日常
ヴォールリッヒ帝国のグライツ地方におけるドラゴン目撃情報から一ヶ月も経過すると、ギルドの中も王都内も、そして人々の会話の中にもドラゴンと言う単語は聞かれなくなっていた。
稀に、行商人が客寄せの為に本当かどうかも分からない、ただ単に出しただけで少し無理のある話の中で出てくる事はある。
しかし出てくるのはそれ位で、もはやいつもと変わらぬ平穏な空気が流れていた。
さて、そんな空気の中で自分達がどうしているのかと言えば。
相変わらずギルドで依頼を受けてそれをこなすという、変わらない生活を送っていた。
現在も、ギルドでとある依頼を受けてそれをこなしている最中である。
「あ~、暇っす。やる事ないっす。こんな事なら何処かで害獣を狩ってた方がよっぽ……ど!」
「べらべら口動かしている暇があるなら手を動かせ、手を!」
そしてその依頼と言うのが、ヘンライン鍛冶店の店の手伝いである。店主たるヘンラインさんのご指名を受けての事だった。
とは言え、どうやらレオーネは勝手知ったる店で今更手伝いもなにもとあまり手伝いに積極的とは言えず。その為、今もヘンラインさんから愛の拳骨を食らっていた。
「ま、また拳骨っすか! 親父にも一日二回以上食らった事ないっすよ!」
「おめぇは二回ぐらいで陥没するような軟な頭はしてねぇだろうが! それよりも、言い返す気力があるんならそれを仕事に使え、仕事に!」
「す、スパルタ過ぎっすよ!」
「べらべら言わずにさっさと動け!」
「ひぃぃぃっ!」
もっとも、ヘンラインさんも知り合って間もない自分達より古い付き合いのレオーネには特に厳しく指導しているので、必然的にレオーネの悲痛な声が多く響いている。
品物を置く位置が間違っているとか、盾を磨いた後のチェックでは磨き残しがあるだとか。愛がある故に事細かにヘンラインさんの厳しい声が飛ぶ。
「大体俺の本職は狩人っすよ、別に引退した訳でもないし。それに、商人でもないんっすからもう少し大目に見てくれても……」
「明日も五体満足でいられるかどうか分かんねぇんだからこそ、今の内から他の道でも通用できるような技能を身に付かせてやろうと思ってんだ! それを何だ、大目に見ろだと? そんなのはもっと出来るようになってから言えってんだ!!」
「ひぃぃぃっ! すいませんっす!」
ただ、ヘンラインさんの愛の教育は傍から見ていてもかなりのスパルタぶりで、少しばかり同情せずにはいられなかった。
こうしてレオーネの悲痛な声が途切れる事無く、気づけば、昼食の時間帯に差し掛かろうとしていた。
「それじゃ、昼食休憩とするか」
ヘンラインさんの声に、ようやく指導地獄から一時的に開放されると安心したのか、レオーネの表情が緩む。
そして、それを証明するかのように大きなため息が一つ零れだす。
が、もはやそんな事御見通しとばかりにヘンラインさんの鋭い視線が飛ぶと、レオーネはだらしなく曲がっていた背筋を伸ばし「英気を養って午後からも頑張りましょう」と声を張っていた。
「お疲れさま、ショウイチさん、レオーネ君」
「お疲れ!」
昼食を食べる為にやって来たのはヘンライン鍛冶店の少し手狭な休憩室。
そこには、一足先にやって来ていたレナさんとカルル、それにリッチ4世さんにフェル。そしてクルトさんの姿があった。
「はは、レオーネ。おやっさんにたっぷりしごかれてるみたいだな」
「うぅ。あれは鬼っすよ、教育の鬼っす」
それ程肉体は酷使していない筈だが精神的な疲労が表情や体にも表れているのか、まるで疲れた体を引きずるように椅子に腰を下ろすと、本人がいないのを良い事にレオーネは不満を零し始める。
「うぅ~。こんな事なら俺もレナさんやカルル達みたいに接客がよかったっす」
今回の手伝い、全員が同じような担当ではない。
自分とレオーネは所謂品出しや出来る範囲でのヘンラインさんの作業の手伝い等、裏方を担当している。
対して、レナさん達はクルトさんと共に店の接客を担当しており。どうやらレオーネは、大体察しはつくが、様々な理由から接客の担当になりたいようだ。
なお、今回の手伝いに際して自分達は普段の仕事着ではなく担当にあった衣服を身に纏っている。
自分とレオーネは裏方の為作業着にエプロンと言う、文字通り作業する為の身なりだ。
一方のレナさん達はと言えば、商人の如く飾り気のあまりない動きやすい服装を身に纏っている。
普段兜や鎧であまり目立たない女性としての特徴の数々が、今日は隠れる事無く見られる。それは嬉しい反面、そんなレナさんの姿が赤の他人に見られているかと思うと少し嫉妬心が生まれてしまう。
「レオーネ、お前が接客じゃ来るもんも来なくなっちまうよ」
「ちょ、酷いっす。クルトさんまでヘンラインさんみたいなこと言って!」
因みに、今回担当を決めたのは他でもない店主のヘンラインさんだ。
レナさんやカルルはこの店に潤いと癒しを与えるとして即決で接客担当が決まり、レオーネの担当に関してはどうやら既に決定事項だったようだ。
なお、自分は男性であるし力仕事も大丈夫だろうと裏方に抜擢されたのは分かるが、リッチ4世さんとフェルに関しては何故接客の担当になったのだろうか。
単に対外的にカルルの使い魔と言う位置づけだった為か、それとも、リッチ4世さんとフェルも潤いと癒しを与えると考えたからか。フェルは兎も角、リッチ4世さんは癒しなど与えるだろうか。いや、リッチ4世さんも『黙っていれば』癒し系と言えなくもないか。
因みに、特別に用意したのかリッチ4世さんは省エネモードのその身の丈に合った、ヘンライン鍛冶店の店名が刺繍されたエプロンを身に着けている。
「俺だって接客に関しちゃ上手くやれる自信があるっすよ。お客様との何気ない会話からし……」
「おめぇの場合は、その何気ない会話がべらべらと無駄話しになるから向いてねぇって言ったのを忘れたのか」
何時の間に休憩室にとレオーネが慌てて取り繕ってはいたが、その手に昼食である料理を持ってきたヘンラインさんはそんなレオーネを軽く受け流すと、持ってきた料理を並べ始める。
「口に合うかどうかは分からねぇが俺のお手製だ。さぁ、食べてくれ」
テーブルに並べられた料理の数々、やはり店で出される料理ではない為見た目は少し適当だったりと悪い部分もあるが、見た目が全てではない。重要なのはやはり味だ。
取り分けた料理を口へと運びその味を確かめる。格別美味しい、ではないが不味い訳でもない。
「相変わらず肉の焼き加減下手っすね。やっぱヘンラインさんは鍛冶の腕前は良くても料理の腕前はいまいちっすね」
見知った顔と言えど言える事と言えない事はある。
しかし、レオーネは付き合いが長い分その辺の微妙な所も突っ込んでいけるのだろう、料理を口にしながら平然とその感想を漏らす。
「ふん、言うならもっと仕事を頑張って高級な所で食事をしてから言うんだな。舌の肥えきってねぇおめぇに言われても、もっと料理の腕を上げようなんて気にはならねぇな」
そんな感想を聞きなれているからだろうか、ヘンラインさんは軽く受け流しながら食事を続ける。そんなヘンラインさんの反応に少し反論を返すも、レオーネはそれ以上その話題を蒸し返す事はなかった。
お互いに相手を深く知っているから出来るであろうやり取りに横目に、自分も食事を進めていく。
こうしてヘンラインさんお手製の昼食も滞りなく食べ終えると、少し休憩した後、午後からの仕事に取り掛かる事になる。




