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最初の第一歩 その4

 それは遡る事数時間前の事。


 初の依頼、初の害獣駆除という事もあって気合が入り、意気揚々と討伐地点である王都付近、厳密に言えば要塞都市とも呼べる城壁に囲まれた王都を出て歩く事数十分の地点。

 そこにある森こそが、自分のギルドのメンバーとしての初仕事の場所であった。

 一歩足を踏み入れると、そこは前世ではあまり触れ合う事が無かった森という場所。

 風に吹かれ美しい音色を奏でる木々、息を吸い込めば肺一杯に淀みのない新鮮で美味しいとさえ感じられる空気が満ちていく。


 五感の全てで感じられる原生林と言うべき自然溢れる場所は、まさに森林浴よろしく気持ちが安らぎそうになるが。

 自分はリラックスしに来たのではなく仕事をしに来たのだと頭を振るい気持ちを切り替えると、森の奥へと進む。


「っと!」


 しかし、前世においてコンクリートで出来たジャングルには慣れていても、本物の森林に慣れていないこの体にとっては、歩くだけでも一苦労。

 振り払っても振り払っても続く生い茂る草木は鬱陶しく。

 足元は平らどころかそこらじゅう凹凸だらけ、加えて、無秩序に根を張る木の根に足を引っ掛けこけそうになる。


 そんな苦労を買いながら森の奥へと歩き進む事数分、それは不意に現れた。


「お! 出たな!!」


 茂みから音と共に姿を現したのは、討伐対象となる下級スライム種だ。


 その容姿は前世のファンタジー系ゲーム等でよく見られるそれと殆ど違いは無かった。違いをしいて言えば、口が見当たらないことぐらいだ。

 などと些細な違いを分析している暇などない、下級スライム種はその粘着質な体をゆっくりと何処かへ向けて移動させている。

 見失う前に素早く剣の錆にしなければ。


「いくぞ……」


 腰に携えた鞘から剣を抜くと、構えた剣の切っ先を下級スライム種へと向ける。

 見た目通り鉄製であろう剣は、手にしたグリップからその重さがひしひしと伝わってくる。とは言え、持てない程の重さではない。


「たぁぁぁつ!」


 下級スライム種がエルガルドの生態系ピラミッドにおいて、どの程度の位置にあるのかは分からない。

 だが、前世では触れる事も叶わなかったその生物と対峙する。


 そんな状況に置かれた自分を鼓舞するかの如く、雄叫びをあげながら、自分は下級スライム種目掛けて駆け出し、そして手にした剣を振るった。


「あら?」


 一撃必殺。

 事前のイメージでは、かっこよく振るった剣が下級スライム種を叩き切り、剣の錆に変える。


 筈だったのだが。現実は何と非情なのだろう。

 振るった剣の切っ先は、下級スライム種を捉える事無く、その隣の地面を捉えてしまっていた。


「……」


 傍から見たら、この状況はさぞ滑稽だろう。

 あれ程の雄叫びをあげておいて攻撃を外すなんて。


 自分自身の行いながら、恥ずかしくて顔が真っ赤になっていくのが嫌でも分かる。


 だが、この恥ずかしい場面を第三者に見られる事はなかったのは幸いだ。

 と思っていたのだが、ある事に気がついた。


「っ! 笑うな!! このやろ!!」


 そう、盛大に攻撃を外された事で九死に一生を得た下級スライム種の事だ。

 彼か彼女かは分からないが、そいつは、その二つの目で自分の事を見つめていたのだが、口がない筈なのに何故か自分の失態をあざ笑っているかのように思えた。


 そのふてぶてしく思えた態度に、恥ずかしさも相まって、もはや怒りのボルテージは最高潮に達し。


 気づけば、慌てて逃げるそいつを目掛け、良く言えば自己流、悪く言えば我武者羅と言えるほどにでたらめに剣を振るって追い回していた。


「っ! わ!!」


 だが、追いまわす事に神経を集中させ過ぎ、ついつい足元への注意が疎かになっていた為。

 何かに足を引っ掛け、次の瞬間、盛大にこけてしまう。


「っイテテ……」


 こけた拍子に擦り剥いたであろう足元からの痛みに耐えながら起き上がると、ふと追いかけていた下級スライム種と目が合う。

 そいつは、逃げ切れる絶好のチャンスだというのに立ち止まって自分の事を見ていた。


 その表情が、変化がない筈なのに、何故か再び小馬鹿にしたような表情に変化しているように思えた。


「なろぉぉ!!」


 怒りを原動力に変え、こけた拍子に放り投げた剣を再び手に取ると、追いかけっこの第二ラウンドを開始する。




 それからどれ程時間が経過した事か。


「はぁ……、はぁ……」


 衣服の各所に傷や汚れを作り、足や腕は張りやしびれで限界寸前、そして肩で息をする自分の目の前には。

 先ほどまで自分と追いかけっこをしていた下級スライム種、『だった』ものが横たわっていた。


 そう、自分は、勝ったのだ。あの憎たらしい下級スライム種との生存競争に。


「疲れた……」


 とは言え、下級スライム種をたった一体倒すだけに満身創痍寸前。

 最低でも後残り二体は討伐しなければならないのに、このままの調子でいけば、二体を討伐する前に自分の方が疲れて倒れてしまう。


 おかしい、事前のイメージではもっとスマートに討伐する筈だったのだが。

 現実は、理想とは大分かけ離れた情けない戦い方となっていた。


「……ヒッ!」


 刹那、森の何処からともなく聞えてきた鳥の羽ばたく音に肩をビクつかせる。

 あぁ、こんな調子で、本当にこの先もエルガルドの住人として、ギルドのメンバーとしてやっていけるのだろうか。


 後悔と不安が募る。


「いや、……自分で選んだ道なんだ、途中で投げ出すものか!」


 だが、挫けそうな自分を奮い立たせると。

 討伐の証である物を回収し、新たな下級スライム種を見つけるべく、再び森の中を歩き始めた。



 その後、満身創痍寸前の体を引きずる様に森の中を探し回り、お目当ての下級スライム種を発見し見事に討伐。

 何とか最低討伐数を達成する事は出来た。


 が、その代償として、自分の体は文字通りの満身創痍となってしまった。

 おのれ大自然め、まさかこれ程の脅威だったとは。



 今回の依頼が平均してどれ程の時間で済むものかは分からない。勝手な予想では、小一時間程度ではないかと考えている。

 そんな依頼を、今回、自分は真に情けない事に数時間もの時間をかけて完了させる事となった。

 それも、最低限での達成条件で。


「はぁ……、はぁ……」


 森を抜けて王都への帰路につく頃には、既に地平線は夕焼けで真っ赤に染まっていた。

 そんな中を、自分は満身創痍の体を、まるで生ける死体の如く引きずる様に王都目指して歩んでいた。



 これが、自分のギルドのメンバーとしての初仕事の全貌である。

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