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スチル6.いつか王子様が(紺&鳶)

 日曜日は、朝から快晴だった。

 絶好のチャリティコンサート日和だ。

 起きてすぐにカーテンを開け、澄み渡った空を見上げてみる。


 正直に白状すると、コンサートも新調してもらったワンピースも、物凄く楽しみだった。

 今日という日が待ちきれなくて、早起きしてしまったくらいだ。……5時半は、早過ぎたかな。

 待ち合わせは13時。

 開演は14時なんだけど、その前に物販がある。

 早めに行ってパンフを買おうということになり、紺ちゃんとの待ち合わせ時間を決めた。

 

 下に降りていって、まだ寝ている両親を起こすのは忍びない。

 とりあえず朝食の時間まで、勉強することにした。

 もうすぐ四年生。時は着々と進んでいる。

 ベッドを綺麗に整え、机に座って問題集を取り出した。中学3年間の総復習が出来る優れものの一冊だ。

 机にかじりついて、どんどん問題を解いていく。

 どれくらい経っただろう。軽いノックの音と共に姉が顔を覗かせた。


「ましろ、おっはよ~。いよいよ今日だね……って、げっ! ……あ、朝から何してんの!?」

「おはよ、お姉ちゃん。なにって勉強だけど――」

「やめろぉぉぉ!!」


 花香お姉ちゃんは寝起き頭を掻き毟りながら、階段を駆け下りていった。

 そんなに慌てて逃げなくても、一緒にやろうって言わないのに。


 我が家の日曜日の朝食は遅め。

 兼業主夫で頑張ってる母さんをゆっくり寝かせてあげようね、ってことで、父さんが台所に立つ日でもある。私も手伝いたいんだけど、まだ食器洗いしかやらせて貰えない。

 普通にいろいろ作れるのになあ。前世でも家事全般こなしてたし。

 姉はというと、台所に出入り禁止を食らっている。

 卵をレンジで爆発させたり、パンを徹底的に炭化させたりと前科が多すぎるからだ。

 皿を洗わせたら、必ず割る。

 ……よくバイト出来たな。


 10時過ぎに朝昼兼用のご飯を食べて、今度はピアノの練習をすることにした。

 一時間みっちり練習した辺りで、再びお姉ちゃんが覗きに来る。


「ましろー。そろそろ、準備した方がよくない?」

「うん。じゃあ、着替えるね」

「髪の毛やってあげるから、着替えたら洗面所においで」


 姉は自分のことのように張り切ってる。

 小さな襟つきのノースリーブワンピをハンガーから外し、袖を通した。

 ウエストにはサテンのリボンベルトがついている。ボディス部分は白、スカート部分は上品なパープルボーダーだ。色のメリハリが効いていて、すごく可愛い。

 パニエ付きでふんわり裾に向かって膨らんでいるのも、お姫様気分を盛り上げてくれる。

 それだけだと寒いので、ファー付きのボレロを上に羽織った。

 ピカピカに磨いた黒のワンストラップシューズは、昨夜から玄関に並べてある。

 両親は着替えた私を見るなり、「可愛い」だの「最高」だの大げさに褒めてくれた。

 父さんはカメラまで持ち出して、玄関に立った私を連写した。



 芸術会館の周りは、大変な賑わいだった。

 車で送ってくれた母さんに手を振り、まずはパンフ売り場を目指す。

 

 紺ちゃん、もう来てるかな。

 

 人ごみをすり抜けながら歩き始めたところで、「ましろ!」と声を掛けられた。

 見る前から、声で誰だか分かってしまう。

 おそるおそる振り返ると、予想通りの人が視界に飛び込んできた。

 チャコールグレーのスーツがこんなに似合う小学生が、他にいるだろうか。

 どこのブランドかはもう聞くまい。


「蒼くん……。成田くんに誘われて来た、とかそういう?」

「当たり。来るつもりなかったけど、ましろも来るって聞いてさ。良かった、会えて!」


 蒼くんは、普段通りの無邪気な顔で笑っている。

 前作ヒロインに誘われたコンサートで、攻略キャラと出くわす。

 これを単なる偶然で片づけていいのかな。

 不安な気持ちを押し隠し、へへ、と笑ってみせる。


「そっか。もしかして、席も近いのかな」

「多分な。ましろは紅の妹に誘われたんだろ? 会うの初めてだ」

「紺ちゃんっていうんだよ。私と同じピアノ教室に通ってるの」

「ふぅん。……ましろ、まだピアノ続けてるんだ」


 蒼くんの声のトーンが、少しだけ下がる。


「うん。笑われるかもだけど、いけることまで行きたいなって思ってる。目指せピアニスト! なーんてね」


 冗談めかして答えると、蒼くんは顔を顰めた。

 ピアノに嫌な思い出でもあるのかな。

 そういえば、うちにピアノが来るって話をした時も、蒼くんは苦しそうな顔をしたっけ。


「私、なんかまずいこと言っちゃった?」

「……いや、大丈夫。ましろは何も悪くないよ」


 蒼くんは言うと、にっこり微笑み、私に向かって左手を差し出した。


「いつもの恰好も好きだけど、お洒落したましろもめちゃくちゃ可愛い。今日は俺にエスコートさせてよね、お姫様」


 ひゃあああ!

 大声で叫んでしゃがみこみたくなった。

 この子は、本当に怖い子だ。

 9歳でこの女たらしスキル。攻略キャラの看板は伊達じゃない。


「……なに言ってんの、蒼。よく目を開けて見てみろよ。こいつのどこがお姫様だ」


 気づけば、紅様と紺ちゃんがすぐ近くまで来ていた。

 蒼くんの『お姫様』発言に舞い上がっちゃって、2人の気配に気づかなかった。


 本日の紅様は黒のスーツ姿だ。シャツの第一ボタンは留めずに、ネクタイを緩く結んでいる。

 少しルーズな着こなしが嫌味なほど似合うのが、成田紅という少年なのだ。

 紺ちゃんは、バーバリーのクラシカルなワンピースを着ていた。

 正統派美少女によく似合う装いに、溜息が漏れてしまう。


「は? ちゃんと見て、言ってるし。――あ、もしかして、その子が妹?」


 蒼くんは紅様に抗議してから、視線を紺ちゃんに移した。


「ああ、俺のお姫様だよ。本物は綺麗だろ?」


 紅様は紺ちゃんの肩に手を回し、自慢げな表情で引き寄せる。


「妹相手になに言ってるの、馬鹿みたい」


 紺ちゃんは容赦ない捨て台詞と共に身を捩り、紅様から離れた。

 そのまま私に近寄り、嬉しそうに声を弾ませる。


「こんにちは、真白ちゃん。ほんと可愛い! そのワンピ、よく似合ってるね」

「こんにちは、紺ちゃん。今日はお招きありがとう。紺ちゃんこそ、めちゃくちゃ可愛いよ!」


 私は紅様を見ないようにしながら、紺ちゃんにだけ話しかけた。


「――いい度胸だな、ましろ。俺は無視か?」


 それが気にいらなかったのか、紅様が割って入ってくる。

 最初に喧嘩を売ったのはそっちだよね。

 私は口元を上品に押さえ、ほほほ、と笑った。


「ごめんなさいね。私、見たいものしか、視界に入らないんです」

「へえ。そうなの。随分都合のいい目だね。俺も欲しいな」

「残念ながら、お金では買えないものですわ」


 にこやな笑み付きでお互いを牽制している私たちを見比べ、紺ちゃんは額を押さえた。

 蒼くんもあっけに取られている。


「パンフ! ほら、早くパンフ買いに行かなきゃ! ね?」


 紺ちゃんが無理やり話題を変え、ひとまず休戦となった。

 4人連れ立ってパンフを買い、開場したばかりのロビーに入る。

 行く先々で、あちこちから視線を感じた。


「ねえ、見て」

「かっわいい~」

「ナイト2人のレベル高いね!」


 確かに正装した紅様と蒼くんは、普段に増して人目をひく。

 じろじろ見られていることに眉をひそめた蒼くんとは対照的に、紅様は平然としていた。

 注目されることには慣れてます、って顔。傲岸不遜な王様みたい。

 

 しばらく進んだところで、急に紺ちゃんが足を止めた。

 彼女の視線の先を辿って、納得する。

 真っ白なスーツに身を包んだトビー王子が金髪ゴージャス美女を隣に従え、こちらに近づいてくるのが見えた。

 

 一歩間違えたら大惨事になりそうな白スーツが、トビーには怖いくらい似合っている。

 連れのブロンド美女は、180センチを超えるトビー王子と同じくらいの高身長。

 モデルさんかな? ウエストなんて、折れそうなくらい細い。

 以前連れていた美女とは、また別の女性だ。


「久しぶりだね。僕のこと、覚えてる? 可愛いピアニストさんたち」

「もちろんです。こんにちは、山吹さん」


 紺ちゃんはにこやかに挨拶を返した。

 表面上は、すごく嬉しそう。

 だけどよく見ると、紺ちゃんの手は拳の形に握りしめられていた。

 彼女の張りつめた雰囲気に気圧され、ごくりと息を呑む。


「それは良かった。実はあれからね、コンの事、ちょっと調べさせて貰ったんだ。将来有望な芸術家は、早めにチェックすることにしててね」


 トビー王子は悪戯っぽい笑みを浮かべ、紺ちゃんだけを見つめている。

 流石の紅様も黙ったままだ。


「光栄です。実は中等部からは私も、ここにいる兄と同じ青鸞に進むつもりなんです」

「は? おまえ、何言って――」

「I think you made a good choice. いいね。ますます楽しみだ」


 紺ちゃんは何か言いたげな紅様を片手で制し、トビー王子に向かって流暢な英語で話しかけた。


「A wise girl kisses but doesn’t love, listens but doesn’t believe, and leaves before she is left. 私を手駒の一つにするつもりかもしれませんが、簡単にいくとは思わないでくださいね」

「――ははっ。これはいい。すごく素敵だ」


 トビー王子は華やかに笑い、甘い声で続けた。


「キミがキスしたくなるようなレディになるのを、楽しみに待ってる」

「……っ」


 紺ちゃんは瞳を歪め、唇を噛んだ。

 トビー王子は見せつけるように隣の美女の頬にキスを落とし、「またね」と去って行った。

 

 最初から最後まで、わけがわからない。

 今の殺伐としたやり取りが、前作ヒロインのイベントなの?


「気障ったらしい奴だな」


 紅様は自分のことを棚にあげ、トビーを非難した。

 それから眉をひそめ、隣の紺ちゃんを覗き込む。


「青鸞に進むって、本気なの? どうしてわざわざ俺と別の学校に通ってるのか、理由は分かってるだろう?」

「その話は、また改めてするわ。……ごめんね、待たせて。行きましょう」


 ぎこちない笑みを浮かべ、紺ちゃんは私達を促した。

 まるでそれ以上の追及を避けたいみたいに、足早に歩き始める。


「玄田は、さっき何て言ったんだ?」


 私の隣で蒼くんがぼやく。


 言えなかった。


 ――賢い女の子は、キスはするけど愛さない。話は聞くけど信じない。そして捨てられる前に捨てる。


 紺ちゃんが、わずか36歳で生涯を閉じた有名な女優さんの言葉を引用したってこと。


 トビー王子ルートって、一体どんなものなの?


 すごく聞きたかったけど、多分紺ちゃんは教えてくれない。

 そんな気がした。



 ◇◇◇


 前作主人公の成果

 攻略対象:山吹 鳶

 イベント:いつか王子様が

 クリアエラー




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