救援 その3
ポルトの街へと向かう最後の丘を越えれば、そこから遥か前方に城塞都市とも呼べる、王都の城壁にも負けず劣らずな二重の城壁に囲まれたポルトの街が見える。
一見すると特に変化は見られないが、やはり距離がある為か、もう少し近づいて見て見れば変化にも気が付けるだろうか。
既に大地は暁に染まっているのだが、ポルトの街の上空には分厚い雲が張り出している為か、すっかり暗くなっている。
こうして目に見える範囲までやって来た訳だが、今晩はこの丘の上で最後の休憩を取り、明日の早朝から本格的な行動を開始するとの事。
まず手始めに、基点となる陣をポルトの街の近くに張る予定だとか。
そしてその後は、陣を基点に街中に侵入したとされる害獣達を討伐しながら、可能なら守備隊等と協力し街の安全を確保していくのだとか。
ただ、航空写真なんてものは当然ないので、街からの生還者による詳細な情報がない中では、街の中の詳細な状況など分かるはずもなく。救援隊の中に不安な空気が漂わずにはいられない模様だ。
翌朝、地平線の彼方から太陽がその姿を現したと同時に、いよいよ本格的な行動を開始する運びとなった。
偵察と陣を張る地点の安全確保も兼ねて、お抱えのパーティーの一部が本隊に先立ち丘を下っていく。遅れて、本隊である自分達も行動を開始する。
丘からその姿が見えると言っても、一直線に行ける訳ではない。街道を従いながら、大きく緩やかな蛇行する街道を進み丘を下る。人だけなら一直線に下れなくもないだろうが、荷を積んだ馬車があってはそれも出来ない。
ただ、見える距離にあるのに急げないそのもどかしさは、独り言となって漏れ聞こえてくる。
「くそ、こんなペースで大丈夫なのかよ」
「あいつ等無事かな、いや、無事だよな……」
「大丈夫。やれる、大丈夫」
囁く様に聞こえてくる同業者達の声、中にはポルトの街に知り合いでもいるのだろうか安否を気に掛ける者もいる。また、新米は刻一刻と迫るその時を前に自身の緊張を緩和させようと自分自身に言い聞かせるような言葉を零している。
とは言え、緊張していないかと言われればそうではない。目には見えなくても、皆緊張からか神経を研ぎ澄ましているのを感じる。無論、自分もその一人ではあるが。
と周囲の声に耳を傾けるのもこの辺りまでにしておこう。ここからは、放棄する事も視野に入れてある程度の対応を考え纏めていく。
そんな考えを頭の中に巡らせている内に、遂に先遣隊が確保した陣を張る場所へと到着する。そこは、ポルトの街にほど近い平野であった。
まず始めに、それぞれ準備と偵察、周辺警戒を担当する三つのグループに分けられる。グループ分けが終わると馬車から荷を下ろされ、野営に必要なテント等が張られていく。その間にも、偵察を任されたグループはポルトの街の偵察や周辺に街から逃れた人がいないかの捜索を開始した。
そして自分達を含めた周辺警戒を担当するグループは、周囲に鋭い視線を飛ばしながら警戒に勤しむ。
そう言えば、今日もポルトの街には分厚い雲が張り出している。しかし幸い雨が降っている訳ではないので、地面がぬかるむ等の問題は生じていない。
と一瞬空を見上げた後、再び視線を害獣が潜んでいそうな場所に移す。今のところ、害獣が襲ってくる気配はない。
それからどれ位の時間が経過しただろうか、簡易的な陣が張り終わり、一息ついた頃だ。偵察に出ていたグループが戻ってきて、ポルトの街を北へ行った所に避難キャンプが出来ている事が報告される。
治安が心配されたが、どうやらポルトの街の守備隊の一部もいるとの事で、今のところ表立って混乱は起きていないのだとか。
それから間もなくの事、不意にポルトの街の方から何かが飛来してきた。
徐々にその姿を鮮明にしたのは、羽音を響かせながらやって来た十匹程度の、まるで巨大なトンボの様な蟲系の害獣。ドラゴンフライの名が付けられた、飛行能力を有する蟲系の害獣であった。
いよいよ害獣側も自分達救援組に対して行動を開始したのか、おそらくこのドラゴンフライは害獣側では偵察を相当していうのだろう。
複数の種による大規模行動にドラゴンフライの偵察行動等。これはブレインコーディネーターがいる可能性が濃厚だな。
もっとも、そんな詮索よりも今は目の前に現れた害獣への対処だ。
暁に染まりつつある大地にその影を落とすドラゴンフライ達は、不規則な行動を取りつつその大きな目でまるで情報を集めるかのように自分達を見つめている。
しかし自分達だってみすみすそれを見逃す事などできない。複合弓やクロスボウを手にした同業者達がドラゴンフライ達目掛けて矢を放っていく。無論、レオーネもその一員として矢を放っている。
なお、自分達は突撃してきた場合に備えて各々武器を構えて状況を見守る。
飛来する矢を不規則な動きと上下運動を駆使して回避するドラゴンフライ達だが、やはり多勢に無勢と言った所か。時間が経つにつれ羽を射抜かれ地に落ちる個体や頭部に直撃し絶命しながら地に落ちる個体も現れ始める。
状況の打開を期待してか、それとも破れかぶれか。残ったドラゴンフライ達が矢の雨をものともせずに突っ込んできた。内一体が、自分目掛けて突っ込んでくる。
大剣を握る手に力を入れ、その一瞬を待つ。相対距離がもはや目と鼻の先になったその時、突っ込んでくるドラゴンフライ目掛けて大剣が一閃する。刹那、ドラゴンフライが横をかすめる感覚と共に、飛行機の胴体着陸よろしくドラゴンフライが地面に滑り込みながら倒れ込む。
無論、それが再び動き出す事はない。
それから程なくして、飛来したドラゴンフライ達の討伐は完了した。
幸い、目立った被害らしいものはなく、新米の一人が止めを刺そうと羽を射られて動けないドラゴンフライの最後の抵抗に驚いて尻餅をついた位だ。
流石にお抱えや経験豊富な方々相手では、あの程度屁でもないようだ。
それから時は過ぎ、松明などに明かりが灯され陣を張ってからの最初の夜を迎えた。
被害らしい被害が無かったとは言え、やはり体力的にも精神的にも疲労は溜まるもので。交代で見張りをしながら休憩を取る事になった。
まだまだ始まったばかりだ、適度な休憩は必要だろう。




