日常 その2
午後になっても相変わらずレオーネの悲鳴が聞こえなくなる事はなく、煙突から立ち上る黒煙がその姿を夜の闇と同化させた頃。今回の依頼が終わりを告げた。
クルトさんが店先に営業終了の看板を置いて、ヘンライン鍛冶店の本日の営業が終わりを告げる。
「皆さん、ご苦労様でした」
ヘンラインさんが感謝の言葉を述べると、レオーネが少し調子に乗り。そして案の定、ヘンラインさんの喝が飛ぶ。
その後、普段の仕事着へと全員着替えを終えるとヘンラインさんから証明書を受け取り、店を後にしようとする。
とその時、不意にクルトさんから声を掛けられた。
「レオーネ、ほらこれ、おやっさんからの特別報酬だ」
そう言ってクルトさんからレオーネに手渡されたのは矢筒であった、矢筒からは大量の矢羽がその姿を現している。
「馬車馬のように働かされて特別報酬がこれっぽっちすか……」
「おいおい、おやっさんに聞こえたら今からでも代金を要求されるぞ」
クルトさんは苦笑いを浮かべながらも、夕食の準備の為に席を外しているヘンラインさんの心情を代弁する。
しかしレオーネは照れ隠しであんな言葉が漏れたのか、その表情には嬉しさが見え隠れしていた。
「そうだ、ショウイチさん達にもおやっさんから言葉を預かってる。『今後ともどうかよろしく』、だそうだ」
御贔屓にという意味なのか、それともレオーネを今後も頼むという意味なのか。或いは両方を含んでいるのか。
何れにせよ、これからもヘンラインさんとの繋がりを断つわけにはいかない事は確かだ。
その後、クルトさんに見送られながら自分達はヘンライン鍛冶店を後にした。
ヘンライン鍛冶店を後に一路ギルドへと足を運ぶと、今回の依頼の完了手続きを済ませ受け取った報酬を分配しそのまま飲食スペースへと向かう。
相変わらず同業者達の宴や反省会で賑わう中、適当なテーブルを見つけ腰を下ろすと、メニュー表の紙と睨めっこを始める。
程なくして全員が注文を決めると、スタッフを捕まえて注文すると運ばれてくるのを待つ事に。
「聞いたかおい、今シャウレー王国に行きゃぁ荒稼ぎ出来るって話だぜ」
「何だそりゃ?」
レナさん達と楽しく雑談でもしながら待つのもよかったのだが、少し気になる同業者達の会話が耳に入ったのでそちらの方へと耳を立てる事に。
「ヴォールリッヒ帝国のグライツ地方で本格的な内戦が始まった事で国境を接するシャウレー王国に避難民が押し寄せてるんだと」
「それと荒稼ぎと、どう関係してんだよ?」
「その避難民に紛れて賊共がシャウレー王国に流入して対応に困ってるんだ。そこで、俺達ギルドのメンバーの出番って訳よ」
シャウレー王国やヴォールリッヒ帝国等、最近よく聞く国名の登場に更に意識を集中させる。
以前聞いた話では発生間近ではと噂されていたが、何かしらの起爆剤となる事が起こったのか。どうやら、いつの間にかグライツ地方でも内戦が勃発した様だ。
その煽りを受けて、隣国であるシャウレー王国には別の問題が生じている。それが、国内の治安悪化だ。
避難民の流入に紛れ賊共が入ってきた他、元から国内にいた賊共もこの混乱に乗じて各地で行動を起こしているのだとか。当然、治安を維持する為にシャウレー王国の軍は各地に派遣される。が、どうもその数は足りない様だ。
そこで軍に代わり治安維持に一役買うと期待されるのが、ギルドのメンバーだ。無論、ギルド以外にも傭兵などを雇い入れる選択もあるだろうが、必要な数を雇い入れその全てを支配下に置けるかどうかの面で不安が残らない訳ではない。
それにその実力も、おそらく傭兵の場合自己申告なので欲している程度に達しているかどうかも怪しさが残る。
対してギルドのメンバーなら、実力は客観的に証明されているし、既にギルドと言う支配下に置かれているのだから心配も少ないだろう。
おそらく主に護衛と言う仕事内容なら、適正者は数多いだろう。対峙する賊の質によって成否は変わるだろうが。
それに対峙するのは人だけとは限らないだろう、害獣に対する備えもしなければならず、それで言えばギルドのメンバーはまさに適材と言えるだろう。
「さん、ショウイチさん」
「え、はい?」
「料理、運ばれてきてますよ」
不意にレナさんに呼ばれ、同業者達の会話に向けていた意識を戻す。どうやら、集中し過ぎて注文した料理が運ばれてきた事に気が付かなかったようだ。
「考え事ですか?」
「え、うん。まぁ、そんな所かな」
適当に誤魔化してその場をしのぐと、別にやましい事はないのだが怪しまれない為にも料理に手を付け始める。
料理を口に運びながら、先ほどの同業者達の会話を思い返す。どの程度稼げるかは分からないが、ギルドのメンバーが引く手数多な状況なら行ってみる価値はあるかも知れない。
一瞬心が揺らいだが、今一度冷静になって考えてみた。確かに稼げるが場所も場所だし、情勢にしてもシャウレー王国が何時までも対岸の火事であると言う保証はない。
一人ならまだしも今はパーティーだ、軽はずみな行動は危険を招くだけ。ここは、心の隅に置いておこう。
「美味しかった~」
「カルル本当にリンゴ大好きっすね」
そうだ、別に無理をしなくても現状でも皆は満足している。焦らずにいこう。
決意を胸に秘め、食事が終わり。お会計を済ませると長居するでもなくギルドを後にボルスの酒場へと足を運ぶ。
部屋に戻り、就寝用の服装に着替えるとベッドへと寝転ぶ。
明日はどんな依頼を探そうか、そんな事を考えている内に眠気がやって来る。そして、抗う事無く意識を夢の世界へと解き放つ。




