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スチル2.本屋(紅・出会いイベント)

「じゃあね、ましろん!」

「うん、また明日ね」


 学校を出てすぐ、今日はそのまま習字に行くと言う絵里ちゃんと別れた。


 私が前世の記憶を取り戻してから、二週間が経つ。

 ようやく小学校生活にも馴染んできて、毎日平和に過ごしている。

 馴染むも何も、去年からずっと小学生をやってるでしょうと言われそうだが、今の私にとって実年齢とのギャップをもっとも感じさせる場所。それが学校なのだ。


 このまま何も行動を起こさずに過ごしていていいのかなと、ふとした時に思う。

 私の持っている紅様の情報は、高校生まで。その先はどうなったのか分からない。

 学生のうちに彼と出会っておかないと、一生接点を持てないのでは……という不安が湧いてくる。

 だけど、今の私に出来ることはない。

 焦ってもしょうがないと自分に言い聞かせ、とりあえず今は勉強を頑張ることに決めた。


 問題集を買いたい、と申し出た私を、母さんは訝しげに見つめた。

 それはもう、しげしげと。


「……ちょっと前まで、勉強なんてしたくないって言ってたのにねえ」


 母は首を傾げながらも、お金をくれた。

 予算は二千円。きちんとレシートとお釣りを見せること、というのが条件だ。私はすぐさま頷いた。

 そして今日。

 絵里ちゃんと別れた後、例の歩道橋を渡って、大通りに面した立派な店構えのブックストアに立ち寄ったところで、奇跡は起きた。


 私は高校受験の参考書コーナーの前に陣取り、じっくり問題集を吟味していた。

 出来るだけ効率のいいものを探し出したい。

 隣で同じように棚を漁っていた中学生が、ちらちらこちらを窺ってくる。驚愕の視線には気づかないふりで、最終候補を4冊に絞った。

 予算的に買えるのは2冊だけ。

 そうしょっちゅう母にお金を貰うわけにもいかない。

 なんせ傍目から見れば、まだ小学二年のちびっこなのだ。

 中学お受験を目指してるにしたって、『高校受験のための必須問題500選』はまだ不必要だって笑われるだろう。

 社会と理科に絞るか、それとも五教科揃った総復習ものにするべきか。

 本音をいえば、4冊とも欲しい!

 アルバイト出来るといいのになぁ。なんで私まだ、こんなに小さいんだろ。

 悩みに悩んでいたちょうどその時。


「あれ? マシロ?」


 背後から、ハイトーンの柔らかボイスが聞こえてきた。

 聞き覚えのある声に目を見開き、問題集を抱えたまま振り返ると、そこには2度目ましての彼が立っていた。


「わぁ、蒼くんだ! 久しぶりだね」


 ついうっかり、いつも心の中で呼んでいるファーストネームが口から出てしまう。

 知り合ったばかりの人を下の名前で呼ぶなんて! 

 自分でも驚いて、慌ててしまった。

 ゲームの城山 蒼なら「いきなり馴れ馴れしく呼ばないでくれる?」とバッサリ切り捨ててきそうだけど、リアル世界での蒼くんは嬉しそうに頬を緩めた。


「覚えててくれたんだ。オレもあれから、また会わないかなーって探してた」


 同じく学校帰りなのだろう、ランドセルを片側の肩にひっかけ、制服のブレザーの釦は外したまま。

 洗練された立ち姿は、流石のかっこよさだ。


「あはは。そっかぁ」


 蒼くんがあんまりまっすぐにこちらを見つめてくるものだから、次第に居た堪れなくなった。

 できれば早めに立ち去って頂きたい。

 願いに反して、蒼くんは近づいてくると、私が平台に並べた4冊の問題集に目を留めた。

 綺麗な瞳を丸くして、こちらを振り返る。


「マシロ、もうこんな難しい問題やってんの?」

「いや、……えっと、まあね。ちゃんと勉強しようかなって……」


 だめだ、上手く誤魔化せない。

 元がポンコツだから、臨機応変に対処出来ないのだ。

 嘘をつける人は頭の回転が速いんだと思う。

 蒼くんは初めて会った日と同じように「すげえ! こんなの、オレ全然分かんないわ」と感心しながら、問題集をパラパラめくり始めた。

 長期戦になる気配を察知し、私は諦めて、問題集のうち2冊を棚に戻した。

 もっと悩みたかったけど、とりあえずこの場から退散しするのが先だ。

 さっきから蒼くんの目つきが無性に恥ずかしい。

 賞賛? 賛美? 

 分かんないけど、とにかく物凄く感心されている気がする。

 そんな目で見られた経験がないから、どう振る舞っていいか分からない。


「じゃあ、買ってくるね」


 ばいばい、と言外に告げたつもりだったのに、蒼くんは当たり前な顔して後ろから着いて来た。

 ええ!? なんでついてくるの!?


「あれ、蒼。もういいの?」


 その時。

 まさにその時。

 何度も携帯ゲーム機のイヤホン越しにうっとりと聞き入った紅様ボイスをそのまま幼くしたような声が、聞こえてきた。


 私は勢いよく振り返り、そして息を呑んだ。


 トレードマークの真っ赤な髪はまだ短い。

 蒼くんと同じブレザー姿の紅様は、シャツの第一ボタンを外し、ネクタイを緩く結んでいた。

 匂い立つ様な色気を纏う7歳児に圧倒される。

 濃い藍色の瞳を猫のように細め、紅様は私と蒼くんを見比べた。


「なに? もしかして、この子が蒼の言ってた子?」


 まだ声変わりは迎えていない。

 それでも、腰に響く甘い声は健在だった。


 ……うわあ。本当に紅様だ。涙出そう。


 18歳のいい歳した女が若干7歳の男子に萌えている今の状況。

 ふと冷静になったもう一人の私が、イエローカードを掲げてくる。


 分かってるよ! 

 でも見られるうちに見とかないと、こんなチャンスもうないかもしれないんだよ!


 陶然と紅さまを眺めている私に気づき、蒼くんはむう、と眉間に皺を寄せた。

 彼は慌てて私の腕を掴むと、自分の背後にぐいと隠す。


「じろじろ見んな。お前、愛想振りまき過ぎなんだよ」


 紅様が視界から消えたことへの不満を、蒼くんの発言が吹き飛ばした。


 ……え、何、今の。

 もしかして焼きもち的な……。

 いやいや、ないよね。ないわ。

 こんな綺麗な少年に好かれる要素はゼロなのに、何言っちゃってんの。自意識過剰こわい。


「へえ~。……蒼がそんなに執着するなんて、気になるなあ」


 紅様は『10年早いわ! でも貴方なら許す!』的な台詞を口にしつつ、ヒョイと私を覗きこんだ。


「俺は成田紅。蒼とは幼稚舎からの友達なんだ。これからは、俺とも仲良くしてね? ましろ」


 紅様はおもむろに微笑み、ダメ押しとばかりに片目をつぶってくる。


 ウィンクだ! 紅様の生ウィンク!

 これは、あれだ。

 第一試験をクリアした時に、その力量をちょろっと認められたヒロインへ向かって紅さまが言っちゃうご褒美台詞と一緒だ!


 いいんですか、そこら辺のモブに使っちゃって。

 混乱した私は真っ赤になって、ひたすらコクコク頷いた。

 言葉では形容しがたい感情が湧き出てくる。

 大好きなアイドルのコンサートに出掛けていって、目があったり指差しされた時の歓喜が、きっとこんな感じだろう。油断すると芋虫のように身をくねらせてしまうやつ。


 それからどうやってレジを済ませ、家まで辿り着いたのかよく覚えていない。

 脇目も振らず二階に駆け上がり、ランドセルと買った問題集を放り投げ、せいやっとばかりにベッドへダイビングした。


「べっちん、聞いて……っ! 今日ね、紅さまに会っちゃった! 会えちゃったよう~!」


 テディベアのべっちんを抱きしめ、しばらくゴロゴロ転がってから天井を見上げる。

 何度もこらえきれない溜息が唇から漏れた。

 初対面の私にも、すっごく優しかったなあ。

 想像してたより百倍素敵だった。


 ――私は知らなかった。


 紅様のあの笑顔は、よそ行き用のフェイクだったこと。

 ブックストアに残された二人の間で、こんな会話が交わされていたことを。


「蒼、お前、もっと友達選べよ。どう見ても、俺らの顔目当てじゃん」

「うるさい。マシロはそんな奴じゃない」

「どんな奴か、良く知らないうちから信用するなって言ってんの」


   


 ◇◇◇


 本日の主人公の成果


 攻略対象:城山 蒼

 セカンドイベント:書店での再会


 攻略対象:成田 紅

 出会いイベント:その子、誰?

 クリア



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