音楽で乙女は救えない（共通ルート）

小学生編

スチル１６．発表会

　ＧＷに一日だけ蒼くんと遊んでしまったものの、発表会当日まで文字通り「ピアノ漬け」の日々だった。

　連弾を完璧に合わせられるまですごく苦労したし、大ホールでのリハーサルなんて、客席の中央で腕組みして音響チェックする亜由美先生の迫力に膝が震えた。

　千沙子さんと桜子さんの作ってくれたドレスは、純白に金糸の縫い取りが施されているベアトップのロングドレスだ。

　胸元にはピンクの薔薇のコサージュが並び、ふんわりと広がったスカート部分はパニエで膨らませてある。

　ちなみに紺ちゃんは、濃い紺色のロングドレス。

　艶やかな光沢のある生地にスワロフスキーのビーズが散りばめられている。体に沿った大人っぽいデザインで、ペダルを踏みやすいよう、サイドにはスリットが入れられていた。

　前日のリハーサル、お２人は出来上がったドレスを持って会場に駆けつけてくれた。

　控室で興奮してはしゃぐ彼女たちにドレスを着せられ、写真を撮られる。

「明日の本番は、美容師さんも呼んであるからね！」

　千沙子さんが挙げた美容師さんの名前に、私は倒れそうになった。

　ＴＶとかでもたまに見かけるカリスマ美容師の方ですよね？

　流石にやり過ぎじゃ……。

　固まった私を見て、桜子さんは「大丈夫！」と力強く頷く。

「亜由美も含めて、お教室の子全員分のヘアメイクをお願いしてるの。だから、気にしないでね」

　どこが大丈夫なのかよく分からない。

　余計おおごと感が増している。

「何から何までお世話になります」

　とりあえず頭を下げてお礼を述べる。

　それだけでもすごいのに、第二部用のドレスはまた別に準備してあった。

　総額いくらかかったんだろう。

　かなり成り上がらなきゃ、恩返しなんて出来ないんじゃないだろうか。

　てっとり早くお金持ちになる方法を考えていたら、紺ちゃんに「ましろちゃん。悪人顔になってるよ」と小声で注意された。

　そして迎えた当日。

　本番は２時開場の２時半開演だ。

　私たちはお弁当を持参し、１０時過ぎから最終の打ち合わせをすることになっていた。

　父兄らには関係者席が準備されているので、開演時間に合わせて後からやってくる。

　私は能條さんの運転する玄田家の車で、紺ちゃんと一緒に会場に向かった。

「ましろちゃん、緊張してる？」

「うん。でもここまできたら、早く演奏したい」

「分かるよ。実は私もワクワクしてるんだ」

　車の後部座席で、私達は手を取り合った。

「連弾もだけど、悲愴も頑張ろうね。私、ましろちゃんにバトンを渡すつもりで全力で弾くから」

「了解。バトンを落とさないように頑張るよ。落としたら亜由美先生が黙ってないだろうし、私、生きて帰りたい」

「……そういうこと言うのやめよ」

「……うん、ごめん」

　会場に到着した後、細かい打ち合わせを済ませ、母さんの握ってくれた小さいおにぎりを急いで口に押し込む。

　その後の目まぐるしさと言ったら、凄かった。

　全員の着付け、そしてメイクとヘアアレンジを美容スタッフの方々に流れ作業でやってもらい、出来上がった人からそれぞれの控室に戻っていく。

　私もぎゅうぎゅうに髪を巻かれ、頭にスプレーを振りかけられ、おしろいを叩かれた。

　『島尾　真白さま』と書かれたネームプレートを確認して、控室に入る。

　壁にかかった等身大の鏡の前に立ってみると、そこにはお姫様のように綺麗な女の子がいた。

「うわぁ……。カリスマ美容師の名は伊達じゃないわ……」

　綺麗な女の子の艶やかな唇が動き、私の言葉を真似する。

「すごい～！」

　こんなに大変身するなんて、夢みたい！

　鏡の前でくるくる回って、お辞儀をしてみる。

　うっとりしながら遊んでいると、軽いノックの音がした。

　時計を見ると、２時ちょっと前。

　父さん達かも！　私は浮かれた気分でドアを開けた。

　誰かに期間限定お姫様な自分を見せて、自慢したい。

「はーい、父さん？　……わあっ」

　ドアを開けてすぐ、にょきっと目の前に現れた真っ白な薔薇の花束に、思わず後ずさる。

　な、なにごと！？

　１００本はゆうに超えているであろうそのでっかい花束の向こうに、赤と水色の髪の毛が覗いた。

「やあ、ましろ」

「来たよ！」

　ダークグレーの三つ揃いのスーツを召した紅さまと、黒の三つボタンの細身のスーツを来た蒼くんが、それぞれに花束を抱え、控室に入ってくる。

　示し合わせたように、どちらも白いバラだった。

「わざわざ、ありがとう！　それ、私に？」

　こんなに沢山の薔薇なんて見たことない。

　圧倒的な質量と立ち上る芳香にうっとりとしながら、花束を受け取ろうと両手を広げる。

　ところが紅様も蒼くんも微動だにせず、あっけに取られた表情で私をガン見した。

「――な、なに？」

　もしかして、私宛じゃなかったのかな？

　固まった二人を見て、嫌な予感がする。

　これから紺ちゃんの所に持っていく予定の花束だったら、勘違いした私ってかなり可哀想な人だ。

　広げた両手はそっと下ろした。

「ホントにましろか？」

　ようやく口を開いたと思ったら、紅様はそんなボケをかましてきた。

　馬子にも衣装過ぎるっていう、遠回しの嫌味ですか。

「はい、あなたの真白ですけど？」

　厭味ったらしく言い返してやると、ようやく元の紅さまに戻った。

「いつのまに俺のものになったの？　冗談はその変身ぶりだけにして欲しいな」

「そんなこと言っちゃって。正直に白状してもいいんだよ？　綺麗で見惚れてたって」

「あははは。……全く笑えない」

　笑ってたじゃん！

　蒼くんは花束を部屋のテーブルの上に置き、私のところへ戻ってきた。

「いつも可愛いけど、今日は特別美人だ。ねえ、もっとよく見せて」

「え？　いや、えっと……ありがとう」

　ストレートに褒められると、流石に照れくさい。

　蒼くんは瞳を甘くし、私に微笑みかけた。

「抱きしめたいけど、演奏が終わるまで我慢する。せっかく綺麗なのに、崩れたらもったいないし」

「それはだめ！　お触り禁止です」

　蒼くんは「ちぇ、ケチ」と唇を尖らせた。

　そんな可愛い顔してもダメなんだから！

　遊園地以来、すっかりスキンシップの増えた蒼くんを警戒して距離を取る。

　俺様で面倒くさいトラウマ持ちの紅様も、一歩間違えば病みエンドまっしぐらの蒼くんも、異性としては好きになりたくないというのが正直な気持ちだ。

　それに、私も彼らもまだ小学生。恋愛なんてまだまだ早いと思ってしまう。

　蒼くんとの話が途切れるのを待って、紅様は花束を差し出してきた。

「初舞台、おめでとう」

「わ～！　ありがとう！」

　手渡された花束は、予想以上にズシリときた。

　思わずよろめいた私を、紅様が慌てて支える。

　それを見て、蒼くんは苦々しげに顔を顰めた。

「そういう手は卑怯だろ、紅」

「二人きりで遊園地に行ったわりに、余裕ないね」

　……手を放した方が本当のお母さん、って言いたくなってくるな、この状況。

「悲愴もだけど、紺との連弾も楽しみにしてる」

　紅様は私から花束を取り上げソファーの上に置き直すと、華やかな笑みを浮かべそう言った。

　紺の足を引っ張るな、って本当は言いたいのかな。

「うん。頑張るよ」

　表情を引き締め答えた私を見て、紅様は励ますように頷いた。

　二人が控室から出て行った後、入れ違いに両親がやって来たもんだから、また大騒ぎになった。

「すごい！！　別人みたいだよ、真白！」

「綺麗過ぎて、真白じゃないみたい！」

　別人、別人、と連呼され、次第に微妙な気持ちになってくる。

　病院の検査結果、どこにも異常が見つからなかった、と教えてもらえたのは先週のこと。

　それまで沈みがちだった両親は、反動がきたのか、いつにも増して親馬鹿全開だった。

「綺麗過ぎて、自分の子じゃないみたい」

「いや、母さんの若い頃に激似だよ、激似！」

「もう、お父さんったら」

　何気にイチャつくのは止めて欲しいんですけど。

「お姉ちゃんは？」

「三井くんとお友達と三人で来てるから、先に客席に行ってるって。演奏終わったら、ロビーで写真撮りたいって言ってたわよ」

　先生に貰ったチケットは全部で５枚。

　姉が３枚欲しいと言ってた事を思い出し、そっかと頷く。

　前にスマホで見せてくれた２人と一緒に来てくれたんだ。

　◇◇◇

　本日の主人公の成果

　攻略対象：城山　蒼　＆　成田　紅

　イベント名：お姫様に変身

　クリア