迷宮の街
特別報酬として受け取った魚の干物を、仕事を頑張ったご褒美として食べるようになってから早いもので数日。
数に限りがあるのは分かってはいるがやはり食べたい誘惑には勝てず。気付けば、もう既に特別報酬として受け取った魚の干物は無くなってしまった。
とは言え、それで魚の干物に対する思いが消える訳でもなく。いや寧ろ、味を知ってしまったからこそやはりまた食べたいと言う気持ちは出てくるもの。
だが、そう都合よく魚の干物が報酬として出てくる筈も無く。そうなると、依頼をこなしてお金を稼ぎ商店で買うと言う以外方法はない。
と言う訳で、現在もお金を稼ぐべく依頼を受けてこなしている最中である。
「あ~、それはもっと奥に置いてくれ」
「ちょ、これ重すぎじゃないっすか」
「こら! 口動かす暇があるなら足動かせ! 足を!」
今回の依頼は、前回もご指名を受けたヘンラインさんの店の手伝い。即ち、ヘンライン鍛冶店の手伝いである。
と言っても、今回は前回の様に店の品出しや接客を手伝っている訳ではない。今回は、所謂出張営業を手伝う事になった。
現在は、店先で手配した荷馬車の荷台にヘンラインさん選りすぐりの商品が入った木箱を積み込む作業の真っ只中なのだが。もはや予想通りと言うかお約束と言うか、レオーネが弱音を吐いてヘンラインさんから喝が入る。
そんな光景を尻目に、自分はクルトさんの指示に従って手に持った木箱を荷台に置いていく。
「大体この木箱、どう見ても他のよりも大きいっすよ!」
「べらべら言わずにさっさと積み込まんか!」
もはや名物の様な二人の掛け合いを挟みつつ、積み込み作業は順調に進んでいく。
途中何度かレオーネの悲痛な声が鳴り響いたりもしたが、無事に積み込み作業を終えると、ヘンラインさんの見送られる声を背に自分達を乗せた荷馬車は出張営業の場所を目指し出発する。
目指す場所は王国南部に在るポトの街。王都から馬車で二日程度の距離に在る街だ。
事前の簡単な説明で、ポトの街という街がどの様な街かというものかは理解しているつもりだ。
そもそも、王国の南部には依然行った事のあるカユーイ遺跡も含め、比較的遺跡や迷宮の類が多く存在している。
そして、その内の一つであり現在王国内最大級とされている迷宮、『ポトの迷宮』と呼ばれる迷宮の近くに存在しているのがポトの街である。
その名からも分かる通り、ポトの街はポトの迷宮と共に繁栄していると言っても過言ではない。
迷宮と言われるものは古くからエルガルド各所においてその存在は確認されてはいる様だが、誰が何のために作ったのかなどいまだに多くの謎に満ち溢れている。
一説によれば、人間や亜人よりも遥かに優れた存在たるドラゴンが人間や亜人を試す為に作ったとか。知性ある害獣達が住処や要塞として作ったとか。様々な説があるようだが、結局どれも推測の域を出ていないらしい。
だが、そんな謎の多い迷宮であっても一つだけ分かっている事がある。それは、迷宮には所謂『お宝』がある事だ。
金塊や銀塊等、価値のある物が木箱に入って置かれていたりするらしい。ただ、一体何時誰がどの様に置いているのか、その点については結局謎なのだが。
それでも、そんなお宝を求めて国内外から様々な人間が迷宮へと足を踏み入れる。そしてそれは、ポトの迷宮とて例外ではない。
人が集まれば当然お金も物も集まる、お金や物が集まればそれを目当てにさらに人が集まる。こうしてポトの迷宮に訪れる人が増えていくにつれ、近くにコミュニティが形成され、今やポトの街として王国内でも有数の街として発展したのだ。
その為、ポトの街は別名『迷宮の街』と呼ばれている様だ。
「お、見えたぞ」
王都を出発してから早いもので二日、御者を務めるクルトさんの声に荷台から顔を覗かせるとそこには、太陽が真上にその姿を見せる地平線の先に王都にも負けず劣らずの城壁がその姿を現していた。
草原の中に姿を現した城壁、全体像は残念ながら見ることは出来ないが。城壁の長さから言っても、相当な規模の街に違いはなかった。
遠くに見えていた城壁に徐々に近づいていくにつれ、その城壁の高さを実感し始める。やはり繁栄している街だけあって、その街の安全に一役買っている城壁の高さはかなりのものだ。
街道を伝いポトの街の門へと到着すると、簡単な手続きを経てポトの街の門を潜る。城壁の向こう側は、王都にも負けず劣らずな光景が広がっていた。
大通り沿いには大小さまざまな商店等が軒を揃え、店主たちが行き交う人々の気を引こうと声を張っている。
しかし、活気に満ち溢れた商店や大通りを行き交う多数の人々ではあるが、王都とは少しばかり様子が異なっているように感じる。
と言うのも、商店の多くは道具屋や鍛冶店等が多く、宿屋や酒場等も王都よりも多く目につく。さらにすれ違う人々も、同業者と思しき者やトレジャーハンター、更には学者と思しき者まで見られ。
やはり迷宮の街と呼ばれるだけあって、街には迷宮に関わる人や物が多いのだろう。
「クルトさん、出店させてくれるって言う知り合いの店にはまだ着かないんっすか?」
「慌てるな、もう少しだ」
大通りを進み続けること幾分か、自分達を乗せた荷馬車はとある建物の前でその歩みを止めた。
石造りのその建物には木製の看板が掲げられており、そこには『ヨアキムの店』の文字が刻み込まれている。
「お~い、俺だ。ヨアキム、いないのか?」
日用品から武器に防具まで、特に絞る事のない品ぞろえが並ぶ店先からクルトさんが店の奥に向かって声を掛ける。しかし、特に返事は返ってこない。
クルトさんがもう一度声を掛けるも、またしても返事は無く。遂に様子を見に行こうとクルトさんが店の足を踏み入れた時であった、店の奥から何やら物音が聞こえてくる。
「おぉ~、すまんすまん。少し品物の整理をしててな」
軽く謝りながら店の奥からその姿を現したのは、衣服を着ていても分かる程の屈強な体つきに長い髭を蓄えた、クルトさんはもとよりレナさんよりも低い身長の男性。おそらくクルトさんが呼んでいたヨアキムさんだろう。
その姿から一瞬子供にも見えなくも無かったが、あの長い髭を見るに明らかに子供ではない。となると、ヨアキムさんは亜人なのだろうか。
「留守なのかと思ったぞ」
「すまんすまん。もう少し遅くに来るのかと思っていたんでな」
「まぁいい。……それじゃ、話しておいた通り店の一部を借りるぞ」
「あぁ、分かった」
ヨアキムさんとのやり取りを終えると、クルトさんは荷馬車から積んできた木箱を降ろすように指示を出す。
その指示に従う様に、自分達は荷馬車の荷台から木箱を降ろし始める。
「クルト、見ない顔だが、新しく雇った奴らか?」
「いや、知り合いに手伝ってもらってるんだ。……あ、後で紹介するわ」
積み下ろしの作業を進めている間、クルトさんはヨアキムさんと何やら親しげに会話を弾ませていた。
二人がどの様な関係かは分からないが、自分の店の一部を貸し出すほどだ、それ相応の仲である事は間違いないだろう。
やがて積み下ろしの作業が終わり、今度は木箱から商品を取り出し陳列の作業が始まる。クルトさんの指示のもと一つ一つ丁寧に指示された場所に商品を並べていく。
そして陳列の作業も終わり、空になった木箱を荷馬車に積むと、ようやく出張開店の準備は整った。
「よし、それじゃ全員着替えて、っとその前に。今回快く店の一部を貸し出してくれた心の広い俺の友人、ヨアキムだ。見ての通り背が低いが栄養が足りなかった訳じゃないぞ、こいつはドワーフの種族の血を引いてるんだ」
一言余計だとクルトさんに野次を飛ばすヨアキムさん。やはり亜人であった。
クルトさんと並ぶと親子のように見える身長差、前世ではドワーフは総じて背丈が低いとされていたが、こっちでもそれは変わらない様だ。




