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プロローグ

 高校生二年になってすぐの春。私は人生を変えるゲームに出会った。

 何を大げさな、と言われるかもしれないが、本当の話だ。

 全ての発端はあのゲームにあったと思う。

 女性向け恋愛シミュレーションゲーム。通称『乙女ゲー』

 その乙女ゲーの中でも、「難易度MAXなクソゲー。エンディングを見た者は、真の勇者」と揶揄されていたとあるゲームに、私はどっぷりハマってしまった。

 

 その日私は、姉に頼まれたファッション雑誌と新刊の恋愛小説を片手に、ぶらぶらと書店内を見回っていた。

 自分用の本を買わないまま店を出るのは寂しい。その程度の気持ちで、雑誌コーナーに向かう。

 角を曲がろうとした時、妙にテカった表紙のムック本が目に飛び込んできた。


『君の音を俺に――聞かせて』

 

 君の、音? 帯の宣伝文句に興味を惹かれ、近寄ってみる。

 水色の髪をした美少年が、燃えるような赤い髪のこれまた美少年と寄り添い、こちらに向かって手を差し伸べているイラストが、でかでかと表紙を飾っていた。

 そっと手を伸ばし、ムック本を取る。やけに心臓がドキドキした。

 視線は、赤髪のキャラクターに吸い寄せられる。

 切れ長の藍色の瞳に高い鼻梁、セクシーな口元にすらりと引き締まった体躯。

 私の理想を具現化したらこの男の子になった、といえば分かって貰えるだろうか。

 表紙の赤髪の少年は、それほど私の好みど真ん中を貫いていた。

 

 紙とインクで出来た二次元の男に、私は人生二度目の恋をした。

 ちなみに初恋は去年破れている。

 辛くて苦しいだけのはた迷惑な恋だったな、と思い出し、何とも言えない気持ちになる。

 連鎖反応的に湧き起ってくるあれこれを振り払うように、私は大きく息を吐き、ムック本にざっと目を通した。

 どうやら表紙の赤髪くんは、『成田なりた こう』君というらしい。

 名前まで素敵だ。うっとりしながら、紹介ページを読んでみる。

 彼はなんと恋愛ゲームのメインキャラクターだった。

 

 ……って、恋愛ゲーム!? このイケメンと恋愛できるの!?

 

 私はムック本を抱えたまま、急ぎ足でゲーム売り場へと移動した。

 そんな素晴らしいゲームがあるのなら、すぐにでもプレイしたい。

 だが、そんな私をあざ笑うかのように、ゲームは見つからなかった。ムック本を置くのなら、セットでゲームも置いといて欲しい。

 私は逸る想いで会計を済ませ、ゲームショップを4軒もはしごした。

 恋する乙女というには少々鬼気迫り過ぎている形相で、自転車のペダルを力強く踏み進む。

 ようやく4軒目で、私は何とかお目当てのゲームを見つけることが出来た。


『僕に聞かせて君の音楽~恋を奏でるメロディ~』


 何ともむずがゆいタイトルにそわそわしつつも、急いで手に取る。

 パッケージに載っている成田くんを舐め回す様に眺めたいのを我慢して、レジに並んだ。

 会計をしてくれたのは、女子大生風のお姉さんだった。

 彼女は私がカウンターに出したゲームを見ると、眉を曇らせた。


「……えーっと。あのですね。このゲーム、私も持ってるんですけど」


 辺りを憚るように声をひそめ、バイトのお姉さんは私に顔を近づけた。


「ものすごーく、難しいですよ。いいですか?」


 わざわざ買おうとしてるお客さんにまで忠告するほどだ。よっぽどなんだろう。

 どうしよう、と迷ったのも一瞬、いや、でも買う、と決意する。

 ここまできたら何としても動いて喋る成田くんをこの目で見てみたい。

 ゲーム自体は今までにもやったことあるし、何とかなるだろう。私は軽く考えた。

 まあ、やったことあるのはパズル系だけど、ゲームなんてどれも似たようなものじゃないの?

 従兄弟が譲ってくれた携帯ゲーム機だって家にある。

 それよりなにより、とにかく成田紅くんをもっと知りたかった。


「いいです。大丈夫です」


 きっぱり言い切り、私は『ボクメロ』を手に入れた。

 結論から言おう。全く大丈夫じゃなかった。

 道理で店員さんが口を出さずにいられなかったわけだ。

 

 後から調べてみたところによると、乙女ゲームにおいては既に「音楽系」の超人気シリーズが各会社から何種類も出ていたらしい。

 後発組の『ボクメロ』制作会社は、群雄割拠する乙女ゲー世界に斬り込む為、様々な試みをこのゲームに詰め込んだ。

 攻略対象を減らし、一人一人のシナリオを沢山作る試みもその一つ。

 最低5名ほどはいるはずの攻略キャラクターが、たった2名しかいない。

 私が惚れた『成田 紅』くんと、水色髪の『城山 蒼』くんだ。

 紅様がフェロモンまき散らし系俺様で、蒼くんがツンデレ系俺様。

 俺様二名しか攻略出来ない、ということが発表された時点で、既存の乙女ゲーファンはざわついたらしい。それはそうだろう。どんな俺様好きでも、ちょっと引く。

 なのに、エンディングは驚異の十二種類。

 うち、本当に幸せになれるのは一つだけ。残りの十一種類のうち、友達エンドと呼ばれるものが6種類。バッドエンドと呼ばれるものが5種類だ。

 友達エンドは、「親友・仲のいい友達・メールを時々する程度の友達・会えば世間話をする程度の友達・お互いの名前を知っている友達・顔だけ知っている友達」に分かれている。

 その半分以上が、もはや友達と呼べないと思う。

 音楽学校が舞台のゲームなのだが、バッドエンドの全ては「定期試験に落ちる」というものだった。

 そう、『ボクメロ』はノベルタイプの乙女ゲームではなく、がっつり本格派のシミュレーションゲームだったのだ。

 試験は全部で四回。各規定に満たないと、主人公は学院を退学させられる。

 では、その4回の試験とはどういう基準で行われるのか。

 

 ――それこそが、ユーザーを以てして『ボクメロ』を『ぼけめろ』と罵らせる原因だった。

 

 簡潔に言えば、情報画面に表示されるパラメーターは単なる飾りで、試験には全く関係なし。

 学院を回って手に入れた音符や音階や音楽記号を駆使して、自分で『作曲』しなくてはならない。

 画面に現れる鍵盤と向き合い、ひたすら作曲。

 甘いイベントを発生させたければ、ただただ作曲するしかない。

 これ、まじで何ゲー?

 一回目の試験は、まだいい。歌曲のメロディ16小節だけだから。最終試験なんて、弦楽四重奏を第一楽章、作曲しなくちゃいけないんだよ。無理だろ。音程、音階、リズムはもちろん、和声、対位法までが評価の基準となる為、当てずっぽうに音符を並べたって「君をこのまま学院に置いておくことは出来ない」と理事長に冷たく宣言されるのがオチだ。

 このシステムはシミュレーションゲームの域を超えている、と非常にネットを沸かせた。

 最後までクリアできるのは音大生だけ、と囁かれ、何故か最後の方は、大手楽器店でゲームが売られるようになったという。


 では、2人の攻略キャラはどう落としていくのか、と言えば『運』だった。

 作曲している主人公のいるエリアに、キャラクターが現れると好感度が上がる。

 現れるかどうかは『ランダム』一択である。つらい。つら過ぎる。

 誰も現れないまま、ひたすら作曲し続ける主人公の哀れさが、ユーザーの涙を誘った。

 

 こんなクソゲー、作ろうとしても作れるものじゃない。

 私にしたって一度もエンディングまで辿り着いたことのないゲームだ。

 それでも、紅様への愛は深まるばかりだった。

 最愛の推しが出来た私は、すっかり夢女と化していた。

 人はそれを現実逃避と呼ぶ。分かっていても、どうにも出来ない。その時の私にはどうしても必要な逃げ場所だった。


 時折ふらりと姿を見せては「やあ、頑張ってるね。ご褒美をあげてもいいけど、上手におねだりするんだぜ?」などとわけの分からない台詞を囁いて去っていく紅様に、私は夢中になった。

 ルックス、声、喋り方。紅様の全てがツボで、彼を画面越しに見ている間はふわふわした優しい気持ちになれた。

 そういえば、何百回とプレイしたのに、一度も蒼くんとは遭遇したことがない。

 ネットで調べてみると、長調の曲を作曲していると紅様、短調の曲を作曲していると蒼くんが現れるということが分かった。

 私が音符を並べると、必ずと言っていいほど陽気で能天気なメロディが出来上がる。なるほど、蒼くんに会えないわけだ。


 最初に買ったムック本は攻略本ではなく、彼らのイラストやデータが載ったファンブックのようなものだった。つまり、ゲームプレイには役に立たない。

 ムック本には、エンディングまで辿り着けない多くのファンを見越してか、ゲーム中で発生する全てのスチルが載せられていた。

 ネタバレ嫌いなプレイヤーを見事に吹き飛ばしていく地雷本だが、私には非常に有難かった。

 自力で開くことが出来たスチルは3枚だけだったのだ。

 私はムック本の紅様スチルを眺め回し、うっとりと妄想にふけった。

 いつか紅様とラブラブエンドを迎えること。それが私の一番身近な夢だった。

 

 雪がちらほらと舞う1月。

 私は大学受験を終え、帰路についていた。

 自分なりに頑張ったが、手ごたえはまるでない。私は昔から、とにかく要領が悪かった。

 暗い気持ちのままふと目をあげ、ひゅ、と息を呑む。

 視線の先には、紅様がいた。


『あのボクメロがもっと身近に――大幅リメイクを終えて貴女に会いにくる!』


 華やかに微笑む紅様が、首を痛めたポーズで私を見つめている。

 どうやらファンディスクではなく、リメイク版が発売されるらしい。

 ゲームショップのショーウィンドウに貼られた告知ポスターを凝視しながら歩いていた私の体は、突然宙に浮いた。

 

 足を踏み出した先にあったのは、蓋が開いたままのマンホール。

 ぽっかりと闇を覗かせた大きな穴に吸い込まれ、髪の毛が一斉に逆立つ。

 あ、これ死んだ。

 そう思ったのが最後だった。他に何を思う間もなく、私の意識は途切れた。




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