音楽で乙女は救えない（共通ルート）

小学生編

スチル１２．プール（紅＆蒼）

　絵里ちゃん達と約束してた日曜日がやって来た。

　朝起きて、真っ先に晴れてるかどうかカーテンを開けて確認してしまう。

　よっしゃ、良い天気！

　毎年夏休みは、家族でテーマパークに遊びに行ってたんだけど、今年は花香お姉ちゃんが受験だから取りやめになった。というわけで、本当にどこにも出かけていない。

　勉強もピアノも好きでやってるからいいんだけど、正直、家と図書館の往復には飽きていた。

「ましろ、まさかスクール水着で行く気じゃないよね？」

　姉に問われ、私はこくりと頷いた。

「だって、去年の水着は小さくて着れないもん」

「だめだよ～！　あんまり着てない私の水着、あったでしょ？」

　お姉ちゃんのお下がりがあるには、ある。

　でもセパレートタイプなんだよね。

　肩紐を首の後ろで大きなリボン結びにするタイプ。デザイン自体は可愛いんだけど、問題はお腹が全部見えてしまうこと。

　よく言えば、スレンダー。ありのままに言えば、寸胴体型の私にはハードルが高い。

「両方持っていけば？　みんながスクール水着だったら、そっちでもいいんだし」

　母さんの提案に、それもそうだなと納得する。

　確かに、私だけ学校指定の水着は嫌かも。

　前日から用意してあったサクランボ柄の防水バッグに、ピンクの水着を追加してから家を出た。

　集合場所は、市営プールの駐輪場。

　入場料の２００円とジュース代を入れてもらった小さなお財布を、ショートパンツの後ろポケットに突っ込み、自転車に乗る。

　雲一つない青空は澄み渡り、眩しい太陽が自転車のハンドルに反射して煌めいている。

　楽しい一日になりそう！　

　私は鼻歌を歌いながら、ペダルを強く踏み込んだ。

　駐輪場でみんなと合流出来たとこまでは良かったんだけど……。

　私たち５人は、プールの受付前に呆然と立ち尽くした。

【本日、市民水泳大会の為、午前中は貸切です】

　でかでかと張り出されたお知らせを、絵里ちゃんが指で弾く。

「もう！　そんなの聞いてない！」

「回覧板でお知らせ回ってきてたのかなぁ。どうする？　昼から、出直す？」

「ダメだ、おばあちゃんちに行くから、午前中しか空いてない」

「私も。昼からは終わってない夏休みの宿題やれってママに言われてるんだ」

　皆、午後からは予定があるらしい。

「じゃあ、今日はなしだね」

　いつまでもここにいたって仕方ない。

　朋ちゃんがきっぱりと言って、お開きになった。

「結局ましろんとは一度もプールに行けなかったねえ」

　咲和ちゃんのがぼやく。

　両手を合わせて「ごめんね」と不義理を謝った。

　何回も誘ってもらってたのに、今日まで断ってたのが本当に申し訳ない。

　珍しくしょんぼりしている私を気遣って、麻子ちゃんが「来年は絶対来ようね！　最終の日曜は避けて！」と笑ってくれた。

　せっかく出て来たのに、このまま帰るのはつまらない。

　私は同じ方向の絵里ちゃんに「本屋に寄って帰る」と告げ、皆を見送った。

　行きとは大違いの憂鬱な気分で、駐輪場から自転車を出す。

　昨日から楽しみにしていたせいで、何が何でも泳ぎたいという気持ちが消えてくれない。

　ちぇ、と小石を蹴とばしたところで、「ましろ！」と声を掛けられた。

「蒼くん！？」

　少し離れた駐車場から駆け寄ってくる水色の髪の男の子は、確かに蒼くんだ。

　またちょっと背が伸びた？　

　全開の笑顔に懐かしささえ覚える。

　会えて嬉しい。紅様の時にも感じた喜びが、ぶわりと湧いてきた。

「わ～、久しぶりだね！」

「うん、やっと会えた！　ずっと会いたかった」

　蒼くんも嬉しそうに声を弾ませる。

　うっ。やっぱり可愛い。

　こんな素直な子が、将来私を監禁するなんて信じたくない。

「プール入れないんだろ？　俺らと一緒に、他のとこ行こ！」

　……んん？

　その時になってようやく、蒼くんが何故ここにいるのか疑問に思った。

「えーと。もしかして、この場所、紅くんから聞いた？」

「うん。真白は今日、市民プールに行くって。調べてみたら、午前中は貸切だから、暇になるかもしれない、って」

「じゃあ、紅くんも来てるってこと？」

「うん。とりあえず様子を見に行ってみようって言うから、乗せて貰ってきた」

　そういうことか。

　まだ皆がいたら、どうするつもりだったんだろう。

　紅様のことだ。

　全員まとめてどこかに連れていってくれる気だったのかもしれない。

「他のとこって、プールだよね？　すごく泳ぎたかったから、素直に嬉しい」

「はは。うん、そんな顔してた」

　蒼くんはそう言って、私の手を取った。

「自転車は、あとで取りにくればいいよ。鍵かけてといてさ。……行こう、真白！」

　照りつける太陽より眩しいその笑顔に、くらりときた。

　彼らはサーブのカブリオレでやって来ていた。

　ピカピカの外車でしかもオープンカー。

　そこにただでさえ人目を引く人が乗ってるもんだから、目立ちようは尋常じゃない。

　助手席に座った紅様は、涼しげな麻の白いシャツにベージュのハーフパンツ姿。

　シャツのボタンはもちろん二個外し。

　計算し尽くされた彼の夏スタイルにふつふつと理不尽な怒りが湧いてくる。

　なんでこの人、こんなに私好みの外見なんだろ。

「おはよ、真白」

「おはようございます、島尾様」

「おはようございます、紅くん、水沢さん。今日もよろしくお願いします」

　紅様に言いたいことは色々あったが、水沢さんもいる。

　私はペコリと頭をさげ、後部座席に乗り込んだ。隣に蒼くんも乗ってくる。

「じゃあ、行こうか」

　紅様の声を合図に、車が動き出す。

　どこに行くのか、私は聞きもしなかった。

　紅様を信用してるからだと遅れて気づき、何とも言えない気分になる。

　どれだけ警戒しようとしても、無駄なんだ。

　だって私自身が、心の底では彼らと関わっていたいと思ってる。

　この気持ちまで、ボクメロ世界の強制力なのだとしたら、なんて残酷なんだろう。

　オープンカーには初めて乗ったけど、意外と快適だった。

　何と言っても風が気持ちいい。

　信号待ちで停車する度、道行く人からジロジロ見られるのはもう仕方ないと諦めた。

「今日会えるって分かってたら、借りたパーカー持ってきたのにな。長いこと借りっぱなしでゴメンね」

「いいって。俺の方こそ、紅がサプライズで驚かせるって聞かないから、前もって連絡出来なくてごめんね」

　蒼くんも私と同じで、かなり紅様に振り回されてる気がする。

　形の良い耳に顔を近づけ「あんな友達で大変だね」と耳打ちした。

　蒼くんの頬がほんのり染まる。

「聞こえてるよ、ましろ。なに、そんなに俺に苛められたいの？」

　しかも、地獄耳だし！

　目的地は会員制のジムだった。どうやらプールも併設されているらしい。

　ガラス張りの巨大なビルに入ると、受付嬢が紅さまを見て軽く会釈した。

　ふかふかの絨毯の上を歩き、これまたでっかいガラス張りのエレベーターで最上階まで上がる。

　ようやく到着したジムの中を、私はキョロキョロと見回した。

「あんまり人がいないね」

「ここに入れるのはほんの一握りの人間だけだからな。空いてて当たり前」

　自分はそのほんの一握りの人間だって自慢したいのかな？

　呆れて紅様を振り仰ぐ。

　ところが彼の表情は、私の想像とは全く違っていた。

　ひんやりと冷めた瞳に、怯んでしまう。

　そんな顔、しないでよ。

　もっと子供らしく、得意げにしたらいいじゃん！

「女子の更衣室はそっちね。着替えたら、下のプールまで降りてきて」

「はーい」

「返事は」

「はい！」

　私達がいつものやり取りを交わすのを見て、蒼くんはつまらなさそうに「なんだかんだいいながら、仲良いよな」と呟いた。

　どこをどうみたらそうなるのか。

「ほら。アホ面下げてないで、さっさと支度しておいで」

　呆れてポカンと口を開けた私の肩を、紅様がぐいぐいと押す。

　どこが仲良し！？　今の、見た？　

　この人、私を押したよ！？　しかもアホづらって！！

　口をパクパクさせながら紅様を指さす私に、蒼くんは苦笑を浮かべた。

　紅様は自分に向けられた指を容赦なく曲げようとしてくる。

　何だろう。昨日会って話したせいか、紅様、全く遠慮がなくなってきた感じある。

　それはそれで嬉しいかも？

　自然とにんまり笑ってしまう。

　私は足取りも軽く、更衣室に向かった。

　もはや更衣室とは呼びたくないほどラグジュアリー感に満ちた部屋で、私はセパレートの水着に着替えることにした。

　スクール水着なんて着た日には、紅さまにどれくらい馬鹿にされるか分からない。

　良かった、お姉ちゃんがアドバイスしてくれて！

　場違いなビニールバッグをロッカーに入れ、髪の毛を頭のてっぺんでまとめる。

　バスタオルを小脇に抱え、急ぎ足で下のプールまで降りた。

　すでに紅さまと蒼くんは、人の少ない５０メートルプールで泳いでいた。

「真白！　こっちだよ！」

　濡れた髪をぶるぶる振って水気を切り、私の方に手を振る蒼くんが眩しい。

　ですよね、男子だもん、上半身は裸ですよね。

　すらりとした体躯にはうっすらと筋肉がついてて、否応なく彼らとの性差を感じてしまう。

　同い年の男子の水着姿なんて、学校のプール授業で嫌というほど見ている。

　それなのに、２人のことは直視できず、どぎまぎした。

「もしかして、照れてる？」

　私のすぐ前まで泳いできた紅様は、プールサイドに両腕を乗せ、艶っぽい眼差しでこちらを見上げた。

　濡れ髪と相まったダダ漏れの色気に眩暈がする。

「何言ってんの。照れてないし！」

　むきになって言い返しながら、プールサイドに座る。

　それから慎重に足を中にいれた。

　冷たすぎないちょうどいい温度になっている。

「真白、準備体操した？」

　紅様の後を追うようにやってきた蒼くんも、紅様の隣りに並んで私を見上げる。

「うん、してきたよ」

「じゃあ、いいよね」

　蒼くんは手を伸ばし、私の腕を引っ張ると、そのままプールに引き入れた。

　ざぶん、と水飛沫があがり、全身が温水に浸される。

「うわ……っ。もう～！」

「ごめん、待ちきれなかった」

　蒼くんの顔にも水飛沫がかかってる。

　えへへ、と無邪気に笑顔を返されたら、文句は言えない。

「蒼って、ほんとにこいつのこと好きなんだな」

　同じく水飛沫を浴びたらしい紅様が、顔を両手で拭いながらそんなこと言う。

「まあね」

　蒼くんは何故か自慢げだった。

　誰かを好きになれることが嬉しくてしょうがないといわんばかりの顔に、胸が痛む。

　蒼くんは本当は姉か妹が欲しかったんじゃないかな、と思ってしまった。

　無条件で愛し、愛される家族が欲しいんじゃないかな、って。

「真白の方は、友達以上に思ってなくても？」

「友達でも傍にいさせてくれたらいい、って俺が言ったんだよ。ね？　真白」

「う、うん」

　紅様に追撃されても、蒼くんは一歩も引かなかった。

　蒼くんは見返りを欲しがらない。

　私が彼を恋愛的に好きにならなくても、友達として大切にしていれば、ゲームみたいに壊れることはないのかもしれない。

　紅様はどこか不服そうだったけど、「まあ、いい。せっかく来たんだ、楽しもう」と話を切り上げた。

　それから３人でビーチボールを打ち合ったり、飛び込み台から飛び込む紅様と蒼くんを応援したりと、予想外にも和気藹々と時間は過ぎて行った。

　こんなに楽しいだなんて、正直思ってなかったので余計に嬉しい。

「すごい、すごい！　二人とも、飛び込みまで出来ちゃうの！？　私、絶対あの高さからなんて飛べないわ。突き落とされたらいけるかもしれないけど。……って、振りじゃないからね？　突き落とさないでね！？」

　綺麗なフォームで１０メートルの高さから、順番に飛び込む紅様と蒼くん。

　興奮した私が手を叩いて喜ぶと、二人はお互いの顔を見合わせてプッと噴き出した。

「笑わないでよ。テンション高すぎたの、反省するから」

「いや、そうやって素直に喜んでるの可愛いなって思っただけ。な、蒼」

「うん。めちゃくちゃ可愛い。もっと喜ばせたくなるよ」

　蒼くんはともかく、紅様には微妙に馬鹿にされてる気がする。

　だけど遊んでいる間、紅さまは嘘みたいに嫌味や意地悪を言わなかった。

　無邪気に笑う彼は、いつもよりうんと子供っぽく見える。

　気取ってすかしてる紅様より、こっちの方が好きだ。

「競争しようぜ、紅」

「蒼から言い出すなんて、珍しいね。もちろん、いいよ」

「じゃあ、真白がタイム計って！」

　監視台のお兄さんからストップウォッチを借りてきた蒼くんに、はい、と手渡される。

「俺を応援してね」

　私の顔を覗き込んで念を押してきた蒼くん。

　反射的に頷こうとして、ふと紅様の方を見てしまった。

　彼は私の視線に気がつくと、眉を上げ手の平を見せた。

　どうぞ、というジェスチャーだ。

「頑張れ、蒼くん！　紅くんを負かしちゃって！」

　余裕たっぷりな紅さまの態度に、思わずそう言ってしまう。

「了解！」

　蒼くんは私の頭をくしゃりと撫でると、プールの中に飛びこんでいった。

「用意。スタート！」

　私の声を合図に、二人が一斉に壁を蹴る。

　綺麗なクロールのフォームに見惚れながら、私もプールサイドを移動した。

　５０メートル先の壁に手をついたのは同時。時計をみると２９秒ジャストだ。

　……これってめちゃくちゃ早くない？

「どうだった？」

　息を切らせてゴーグルを外す蒼くんに、ストップウォッチを見せる。

「同着だったよ。２９秒だって！　ほんとすごいな、２人とも。出来ないことなんてないわけ？」

　すごい、すごい、とはしゃぐ私をよそに、二人は肩で息をしながらお互いを見ていた。

「ムキになるなんて珍しいね、蒼」

「お前にだけは、何の勝負でも負けたくない」

「へえ……。いいね、久しぶりに面白くなってきた」

　どういう意味だろう。

　そういえば、紅様はすぐに何でも出来るから逆に面白くない的なこと、桜子さんが言ってたっけ。

　蒼くんと互角の勝負が出来て、嬉しかったのかな。

　首を傾げる私と満足げな紅様を見比べ、蒼くんは大きな溜息を吐いた。

　◇◇◇

　本日の主人公の成果

　攻略対象：城山　蒼　＆　成田　紅

　イベント名：本気になったよ

　クリア