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幕間~二人の葛藤~

★真白からの手紙(蒼視点)


 ドイツの小学校は4年で終わる。

 本当は、その時点でドイツに来いと父には言われていたが、我儘を通して卒業まで日本に居させてもらった。そのまま中学も、と押し通すつもりだったが、父はそれを許さなかった。

 音楽をやるにしても、ゆくゆく会社を継ぐにしても、若いうちに広い世界を見ておけ、というのが父の方針だった。

 どっちでもいい。言われるがままに義務を果たしていくのが、一番楽だ。昔はそう思ってたのに、彼女に出会って、俺の優先順位は大きく変わった。

 

 真白と離れたくない。大人になっていく彼女を、ずっと傍で見ていたい。

 異性として全く相手にされてないことは分かっている。

 真白が俺を見る目は、いつも優しい。他に好きな子が出来た、なんて言ってみたとしても、彼女は満面の笑みを浮かべて「良かったね!」と祝福してくれるだろう。

 それでも、良かった。俺を突き放さない優しい真白に、付け込んだ。

 それが、あの結果だ。


 頬は強張り、瞳は剣呑な光を帯びていた。真白はまっすぐに俺を見つめ、決別を言い渡してきた。

 凛とした表情に、強い瞳。振られたというのに目が離せなかった。

 ごめん、真白。今でも、好きでごめん。


「Tagchen」


 自宅近くの公園へ出掛けると、よくこの辺りを散歩しているおじいさんに挨拶された。


「Tagchen.Das Wetter ist schön heute.」


 軽く挨拶を返し、ベンチに座って日本からのエアメールの封を切る。

 真白に手紙を出してからというもの、毎日のようにポストを覗き、お手伝いさんに手紙が届いてないか聞いていた。馬鹿みたいだと自分でも思う。彼女が返事を寄こさない可能性は考えなかった。真白はそういう人じゃない。だから俺みたいなやつに執着されてしまうんだ。

 そしてついに届いたエアメール。

 俺は何度か深呼吸を繰り返し、手紙を開いた。


『城山くんへ』


 出だしの一文に胸を抉られる。

「蒼!」――満面の笑みを浮かべて俺の名前を呼んでくれた彼女を、俺が消してしまった。

 手紙に綴られていたのは、真白の近況だった。中学校で出来た新しい友達。今練習しているピアノ曲。そして、紅に酷い態度を取ってしまったこと。

『これ以上踏み込まれたくなかった』という一文に、俺は詰めていた息を吐いた。

 安堵してすぐに、最低だと思う。

 紅の気持ちなんてお構いなしに、俺は真白があいつを拒絶したことを喜んでいた。

 俺を拒絶したように、誰のことも近づけないで欲しいと願っていた。


『城山くんは、どうしていますか?』


 真白はこちらの近況も気にしていた。以前と変わらない穏やかで優しい筆致に、安堵と物足りなさを覚える。


『体調にはくれぐれも気を付けて。ちゃんと食べて下さいね。無理せず、嫌なことがあったら、ちゃんとした大人に相談すること』


 お手伝いの美恵さんから届いた手紙と全く同じ下りには、思わず声を立てて笑ってしまった。

 やっぱり俺は真白からみたら小さな子供なんだ。改めて思い知らされる。

 でも今は、それでいい。

 レアルシューレを終えれば、中学卒業と同じ資格が与えられる。ギムナジウムへの進学を勧められたが、13年生までドイツにいなきゃいけなくなるのは嫌だ。父も「3年だけ」と言い張る俺に、ようやく折れてくれた。高校はまた、青鸞に戻ることになるだろう。


 あと、三年。

 真白に会えるまで、あと三年。


 もしかしたら、好きな男が出来てるかもしれない。俺との再会は、迷惑なだけかもしれない。

 それでも、いい。

 ただ、会えるだけでいいんだ。





★紅の事情(紺視点)



「で? あいつ、行くって?」

「うん。喜んでたわよ。紅からだって言わなくて、本当に良かったの?」

「それだと、多分真白は受け取らない」


 せっかくあんなに手回ししてすでに完売していたオペレッタのチケットを手に入れたというのに、自分で渡すことの出来ない兄を可哀想に思う。

 でも、仕方ない。ある意味、彼の自業自得だ。


「それにしても、よく手に入ったわね。招待チケットだって、もうとっくにはけてると思ってたわ」

「父に頭を下げた」

「そこまでしたんだ!」


 紅は憮然とした表情で、足を組み替えた。


「あいつの好きな楽団だって、気づくのが遅かったんだ。仕方ないだろう」

「気づくの遅いのは、そこじゃないと思うけど」


 紅茶を一口飲んで、紅はハッと短く笑い、虚勢を張った。


「真白があんまり落ち込んで、辛気臭い顔してるからだ。特に意味はないよ」

「ふうん」

「なに?」

「なんでも」


 忌々しげに舌打ちしたが、それでも紅は立ち上がろうとしない。

 玄田の家に立ち寄るのは、いつも日曜日。

 その前日に家に来る真白ちゃんがどんな様子だったか、聞きたくて堪らないんだって私は知っている。本当に、困った兄だ。


「そういえば、昨日真白ちゃんがね――」


 練習してたピアノ曲のことや、どんな様子だったかを話してあげると、興味ない、というような顔をしてじっと聞いている。

 それが可笑しいやら可愛らしいやらで、私はいつも真面目な顔をするのが大変だった。


「また、会ってもらえるといいね」

「別に。まあ、真白から頼んでくれば会うけどな」


 それじゃいつまで経っても会えないと思うよ、紅。

 真白ちゃんに関することだけ、とことん不器用になってしまうのは何故なのか、もう自分でも気づいているんでしょう?

 早く動かないと、攫われちゃうよ。

 喉元まで出かかった余計なお節介を飲み込み、私は小さくため息をついた。


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