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 看守二人に見張られながら、支配人さんにお礼を述べる。

 彼には、なんと明日も弾いて欲しいと頼まれた。

 即答で了承した後、紅様と蒼の間に挟まれ、ラウンジ奥のボックスシートまで連行される。


「……もしかして、さっきの奴と付き合ってるの?」


 腰を下ろした途端、小さなテーブルを挟んで向かい側に座った蒼が、直球で尋ねてきた。

 ちなみに蒼の隣の紅様は長い脚を組んだまま、一言も発そうとしない。余計に怖い。


 圧迫面接状態の私は、勢いよく首を振った。


「まさか! き、木之瀬くんは仲のいい友達ですよ。それに付き合うとか付き合わないとか、私達まだ小学生なのに早くないですか? 私は早いと思うな~」


 アハハハハと笑ってみたけど、二人はニコリともしなかった。

 空気が重苦しすぎて、酸素が足りないような気がしてくる。


「そう。真白には何人の『仲のいい友達』がいるのかな。あちこちで相手に気を持たせて回るのは楽しい?」


 ぐっさー。

 口調だけは優しい紅様の強烈な皮肉に、思わず倒れそうになった。

 昨日、琳くんを振った時のやり取りが蘇り、私のせいでああなったのかな、と自省モードに突入しそうになる。


 なったんだけど、いや、待てよ、と踏みとどまった。


 蒼がヤキモチを妬いて琳くんのことを聞いてくるのは、まだ分かる。蒼には一回告白されてるし。

 

 でも、紅様は関係なくない?

 しかもあちこちで気を持たせて回ってるって、それ自分への強烈なブーメランじゃない?


 思ったことが全部顔に出てしまったみたいで、紅様は憎々しげに私を睨んできた。

 あ、関係はありますよね。

 庶民がなに調子に乗ってんだ、潰すぞ系の苛立ちを感じていらっしゃるんですよね。


 でもこれだけは言わせてもらうけど。


「気は持たせてない。告白されたけど、断ったよ。私はピアノ一筋で生きていくんだから!」


 きっぱりと宣言してやった。ふん! これでもう紅様も何も言えまい。


 ところが、蒼が悲しげに肩を落としたものだから、事態はややこしくなった。


「この先ずっと? 真白はピアノしかいらないの?」


 うっ。さっきの私の宣言が、図らずも蒼のトラウマを抉ってしまったみたい。

 ここでその通りだなんて、私には言えない。


「いや……えーと、とりあえず高校までは?」


 私だって、木や石で出来てるわけじゃない。そりゃ、恋だってしたいよ! 

 いずれは年や家庭環境の釣り合うまともな人とね!


「高校までは、か。やけにリアルな設定だね。……でも、蒼にとっては良かったんじゃないの?」

 

 紅様は意味深な眼差しを蒼に投げかけた。


 私が高校までピアノ一筋だと、蒼に都合がいいの? なんで?


 蒼は黙って首を振り、これ以上は何も言うなというように紅様を睨みつける。


「……お前、まだ話してないのか」


 紅様はぽつりと零すと、大きく息を吐いて、私に向き直った。


「とにかく、真白はピアノ以外ではぼんやりなんだから、もっと周りを警戒しなくちゃダメだ。うかうかと他人の甘言に乗るんじゃないよ」


 懇々と続く紅様の説教を受けた後、私はようやく部屋に返してもらえた。


 周りを警戒しろって言うけどね! 私の最重要警戒対象は紅様、あなただよ!


 そんなことがあったせいで、二日目三日目と、私は激しく周囲を警戒しながら旅程をこなす羽目になった。

 だって、あの2人がどこから湧いてでてくるか分からない。

 しまった、いつまで京都に滞在する予定か聞けば良かった。


 高田くんには「ヒットマンにでも狙われてんの?」と聞かれる始末。

 私の挙動不審ぶりを眺め、麻子ちゃんと朋ちゃんはただ笑っていた。

 溝口くんが「島尾って変わってるな」とぼやくと、彼女たちは「何を今さら」と口を揃える。

 うん……ご理解ありがとう。


 帰りのマイクロバスに乗り込んだ時には、心底ホッとした。

 また隣になった琳くんに「今度こそ寝ないから」と宣言して、座席に腰を下ろす。


「ピアノ、凄かった」


 移動途中、こっそり琳くんは褒めてくれた。

 私がホテルでピアノを弾いたことは皆が知ってるわけじゃない。だから今まで言えなかったんだ、と彼ははにかんだ。


「ピアノやってんのは知ってたけど、あんなにすごいとは思ってなくて……。すごく真剣なんだな、ってちょっと自分が恥ずかしくなったよ」

「嬉しいけど、褒め過ぎだよ」

「そんなことない。あの2人も楽器やってるんだろ? 青鸞だって言ってたもんな」


 あの2人、というのは紅様と蒼のことだろう。

 私が頷くと、琳くんは口元を緩めた。


「先にきっぱり振られてて良かった。あんな奴らに太刀打ちしろっていう方が無理」


 何て答えれば彼を傷つけずに済むのか分からず、返事が出来ない。

 琳くんの言いたいことは分かる。

 なんだかんだ言いながら音楽で結ばれてる私達との間に、距離を感じてしまったんだろう。


「琳くん、ごめんね」

「謝って欲しいわけじゃないんだって。中学で好きな奴できたら、協力して。それでちゃら」


 木之瀬くんが茶目っ気たっぷりに言ってくれたので、私はホッとしながら「任せて!」と笑った。



 六年生最大の行事が終わり、なんだか皆の気がいっぺんに抜けてしまったように感じる。

 早送りボタンを押されたみたいに、あっという間に二学期が終わりを告げた。


 今年の成田邸でのクリスマスパーティは断った。

 お姉ちゃんがデートの後、家に彼氏を呼ぶというので、家族総出でおもてなしをすることになったのだ。

 朝から母さんと一緒に、三段重ねのクリスマスケーキを作った。固く泡立てた生クリームでデコレートし、奮発したイチゴをふんだんに乗せる。

 あとは、チキンとコールスローのサラダ。パスタ各種にミートローフ。味見と称してつまみ食いしてたので、お昼は食べなくてもよくなった。


 夕方5時を回った頃、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。

 父さんは慌てて新聞を掴み、ソファーに座る。

 今まで台所で一緒にお箸並べたりしてたのに、どうしちゃったの?

 母さんはそんな父さんを見て、笑いを噛み殺していた。


「こんばんは。今日はお邪魔してすみません。……わあ、すごいご馳走ですね! 良かったらと思って持ってきたんですが、あの、飲まれます?」


 今日の三井さんは、白いシャツに黒のストレートのパンツ姿。その上にカジュアルめのジャケットを羽織った格好だ。

 両親受けを狙ってか、髪の毛もきちんととかしつけている。


 彼が手に提げてきたのは、本物ビールの6本パック二つ分だった。

 三井さんがひょいと掲げたその袋を見て、父さんの目が分かりやすく輝き始めたので、花香お姉ちゃんも安堵したみたい。

 めずらしく強張った顔をしていたのが、ふにゃりと崩れる。


「ビール、父さん好きだよね! 良かったね、父さん」

「ふ、ふん。まあ、飲まんこともないな」


 すっかりツンデレ化した父さんを挟んで、みんなで乾杯した。

 もちろん私とお姉ちゃんはジュースだ。


「三井さんは入社して一年になるんですよね?」


 話を膨らまそうとして私が尋ねると、彼はにっこりほほ笑んだ。


「そうだよ。研修期間がけっこう長くって、ようやく秋から配属されたとこだけどね」


 三井さんの勤めている会社名を聞いて、両親は安心したみたい。

 三井さんの会社はそこそこ名の知れた飲料メーカーだった。その会社の営業部に配属されたそうだ。

 人当たりがいい三井さんには適職な気がする。

 私がそう言うと、三井さんは嬉しそうに目尻を下げた。


「そうだといいな。せっかくここまで育ててくれた親に申し訳ないし、途中で辞めるなんて真似は出来ないから、頑張るよ」

「今時珍しいくらい、まっすぐな子ねえ」


 母さんが感心し、父さんも満更でもない顔をしていた。

 パッと見チャラそうなのに、ほんと真面目なんだなぁ。

 流石は、お姉ちゃん。見る目があったということだ。


「そういえば、最近友衣くんと会った?」


 ふと思いついた、というように姉が尋ねる。


「いや、卒業してからは、あんまり会えてない。向こうもいそがしいみたいで」


 三井さんが苦笑すると、姉はそうだ、と華やいだ声をあげた。


「友衣くん、先生してるんだよ。ましろの行く中学校に赴任したんだって」


 その言葉に私は目を見開いた。


「え? 多田中学校に?」

「ああ、確かそう言ってたよ。ましろちゃん、来年はトモの教え子か~。月日が経つのって早いな」


 今時イケメンの容姿に似つかわしくない三井さんの老成した口ぶりに、私達はみんな笑い出してしまう。


「シンくんってば、おじさんっぽい!」


 花香お姉ちゃんが幸せそうに笑っていたので、私達はみんなほっこりしながらクリスマスの夜を楽しんだ。

 三井さんが帰った後、久しぶりのビールにほろ酔いになった父さんは、ソファーに横になって何度も「いい奴じゃねえか、ちくしょう」と呟いた。



 そして、年明け。

 このまま何事もなく三学期を終え、そして中学生になるんだと思っていた。

 そんなある日の下校途中、私は久しぶりに蒼と出くわした。


 例の歩道橋の上で、蒼は出会った日のように思い詰めた表情を浮かべ、手すりに凭れていた。

 あの頃と違うのは、手すりの位置が随分低くなってるということ。

 背が伸びて大人っぽくなった蒼は、もう泣いてはいなかった。


 ただ彼の横顔には濃い影が落ちていて、私の胸は嫌な予感で満たされた。

 ……何かあったんだ。

 バクバクと心音だけが鼓膜に響く。


 私に気づいた蒼は、今にも泣きだしそうに瞳を歪め「ましろ」と唇を動かした。


「久しぶりだね! いつドイツから戻って来たの?」


 私は何でもないような顔をして、彼の隣に並んだ。

 冬休み前、またドイツに行くと教えてくれた時に会ったのが最後だ。


「昨日、帰ってきたとこ」

「そっか。じゃあ今日が始業式だったんだ」


 うん、と頷く蒼の唇は、真っ白になっている。

 始業式、ってことは昼前には学校は終わってるはず。

 今はもう16時を回っている。


「……もしかして、ずっとここで私を待ってた?」


 聞こうか聞くまいか迷った挙句、私は聞いてしまった。

 

 だって、放っておけない。

 この気持ちがただの庇護欲だとしても、蒼と過ごしたこの4年間は私にとって特別過ぎた。

 一緒に笑って、音を合わせて。

 突き放さなければと思ったことも何度もあるのに、出来なかった。

 大事だった。

 恋じゃなくても、私の大事な蒼だった。


「ましろ。……おれは、俺はやっぱり真白と離れたくない!」


 蒼は両手を伸ばし、ランドセルごと私をきつく抱きしめた。

 ねえ、いつのまに、こんな堅い身体になっちゃったの?

 蒼の胸板にあたる頬が、痛い。


「ずっとこんなとこにいるから、すっかり冷えちゃってる。うちに来て、落ち着いて話そう?」

「外がいい。今、二人きりになったら、自分が何をするか分からない」


 苦しげに蒼は吐き出した。

 私は蒼を連れ、学校近くの公園まで引き返した。


 朝はあんなに天気が良かったというのに、いつのまにか重く雲が立ち込めている。

 雪と呼ぶにはあまりに頼りない細かな欠片が、私達二人の周りを舞い始めていた。



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