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結局あれから私は、朝までぐっすり眠ってしまったらしい。
まだお風呂も入ってなかったし、晩御飯も食べ損ねた。
ピアノも勉強も、ノルマを達成してない。これはかなり痛い。
それにしても、そんなに疲れてたっけな……。
最近は気候がいいせいか、夜もよく眠れてたのに。
勢いよくベッドから飛び起き、時計を見れば6時を少し過ぎたところだった。
不思議なことに、頭の痛みは嘘みたいに消えてなくなっている。
むしろ、今までよりスッキリした感じ。
シャワーを浴びてリビングに戻ると、ちょうど母さんが起きてきた。
「母さん、おはよ~」
「おはよう」
パジャマ姿の母さんの表情は固い。
母さんはそっと私の頭に手を当て、恐る恐るあちこちを押していく。
「ここ、痛くない?」「ないよ」「ここは?」「そこも痛くない」という会話を繰り返した後で、ようやく母は手を離した。
「やっぱり今日は学校をお休みして、一緒に病院に行こう」
「え? なんで?」
「なんでって、だって、ましろが」
唇を震わせた母さんは、いきなり私をぎゅっと抱きしめた。
「母さん、お休みをもらったから。ね、お願い。もっかい、ちゃんと診てもらおう。頭痛で意識を失うなんて、普通じゃないよ」
「――うん、分かった」
その後、起きてきた父さんも「何かあったら、すぐに携帯に連絡入れてくれ」と真剣な顔で母さんに頼んでいた。
お姉ちゃんはデートをキャンセルして、あれからずっと私についていてくれたのだという。
悪いことしちゃったな。
いたたまれない気持ちを抱えたまま、大人しく母さんに連れられ、隣町にある大きな病院に行った。
あちこちの科をたらいまわしにされ、MRIを取ったり採血したり。朝一番で行ったのに、結局14時近くまで病院にいる羽目になった。
結果はその場では教えてもらえず、後日また来ないとダメなんだって。
うわ~、面倒くさい~。
問診を受け持った若い先生からは「ジャングルジムから落ちたりしてない? 階段からは? 滑り台からは? ブランコからは?」としつこく尋ねられた。
どんだけバリエーション豊かに落ちるんだ。小学校は危険がいっぱいか。
もちろん全てに首を振ったのだけど、先生の目は疑いに満ちていた。
……だから、落ちてないってば!
母さんと手をつないで、軽自動車を目指す。
大規模な入院施設があるからだろう、来客用駐車場はものすごく広かった。
「母さん、大丈夫? 疲れちゃったね」
「私は大丈夫。ましろこそ、平気? こんなに時間かかると思わなかったわ」
「うん。でも、お腹空いた」
「母さんも! なんか食べて帰ろっか」
「やった!」
繋いだ手をぶらぶら揺らし、にっこり微笑みあう。
こんなにゆっくり母さんと過ごすことって滅多にないから、嬉しくて堪らない。
機嫌よく鼻歌を歌う私を見て、母さんは口をへの字に曲げた。
「ましろがいなくなったら、母さんどうにかなっちゃうな」
「なに、急に」
「お願いだから、母さん達より先に死なないでね」
「……当たり前でしょ!」
今にも泣き出しそうな母さんの手をぎゅっと握り込む。
そんなに心配しないで、と笑ってみせながら、私はぼんやり前世に思いを馳せた。
前世の私の母は、一体どんな人だったのだろう。
私が死んだ知らせを聞いた時、彼女も泣いてくれただろうか。
病院に行った翌日。
ソルフェージュの後で、私は紺ちゃんのおうちに呼ばれていた。
私たちが発表会で弾くのは、くるみ割り人形組曲。
元はバレエ音楽で、クラシックに興味ない人でもどこかで一度は耳にしたことがあるんじゃないかなってくらい有名。
ピアノ連弾用アレンジもポピュラーなんだけど、今回は一台ではなく二台のピアノでの連弾ということで、難易度は高かった。
隣に座って弾く時みたいに、目や呼吸で合図出来ないんだよね。
ちなみに主に高音部を受け持つ奏者をプリモ、主に低音部を受け持つ奏者をセコンドと呼ぶ。
今回のプリモは紺ちゃんで、私がセコンドだ。
主旋律と伴奏、と勘違いする人がいるみたいだけど、そういう分け方ではない。
二台使っての連弾は、向かい合わせに並んだピアノに座り、お互いの癖を掴んだ上で、テンポを合わせてぴったりと音を重ねないといけない。
その代わり、一台で弾く連弾よりもダイナミックに表現出来る。
亜由美先生のレッスン室には、今、なんと合わせて3台のピアノが並んでいる。
中高生の先輩方は、更に一台増えた計三台で連弾するからだ。
二台でもひーひー言ってるというのに、レベルが違い過ぎる!
個人パートはお互いばっちり暗譜済み。
あとはひたすら合わせる練習をするだけだねって紺ちゃんと話していた。
今日だって連弾の練習をしようって誘われたから来たはずなのに、どうしてこうなった。
「こっちも大人っぽくて素敵でしょう?」
「ホント! でもまだ小学生なんだし、こっちのデザインも可愛くて捨てがたいわ~」
私と紺ちゃんは、下着姿であちこちを採寸された挙句、沢山の生地を胸元に当てられ、顔映りとやらを検証された。
生地を決定した後も、桜子さんと千沙子さんは仕立て屋さんの持ってきたデザイン帳を広げ、あーでもない、こーでもない、と盛り上がっている。
「母様、もう行ってもいいわよね? 練習の時間がなくなったら困るもの」
「そうね、付き合わせてしまって悪かったわ。頃合いを見計らって、お茶を運ばせるわね」
千沙子さんは私にも「せっかく来てくれたのに、振り回してしまってごめんなさいね」などと謝るので、飛び上がりそうになった。
「と、とんでもないです! でも、いいんでしょうか。私の分のドレスまで……」
「いやね。私達の我儘でやってることなんだから、怒ってもいいくらいよ! 勝手に決めないでって」
桜子さんは口元に手を当てながら、上品に笑った。
え、これ一緒になって笑っていいとこ!? 私には難易度が高すぎる!
「発表会当日、楽しみにしててね!」
張りきってる桜子さんと千沙子さんに、もう一度お礼を言って、和室を抜け出した。
流石の紺ちゃんも、ぐったりしている。
「……あんな母たちで、本当にごめんね」
「いやいや全然! むしろ可愛がってもらえて嬉しいよ」
いつか恩返しできるといいな、と続けた私に、紺ちゃんはホッと胸を撫で下ろした。
肝心の練習は、紺ちゃんの部屋ではなく、最近離れに作ってもらったという防音室ですることになった。
ピアノも新しく二台買い足してもらったのだという。セレブの金銭感覚って、やっぱり普通じゃない。
「とりあえず、最初から最後まで流してみよっか? 気になるところは、都度楽譜に書きこんでいこうよ」
「了解!」
万が一、ずれてもすぐに立て直せるように、当日は楽譜を立てて演奏することになっていた。
譜めくりには加南子さんと葵さんがついてくれる。
今日は加南子さん達がいないので、気になる部分で止めながら小刻みに練習していった。
テンポの早い『ロシア人の踊り』が特に難しい。
何度もやり直してみるんだけど、完璧には程遠かった。
「なかなか合わないね。チャチャカチャッチャーチャッチャッチャー、のとこ、ずれると壮絶に気持ち悪い!」
「確かに。見せ場だもん、ぴったり合わせないと。あと、最後のテンポアップするとこも」
「そうそう、そこも。――そうだ。声に出しながらやってみない?」
私が提案してみると、向かいのピアノから顔を覗かせた紺ちゃんは首を傾げた。
「声? どういう風に?」
「ハイッ、とか今っ、とか合図を大声で出すの。あと要所要所のメロディを自分たちで歌う」
「なるほどね……いいかも」
無茶苦茶なやり方かもしれないけど、背に腹は代えられない。
とにかくぴったり合わせてみたい。
「じゃあ、まずトレパークだけやってみようよ」
「うん!」
結果的に、その方法でかなり上手く合わせられるようになった。
「ハイッ」とか「そこっ」とか大声で言い合っている私達を誰かが見たら、爆笑ものだったと思う。
大声じゃないと聞こえないから仕方ないんだけどね。
夕方、千沙子さんたちにお暇のご挨拶をした時の私の声は、すっかりしわがれていた。
そして夜。一本の電話がかかってきた。
紺ちゃんからかも、と私は慌てて二階の子機を取った。玄田邸に何か忘れ物しちゃったかな。
「もしもし、島尾です」
「あ、ましろ? 蒼だけど」
受話器の向こうから流れてきた声に、私はかなり驚いた。
蒼くんから電話がかかってくるのって、去年のクリスマス演奏の打ち合わせ以来な気がする。
「蒼くん、どうしたの? 何かあった?」
心配になって尋ねてみると、蒼くんは言いにくそうに口ごもった後、ようやく切り出した。
「あのさ。……美恵さんから遊園地のチケット貰ったんだけど、一緒に行かない?」
「遊園地!? いいね~」
なんだ、遊びのお誘いか。
「じゃ、決まり。いつが空いてる?」
「んーと、来週末からは発表会関係で、ずっと埋まってるんだよね。来月じゃ遅い?」
自分の部屋に戻り、カレンダーを確認してみる。
蒼くんは、「明日は無理?」と重ねて聞いてきた。
明日の日曜日は、何も予定は入れてなかった。
とにかくゴールデンウィーク中はピアノを練習しようと思ってたんだけど、どうしよう。
「空いてる、けど。発表会前だし、練習しようかなと思ってる」
「六月だと雨の日多くなるだろ? 明日は天気いいっていうし……どうしてもダメ?」
しゅんと肩を落とす蒼くんの様子がありありと伝わってくる。
ああ、しょんぼりしないで!
「明日って、何かあるの?」
気になって詳しく聞いてみる。
こんな風に急に誘ってくるなんて、蒼くんらしくない気がした。
「……うん、あるといえばある、かな。でも、そんな大したことじゃない」
「言ってよ、気になるじゃん」
私が促すと、蒼くんは小さな声で「誕生日」と呟いた。
「え?」
「俺の誕生日。だから、真白と一緒に過ごせたらなって」
私はしばらく子機を握りしめたまま、固まってしまった。
沈黙の後、遠慮がちな声が聞こえてくる。
「やっぱいいや。ごめん、困らせて。練習、頑張って」
「ちょっと待った!! 困ってないよ、そういうんじゃない。ただ、驚いただけ。えっとじゃあ、午前中ピアノ頑張って、昼から空ける。いっぱい遊ぼう!」
「……本当にいいの? 真白、無理してない?」
蒼くんの遠慮深さに泣きたくなった。
もっと我儘言っても大丈夫なのに、そのくらいの信頼関係は築いてきたはずなのに、彼はすぐに引いてしまう。我慢することに慣れているからだ。
待ちあわせの時間と場所を決め、「おやすみ」を告げる。
「おやすみ、ましろ」
同じように返してくれた彼の声は、小さく掠れていた。
翌日の午前中。私はピアノの前ではなく、台所で奮闘していた。
せっかくの誕生日だもん。プレゼントがないと始まらないよね。
本当は豪華なお弁当を作っていきたかったけど、食材が足りなかった。
迷った結果、チーズとバジルを混ぜて焼くアイスボックスタイプのクッキーを作ることにする。
蒼くんは甘い物が得意じゃないから、こっちの方が喜んでくれるはず。
焼き上がるのを待つ間、とっておきの折り紙で小さな龍を折った。
エメラルドグリーンのドラゴンが完成したので、目の部分に銀色のビーズをくっつける。
5月の誕生石は『エメラルド』だし、龍には『運気上昇』って意味があるからね。
軽く冷ましたクッキーを袋に詰め、紐を通したエメラルドグリーンドラゴンで留めて完成!
うん、豪華な感じする!
自画自賛しながら時計を見ると、ちょうどお昼になったところだった。
ついでに作ったサンドイッチを平らげ、出かけようと立ち上がったところで、お姉ちゃんが二階から降りてきた。
「ましろ、おはよ~」
「もう、おそようだよ。サンドイッチ作ったから、良かったら食べてね」
「ありがと~。……って、ちょっと待った! もしかして、今から出かけるつもり?」
頷くと、お姉ちゃんはカッと目を見開いた。
「今日は蒼くんとデートなんでしょ!? そんな適当な恰好で行くなんて、だめよ! 絶対だめ!」
「えー。別にデートじゃ――」
「いいから、ダッシュ!」
無理やり二階に連れて行かれ、早着替えをさせられる。
お姉ちゃんがクローゼットから引っ張り出した七分袖のプリントワンピースは、膝上20センチの短さだった。
大人っぽいデザインで素敵だけど、足が出過ぎじゃないでしょうか。
「ましろは足が綺麗なんだし、どんどん見せてこう。まだ5月だから、ウエスタンブーツでちょっとカジュアルに崩せばいいよ」
その後、洗面所へと連行される。
目を見張るような手際の良さで、睫毛を上げられリップを塗られ、髪をアレンジされた。
「はい、完璧。めっちゃ可愛い! いってらっしゃ~い」
お姉ちゃんは満足げに微笑み、ぽん、と私の背中を押した。
父さんの「なんだ、そんなにめかしこんで。え、デート!? 聞いてないぞー!!」という悲鳴を後に、私は「いってきまーす」と玄関を飛び出す。
家から5分くらいの大通りまで出ると、すでに城山家の車が待機していた。
車の隣りには、蒼くんが立っている。
「こんにちは。今日は誘ってくれてありがとう」
「ううん。俺の方こそ、無理言ったのに、来てくれてありがとう」
蒼くんが開けてくれたドアから、後部座席に乗り込む。
運転手さんに会釈すると、軽く目礼された。
座ると、ワンピースの裾が思ったより上にあがってしまう。
太腿が丸見えなんですけど!
裾を引っ張り下ろそうと頑張る私を見て、蒼くんが照れくさそうに笑った。
「今日のましろのその服、可愛いけど、目のやり場に困るかも」
「お姉ちゃんが張りきっちゃってさー。ごめん」
バッグからハンカチを取り出して膝にかける。これでいいかな。
蒼くんは少し残念そうだ。
少年よ、そんなに女子の太腿が見たいのか。……見たいだろうな。もう11歳だし。
元気づけようと、プレゼントの紙袋を差し出す。
「はい、これ。誕生日おめでとう!」
「え、いいの!? 何にもいらなかったのに。やっぱ言わなきゃ良かったな」
一瞬瞳を輝かせた蒼くんだったんだけど、すぐにしゅんと項垂れる。
「大したものじゃないんだよ。クッキー焼いただけだし。あ、でも焼き立てだから美味しいと思う」
開けて開けて、と急かすと、蒼くんは目を丸くした。
「焼き立てって――。午前中は、ピアノの練習するって言ってただろ?」
「へへ。練習さぼって、クッキー焼いてた。亜由美先生には絶対言わないでよ?」
手元のクッキーと私を順番に見比べ、蒼くんは瞳を潤ませた。
「……――無理だ」
前半部分がよく聞こえない。
「無理だ」の部分だけ聞こえたので、「絶対先生には言わないで!」と念を押した。
蒼くんはちょっとだけ笑って、まるで宝物を貰った子供のように紙袋を抱え込んだ。
遊園地は、かなりの人出で賑わっていた。
二年前くらいまでは家族で時々遊びに来てたはずなんだけど、その頃とはすっかり様変わりしている。
新しいアトラクションも沢山増えていた。
「わ~、何からいく?」
「何でもいいよ。こういうとこ来るの初めてだし、真白に任せる」
家族で来たことないのかな。……ないんだろうな。
よし、今日はこの真白お姉ちゃんがバッチリ一緒に遊んであげましょう!
「怖いの、平気? ジェットコースター系とか」
「うーん、多分」
「じゃあ、まずそっちから攻めようよ! んで、まったり系に乗って、最後は観覧車!」
「了解。ましろ、めちゃくちゃ楽しそう」
「うん、遊園地、大好きなんだ」
「そっか! なら良かった」
蒼くんは嬉しそうに微笑み、「いこう」と私の手を取った。
一回り大きなその手は、私を非常に複雑な気持ちにさせた。
こっちがお姉ちゃんのつもりなのに、なんだかなぁ。
蒼くんは、行く先々で人目を引いた。
「あの子、モデルか何か?」
「うわ、ほんとめっちゃ可愛い」
でしょう? 彼、可愛いでしょう?
見た目より中身の方が、100倍可愛いんですよ?
誇らしさで一杯になりながら、私は蒼くんと園内を闊歩した。
さすが大型連休。どのアトラクションにも長い行列が出来ている。
列に並んで待つ間、私と蒼くんはしりとりをして時間を潰すことにした。
言える言葉を限定する『縛り』しりとりは、最近のマイブームだ。
今回の縛りは、ズバリ音楽!
「じゃあ、私からね。アッフェトゥオーソ(愛情をこめて)」
「なるほど、そういう感じね。じゃあ、ソッフォカート(息をつめるように)」
「んー。トレモロ(急速的な反復)」
「ろ? ……ロンド、かな」
「どー。ドリアメンテ(悲しそうに)」
蒼くんだって、青鸞学院生。
この縛りにはかなり自信があったんだけど、なかなか決着がつかない。
ヒートアップしながら言い合っているうちに、あっという間に順番が回ってきた。
ドキドキしながら安全レバーを下ろす。初めはゆっくり動き出したコースターは、てっぺんに辿り着くと、そこから勢いよく急落下した。
悲鳴を上げながら回転させられ捻られ落とされ。
スリル満点な動きに、笑いが込み上げてくる。
元の位置に戻った時には、2人とも大笑いしていた。
全開になった前髪を撫でつけながら、階段を降りる。
蒼くんを振り返ると、彼はまだくすくす笑っていた。
「あー、面白かった!」
「私も! 怖くて笑っちゃうの不思議!」
「分かる。思ってたより凄かった!」
生き生きとした表情で、蒼くんは私の手をぶんぶん振り回してきた。
小学生らしい幼い仕草に、胸が暖かくなる。どうしてだろう、そうやって蒼くんが笑ってると、すごくホッとしてしまう。ずっとそんな風に笑っていて欲しいと、強く思う。
「真白、あっちのにも乗ろう!」
「ようし、レッツゴー!」
笑いあいながら手を繋ぎ、私たちは次のアトラクションを目指して走り出した。
ジュースを半分こして飲んだり、メリーゴーランドに乗る私を蒼くんが外から眺めて手を振ったり。
嫌がる私をむりやりお化け屋敷に引っ張っていった蒼くんをポカスカ叩いたりしているうちに、すっかり夕方になってしまった。
「じゃあ、観覧車で最後だね」
「だな」
すごく大きな観覧車は、この遊園地のシンボルマークでもある。
ここに来るといつも最後は観覧車に乗ることにしていた。
楽しかった一日を振り返りながら、みんなで景色を楽しむのだ。
私も蒼くんとそんな風に、今日の遊園地を締めくくるつもりだった。
4人のりのゴンドラが、ゆっくりと上にあがっていく。
みるみるうちに小さくなる遊園地の様子に見入っているうちに、ふと静寂に気がついた。
「……どうしたの? 疲れちゃった?」
隣りに座った蒼くんに話しかけると、彼は黙って外を指さした。
指の先を追って隣のゴンドラに視線を向ける。
ゴンドラの中では、カップルが抱き合っていた。
慌てて振り向いて確認した逆方向のゴンドラでも、若い男女がキスを繰り返している。
「なにあれ! ……もしかして、今の観覧車ってデートタイム?」
「順番待ってる時だって、周りはカップルばっかりだったよ」
「そうだっけ?」
私が首を捻ると、蒼くんは深々と溜息をついた。
「だよな。マシロはそういう奴だよな」
「どういう意味よ」
「ちょっとだけ期待した、って意味」
悪戯っぽく囁いて、蒼くんは私の頬に軽いキスを落とした。
「うわ、な、なに!?」
「イギリス式の挨拶だよ」
「はあ!?」
こんな時にトビー王子を真似するのは止めなさい!
「ここは日本です!」
真っ赤になった私が抗議すると、蒼くんは無邪気に笑って謝ってくれた。




