音楽で乙女は救えない（共通ルート）

小学生編

スチル１８．ＮＯＴ ＦＯＵＮＤ（紺）

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　クリスマスパーティ当日。

　私は、今年も桜子さん達から送られてきたドレスに袖を通した。

　一階に降りる前に、『出世払いノート』を取り出し、日付と頂いた品物名を記載する。

　大きくなって働き始めたら、少しずつでもお返ししていこう。

　そうでも思わないと、精神衛生上つらい。

　両親は届いた大きな箱を前に、遠い目になっていた。

　今年のお迎えは、なんと蒼くん。

　本人いわく、『去年は紅だったんだから、今年は俺の番』だそうだ。

　黒のタキシードにチャコールグレーのロングコートを羽織った蒼くんを見て、父さんは「どうして真白の周りはこんな子ばかり……」と呟いた。

　蒼くんは、去年の紅様と同じく両親に如才ない挨拶を披露すると、私をエスコートして車に乗せてくれる。

　車に乗り込むとすぐ、蒼くんは感嘆の眼差しで私を見つめた。

「去年のドレスも綺麗だったけど、今日のもすごく似合ってる」

「ありがと。蒼くんもカッコいいよ。いつもより、大人っぽい」

　髪形が違うからかな？　ワックスで後ろに流しているヘアスタイルが、大人っぽい。

　私が付け足すと、蒼くんは照れくさそうに微笑み、耳を赤くした。

「やった。真白に褒められるのが、一番嬉しい」

　明るい表情の蒼くんを見ると、いつもホッとする。

　私達はたわいもない話でクスクス笑いあいながら、成田邸へと向かった。

　今年も玄関前には、あの巨大ツリーが鎮座していた。

「これ、すごいよね！　去年も帰りにライトアップされたの見たけど、めちゃくちゃ綺麗だったなあ」

「――真白」

　蒼くんは、ツリーを見上げている私の左手をきゅっと握ってきた。

「帰り、ちょっとだけ回り道して送っていってもいい？」

「いいよ。何か用事？」

「まあ、そんなとこ。……そろそろ入ろっか。真白の手、冷たくなってきてる」

　蒼くんは私を促し、玄関の扉を開けた。

　豪華に飾り付けられた屋敷の中を、うっとり鑑賞しながら直接ホールへ向かう。

　すでに皆揃っていて、中にはトビー王子の姿も見えた。

　うん、そうだと思ってたよ。

「ましろちゃん！」

　私と色違いのオーガンジーのノースリーブドレスを纏った紺ちゃんが、嬉しそうに駆け寄ってくる。

　ウエストの大きなリボンから裾に向かって広がったクリーム色のドレスは、彼女によく似合っていた。

　ちなみに私のドレスは、彼女と同じデザインで濃い紫色。

　淡いピンク色のチュールが花びらのように重なっているデザインだ。

「今日はお招きありがとう。紺ちゃんの演奏、楽しみだなあ」

「こちらこそ、来てくれてありがとう。私も真白ちゃんの演奏、すごく楽しみ！」

　二人で顔を見合わせ、くすくす笑う。

　紅様はといえば、ホールの奥で赤い髪の男性と話していた。

　相手の男性は、紅様によく似ている。

　紅様をさらに洗練させたような、美貌のおじ様だ。

　華やかな立ち姿からは、大人の色香が溢れだしている。

「紺ちゃん。あの人、もしかして――」

「ああ、父よ。私達の演奏だけでも聴きたいからって、仕事に行くのを遅らせてるの」

　夫婦揃ってホント我儘なんだから、と紺ちゃんは唇を尖らせた。

　桜子さんも美人だし、お父さんまであんな美丈夫なら、そりゃ紅様と紺ちゃんがあんなルックスになるはずだ。心の底から納得してしまう。

　やがてこちらに気づいた紅様が、紅パパを伴なってやって来た。

「君が真白ちゃん？　お噂はかねがね。今日は来てくれてありがとう」

　紅パパはふわりと微笑み、私に話しかけた。

　甘い低音で挨拶され、深い菫色の瞳で見つめられ、じーんと頭の芯が痺れてしまう。

　至近距離で見た紅様パパは、信じられないくらいの美形だった。

「こ、こんにちは。いつも大変お世話になってます。ドレスやお着物とか、いつも色々作って頂いて、本当にありがとうございます」

「ふふ」

　ここぞとばかりにお礼を述べようと力んだ私の頭を、紅パパは優しい手つきで撫でた。

　絶妙な力加減に、ほう、とため息が漏れる。

「気にしないで、桜子が好きでやってるんだから。でも妻の気持ちも分かるな。何でもしてあげたくなってしまうくらい、可愛いお嬢さんだ」

　そんな甘い台詞が頭上から降ってきて、私は完全に固まった。

　か、カッコイイ！　

　どうしよう、すごく胸がドキドキする！

「なに赤くなってるんだ。社交辞令に決まってるだろ」

　紅様は、ぼうっとした私を一瞥すると、顔を顰めてそう言った。

　ですよね！　あぶない。危うく恋に落ちるところだった！　

　だって誰かさんと違ってすごく優しいし、包容力たっぷりな雰囲気だし、見た目の好みもドストライクなんだもん。

「紅がそんな言い方するなんて、珍しいね。随分余裕がないじゃないか」

「うるさいな。挨拶は済んだだろう。早く母さんのところへ戻れよ」

　紅パパを半ば無理やり追い払い、紅様は溜息をついた。

「また涎出てたよ、真白」

　彼が立ち去るのを見届けた後、彼は私に注意してきた。

　慌てて口元を拭ってみる。

「出てないじゃん！」

「それくらい見惚れてたって意味」

　そんなにあからさまだったのか……反省しよ。

　ビュッフェスタイルで昼食を取った後、いよいよ演奏を披露する時間がやってきた。

　亜由美先生たちと食後のお茶を楽しんでいた私は、呼びに来た紺ちゃんと一緒にピアノの前まで移動する。

「どうしよ、紺ちゃん。私、発表会の時より緊張してるかも」

「合奏だからかな。他の人と音を合わせるのって難しいもんね。でも、ましろちゃんなら大丈夫！」

　紺ちゃんが譜捲りで隣についてくれるの、本当に心強い。

　幾分ホッとしながら、私は軽く指ならしをすることにした。

　その後Ａの音を出すと、すでに楽器を用意し椅子に腰かけていた紅様と蒼くんが調弦し始める。

　やがて調弦の音が止み、二人が楽器を構えて私に視線を向けた。

　私は頷き、合図の為に大きく息を吸った。

　ショパン　ピアノ三重奏　作品８　第一楽章

　悲しみを帯びた美しいヴァイオリンの主旋律が、高らかに室内に鳴り響く。

　紅さまも蒼くんも、練習の時よりずっと高いポテンシャルを保っていた。

　私も負けじと耳を澄まして鍵盤に集中する。

　紅様の艶やかなヴァイオリン。蒼くんの深いチェロの響き。

　いつもより身近に二人を感じる。ピアノを通して、私は彼らと共にあった。

　ポーランド人のショパンは、弾圧と苦しみを受け続けた祖国への強い愛国心と誇りを持っていたという。

　形式的な美しさを重視する宮廷音楽とは一線を画する、情熱的である意味実験的な曲風は、演者に様々な選択肢を与えているような気がする。

　ポーランド風のショパン？　端正で緻密なショパン？　それとも情熱的で激情に満ちたショパン？　

　正解なんて私には分からない。

　ただ、聞いてる人の心に強く残るような演奏をしたいと思うだけ。

　高音は煌めくように、低音は楔を打ち込むように。

　波のようなうねりを起こし、三つの楽器の音がクライマックスに向かって昂ぶっていく。

　最後の二つの和音を叩き鍵盤から指を離すと、大きな拍手が湧き起こった。

　みんなが立ち上がって拍手をしてくれる。

　ノーミスでは弾けたものの、表現しきれなかった部分は沢山ある。

　それでも素直に、聴き手の賞賛が嬉しかった。

　亜由美先生も満面の笑みで惜しみない拍手を送ってくれた。

「紺ちゃん、ありがとう」

　譜捲りをしてくれた紺ちゃんを見上げて、真っ先にお礼を言う。

「ううん。すごく良かったよ。練習の時とは全然違ってた。真白ちゃんは、聞いてくれる人がいればいるほど、力を発揮するタイプだね」

　彼女は弱々しい笑みを浮かべ「本当に良かった」と繰り返した。

　言葉とは裏腹なマイナスの感情が、紺ちゃんの瞳を昏くしている。

　どうしてそんな顔を……？

　私が口を開きかけるのを見て、彼女はサッと目を逸らした。

　そんな風に避けられたら、もう何も言えなくなる。

　私が上手く弾けると、紺ちゃんは悲しくなるの？

　胸に宿った疑問を押しつぶしながら、私は気づかない振りをするしかなかった。

　私が観客席についたのを見計らい、紺ちゃんがピアノの前に座る。

　彼女が選んだのは、リストの超絶技巧練習曲からマゼッパだ。

　濁りのない音が鳴り始めてすぐ、ずば抜けたテクニックに圧倒される。

　紺ちゃんは大きく腕を使い、激情を鍵盤に叩きつけた。

　それなのに、音は全然荒れていない。むしろ、響きは豊かに広がっていく。

　これは、すごい。

　精緻な音の連なりに聞き惚れる。

　途中で現れるロマンティックな主題を優しく囁いたかと思うと、再びクレッシェンドで駆けあがり、めまぐるしく駆け下りる。打ち鳴らされる鐘のような和音に、鳥肌が立った。

　……これで、まだ小学生だなんて。

　紺ちゃんは私の遥か先をひた走っている。

　それがよく分かる演奏だった。

　手が痛くなるほど拍手をして、紺ちゃんの元に行こうと立ち上がった私を、甘い低音が呼び止める。

「マシロ。君の演奏、すごく良かったよ」

　トビー王子だ。

「ありがとうございます」

　彼に直接声を掛けられたのは初めてかもしれない。

　内心驚きながら、私はトビーと向き合った。

　澄んだ碧色の瞳が、暖かな光を帯びて私を捉える。

「君は、音楽学校に進むつもりはないの？　今は公立の学校に通っているとアユミに聞いたんだけど」

「あ、はい。うちはそんなに裕福ではないので」

　正直に伝えると、トビー王子は一瞬目を見開き、その後、残念そうに眉を曇らせた。

「それは勿体ないね。君がもし、この先本気で音楽を続けるつもりなら――」

「ましろちゃん！」

　紺ちゃんが小走りでやってきて、私に飛びついた。

　誰かと話している時に割って入ってくるなんて、紺ちゃんらしからぬ行動だ。

「やあ、コン。今日もエレガントな演奏だったよ」

「ありがとうございます」

　まるで私を庇うようにして、紺ちゃんはトビー王子の前に立った。

　表情はにこやかだけど、華奢な背中はすっかり強ばっている。

「ましろちゃん、城山くんと紅が話したいって言ってたよ？」

　彼女は私をちらりと振り返り、小声で伝えてきた。

「あ、ありがと。あの、では私はこれで失礼します」

　私はトビー王子にぺこりと頭を下げ、その場を離れた。

　紺ちゃんの意図は明らかだった。

『トビー王子に関わるな』

　彼女のことだ。私を彼から遠ざけるのには、きっと何か理由があるのだろう。

　いつか私にも、その理由を教えてくれるといいな。

　私は強く願いながら足を早め、紅様と蒼くんのいる場所へ向かった。

　◇◇◇

　前作主人公の成果

　攻略対象：山吹　鳶

　イベント名：あなたの為に弾く

　クリアエラー

　攻略対象：？？？

　新イベント名：？？？

　クリア