スチル28.望郷(蒼視点)
城山くんへ
元気ですか?
美登里ちゃんの撮影したDVD、見ました。チェロを今でも続けていてくれて、本当に嬉しいです。
私は元気です。って、聞かれてないのに書くのも変かな?
でも一応、私の方の近況も書いておくね。城山くんの元気な姿を一方的に見て、こっちは黙ってるっていうのも何だから。えーと、何を書こうと思ったんだっけ。
学校は楽しいです。
友達もけっこう出来たんだよ。文化祭でピアノの発表をした話は、紅から聞いたかな。キラキラ星変奏曲をジャズアレンジして、あとは「星に願いを」をアンコールで弾きました。
城山くんは、今、何の曲を練習していますか?
あ、返事を書けって意味じゃなくて、ちょっと気になっただけです。疑問形で書くのはよくないね。
沢山の絵葉書、ありがとう。外国のカードは綺麗なものが多いね。風景のものも、イラストのやつもどっちも好きです。美登里ちゃんからも手紙を貰ってます。すごく面白くて、彼女の手紙を読むと自然と笑顔になります。
とりとめのない内容でごめんなさい。
季節に合わせて、クリスマスツリーを折ってみました。
立体にも出来るように折ったから、別紙参照で組み立ててみてください。細かな紙くずに見えるものは、オーナメントです。
ピンセットを使って、ツリーに飾れるようにそっちも折っています。暇でたまらないという時があったら(ないとは思いますが)飾ってみてください。
風邪などひかれませんように。くれぐれもご自愛ください。
12月吉日 島尾 真白
真白からの手紙が届いた。
自分の部屋に急ぎ足で戻り、鞄を机の上に置いて一つ深呼吸。
ペーパーナイフで丁寧に封を切り、そっと上からのぞいてみる。
最近は折り紙だけが入っていることが多かったから、便箋に透ける文字に目を奪われた。
真白の字は、丸っこくて可愛らしい。
一度そう褒めたら「気にしてるんだから言わないで」と怒られたっけ。
同封されている折り紙は……クリスマスツリーかな。この小さな紙くずは何だろう。こぼさないよう注意を払いながら、手紙だけを抜き出した。
出だしの宛名に悲しくなった。
「蒼」と呼んでもらえていた特権を、俺は自分で捨ててしまった。
今でも真白が友達で居続けてくれてる方が可笑しいくらい、あの時の俺はガキで自分勝手だった。
けじめをつける為、彼女は二度と俺を「蒼」とは呼ばないだろう。だけどそんな生真面目なところも好きなんだから、どうしようもない。
彼女の傍にいて名前で呼んでもらえる紅が、正直羨ましくて堪らなかった。
秋休みにドイツに来たとき、とうとうあいつは白状した。
――『お前には隠せないだろうから言っとくけど、俺は真白が好きだよ』
いずれそうなると思ってた。
口では色々言っていても、ありのままの自分を女の子に見せるなんて、それまでの紅から考えればあり得ないことだったから。
紅を特別扱いせず、そのままのあいつを評価してくれる異性だって真白くらいのものだ。
気儘な紅を束縛しようとせず、甘えという名の我儘を仕方ないな、と許してくれるのもきっと真白だけ。
俺がいなくなった後、しばらく彼女に避けられてかなりキツかったらしい。
ざまみろ、と笑った俺に紅は肩をすくめた。
初めて目にした親友の気弱な表情。真白に本気で惚れたからこそ、今まで弱点なんてなかった紅が途方に暮れている。
そんな顔もできるのか、と新鮮な驚きを覚えるのと同時に、ああ、真白もきっと気づいてしまうだろうな、と思った。
気持ちを打ち明けないのか、と尋ねたい衝動を堪え「俺もまだ好きだよ」と返す。
「だと思った」
紅は諦めに似た笑みを浮かべ、静かに答えた。
真白へ
クリスマスツリー、ありがとう。
オーナメントに驚いた。キャンドルはちゃんと火のところが赤いラメ紙だった。
早速窓辺に飾ってたら、部屋の掃除に入ったお手伝いさんが見つけて、絶句してた。
「日本人はすごい!」と他の使用人にも話してるみたいだ。
紅から文化祭の話は聞いた。
青鸞のクリスマスコンサートでは、山吹さんとやりあったらしいな。それも紅から聞いたよ。相変わらずだな、と思った。もちろんいい意味で。
コンクールでは色々あると思うけど、自分らしい演奏をして欲しい。応援してる。
俺の方は変わりないよ。ドイツ語が前より話せるようになったくらい。まあ、当たり前だよな。
チェロはちゃんと続けてる。最近よく弾くのは、ブラームスのチェロソナタかな。一番も二番も気に入ってる。シューベルトのアルペジオソナタもいい。
寒い日が続くけど、真白こそ風邪ひかないようにな。
1月吉日 城山 蒼
今までは、何を書いても真白を傷つけてしまいそうで怖かった。
それで絵葉書を無言で送りつける、という考えようによっては余計に負担になりそうな奇行に走ってしまったのだが、これが最後かもしれない、と思い直したのだ。
真白が紅と付き合い始めれば、もう絵葉書だって送れない。潔癖でまっすぐな真白のこと、好きな男以外からは何一つ受け取りたくないだろう。
猶予が残されているうちに、彼女に想いを届けたかった。
「いつか一緒にまた弾けたらいいなと思ってる」「会いたい」という文章は削った。
何度も読み返し、友達に出す手紙の枠を越えてないか確かめる。
これくらいならいいか、とようやく納得し、封をした。
手紙をポストに投函しようと外に出る。粉雪が空一面に広がっていた。
一旦玄関ホールへ戻って、コートハンガーにかかっていたマフラーを取り、首に巻く。
真白お手製のマフラーだ。
柔らかな毛糸に鼻先をうずめ、きつく目を閉じる。
本当に書きたい手紙は、いつも胸の奥に綴る。
会いたい。
真白の笑った顔が見たい。
真白のピアノの音色が恋しい。
時が経てば、と人は言う。俺もいつか、彼女を忘れることが出来るだろうか。
父のように、俺も違う誰かを選ぶだろうか。何年もかけて口説き落とした最愛の妻に去られた後、たった1年で違う女と再婚した父のように。
悲しみと孤独に溺れそうになった父がとっさに掴んだ藁が、義母なのだとしたら――。
途中まで考え、首を振る。
結果、2人とも幸せになったようには見えないのが辛かった。
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城山くんへ
お返事ありがとう! まさか手紙が来るとは思わなかったので、驚きました
変わりないんですね。元気でやっているのなら、それが何よりです。
チェロの曲も教えてくれてありがとう。さっそくCDショップに行って探してきたよ。いい曲だね。
城山くんだったら、どんな風に曲想をつけるんだろう、と想像しながら聴くのはとても楽しいです。
オススメの奏者がいたら、また教えて下さい。あ、でも無理して返事をする必要はありませんので。
私の方も変わらずやっています。
今回の折り紙は、トロンボーンとホルンです。ホルン、手ごわかった。何度もやり直しました。管楽器の中では最難易度を誇る形状な気がします。
ホルンといえば、モーツアルトのホルン協奏曲が有名だけど、ロゼッティのホルン協奏曲も好きです。……って、それはどうでもいいか。
毎回、どうでもいい内容しか書けなくてごめんね。
何か面白い話が書ければいいんだけど。
あ、遅ればせながら池波正太郎作品にはまってます。時代小説は粋だね。読んでてスッと心に入ってくるというか何というか。玲ちゃんという友達に借りて読んでるので、いつか自分でも集めたいです。
紅は、城山くんがいなくなってからというもの、すごく寂しそうです。
言動も以前に増してますます変になっている気がします。
休みの時にそちらで会うことがあったら、面倒かもしれないけど構ってあげると喜ぶのではないでしょうか。
長々と失礼しました。体調には気を付けて。
Herzliche Grüße (使い方合ってる?)
3月吉日 島尾 真白
真白へ
折り紙、ありがとう。
確かにホルンはあの渦巻部分の再現が難しそうだな。でもめちゃくちゃクオリティ高くて驚いたよ。
前の手紙にも書いたお手伝いさんが、増えたコレクションに大喜びしていた。旦那にも見せたいから撮影してもいいか、とまで聞かれたんだけど、本人に確認してからと言っておいた。真白が嫌じゃなかったら、許可してくれると嬉しい。
面白い話なんて、俺も書けないよ。
美登里が春休みだからとやってきて、散々あちこち引っ張り回された。
真白のコンクールの話をしたら、聴きに行くって張り切ってた。詳しい日程が分かったら、あいつにも教えてやって。
春になったので、よく行く公園も花で明るくなってきてる。
4月24日は復活祭なんだけど、ドイツの人たちにとっては特別な日らしい。
父もその日は仕事を休むと言い出した。日本からわざわざ義母も呼んでホームパーティを開くんだと。
正直気が乗らないけど、チェロを演奏してくれと頼まれてる。美登里は「私も頼まれたけど、全力で断った」と言っていた。義母とは叔母姪の関係なのに、すげえ仲悪くてしょっちゅう喧嘩してるから、俺としてもそっちの方がありがたい。
って、こんな話しかなくてごめん。
真白の勧めてくれた本、こっちでも読めないか探してみる。
小説の話が出来る友達がいるなんて、なんかいいな。
締めの文、使い方あってるよ。じゃあ、俺からも。
Herzliche Grüße
4月吉日 城山 蒼
月に一度の真白との手紙のやり取りは、結局3年間ずっと続くことになった。
律義でお人よしな真白が返事を書かないなんてあるはずないのに、自分からはどうしても切れなかった。彼女の優しい手紙が心の支えになっていた。
真白がコンクールの予備審査に通った、というのは紅からのメールで知った。
おめでとう、とすぐに伝えることの出来ない距離がもどかしい。
美登里にも紅の妹から同じ連絡がいったらしく、興奮した声で電話がかかってきた。
イギリスとの時差はほとんどないからか、美登里は言いたいことが出来るとすぐに電話をかけてくる。そして一方的に喋り、気が済むと突然切る。
昔はそれが嫌だったけど、今の話題はほとんどが真白のことなので気にならなくなってきた。
『夏休みに日本に行こうと思ってるの! ソウも行きましょうよ。まさか去年みたいにずっと家にいるつもりじゃないでしょうね。せっかくのバカンスを楽しまないなんて、ありえないわよ!?』
「ほっとけよ。日本には戻らない。サマープログラムに参加するつもりだから、家にもいない」
『ふうん。おじ様は相変わらずワーカホリックなのね。夏休みくらい、一人息子と過ごせばいいのに。まあ、いいわ。じゃあ、私と兄様だけで行くから。真白に会えるのが今からすごく楽しみ! じゃあね』
真白の邪魔をするな、と言いたかったのに、電話はいつもと同じく突然切れた。
傍若無人という言葉は、美登里の為に存在すると思う。
あと、1年半。
青鸞に戻るその日まで、中途半端に日本に里帰りするつもりはない。
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本日の主人公ヒロインの成果
攻略対象:城山 蒼
イベント名:ラブレター
無事、クリア
Herzliche Grüße (心をこめて、という文末の挨拶です)




