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スチル25.アドバイス(紅・中学生)

 学校行事が目白押しな二学期。

 体育祭では相変わらず、木之瀬くん達が活躍していた。

 意外なところでは、銀髪ピアスホールの田崎くん。私が知らなかっただけで、バスケ部の彼はかなり人気があるみたい。まだこの年代は、スポーツの得意な子が基本モテるんだよね。

 男子のリレーや棒倒しなんて、黄色い声援が飛び交いまくってて、私はしみじみ女子中学生のパワーに感心してしまった。


 松田先生は二人三脚に出場し、養護の若い女の先生と一緒に走っていた。

 相手が転んだりしないように気を遣って走ってるのが分かって、そういう所がやっぱり好きだな、と再認識。松田先生が身近になったのってほんの最近なのに、何故かそんな気がしない。もっと昔から知っているような感覚に陥いる。

 私が障害物競争で1位を取って、自分のクラスの場所に戻ろうとグラウンドの端を歩いていたら、ちょうど松田先生が向こうからやって来た。

 ジャージ姿も新鮮でいいなと内心ニマニマしながら、先生とすれ違う。

 軽く会釈した私を見て、松田先生はふわりと微笑み「頑張ったな」と言ってくれた。

 障害物競争に出てたの、見てくれてたんだ!

 嬉しさのあまり、息が止まりそうになる。その場に倒れ込まなかった自分を褒めてあげたい。


 体育祭の次にやってきたのは文化祭。

 私は合唱コンクールで伴奏を担当することになった。

 うちのクラスは1年の中では纏まってる方じゃないかな。照れくさいのかちゃんと歌わない男子が多くて、玲ちゃん達がキレたり……などの小さいトラブルはあったけど、思春期ってそういうものだよね。

 吹奏楽部や美術部の子たちにとっては、年に一度の晴れ舞台。すごく忙しそうにあれこれ準備を進めている。放課後、開け放たれた窓から聞こえてくる楽器の音は晴れやかで、無関係の私まで何だか胸が弾んだ。


 どの部活にも入ってない私は、完全傍観者の立ち位置から彼らの準備を眺めてたんだけど、いよいよ明後日が文化祭という日の放課後、突然校長室に呼び出された。


「――ステージ演奏、ですか?」

「PTAから、部活免除の子にも日頃の成果を発表する場が与えられるべきじゃないか、という声が上がってね。今、この学校で部活免除になってるのは島尾くんだけなんだよ。ピアノは体育館にもあるわけだし、一曲披露してもらえないだろうか」


 ええ~!? 今日が何日か分かってる? 本番の二日前だよ?

 大体中学生が、大人しくクラシックピアノなんて聴くと思う?

 先に分かってたら、有名なジャズナンバーとかアニメソングとかをメドレーに編曲して、生徒受けする曲を準備したのに!


 文句を言いたい気持ちをグッと抑え、私はこくりと頷いた。

 これは相談じゃなくて決定事項の通知だろうと察したからだ。


「そうか、ありがとう。持ち時間は10分だ。よろしく頼むよ」


 ホッとしたように相好を崩した校長先生を恨めしく思いながら、私はとぼとぼと学校を後にした。


 どうしよう、何を弾こう。亜由美先生に相談するにしても、時間がない。

 自転車を押して歩きながら、うーん、うーんと頭を捻る。

 ショパンあたりが無難かな。でも10分でしょ? 幻想即興曲じゃ短いし、英雄ポロネーズも10分はなかったような……。でもすごく好きな曲だし、もうそれにしちゃおうかな。


 考え事に熱中していたせいで、私は隣を伴走していた黒いベンツに気づくのが遅れてしまった。

 軽く鳴らされたクラクションに驚き、自転車を倒しそうになる。

 な、なに!?

 辺りを見回した私は、後部座席の窓を下ろして顔を覗かせた紅とばっちり目が合った。


「やっぱりお前か。どうしたんだ、その顔」


 前半部分はこっちの台詞。 あと、顔のことは放っといて!


「びっくりした~。紅も学校帰り?」

「ああ。自転車、パンクでもしたのか?」

「違うよ。ちょっと考え事してただけ」

「そうか」

「うん。……用事ないなら、もう行っていい?」

「いや。あの、さ」


 珍しく口ごもった紅を見て、私は無性に苛立った。

 半分以上は八つ当たりだ。登場のタイミングが悪いというか何というか。

 私と彼の星の巡り合せは、最悪な気がする。


「何かあるなら早く言って? こんな場所で車停めるの、他の車に迷惑だよ」


 つんけんした口調で急かすと、紅は短く溜息をつき、気を取り直したように口を開いた。


「この後何もないなら、うちに来ないか。何か悩み事があるなら、聞くよ?」


 どうやら私は傍から見ても分かる程、深刻な顔をして歩いていたらしい。

 わざわざ車を停めて話かけてくれた紅の善意を素直に受け取らない自分の狭量さに、うんざりする。

 なんとか気持ちを立て直そうと、一度深呼吸して笑みを作った。


「……ありがとう。よかったら話を聞いてくれる?」


 私は紅の言葉に甘えることにした。

 青鸞生の紅なら、なにかいいアイデアを持ってるかもしれない。

 ベーゼンドルファーの美麗な姿もぷかりと浮かぶ。


「よっぽど弱ってるんだな」


 紅は目を丸くしてそんなことを言った。

 私が話に乗るとは思ってなかったような表情だ。

 社交辞令だったのかな? ちらりと思ったけど、声を掛けてきたのはそっちだ。開き直って相談させて貰おう。


「まあね。とりあえず家に戻って、自転車と鞄を置いてくる」

「分かった。じゃあ、先にお前の家まで行ってる」


 ベンツが走り去っていくのを追いかけるように、自転車にまたがりペダルを踏み込む。

 どうしてだろう、さっきまでの鬱屈した気持ちはすっかり消えていた。


 

 成田邸に来たのは、本当に久しぶり。

 小学5年のクリスマス以来じゃないだろうか。

 覚えてないだろうと思っていたのに、田宮さんは私の顔を見るなり嬉しそうに頬を緩めた。


「これはこれは、島尾様。お久しぶりで御座います」

「ご無沙汰してます、田宮さん。またお邪魔しちゃいました」

「島尾様ならいつでも大歓迎ですとも。奥様にも旦那様にも、そのように申し付けられておりますので」


 田宮さんは目元の皺を深くしてにっこり笑って、続けた。


「何より、私がお会い出来ると嬉しいのです」


 ダンディーな執事さんにそんなこと言われたら、照れてしまうではないですか。

 頬を染めてはにかんだ私を、紅は物凄く冷たい目で一瞥した。

 いいでしょ、別に! お世辞でもストレートに言われたら嬉しいものなんだよ。

 

 二階の音楽室に入ってすぐ、私はグランドピアノに駆け寄った。

 相変わらず、艶めいていて綺麗な子だ。しっとりとした音色が耳奥に蘇る。


「あの、良かったら、ちょこっとだけ弾かせてくれない? ほんと、ちょっとだけでいいから」

「言うと思った」


 紅は肩を竦めたが、瞳は笑っていた。


「後で好きなだけ弾かせてやるから、先に話を聞かせて? 一体、何に悩んでるのか」


 あ、そうだった。

 目の前のベーゼンドルファーに気を取られて忘れるところだった。

 私はダメ元で文化祭のステージの話を打ち明けてみた。


「――というわけなの。今日中に演目を決めて練習しなきゃいけないのに、曲目が全然浮かばなくて。何かいいアイデアない?」


 私が尋ねると、紅は腑に落ちない、という表情で首を捻る。


「よく分からないな。普通にお前の好きな曲を弾けばいいじゃないか。レパートリーがないわけじゃないんだし」


 私は田宮さんの運んできてくれたカフェ・ラテのカップを両手で包み込み、悩んでいる理由を説明することにした。


「天下の青鸞とうちの学校を一緒にしないでよ。普通の中学生でクラシック好きな子なんて、ほんの一握りなんだから。私が好きな曲を弾いても、多分聞いて貰えない。せっかく演奏するのに、無反応は悲しいよ」


 紅は悪戯っぽく瞳を煌めかせ、紅い髪をかきあげた。


「俺なら、一音だって聞き逃したりしないのにな。お前のピアノを聴かないなんて、勿体なさすぎる」

「お世辞は結構!」

「たまには素直に褒められたら?」

「今更、むり」

「はぁ……手強いな」


 紅がため息交じりにぼやく。

 途方にくれたようなその顔は、年相応に幼かった。そんな可愛い顔も出来るんだ。

 意外な発見に思わず笑ってしまう。

 私が笑うと、彼は目元を和らげ、しょうがないな、といわんばかりの優しい眼差しで私を見つめた。

 そんな風に見られると、お腹の辺りがムズムズしてしまう。


「じゃあ、キラキラ星変奏曲のジャズアレンジは? ちょっと前にピアノ科の子が弾いているのを聴いたけど、かなり華やかにアレンジしてたよ。あれなら難易度的に物足りないってこともないし、聴衆受けもするんじゃないかな」

「キラキラ星変奏曲か~。いい選曲だと思うけど、ジャズアレンジの楽譜を持ってないし、音源もない。明後日までに自分でアレンジするのは無理だと思う」


 キラキラ星なら誰でも知ってるし、モーツアルトの変奏曲をもっと複雑にアレンジした曲なら簡単過ぎるってこともない。

 せめてあともう2日あればな。

 はあ、と溜息をついた私を見て、紅は眉を顰めた。

 それから渋々といった様子でスマホを操作し始める。


「もしもし? ――ああ。そう、俺。分かってくれたんだ、嬉しいな」


 突然電話で話し始めた紅に、私は虚を突かれた。私と話していた時とはまるで違う、作り込まれた甘い低音。『ボクメロ』の紅様を嫌でも思い出してしまう。

 急にどうしたんだろ。

 紅の話しぶりから相手が女の子だということは分かるけど、私がいる時に電話することなくない?

 みぞおちがモヤモヤと曇りだす。


「この間のキラキラ星の楽譜、手元にある? 家の者を向かわせるから、少しの間借りられないかな。――もちろん、埋め合わせはさせて貰うよ。……ありがとう、じゃあまた学校で」


 ……違った。今かけなきゃいけない電話だった。

 紅は私の為に、楽譜を調達しようとしてくれたんだ。

 事情が分かって、唖然とする。

 でも、どうしてそこまで?

 あっけに取られた私を尻目に、紅はあっさりと電話を切った。

 冷めた目でスマホの画面を確認し、そのままテーブルの上に置く。その表情で、彼にとってすごく不本意な電話だったことも分かってしまった。


「ちょっと待ってて。すぐに水沢をやらせて、楽譜を持ってきてもらうから。ピアノ、弾いてていいよ」


 事務的に言い残して、紅はソファーから立ち上がろうとする。

 私はとっさに、彼のシャツの袖を掴んでいた。


「……ん? どうした?」


 電話を切った時の冷たい目が嘘のような柔らかな表情で、紅は小首を傾げる。


 どうしてここまで親身になってくれるの? 

 友達だから? 

 紅はただの友達にも、こんなに優しいの?


 そんな面倒な質問が次々に浮かぶ。私は開きかけた唇を閉じ、きゅっと噛みしめた。

 聞いたってどうにもならない。

 たとえどんな返事が返って来ても、私は紅の言葉を信じられないんだから。


 そっと手を離し、ゆるく首を振る。


「ごめん、何でもない。……紅、ありがとう」

「こんなことくらいなら、いつでも」


 紅はかすかに目を細め、それから嬉しそうに微笑んだ。


 ――その笑顔が、嘘じゃないと信じられたらいいのに。


 胸の奥がズキリと痛んだ。


 

  ◆◆◆◆◆


 本日の主人公ヒロインの成果

 攻略対象:成田 紅

 イベント名:君の為に出来ること

 無事、クリア


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