魚・フィッシュ・ペーシェ その3
天高く太陽がその姿を見せる中、懐かしの森へと足を踏み入れた自分達は早速スライムの核の持ち主たるスライム種を探すべく行動を開始する。
「頼むぞ、カルル、フェル」
「ラジャー!」
「ウォ」
対象となるスライム種を効率よく見つけるべく、カルルと本来の姿に戻ったフェルにスライム種の臭いを感じてもらう。
程なくして数匹の下級スライム種を発見し難なく狩り終えると、幸先良く数個のスライムの核を回収する。回収し終えると、更に集めるべく森の中を歩く。
その後も順調に下級スライム種を見つけては狩り、スライムの核を回収していく。
「ショウイチ、何かいる」
「え、スライム種か?」
「ん~、よく分からないけどスライム種の臭いもする」
そんな最中、カルルが突然何かを感じ取ったようで報告してくる。が、どうやら詳細は不明らしい。
フェルも同じく何かを感じ取ったようで、何か気を付けろと言わんばかりに目で訴え掛けている。
一体何があるのか、とりあえず慎重に進みながらカルルとフェルが感じ取った何かの方へと足を進める。茂みをかき分けやって来たその場所には、木々に囲まれるようにして一つのくぼみが在った。
一見するとくぼみに雨等で水が溜まっている様にも見えるが、その水は粘着性を含んでいるのか妙にどろっとしている。
一体あれは何だろうと暫く観察を続けていると、刹那。まるで重力に逆らうかのように、或いは水が自ら意思を持ったかのように、くぼみから這い出ていく。
這い出たその水の姿は、先ほどまで自分達が目にしていた、と言うよりも今回の依頼の目的を達成するに必要不可欠な存在。即ちスライム種であった。
「あれは、『泉』ですかね」
「レナさん、知ってるの?」
「えぇ、と言っても本等を読んで知っている程度で。私も実物は初めて見ました」
どうらレナさんはあのくぼみの正体を知っている様だ。
レナさんの話によればあれは通称『泉』と呼ばれる、所謂スライム種の巣のようなものなのだとか。
ただ、スライム種はエルガルドにおいてもっとも数が多いと言われている害獣であるとされるが、その生体等に関しては同時に謎の多い害獣でもあると言う。
そして泉と呼ばれる巣のようなものについても、どの様な条件で出来上がるのか等詳細は不明な点が多い。しかしそんな中で分かっている事もある、スライム種が湧水の如く湧き出る事とそれを目当てに他の種の害獣が寄ってくる事だ。
なので、腕に覚えのある者などは泉を見つけた場合数日間は近くで泊まり込んで狩りを行う事もあるのだとか。
「……カルル、フェル。近くに自分達以外の人の臭いは感じるか?」
「いや、感じないぞ」
いつの間にこんなものが出来たのかは分からないが、今の自分達にとってはまさに金脈。他の同業者達などに邪魔をされてはたまったものではない。
だがどうやら、幸いな事に近くに自分達以外の同業者などの影は無いようだ。
であれば、早速この泉を有効に活用させて頂こう。
「ふふ、ふふふふ……」
「ショウイチが壊れた」
「ショウイチ、ちょっと怖いっす」
思わぬ金脈の発見に不敵な笑みが零れてしまったが、気を引き締め表情を元に戻すと、大剣を手に狩りを開始する。
一匹、一匹、また一匹。泉から止まる事無く湧き出てくるスライム種を大剣の錆にしていく。なお、自分以外の皆は周辺警戒と言う事で自分の活躍を見守ってもらっている。
それからどれ位狩り続けたのだろうか、泉の周囲には両手では数え切れないほどの数のスライムの核が、その持ち主であったものと共に転がっている。
既に必要な数は集め終わっている筈なので、更にこれだけの数を足せばもう十分だろう。
「よし、終了」
大剣を鞘に納めると転がっていたスライムの核を回収し、皆に一声かけて泉を後にする。
その後無事に森を抜けると、既に地平線一面暁に染まりつつあった。今回大活躍のカルルと省エネモードになったフェルに感謝を述べて頭を撫で、王都への帰路につく。
王都へと帰ってくると、一目散に依頼主に会いに依頼主のいる商店へと向かう。一刻も早く魚の干物、じゃなかった。証明書を貰わなければ。
街路灯の優しい灯りが王都を照らし始める中、閉店の準備に追われている依頼主のもとへと足を運ぶ。
と、早速自分達の姿を見つけた依頼主が興奮を抑えきれないのか小走りに駆けよってくる。
「お、おぉ。ど、どうでした?」
「はい、この通り」
早く成果を見せてくれと言わんばかりの依頼主に、冒険者鞄から今回集めてきたスライムの核を入れてある巾着袋を手渡す。
巾着袋を受け取った依頼主は、まるで子供がプレゼントの包み紙を開けるかのごとく面持ちで巾着袋を開けると中を覗き込む。そして、中身を確認し終え再び上げたその表情は、今にも泣きだしてしまいそうなほどであった。
「あ、ありがとう! ありがとう」
自分の手を取ると感謝の言葉を述べる依頼主。やがてひとしきり感謝の言葉を述べ終えると、証明書を取りに店の奥へと姿を消す。
再び依頼主がその姿を現すまでの間待つ事になったのだが、その間。自分の頭の中では依頼主が沢山の魚の干物を一緒に手に持って現れるその姿を想像し、再び不敵な笑みが零れていた。
「ちょっとあんた! 何よこれ! またそんなガラクタ集めて」
「が、ガラクタじゃない。これは大事な……」
「そんなガラクタ集めてる暇とお金があるなら、もっと商売繁盛する方法考えて実践しなってこの間言ったばかりだろう!」
なのだが、どうにも店の奥からそんな自分の想像する明るい未来に水を差すと言うか、暗雲が立ち込めるような会話が漏れ聞こえてくる。
一方は依頼主で、おそらくもう一方は依頼主の口ぶりからして依頼主の奥様であろう。奥様はその口ぶりからして、気の強そうな印象を受ける。
「ん、ちょっとあんた、何これ! それあんた、まさかギルドに頼んだの!」
「いや、それは……」
「あんたそんなお金何処から出すって言うのよ! 只でさえうちは火の車だって言うのに!」
まさか、正規の報酬まで減らされるなんて事はないよな。漏れ聞こえてくる会話の内容を聞いていると、そんな不安さえも頭の中を過ってしまう。
それから暫くの間店の奥から依頼主夫婦の会話が漏れ聞こえていたが、はたりとそれが漏れ聞こえなくなったかと思うと、店の奥から誰かが出てきた。
出てきたのは痩せ型の依頼主とは異なる人物、恰幅の良い女性であった。おそらく、依頼主の奥様であろう。見た感じだけの印象なら、何処か優しそうな印象すらも受けるが、多分先ほどの会話から察するに色々と顔を使い分けているのだろうな。
「本当に有難うございます。この度はうちの主人の依頼を受けてくれたそうで」
「あ、いえ」
「これ、証明書です」
依頼主の奥様から証明書を受け取ると、気になっていた報酬の件について尋ねる。
流石に正規の報酬までは減らされる事はなかったが、特別報酬に関してはまさかの一言が依頼主の奥様の口から漏れた。
「うちは見ての通り小さい商店を細々と経営していまして、主人がどう言ったかは存じ上げませんが、どうかこれだけで許してはもらえませんか」
そう言って依頼主の奥様が差し出したのは、上乗せ分の無い数枚の魚の干物であった。
「お願いします」
上乗せ分に関しては正式に書面で上乗せに関する取り決めを決めた訳ではない、なので上乗せ分を必ず報酬として出さなければならない訳でもない。
が、やはりそこは暗黙のルールと言うか、相応の対価を出すのが当然の流れと言うか。
しかしここで上乗せ分も出せと迫ってトラブルを起こしても、それはそれでまた面倒な事になる訳で。
結局あれこれ考えた結果、上乗せ分の無いこの数で手を引く事となった。
納得、した訳ではないが。この問題をこれ以上大きくして後々後を引くよりは、ここで手を引いていた方が影響が出ないとの判断を優先させた結果だ。
もっとも、全体として影響は出ずとも、自分の思い描いていた未来には大いに影響を及ぼした訳で。ギルドへと向かう道中、ずっと溜息がもれていた。
また自分の様子は傍から見れば、依頼を無事に終えたのに失敗したかの如く落ち込んでると表現されるほどであった。
ギルドへと到着し、無事に手続きを済ませると受け取った報酬を分配する。
こうして本日の仕事も無事に終わった訳だが、自分の気分は晴れる事無く曇ったままだ。
そんな気分のままボルスの酒場へと帰って来た訳だが、カウンター席に腰掛けても湧いてくるのは食欲よりも溜息の方が多い。
「ショウイチさん、もう過ぎてしまった事ですし、何時までも引きずっていないで美味しい魚の干物を食べて忘れましょう」
「そうだよショウイチ、嫌な事なんて食べて忘れよう!」
そんな自分を励ますかのように、レナさんとカルルが声を掛けてくる。二人の優しさに曇っていた気持ちに僅かながら切れ間が出てき始め。
そこに追い打ちをかけるかのごとく調理された魚の干物が出される。漂ってくる香ばしい匂いが、心にかかっていた雲を完全に払いのけた。
「そうだよな、何時までも引きずっててもいい事ないよな。よし、食べて忘れるぞ!」
口へと運び広がったその味は、まさに格別。嫌な事を忘れさせてくれるのには効果抜群であった。
米と魚の干物、もうこれだけで心の中が幸せに包まれる。
気付けば、先ほどまでの肩を落として落ち込んでいた自分の姿は何処にもなかった。そこには、皆と楽しく食事をする楽しげな自分がいた。
読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ、ご意見やご感想等お待ちいたしております。




