が、突然そんなことを言い始めた。

 その特集、実は私は見ていない。

 父さん達は大興奮で録画までしてたけど、動いたり喋ったりしてる自分を客観的に見るなんて恥ずかしくて無理だった。

 私が紺ちゃんみたいな美少女だったら、がっつり画面にかぶりつくけどさ。

 結局、コンテスタントの演奏だけを集めたネット動画で一人反省会を開いた。

 それでも映像いらない、音だけでいいんだよ、お願いしますよって気持ちになったっけ。


「分かる! あの赤い髪の人、マジでヤバくない? カッコ良過ぎて鼻血出るかと思った!」

「私はあの、ハーフっぽい金髪の人を推す! リアル王子様だったよ~」

「その2人もいいけど、私はオレンジの髪の子が好き。ほら、真白と同率一位だったキリっとした感じの人!」


 どうやら皆は、紅とトビー、そして富永さんの話をしてるらしい。


「真白が羨ましいよ~。そりゃ、うちの学校の男子相手じゃ動じない筈だわ」

「私もピアノを習っておくんだったなあ」

「三日でギブに一票!」


 周囲がドッと湧いた瞬間、扉をノックして先生が入ってきた。


「こら、うるさい! 早く寝ないと、明日が辛くなるよ!」


 やば、とみんなが毛布をかぶって寝たふりをし始める。

 私も目をつぶってぎゅっと縮こまった。

 

 ……確かに3人ともルックスいいもんなあ。

 これで蒼が会場に来てたら、紅とのツーショットがどえらい騒ぎを呼んだだろうな。

 

 紅と蒼が揃ってるところを想像するだけで、ツンと鼻の奥が痛くなる。

 それが当たり前だったあの頃が懐かしい。

 もう二度と3人で馬鹿みたいに言い合ったりすることはないのかと思うと、胸が苦しくて仕方なかった。

 コンクールの決勝で、蒼と話したせいだろう。

 それまでどうしようもないと諦めていたことを、あの日から惨めったらしく望むようになっている。


 そして、翌日。

 長崎に降りたった私たちは、船酔いでぐらぐらする頭を抱えながら平和公園、グラバー邸、大浦天主堂などの観光地を回った。

 昔からの貿易港があるせいか、街並みには異国情緒が漂っている。

 眼鏡橋は本当に眼鏡の形をしていた。グラバー邸では、三浦 (たまき)とプッチーニの像の前で写真を取ってもらった。

 

 これも帰ったら紺ちゃんに見せてあげよっと。

 お土産もついでに物色したかったんだけど、班行動のスケジュールはかなりタイトだ。仕方ないので、翌日の自由行動で買い物することに決める。ハウステンボスにもきっと色々売ってるよね。


 その日の宿泊先は有名なホテルだった。

 旅館でのまくら投げが出来ないのはガッカリだけど、ホテルはすごく綺麗だった。班で夕食を済ませ2人一組で部屋に分かれた後、夜景を眺めようと窓のカーテンを開けてみる。


「うわあ!!」


 眼下に広がったのは、港を中心に浮かび上がる美しい光、光、光。

 まるで耀(かがや)く浮遊都市を見てるみたいな幻想的な眺めに、興奮を抑えきれない。

 私は後ろを振り返り、咲和ちゃんを呼んだ。


「さわちゃん~! 夜景すごいよ、早くおいで!」

「はいはーいっと。……おお~、これはスゴイね!!」


 咲和ちゃんとくっつくようにして、しばらく無言で絶景を眺める。本当に綺麗だなあ。

 音楽に例えるなら、そう、高音のトレモロ。トリル。アルペジオ。

 耳の奥で鳴り始めるピアノの音色にそっと聴き入る。

 その時、ピンポーンと部屋のチャイムが鳴った。


「開いてるよー」


 すぐ隣で響いた咲和ちゃんの声に弾かれ、意識が現実に戻ってきた。

 ああ、ピアノが弾きたいな。

 アイネが無性に恋しくなる。指が無意識のうちに動いていたみたいで、咲和ちゃんに「やっぱり真白の恋人はピアノだね」と笑われてしまった。


「二人も夜景見てたんだ~」


 絵里ちゃん、朋ちゃん、そして麻子ちゃんが満面の笑みを浮かべながら中に入ってくる。

 思いがけない来訪に目を丸くしてる私を見て、絵里ちゃんが小首を傾げた。


「フェリーでも今日の観光でも、全然真白と咲和ちゃんに絡めなかったでしょ。だから押しかけてきちゃった」


 絵里ちゃんのその仕草のあまりの可愛さに、倒れそうになった。

 彼女を独占している間島くんに、改めて理不尽な怒りが湧いてくる。マジで大事にしないと許さないからね。


「世界三大夜景らしいじゃん。それ聞いた時はさ、世界って! ってちょっと思ってたけど、うん、世界だわ」


 麻子ちゃんの呟きに、みんなで一斉に笑った。

 世界だよ! やばい!! 私達は口々に騒ぎながら携帯のカメラを構える。


「ねえ。大きくなったら、このメンバーで残りの2大夜景も見に行けたらいいよね」

「あとは香港とモナコだっけ? ――モナコってどこの国にあるの?」

「どこの国って、モナコ公国じゃん! 麻子、それガチで言ってんの?」

「だって、地理苦手なんだもん~!」


 朋ちゃんの提案に、麻子ちゃんが素でボケて、すかさず咲和ちゃんにツッコまれる。

 小学校からの長い付き合いの仲良しメンバーとの掛け合いは、たまらなく楽しかった。

 みんなが笑っているところを見ているだけで、泣きたくなるような感傷が押し寄せてくる。


「……真白、どしたの? 疲れた?」


 絵里ちゃんの優しい笑みに、私は勢いよく首を振った。

 

 すごく楽しくて楽しくて。

 だけどずっとこのままじゃいられないことも分かってるから、悲しいんだよ。


 心に浮かんだ泣き言をグッと飲みこみ、絵里ちゃんの腕に自分の腕を絡める。


「ううん、大丈夫。……私、ずーっと忘れないからね、みんなのこと。離れ離れになっても、ずっと」

「……泣かすな、バカ真白」


 絵里ちゃんの瞳に、小さな涙の粒が浮かんだ。

 青鸞に行くことは、まだ打ち明けていない。

 でもみんな薄っすらと気づいてるみたいだった。何かというと、名残を惜しむかのように私のところに集まってくる。

 あと、一年とちょっと。みんなと沢山思い出をつくれるといいな。



 二日目は、雲一つないいい天気だった。

 皆とはしゃぎながらハウステンボスをまわっていく。

 興奮しすぎて、11月のひんやりとした冷たい風が心地いいくらいだった。

 アクティブ系のアトラクションは、万が一の怪我が恐くて見学させてもらう。大喜びしながら迷路をクリアしたり、ワイヤーロープを滑走したりする皆を見てるだけでも楽しかった。


「はあ~、大満足」

「めちゃくちゃ楽しいね! 修学旅行、最高すぎか」

「それな。ねえ、そろそろお土産見に行こっか」


 移動中もお喋りは止まらない。

 私達は可愛い雑貨やお菓子を中心に、次々とお店を見て回った。


「……男の子って、何が欲しいのかなあ」


 お土産屋さん巡りの途中でポツリとこぼした私に、メンバー全員が食いついてくる。


「え? なになに? 誰にあげるの!?」


 わくわくした表情でみつめてくる沢山の瞳から目を逸らし、ゴホンと一つ咳払い。


「腐れ縁的な友達なんだけど、とにかく好みがウルサイんだよね。ここはやっぱ無難にお菓子にしとくべき?」

「お菓子? 男友達へのお土産チョイスとしてはナシでしょ」


 麻子ちゃんに一刀両断されたので、手にもっていたサブレは棚に戻す。

 確かにね。紅が庶民的な銘菓を食べるとこなんて、想像もつかない。


「無難なところでストラップとかは? ほら、トンボ玉のこれなんて綺麗で洒落てるよ?」


 困り切って店内をうろうろしてる私を見かねたのか、美里ちゃんがアドバイスしてくれた。

 彼女が指差す先にあったのは、すごく綺麗なトンボ玉。

 うわ、これ素敵!

 私は色んなデザインの中から、それぞれの名前に合わせて探してみることにした。


 紺ちゃんには、濃紺のガラスの中に白い花びらが浮いてるもの。

 紅には、薄紅のガラスの中にシックなストライプが入ってるもの。

 そして蒼には、水色のガラスに可愛い水玉の模様が入ってるものを選ぶ。

 みんな気に入ってくれるといいな。


 あんまりそのストラップシリーズが可愛かったので、自分用にも一つ買ってしまった。

 ピンク色のガラスに金粉が混じってるやつ。

 4人でお揃いになるの、私は嬉しいけど、紅は嫌がるかな……。その時は水沢さんにあげよう。うん、そうしよう。


「すごく大事な人達なんだね」


 私がレジを済ませるのを待っていてくれた麻子ちゃんが、穏やかに微笑む。


「ストラップ選んでる時の真白、めちゃくちゃ幸せそうだったよ?」


 続いた言葉に、かあっと頬が熱くなった。そっか、そんな顔してたか。


「うん。――そうかも。麻子ちゃん達とはまた別のところで、すごく特別な人たちなの」


 思い切って声に出してみると、ストンとまっすぐに心の中に落ちてくる。

 紺ちゃんはもちろん、紅も蒼も私にとってすごく大切な人だ。

 攻略キャラとかそんなんじゃなくて、同じ時間を積み上げてきた仲間であり友人であり、誰より幸せになって欲しい人。


 この先どんな運命が待ち受けていたとしても、途切れることのない縁でありますように。

 心から切に願うよ。


   ◆◆◆◆◆


 本日の主人公ヒロインの成果

 イベント名:思い出作り

 対象攻略 対象キャラ全員


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