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 中学になったことで、私の生活は細かくバージョンアップした。

 亜由美先生の家まで自転車で通えるようになったし、お弁当を自分で作ってもいいという許可も出た。

 母さんの負担をちょっとでも減らせることが、単純に嬉しい。ついでだから、とお弁当は父さんと母さんの分も作ることにした。二人とも大げさなくらい喜んでくれて、何だかこそばゆかった。

 あとは、携帯を持てるようになったこと。

 スマホの方がいいのかな、と店頭で迷ってる父さんと母さんを尻目に、さっさとガラケーに決めた。

 毎月の使用料を考えたら、少しでも安い方がいいに決まってる。自分だけの連絡手段を持ったことで、学校の友達とまめに連絡が取れるようになった。まあ、あくまで前よりは、だけど。

 クラスが分かれた絵里ちゃん達の様子も、連絡アプリのグループに入ってるお陰でよく分かる。文明の機器ってすごいね!


 紺ちゃんとも、一日一回は連絡を取っている。

 大概はピアノのことで「今日はどうだった?」「ここまで進んだよ」とかそんな感じ。

 七月に入ったある日、紺ちゃんからアドレスを聞いたのか、紅様からもメールがきた。

 どんだけ俺様なメールか見てやろう! とワクワクしながら画面を開いた私は、拍子抜けしてしまった。

 直接会ってる時より礼儀正しい文章って、どうなの。


【何かあれば、いつでも頼って欲しい】


 最後の一文をしばらく眺めて、それから手早く返信を打つ。


【メール、ありがとうございます。優しいお言葉、痛み入ります。ないとは思いますが何かの折には、どうかよろしくお願いします】


 まあ、こんなもんだろう。

 ご満悦な気分で送信してみたら、速攻電話がかかってきた。

 着信名は紅様。……今のメールに何か不備があったのかな。渾身のビジネスメールだったんだけど。

 


「真白?」

「うん。こんにちは」

「なに、今のメール」

「何が」

「お前は、友達にあんなメールを送るのか?」

「ちゃんとした丁寧なメールだったでしょ」

「どこが! 二度とメールしてくるなって意味の嫌味かと思った」

「まあ、間違ってはいない」

「否定しろ!」


 しばらくお互いの非常識さについて文句を言い合い、フンとばかりに通話を切る。

 切った後で、ちょっとだけ笑った。

 蒼がいなくなってから、紅様とこんな風に言い合ったのは久しぶりだったから。


 ふと、紺ちゃんから聞いた話が頭を過ぎる。


『私が青鸞に入ったせいで、紅にはかなり無理をさせてるの。双子の妹ってことは周りに言ってあるんだけど、それでも紅を好きな子たちの反感は私に集まりやすいから』


 無理って? と問い返した私に、紺ちゃんは言いにくそうにしながらも説明してくれた。


『今まで適当にあしらってた子たちを、順番に相手してるみたい。一緒に帰ったり、買い物に付き合ったり。学校である程度発言力のある女の子達を平等に構うことで、バランスを取ってるんだと思う』


 うわ~。それはきつそう……。

 その話を聞いた私は、紅様に同情してしまった。

「ボクメロ」でも、成田 紅は女の子皆に優しいフェミ男設定だった。あれにはそういう理由が隠されていたのかもしれない。自分を好きな女の子達が揉めないように、気を使っていたのかも。前に見かけた青い髪の美少女も、その取り巻きのうちの一人だったのかな。


 あのゲームを最後まで攻略したことのない私には、本当の理由は分からない。

 主人公を見かける度に優しく声をかけてくれる王子様みたいな成田 紅しか知らなかった。

 一方的なイメージを紅様に押し付け恋をしたつもりになって、理想と違ったから嫌いになった。

 なんて勝手だったんだろう、と自分でも思う。

 かといって、紅様を前みたいに盲目的な気持ちで好きになることはあり得ない。


 紅様って、自分を好きな女の子はキライなんじゃないかな。

 うわべだけの甘い言葉を自分の都合のいいように解釈する、そんな女の子を彼はとても警戒している。

 私に構う理由は分からないままだけど、きっと彼は私が好きになった瞬間、鮮やかに手のひらを返すに違いない。


 ――まさか、俺の言葉を本気にしたの? 


 嘲るような口調で、酷薄な光を宿したあの綺麗な瞳で追いつめられたら、私はきっと彼を刺す。

 心の奥の一番柔らかな部分を土足で踏みにじられて、泣き寝入りするほど人間出来てない。

 紅様だって刺されたくないだろうし、私だって犯罪者になる未来なんてごめんだ。だから今くらいの距離が、ちょうどいいんだと思う。

 私は携帯を充電器に戻し、意識をいつもの予定消化に切り替えた。


 あれから紅様とも時々メールをやり取りするようになった。「変わりないか?」「元気だよ、紅くんは?」「俺は大丈夫」とかそういう当たり障りのないメールがボックスに貯まっていく。

 蒼からは、絵葉書が届くようになった。

 宛名以外、何も書いてない絵葉書。

 愛らしい少年少女のイラスト。綺麗な教会のステンドグラスの写真。天使が描かれた宗教画みたいな一枚。どこかに出かける度、一枚ずつ色んな種類の絵葉書を買う蒼の姿が浮かんだ。

 私は届いたハガキを、部屋のコルクボードに一枚ずつ貼っていった。

 時々思い出したように眺めて、ドイツに想いを馳せる。

 元気にしてるかな。ちゃんと食べてるかな。

 ……本場のソーセージって美味しいのかな。



 夏休みが近づき、学校の雰囲気が浮き立ったものに変わり始めた頃、期末テストの日程が発表になった。

 副教科には全く手をつけていない私は、朋ちゃんに誘われ図書館へと出かけた。

 同じ中学に通ってる3年生のお姉ちゃんから、一年の時の過去問をもらったと連絡があったのだ。

 日曜日の午前中、図書館まで自転車を漕いでいくと、入り口前には朋ちゃんだけじゃなくて木之瀬くんも来ていた。


「琳も来たんだ!」

「まあね。俺、宮野と同盟結んだから」

「朋ちゃんと? 何の同盟?」


 朋ちゃんは肩まで伸びたまっすぐな髪を耳にかけて、はにかんだ笑みを覗かせる。


「真白ちゃんから1位を奪おう同盟だよ」

「そういうこと」


 ねー、と二人で顔を見合せて笑っている。

 いつの間にこんなに仲良くなったんだろう。私はワクワクしながら、木之瀬くんをまじまじと見つめた。


「な、なんだよ」

「琳の名前呼び、止めた方がいいのかなあと思って」

「ばあか!」


 おお。ちょっと赤くなった。

 私と木之瀬くんのやり取りを見て、朋ちゃんはニコニコしている。でも、その笑顔にはちょっぴり影が落ちていた。


「あのさ、朋ちゃん。過去問、コピーさせてくれない?」

「え? いいけど、一緒に勉強しないの?」

「どう見ても、私がお邪魔虫でしょう~」


 うりうり、と朋ちゃんと木之瀬くんの肩を拳でつつく。


「ち、ちがうよ! 邪魔なのは、私の方で――」


 真っ赤になった朋ちゃんから、半ば無理やり過去問を奪い取り、図書館の一階にあるコピー機へ足を向ける。


「木之瀬くん。邪魔なのは自分だ、なんて朋ちゃんに言わせてていいの?」

「……いや」

「ちょっとそこで待ってて。ダッシュでコピーしてくるから」


 念の為、持ってきていた小銭入れからお金を取り出し、急いで過去問をコピーする。

 コピーしながら、こみ上げてくるニヤニヤを押さえることが出来なかった。

 朋ちゃんはいつから木之瀬くんのことが好きだったのかな。もし小学校の時からだとしたら、随分悲しい思いをさせてしまった。何かと控えめな朋ちゃんは地味だと思われがちだけど、賢いし、優しいし、穏やかですごくいい子だ。そんな朋ちゃんを好きになった木之瀬くんは、最高にいい男だと思った。

 万が一すぐに余所に目移りして朋ちゃんを泣かせたら、思い知らせるけどね。

 ふふふ。ふはははは。心の中で高笑いしながら2人の元に戻ったら、何故かドン引きされた。


「真白ちゃん、すごく悪い顔になってるよ」

「俺も思った。なに、今回のテストも楽勝だなってこと?」

「ちがいます!」


 朋ちゃんに過去問を返し、こそっと耳打ちする。


「どうなったか、後で教えてね。頑張ってよ、朋ちゃん」


 朋ちゃんは瞳を潤ませ、コクンと頷いた。

 うわっ。ホントに可愛い。木之瀬くんも朋ちゃんを優しい眼差しで見ている。

 うまくいくといいな~と思いながら、私は2人に手を振った。


 ――中学に入って好きな奴出来たら、協力しろよな


 木之瀬くんがそう言ったのは、去年の秋だったっけ。

 約束、守ったよ。自転車を漕ぎながら感じる夏の風は、どこまでも気持ち良かった。


 その日の夜に判明したんだけど、朋ちゃんは、なんと四年生の頃から木之瀬くんが好きだったみたい。【あ、でも、真白ちゃんと上手くいくといいなって本当に思ってたよ?】という健気過ぎるメッセージを見て、私はベッドに倒れ込んだ。べっちんを抱きしめ、ごろごろ転がる。

 いいなあ。

 甘酸っぱいなあ。

 木之瀬くんからは【彼女出来た。ありがと、真白】という短いメッセージが来た。

 万感の思いを込めて【よくやった】というねぎらいコメントを返す。【軍曹か!】という突っ込みはさらりと無視しておいた。


 期末テストの結果は、五教科と音楽で満点、残りの三科目も90点越えだった。

 私から一位を奪おう同盟の解散日は遠い。


「くそー、次は見てろよ!」

「俺も、参戦。二学期は絶対に抜かすから」


 悔しがる木之瀬くんに、間島くんまで加わってくる。

 昼休み、うちの教室まで押しかけてきて、私に宣戦布告していった学年のモテ男子2人に、玲ちゃんは目を丸くしていた。


「真白。今の、何?」

「私から一位を奪う同盟だって」


 まじか! と周りからどよめきが起こる。

 私は玲ちゃんとクラスメイトに、ちっちっと指を振ってみせた。


「誰かに勝とうなんて、ナンセンス! 一位が欲しいのなら、全教科100点を取ればよかろう!」

「よっ。真白、かっこいい!」


 玲ちゃんが絶妙な合いの手を入れて、みんなが一斉に笑い出す。

 和気あいあいとした雰囲気のクラスが、私は大好きだった。


 


 テストが終わってすぐにレッスン日。

 亜由美先生は申し訳なさそうな顔で私を出迎えた。


「ごめんね、真白ちゃん。8月と9月はレッスンをお休みさせて欲しいの」


 何でも大学時代の恩師と一緒に演奏旅行でヨーロッパを回るらしい。

 ちなみに亜由美先生は、ウィーン国立音楽大学を出ている。大きなコンテストで何度も入賞してるし、プロデビューは在学中という華々しい経歴の持ち主だ。もの凄い人に教わってるんだなあ、と改めて我が身の幸運を振り返る。普通に考えたら、私のような一般家庭の子は弟子に取ってもらえないレベルの人だよね。

 主人公補正に感謝だよ! とはいえ、二か月近く先生のレッスンを受けられないのは辛い。


 しょんぼりと肩を落とした私を見かねたのか、亜由美先生は「そうだ!」と何かを思いついたように瞳を輝かせた。


「真白ちゃんが良ければだけど、私のいない間、違う先生に見てもらわない?」

「え……違う先生、ですか?」

「大学の時の友人で、ちょうどこの時期に戻ってくる日本人ピアニストがいるの。どうかな。私が頼めば、すぐに引き受けて貰えると思うんだけど」


 急な話なのに、本当にいいのかな。遠慮と期待が入り混じり、すぐには返事が出来ない。

 口籠った見て、亜由美先生はにっこり笑った。


「ねえ、真白ちゃん。目の前に差し出されたチャンスを見逃すようじゃ、プロにはなれないわよ? もっと貪欲にならなきゃね。彼は一昨年のショパンコンクールでファイナリストに残ったくらいの実力者だし、ちょっとの間でも見て貰えるのはいい経験になると思うわ」


 ま、まさか。

 それってノボル・ミサカのこと!?

 一昨年のショパンコンクールの日本人ファイナリストといえば、彼しかいないはず。

 私はゴクリ、と息を飲んだ。

 ロシアとポーランドのピアニストが占める中、アジア人として唯一ファイナルまで残った若き天才。結局その年は、審査委員の票が割れて一位は該当者なしだった。TVでも特集されてたし、私もその時の演奏は映像で見ている。胸が苦しく締め付けられるような切々としたショパンを弾く人だ。


「よ、よろしくお願いしますっ!」


 大きな声で返事をして最敬礼のお辞儀をした私に向かって、亜由美先生はにっこりと笑った。


「はい。よろしくされました」


 ピアノのことになると鬼のように厳しい亜由美先生なんだけど、こういう時は、見てる私の目が潰れそうなほど麗しい。微笑みながら小首を傾げる美女!

 バックに舞い散る薔薇が見えます、先生。


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