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スチル14.秘密(紺&鳶)

「き、君が、成田くん? ま、ましろの同級生だって聞いてたんだけど……」


 父さんは、驚きに満ちた声で尋ねた。動揺のあまり、どもりまくってる。

 分かるよ、その気持ち。こんな大人びた小学生、嫌だよね!


「真白さんのお父様ですね。初めまして、成田 紅です。ええ、もちろん真白さんと同じ年ですよ? いつもお嬢様にはよくして頂いています」


 背中がっ! 背中がかゆい!

 もじもじ体をくねらせて、地団駄を踏みたくなる。

 外面の良さはもはや国宝級だな、この人。


「お母様には一度ピアノ教室でお目にかかりましたね。……あ、そうだ」


 紅さまは抱えていた真紅の花束に目を落とすと、優雅な手つきで一輪の薔薇を引き抜いた。

 あらかじめ棘を抜いて短く切ってあったその薔薇を、私の結い髪に丁寧に挿し込む。

 拍子に独特のダマスク香がふわりと薫りたち、鼻腔をくすぐった。

 ああ、やっぱりすごく良い匂い。

 思わず頬が緩んでしまう。

 そんな私の顔を覗き込み、紅さまは優しく微笑んだ。


「気に入ったみたいだね。いい香りだろう? 俺の一番好きな花なんだ」


 クリムゾン・グローリーでしょ? ……知ってるよ。匂いも覚えてたよ。

 ファンブックの情報を見て、花屋さんまで買いに行ったんだから。


「この花は、お母様に。少し早いですが、よいクリスマスを」


 紅様は母さんに向かって、薔薇の花束をうやうやしく差し出した。

 50本以上はありそうな大きな花束を受け取った時の母さんの顔といったら! 

 頬はピンク色に染まり、瞳は少女のように輝いてる。


「ありがとう……。すっごく素敵! お花を頂くのなんて、何年ぶりかしら!」


 こんなに喜ぶ母さんを見たのは久しぶりだ。

 綺麗なもの全般が好きな母さんは、花も大好きなんだよね。

 家計の節約の為に自分では買おうとしないけど、一輪でもいいからおこづかいで買ってあげれば良かった。

 しょんぼり肩を落とした父さんは、後で母さんがフォローしてくれるはず。

 

 私は紅様に向き直り、感謝を伝えた。

 日頃はほんとにムカつくやつだけど、こんな気遣いを見せられたら素直に脱帽するしかない。


「本当にありがとう。お迎えもだけど、お花も」


 一瞬怯んだ紅様だったが、すぐに元の表情に戻り「こんなことくらいなら、いつでも」と微笑み返してくる。

 立居振舞から何から、完璧な王子様がそこにはいた。


 家のすぐ前に横付けにされているベンツに向かい、後部ドア前で待機中の水沢さんに挨拶をする。


「いつもありがとうございます。今日もよろしくお願いします」

「しっかり務めさせて頂きますね。それにしても、今日は一段とお綺麗ですね」

「え? あ、ありがとうございます」


 低めの美声で褒められた! 

 わぁ……。お世辞でも嬉しいな。


「いいから、早く乗って。寒い」


 何故か少し不機嫌になった紅様は、早くも王子様の仮面を外すことにしたようだ。

 変わり身の早さも国宝級か。

 彼はさっさと車に乗り込むと、中から手を差し伸べてくる。


「ほら、おいで。ドレスの裾を踏んで破かないようにね」

「分かってるよ!」


 ドレスの裾をたくし上げ、紅さまの手に掴まってようやく座席に落ち着く。

 車内には、まだ薔薇の香りが濃く残っていた。

 すんすん、と鼻を動かすと、紅様が「犬みたいな真似はやめて」と笑って言う。


 その時の彼の眼差しがあんまり優しかったので、ポカンとしてしまった。

 ちょっと遅れて、いやいやと唇を引き結ぶ。

 犬ってなんだ、犬って!


 紅様と軽口の応酬を繰り広げているうちに、成田邸が見えてきた。

 噴水前に設えられたモミの木が、真っ先に視界に飛び込んでくる。

 テーマパークのクリスマスイルミネーションか! ってくらい大きいし、飾り付けも豪華だ。


 紅様は先に車を降りると、ぐるりと回って私の座った側のドアを開けてくれた。

 こういうところ、本当にスマートだ。

 彼の手に掴まり、車を降りる。


「ありがと。ツリー、すごいね!」


 興奮した私を見て、紅様が目を細める。


「気に入ったみたいで良かった」


 それから彼は、私の背中に軽く手を置いた。


「帰りは点灯されたツリーがもっと綺麗に見えると思うよ。今は中に入ろう。ましろが風邪でも引いたら大変だ」


 これ、紅様だよね? そっくりさんじゃないよね?


「……また失礼なこと考えただろ」

「いや、ここにいるのはホントに紅くんかなって」

「……それ、どういう意味」


 「全く、人がせっかく親切にしてやれば……」などと文句を言いながらも、紅様のエスコートの手は最後まで優しかった。


 中に入ってすぐ、再び感嘆に目を見開く。

 玄関ホールも応接間も、全てが完璧に飾り付けされている。

 クリスマス仕様らしく、使っている色は赤と緑。

 ドアマンらしき男性にコートと手荷物を預けた後、案内された一階の応接室には、本物の暖炉が設えられていた。

 パチパチと薪のはぜる音が、否応なくクリスマス気分を盛り上げている。


「真白ちゃんが来たわよ!」

「まあ、まあ! なんて可愛らしいの!」


 部屋に入るなり、私を待ち構えていたらしい桜子さんと千沙子さんに取り囲まれた。

 紅様は苦笑を浮かべ、壁際のソファーに移動していく。


「本日は、お招きありがとうございます。こんな素敵なドレスまで頂いてしまって……」

「何言ってるの! 我儘を聞いてくれたことにお礼を言わなくちゃいけないのは私達の方だわ」

「本当にそう。それにしても、すごくよく似合ってる! あの店で注文して正解だったわね、桜子さん」


 ……今、千沙子さん『注文』って言わなかった?

 まさか、このドレスってわざわざオーダーメイドで作らせた、とか?


 引き攣る顔に何とか笑みを浮かべてると、紺ちゃんと蒼くんが近づいてきた。


「もう、お母様たちばかり、ずるい! 私達だって、ましろちゃんのこと待ってたんだから。そろそろ代わって欲しいわ」

「ふふ、ごめんなさい。じゃあ、私達は一旦失礼するわね。また後でね」


 桜子さんに軽くハグされ、千沙子さんにはギュっと手を握られた。

 はい、と笑みを浮かべて答えるより他ない。

 お2人にものすごく気に入られているのは分かったけど、なんでなんだろう……。


「いらっしゃい、ましろちゃん。母さんたちがテンション高くてごめんね。ここ最近、ずっとあんな調子で浮かれてて。特に千沙子母さんは、女の子が欲しくて堪らない人だったから、真白ちゃんのことも可愛くて仕方ないみたい」


 なるほど、そういう理由か。


「ううん、全然! いつも良くして下さって、感謝しかないよ。このドレスだって、……って! 紺ちゃんのドレスと私のドレスってお揃いだったんだね!」


 紺ちゃんのドレスの大きなリボンは淡いシャンパンゴールド。他の部分は目の覚めるような真紅だった。


「そうなの。ましろちゃんは城山くんと演奏するから、水色のドレス。私は紅と演奏するから真っ赤なドレスにしましょう、って勝手に決めたのよ。でも、母様たちに任せて正解だったわ。ましろちゃん、すごくよく似合ってるもの」

「それはこっちの台詞! 紅くんが喜んじゃって大変だったんじゃない? 『流石は俺のお姫様だね。とても綺麗だよ、紺』とかさ」


 私が紅さまの物真似を披露すると、紺ちゃんは目を丸くして驚き、それから盛大に噴いた。

 蒼くんも口元を抑えて肩を震わせている。

 蒼くんは、白いタキシード姿だった。

 純白が水色の髪によく映えている。普段に増して、正統派美少年っぷりが上がっていた。


「でも、ほんとに綺麗だよ。俺がエスコートしたかったな」


 ストレートに褒められ、顔がにやけてしまう。


「蒼くんもとってもカッコいいよ! タキシード、似合ってる!」

「ほんと? やった!」


 やった、って。もうほんと可愛いな。

 三人で談笑しているところへ、飲み物を手にした紅様がやってきた。


「随分楽しそうだね。まさか俺の悪口で盛り上がってた、とか言わないよな」

「あれ、聞こえてた?」


 満面の笑みで答える。紅さまはやれやれと首をすくめた。


「まだお客様が揃ってないそうだ。座って話そう」


 彼の誘導で、部屋の奥へと移動する。


「他にもお客様が?」


 気になって尋ねると、紅様はにんまりと口角を上げた。


「せっかく演奏するんだ。ゲストは多い方がいいだろう?」

「……それ、どういう意味? 私は聞いてないわ」


 紺ちゃんが訝しげに首を傾げる。


「そうなの? まあ、すぐに分かるよ」


 紅様の返事に、彼女はむう、と鼻先に皺を寄せた。そんな仕草もとびきり可愛い。

 応接テーブルに準備されていたスイーツをつまみながら、4人で温かな紅茶を飲んでいると、玄関ホールの方が賑やかになった。


「ああ、来たみたいだね」


 紅様の声につられ、私達は一斉に扉に注視した。

 やがて応接室の大きな両開きのドアが開く。

 入ってきた人物を見て、私は危うく声をあげそうになった。


「こんにちは、紺。ましろちゃん。本日はお招きありがとう」


 ――亜由美先生と、トビー王子と……もう一人は誰?


「久しぶりだね、小さなピアニストさん達」

「初めまして、こんにちは。山吹 アリサです」


 ハニープラチナの碧眼美女は、トビー王子のお姉さんだった!

 亜由美先生が微笑みながら、2人を私達に引き合わせる。


「鳶のことは前にも紹介したわよね。彼女は私の親友の亜里沙。鳶の姉なの」

「はじめして、アユミの可愛い生徒さんたち。いつもあなた達のこと聞かされてたのよ? 会えて嬉しいわ!」


 亜里沙さんは人懐っこい笑みを浮かべ、私達に向かって右手を差し出した。

 えっと、これ握手でいいのかな。

 私が戸惑っているのを察知し、紺ちゃんが先に見本を見せてくれる。


「初めまして。今日は来て下さってありがとうございます」


 紺ちゃんは亜里沙さんの手を握り、すぐに離して優雅にお礼を述べた。

 見よう見まねで私も手を出すと、思った以上に力強い握手が返ってくる。

 亜里沙さんは一歩さがり、トビー王子に場所を譲った。


「もう会うのは三回目だね。今日はこっちの挨拶でもいいかな?」


 こっちの挨拶?

 意味が分からず首を傾げる。


「ふふ。分かってないって顔も可愛い」


 トビー王子は私の肩に手を置き、長身を屈めて頬に軽く唇を落としてきた。


 ――ほっぺにキスしやがりましたよ、この人!


 あまりの衝撃に変な声が出そうになる。

 私が反撃に出ると思ったのか、隣に立った紅様はすかさず私の手を握った。

 というか、押さえた。反対側の蒼くんにも同じようにされる。

 背の高い二人に挟まれ、連行されるエイリアン状態の私が口をパクパクさせているうちに、トビー王子は紺ちゃんの頬にも軽いキスをした。


「ここは日本です。キスの挨拶は今日を限りにして下さいね」


 ああ、紺ちゃん。あなたカッコいいよ。


「それは残念。こんなに可愛い天使たちを前にして、頬へのキスさえ許されないなんて、私はなんて不幸なんだろう」

「あなたの不幸はいつも軽いのね」


 トビー王子が大仰に天を仰ぐと、亜里沙さんが茶目っ気たっぷりにからかう。

 すかさず亜由美先生も「珍しいじゃない、百戦錬磨のあなたが振られるなんて」と言い添えた。


「そんなことない。私はいつも、大切な人には冷たくされるんだ」


 トビー王子も微笑みながら返す。

 冗談に決まってるけど、何とも寂しい台詞だ。

 ふと、紺ちゃんに視線をやる。

 彼女は冷えた眼差しで、トビー王子を眺めていた。


 ――やっぱりそうだ。紺ちゃんは、彼に好意を持ってるわけじゃない。


 以前にも感じた違和感が、くっきりと浮かび上がる。


 トビー王子を攻略したい、と紺ちゃんは言っていた。

 好きだとは、よく考えたら一度も言ってない。

 私が勝手にそう解釈してただけだ。


 でもどうして、好きでもない人を落としたいの?

 

 私の視線に気づいた紺ちゃんと、視線が絡む。

 彼女は胸が痛くなる程鮮やかな笑みを浮かべて、私を見つめた。


 ねえ、紺ちゃん。

 あなたが私に言えない秘密って、なに?



  ◇◇◇


 前作主人公の成果

 攻略対象:山吹 鳶

 イベント:クリスマスの再会

 クリア





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