魚・フィッシュ・ペーシェ
ポルトの街での一件は、予想通りと言うべきか、王国軍の到着を以て終了となった。
街の中に未だに残っていた害獣達は王国軍の活躍により全滅させられ、自分達を含めたギルド側の面々は王国軍に引き継ぎを終えた時点で撤収する運びとなった。
行きと異なり負傷者で埋まった馬車を護衛しながら王都への帰路についた自分達。
暁に染まる王都へと帰ってきたのも束の間、今度は手続きの為の列に並ぶ。
そして全てが終わりを告げた頃には、王都はすっかり夜の闇に包まれていた。
その日の夜は、もはや疲れからかあまり食事もとらずに久しぶりとなるベッドに急行したのは、今となってはいい思い出だ。
さて、そんな訳で早いものでそれから一週間近くが経過している。
一報が届いた直後はギルドのみならず王都の人々の間でも主な話題として取り上げられていたが、今となってはそれもあまり聞かれなくなった。
とは言え、ポルトの街の復興に関する情報などは王都にも伝わってきているので、完全に興味が無くなった訳ではない。
ただ、ギルドのメンバー達にとってはポルトの街復興の話題はあまり興味が無いらしく。同業者達がその手の話題で盛り上がっているのは見た事が無い。と、かく言う自分もその一人なのだが。
「んん~」
そんな自分が今現在何をしているのかと言えば、とある大通りに在る商店の店先で先ほどからある商品をじっと眺めそして買うか否かを悩んでいた。
腕を組み値段を頭の中に思い浮かべて本当に買う価値があるかどうかを熟考する。
さて、自分が一体何を見てここまで考え悩んでいるかと言えば、その商品とは魚の干物だ。
何故魚の干物程度でそこまで悩むかと思う者もいるかも知れないが、実はこれ、その値段たるや前世では考えられない程高いのだ。
使用している魚が高級なものだからとか製法に手間がかかっているという訳でもなく、魚は全体として値段が高い。前世では考えられないが値段設定は肉よりも高いのだ。
理由としては、肉よりも運送コスト等の手間がかかる為であろうが。干物だろうと手軽に買えるものではないのは、少し複雑と言うか前世が恋しく思える部分だ。
なお、なぜ魚の干物を買おうかどうかを悩み始めたのかと言えば。それは、米と共に食べたくなったからに他ならない。
肉や野菜と共に米を食べるのもいいが、やはり魚と一緒に食べたいと自分の中の奥底の何かが訴え掛けてきたのだ。そうして王都内を探し見つけ出した商店でその値段を見て今現在に至る。
因みに、海水魚のみならず淡水魚も店は取り扱ってはいるが、やはり米と共に食べるなら海水魚の方が良いと海水魚の干物に目を付けている。
「お客さん、買うの? 買わないの? 早く決めてよ。あんまり店の前で考えられてると他のお客さんが寄り付きにくいからさ……」
店の店主の催促の言葉に、いよいよ決断の時が迫っているのを感じる。今一度値段を確かめ、再度頭の中で考えを巡らせる。
程なくして、遂に決断の時は訪れる。
「毎度どうも」
店主のにこやかな笑顔に見送られ店を後にする、その手には、包装された魚の干物を大切に抱えている。
買ってしまった、しかし、後悔はしていない。否、後悔などするものか、これからこの魚の干物を加えた楽しい食事の時間が訪れると言うのに後悔などしていられるか。
若干焦る気持ちを抑えながら、その足で一目散に向かったのはボルスの酒場だ。店内に足を踏み入れるや否や、マスターのもとへと一直線に近寄る。
「マスター、調理、お願いします」
「はい、分かりました」
そしてマスターに先ほど購入した魚の干物を手渡すと、後は定位置となったカウンター席に腰を下ろし出来上がるのを待つ。なお、昨晩マスターとの会話の中でマスターが魚の干物の調理を出来る事は知っている為不安はない。
とそこに、仕事着を着込んだレナさんとカルル達が降りてくる。因みに、本日は朝から自分が魚を探す予定である事は伝えていた為、午前中は自由行動で本日の仕事開始は午後からとなっている。
「ショウイチ、探してたやつは見つかったのか?」
「あぁ、バッチリ」
各々定位置となったカウンター席に腰掛け話が盛り上がっていると、遂に待ちに待った料理が目の前に置かれる。
白い米が盛られた容器の隣には、美味そうな焦げ目がついた魚の干物が載せられた容器がその姿を見せている。
魚の干物が載った容器を手に取ると、徐に鼻の近くにまで持ってきてその香ばしい匂い確かめる。
懐かしい、こっち(エルガルド)に来てからというもの御無沙汰だった懐かしい匂い。その懐かしさたるや、今にも涙が零れそうなほどだ。
「ショウイチ、それってそんなにいい匂いなのか?」
自分のその感動ぶりに、横で見ていたカルルが気になったようで匂いを嗅いでみたいと言ってきた。
なので、カルルの方に魚の干物が載った容器を近づけ臭いを嗅がせてみる。
「ん~。何だがあんまり美味しそうじゃないな」
が、どうやらカルルにはこの匂いの良さが分からないようで。拒絶するとはいかないまでも、あまりいい顔はしていない。
「カルルも大人になれば、良さが分かってくるさ」
しかし無理に押し付けるつもりもないので、何時かその良さが分かる日が来るとやんわりと答えると、待ちに待ったその味を堪能するべく食べ始める。
「……っ、ん」
口へと運び舌で感じたその味は、まさに懐かしの味。生とは異なる、余計な水分が抜け旨味が凝縮した事により生じる深みのある味わい。この味、まさに五臓六腑に沁みわたる。
と久しぶりの味に舌鼓していると、出かけていたのであろうレオーネが店の出入り口から入ってくる。そして、自分達の姿を見つけるや否や、何を食べているのか興味あり気な様子で近づいてくる。
「皆もう昼食食べてるんっすか……、って。ショウイチ、それ、魚っすか?」
自分と同じく食事を頼み楽しんでいる面々の頼んだ料理を一通り見た後、レオーネは自分の食べている魚の干物に照準を合わせた。
「ん、少し食べてみるか?」
気になる様子で覗き込むレオーネに、食べかけの魚の干物が載った容器を少し持ち上げて、少しお裾分けして食べるかどうかを尋ねる。が、レオーネは首を横に振った。
「いや、気持ちはありがたいんっすけど。俺、魚は苦手で……」
どうやら気にはなっていたが、それが食べたいに結びつく事はなかったようだ。少し持ち上げた容器を元の位置に戻すと、再び魚の干物を食べ始める。
なお、自分とレオーネのやり取りを聞いていたカルルがレオーネに「レオーネもまだまだ子供だね」、と言っていた事には少し笑みが零れた。
「にしても、前から思ってたんっすけど。ショウイチって、結構変わったものを食べるっすよね」
「ん? そうか」
不意にレオーネから自分の食事が変わっていると言われ、改めてそんなに変わっているものかどうかを考える。
魚は現にこうして流通している訳だし食べている人がいない訳ではない。米だってそうだ、需要があるから流通している訳で誰も食べない訳ではない。
が、王国の民が全員、或いは王都の住民全員が魚や米を食べている訳ではないのもまた事実。と言うより、確かに王都内などであまり米や魚を食べている人を見た事が無い。もっとも、メニューに載っていないだけというのもあるが。
それにメニューに米が載っているボルスの酒場の客達も、比較的米を食べているのは少数派で。大多数はパンやパスタ、それに肉や野菜を食べている。
それらを考慮し考えると、やはり少数派である部類に入る自分の食事は変わり種と言われて仕方がないか。
とは言え、今後は食べるのを止めるなんて事はない。自分の食べたい物を食べる、良いじゃないかそれで、他人の目など関係ない。それに、米や魚ばかり食べてパンや肉などを食べていない訳でもないので、気にしなくても問題ない。
「ま、一人くらいそんな奴がいてもいいだろう」
そう言ってこの話題を締めくくると、再び止まっていた食事の手を動かし始める。




