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 お姉ちゃんと友衣くんは、三井さんの誕生日のプレゼントを一緒に選びにきていたみたい。

 三井さんとはこの後合流予定だと聞いて、やっぱりねと納得した。


「良かったら、真白と紺ちゃんも一緒にどう?」


 花香お姉ちゃんは私達を誘うと、友衣くんを「いいよね」と無邪気な瞳で見上げた。

 友衣くんも「もちろん」と頷いている。


 思い出してしまえば、何もかもが昨日のことのようだ。

 花ちゃんと友衣くんと私で、こんな風に何度も出掛けた。

 私は彼らと今みたいに年が離れていなかった。妹ポジションに甘えて2人にまとわりつく私を、花ちゃんも友衣くんも優しく扱ってくれた。


 中学生の私が松田先生に感じた恋心は、前世の名残のようなものだったのかな。

 生まれ変わってもまた同じ人に恋をしてしまう、なんて。

 それだけ聞けばロマンチックだけど、それが叶わなかった恋ならば、再現は喜劇にしかならない。


 前世の記憶を取り戻した今、「松田先生」への淡い恋心は見事に消えていた。

 名残り雪が太陽に照らされ溶けるように、焦がれる想いは薄まり、今はただ彼に懐かしさしか感じない。友衣くんの真面目なところも、融通の利かない頑固さも、全部全部大好きだった。


「ごめんね、お姉ちゃん。紺ちゃんは早く帰らないといけないんだ。三井さんによろしくね」

「そうなんだ。じゃあ、また今度だね」


 残念そうに言った花香お姉ちゃんと、温和な表情を浮かべて彼女の隣に立っている松田先生に手を振り、踵を返す。


 私は黙ったまま笑顔を貼りつけている紺ちゃんを引っ張るようにして、ずんずん歩いた。

 エレベーターに乗り込み、屋上ボタンを押す。紺ちゃんの手はまだ震えていた。


 ショッピングモールの屋上には、案の定誰もいなかった。

 ちらつく雪が、ベンチや植木を白く彩っている。空気は刺すように冷たかったけど、屋内の暖房でほてった肌にはちょうどよかった。

 そこでようやく紺ちゃんの手を離し、私は彼女の正面に立った。


「花ちゃん、だよね?」

「…………」

「ようやく思い出したよ。ずっと一人で苦しませて、ごめんね」


 紺ちゃんは大きく瞳を見開き、堪えきれないように大粒の涙を零し始めた。

 ひくひくとしゃくり上げ、紺ちゃんは何度も首を振る。


 どういうわけか、紺ちゃんは一言も口をきかなかった。

 まるでいばら姫みたい。言葉を発したら、魔法が全て台無しになってしまうと言わんばかりの頑なさで、紺ちゃんはただ首を振っていた。

 私は小さく息を吸い、ずっと言いたかったことを口にした。

 

「友衣くんのこと、ちゃんと謝ってなかったよね。……私ね、少し前から知ってたんだよ。二人が付き合ってること。それなのに花ちゃんがムキになって否定するからさ、ちょっと意地悪してやろうって思ったの。すごく性格悪いでしょ? 友衣くんに告白したのも、嫌がらせだよ。振られるって分かってて、告ったの。花ちゃんしか見てない友衣くんを困らせてやろうって。本当にごめんなさい」

「違う!」


 紺ちゃんは掠れ声で叫び、私の両手を取った。


「里香はちゃんとトモのこと好きだったじゃない。誤魔化そうとしないで。そんな風に貶めないで!」

「花ちゃんほどじゃなかったよ」


 私は間髪入れずに答えた。本当のことだ。


「花ちゃんが友衣くんと会わなくなって、私は死ぬほど後悔した。何度も友衣くんに頼んだ。『花ちゃんを諦めないで』って。そしたら友衣くん、なんて言ったと思う?」


 いつのまにか、私の頬も濡れていた。

 喉につまった熱い塊のせいで、声はすっかり震えている。

 雪の舞い散る寒い屋上で、泣きながら話しているのは、前世の初恋の顛末。

 馬鹿げた話だと思うけど、どうしても今日ここで決着をつけたかった。


「『俺が諦めるわけないだろ』って。ねえ、花ちゃん。友衣くんは、ものすごく花ちゃんのことが好きだったんだね」


 私の言葉に、紺ちゃんはとうとう泣き崩れた。


「トモ……トモ……」


 囁くように繰り返し、もういない恋人の名を呼ぶ紺ちゃんは、今にも消えてしまいそうなほど儚かった。

 私は彼女の腕を取り、まっすぐ立たせようと奮闘した。

 しっかり掴んでいなければ、二度と会えない気がして怖かった。


「大丈夫、今の花香お姉ちゃんには、三井さんっていう恋人がちゃんといるんだよ。だから、友衣くんの花ちゃんは【紺ちゃん】だって気づけば、友衣くんはきっと紺ちゃんを好きになる。ねえ、トビーなんてやめよう? あの人、ものすごく性格悪そうだし」


 現在の捻じれた状況をなんとかしたくて、必死に言葉を紡ぐ。

 紺ちゃんはようやく立ち上がり、涙に濡れた頬をぐい、と拭った。


 「無駄だよ。“松田さん”は玄田 紺を好きになったりしない」


 そう言って、紺ちゃんは微かに笑った。


「そんなの、分かんないじゃん!」


 どうしてそこまではっきり言えるの? 

 友衣くんが好きになるのは、いつだって「花香お姉ちゃん」だってことかもしれないけど、彼が最初に好きになったのはここにいる紺ちゃんなのに!


「分かるよ。だって彼は――」 


 そこまで言いかけ、紺ちゃんは(くう)を見つめると口を噤んだ。

 鋭く細められた瞳で、私の背後を凝視する。


 え? 後ろに誰かいるの? 

 思わず振り向きそうになった私の肩を、紺ちゃんは強く掴んだ。華奢な指が肩に食い込む。痛みは驚きに消されてしまった。


「聞いて、里香。お願いだから、幸せになって。それだけを私は願ってる。今度こそ、私は間に合ってみせる。だから私を信じて」


 紺ちゃんは真剣な表情でそう言った。


 一体どういう意味……? 

 唖然とする私をじっと見据えたまま、紺ちゃんは続ける。


「前世の話をするのは、今日が最後。明日からは、もう口に出さないで。今の私は、玄田 紺だよ。竹下 花香じゃない。……約束して、里香。これはすごく重要なことなの」


 紺ちゃんのあまりの迫力に、私はたじろいだ。

 ここで食い下がったとしても、おそらく事情は教えて貰えない。

 こくりと頷いた私を見て、紺ちゃんは安堵したように頬を緩める。


「今のご家族を大切にしてね。生まれてからずっと、あなたを大事に慈しんでくれたのは、この世界のご両親と花香さんなんだから」

「……うん、分かってる。今の家族だって、私の大切な家族だもん」


 自分に言い聞かせるように、ゆっくり言葉にする。

 紺ちゃんをこれ以上追い詰めたくなくて、私はわざと明るく言った。

 上手く笑えたかは分からない。

 紺ちゃんは黙って私の顔を眺めていた。記憶に刻もうとするような、ひたむきな目で。


 悲しみと悪い予感が彼女の周りをぐるりと取り囲んでいる。

 紺ちゃんは嬉しそうに笑みを零し、胸に手を当てた。


「それなら、良かった。真白ちゃんが幸せそうで、ほんとに私は嬉しいんだよ」


 そんなの、私も同じだ。

 花ちゃんの――ううん、紺ちゃんの幸せを、私だっていつも願ってる。

 だけど、素直にそうさせてくれない何かを、紺ちゃんは抱えていた。


「寒くなってきたね。戻ろうか」


 紺ちゃんが差し出した手を、そっと握る。

 ここへ来た時とは逆で、今度は私の手が微かに震えていた。

 情報が少なすぎて、先が見えない。

 このまま受け入れていいの? このまま、何もなかったように過ごしていっていいの?

 もう一人の私が警鐘を鳴らしたが、具体的にどうすればいいのかはさっぱり分からなかった。


 いつの間にか辺りは暗くなっていた。

 お茶はまた今度、ということになり、家まで送ってもらう。


「今日はありがとう。じゃあね、紺ちゃん」

「またね、真白ちゃん」


 私は能條さんの差し出してくれた傘に入りかけ、足を止めた。

 どうしても、このまま別れることは出来なかった。

 突き上げる衝動のまま、紺ちゃんを振り返る。


「私達、これからもずっと一緒だよね?」


 さっきから吹っ切れたように明るく振る舞う紺ちゃんに、嫌な胸騒ぎを覚えて仕方ない。

 紺ちゃんは一瞬目を丸くした後、とびきりの笑顔で私を見つめた。


「当たり前でしょ。ずっと一緒だよ」


 この時紺ちゃんは、どんな気持ちでこの台詞を言ったんだろう。

 何度考えても、答えは出ない。

 ただ一つ言えることは、私達の道はもともと分かたれていた、ということだ。

 すごくすごく残念なことだけど、私がマンホールに落ちたあの日に結末は決まってしまっていた。


 だけど、紺ちゃんと出会わなければ良かったなんて思ったことは一度もない。

 彼女と過ごした日々は、どんな宝石とも引き換えに出来ない、それはそれは煌めいた日々だった。


 

  ◇◇◇


 バレンタイン当日。

 私が先生にチョコを渡さなかったことを知った玲ちゃんは、心配そうに顔を覗き込んできた。


「とうとう幻滅した、とか?」

「まさか。松田先生ほど素敵な人は滅多にいないって、今でも思ってるよ」

「そこまで!? じゃあ、なんで朝のストーカーも止めちゃったわけ?」


 ストーカーって言うな。

 女子中学生にありがちな可愛い片思い行動だったよ。多分。


「松田先生には、もうずっと好きな人がいるから。……あ、これ絶対誰にも言わないでね? 変な噂立ったら私、キレるよ」

「真白を敵に回すなんて、そんな恐ろしいことしませんよーだ」


 玲ちゃんはしかめっ面で返してきたけど、その後下校するまで不自然なほど優しかった。


 先生に渡すはずだったシャンパントリュフは、水沢さんに渡そうと決める。いつもお世話になってるし、感謝チョコなら受け取ってくれるよね。

 一つ余ってしまうアーモンドチョコは自分のおやつにすれば、綺麗におさまる。


 下校中、同じく学校帰りだった紅に声をかけられた。

 普段なら身構えてしまうけど、今日は素直にありがたいと思った。

 どうやって水沢さんにチョコを渡せばいいのか、実は悩んでいたのだ。


 ハザードをたいて路肩に駐車した車から、紅が降りてくる。

 窓越しに見える後部座席には、プレゼントの包みが山のように積みあがっていた。


「こんにちは、真白。いいところで会ったね」

「こんにちは。ほんとグッドタイミングだよ!」


 私は満面の笑みを浮かべ、助手席に向かって腰を屈めた。


「水沢さん、ちょっといいですか?」


 ピカピカに磨かれた窓ガラスに触れないよう気を付けながら、運転席の彼を呼ぶ。

 水沢さんは驚きながらも、すぐに車から降りて歩道へ回ってきてくれた。

 スクールバッグの中からごそごぞと小さな紙袋を取り出し、両手で差し出す。


「これ、良かったらどうぞ。いつもお世話になっているので、ほんの気持ちです」

「私に?」


 水沢さんは自分を指差して確認すると、紅の方をちらりと見る。それからニヤリと悪い笑みを浮かべた。紅の形のいい唇から、低い舌打ちが漏れる。

 え? な、なに?

 水沢さんは戸惑う私に向き直り、にっこり微笑んだ。


「ありがとうございます、真白様。大事に食べますね」


 紅は、そんな水沢さんを親の仇のように睨みつけた後、返す刀で私のことも睨んだ。


「水沢だけ? 俺にはないの?」


 車内には紅が貰ってきたのであろうチョコで溢れかえっているというのに、どうやらまだ欲しいらしい。


「ないよ。青鸞の子がやり取りするような高いチョコは、私のお小遣いじゃ買えないし。だからって手作りするわけにもいかないでしょ? 昔、素人の作ったものは無理だって言ってなかったっけ?」


 紅に用意しなかった理由を、理路整然と述べる。

 紅は前髪をくしゃりと握り、深いため息をついた。

 まるですっかり傷ついたように翳る表情にドキリとする。


 はぁ……。そういう思わせぶりな手管は、ファンクラブメンバー限定でやってよね!




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