迷宮の街 その2
その後改めてヨアキムさん自身が簡単な自己紹介を終えた後、今度は自分達も自己紹介を行っていく。
ヨアキムさんは黒姫の名は噂で聞いた事があるようで、その名を持つレナさん本人に会えた事に少しばかり興奮していた。
また、リッチ4世さんとフェルについても少し興味を持ったようで、一瞬緊張感を持つかとも思われたが、結局真相に気づいた気配はなく。世の中には変わった使い魔もいるものだと呟いていた。
こうしてお互いに自己紹介を終えた所で、ヨアキムさんの店の休憩室を借りて自分達は普段の仕事着から商人の如く飾り気のない服装へと着替える。
その際、リッチ4世さんがさも当たり前の様に男性陣と入れ違いに着替えるレナさんに付いて行こうとしたので、貴方は着替えの必要が無いでしょうときつく言い聞かせる事に。
こうしてちょっとした問題行動もあったが、無事に全員着替え終えると、いよいよ出張営業が始まる。
「いらっしゃいませ」
やはり迷宮の街と言われるだけあって、店に訪れる客層は圧倒的に同業者と思しき人達が多い。
数に違いはあれど、迷宮には害獣が住み着いている為迷宮を探索するには武器や防具が必要不可欠。なので、やはり武器や防具の類が多く売れる。
「流石はヘンラインさんお手製の品々だな。うちの仕入れた商品よりも売れ行きが好調だ」
「おいおい、お世辞はよせよ。お前のところだって仕入れ先は有名所だろ」
「まぁな。……ま、商品の質もそうだが。やっぱり店に華があると違うな。男だらけの汗臭さい雰囲気が一気に華やぐ」
「そう思うんなら早く嫁さんもらって店手伝ってもらえよ」
「簡単に言うなよ。お前だって同じ独り身だろ、簡単じゃない事ぐらい分かるだろうが」
そうした中、クルトさんとヨアキムさんは何やら話合っていたが、客への対応に追われ詳しく耳を立てることは出来なかった。
こうして忙しさに追われ続けている間に、本日の営業時間が終了する。
普段の討伐系の仕事とはまた異なる疲れを感じつつ、後片付けを終えると着替えを経て本日の宿に移動する。
クルトさんによれば、既にヨアキムさんに頼んで宿の手配は住んでいるのだとか。
クルトさんの案内のもとやって来たのは、ヨアキムさんの店からほど近い所に在る宿屋であった。
「それじゃ、明日は朝から迎えに行くから、しっかり休んで明日に備えておいてくれ」
宿屋に着くや、案内を終えたクルトさんは自身はヨアキムさんの家に今晩はお世話になり明日迎えに来ると言い残すと、踵を返して行ってしまった。
クルトさんを見送ると宿屋に足尾踏み入れ、受付のカウンターで自分達の宿泊の手配が行われているかを確認する。
「こちらが部屋の鍵になります」
無事に手配が行われていた様で、前払いの料金を支払い従業員から部屋の場所と鍵を受け取ると、部屋へと向かうべく階段を上がる。
二階の中部屋であった今回の宿泊部屋は、二部屋手配されていた。なので必然的に部屋割りを決める事になるのだが。
「それじゃお二人とも、また後でっす」
気を使ってくれたと言うべきか、それとも余計なお世話と言うべきか。
自分とレナさんで一部屋、レオーネとカルル、それにリッチ4世さんとフェルとで一部屋と言う。もはやデジャヴュを感じずにはいられない部屋割りになった。
もっとも、やはり生業としているだけあって、部屋にはベッドが二つあり。前回の様な事は起こり得ない。
「ショウイチさん、行きましょうか?」
「え、あ、はい」
なんて考えている内に、どうやらレナさんは必要最低限の荷物だけを持って食事処へ行く準備を終えていた。
慌てて自分も食事処へ行く準備を終えると、部屋の戸締りをして一階にある食事処へと向かう。既に他の皆にもそこで夕食を食べる事は伝えてあるので問題ない。
食事処に到着すると、先に来ていたレオーネ達が手を振って自分達を呼び寄せる。
行商人や旅人、あるいは同業者と思しき人達で埋まる中、夕食を食べ始める。
「聞いたか、第十二階層で『はぐれ』が出たらしいぞ」
「うわまじ、それってちょーやばいじゃん」
人々の話しに何気なく耳を傾けつつも、料理を口へと運んでいく。
その後滞りなく夕食を終えると、それぞれ部屋へと戻っていく。
後はベッドで寝るだけなのだが、何だか今回も眠りが浅くなりそうだ。
翌朝、窓から朝日が差し込み始めた頃、自分は目を覚ました。
見慣れない天井、見慣れない部屋、見慣れない家具等。始めて来たのだから当然ながら見慣れないものだらけ。
そんな中で見慣れたものが視界に入る。安らかな寝顔、安らかな寝息、そして伝わる暖かさと柔らかさ。
天使、或いは女神が今まさに、自分と同じベッドで気持ち良さそうに眠っている。
そんな自分の天使ことレナさんを起こさないようにベッドから起き上がると、そっと抜け出し窓際に立つ。
伸びをして深い深呼吸を一つ。今日も天気は晴れの様で、清々しい。
と、まるで何事も無かったかの如く振る舞ってはいるが。断じて言おう、なんにもなかったと。
ひと肌が恋しくなったとレナさんが言ってきたので、当然断れるはずも無く受け入れて同じベッドで一夜を過ごしただけの事だ。そう、それだけだ。
最期までなんていってないぞ、いや、本心を言えばいきたかったけど。でもそこは、やっぱり手順と言うものをだな。
「おはようございます」
「ふぁい! お、おはよう」
なんて、誰に対してかも分からず勝手に脳内で弁解していると、レナさんが起きてきた。
その声に、何故か過剰に反応して声が上ずってしまい、朝一番から恥ずかしい思いをする事に。
さて、朝一番から色々とあったが、程なくして準備を終えると今日の仕事に備えて朝食を食べる事に。朝食も昨晩と同じ食事処だ。
レナさんと二人食事処へと赴くと、既にレオーネ達が先にいた。てっきり自分達よりも後で来るのかと思っていたので、少々驚いた。
「驚いたな、レオーネ達が先に来てるなんて」
椅子に座りながら、自分達よりも早く来ていた事について尋ねると、レオーネが何やら意味あり気な表情と共に答えを返してくる。
「いや~、昨晩はお楽しみのご様子でしたっすね」
刹那、椅子からずり落ちそうになる。お楽しみもなにも、何もなかったのだから慌てる事なんてないのに。
レオーネはその後、先ほどの冗談を謝り、早く来たのは偶々だと答えてくれた。
全く以て、今日は朝から忙しすぎるだろう、自分。




