デート その2
素材屋を後にし、最初の用件が片付いた事に安堵していると、ふとある事に気がつく。
あれ、これってもしかして全然デートって雰囲気ではないのではないかと。
格好は仕方がないとは言え、これではレナさんと二人で出かけている意味合いがあまりないんじゃないか。
「あ……」
と言う訳で、さりげなく並んで歩いている所でレナさんの手を繋ぐ。嫌がる素振りは、全くない。
ふとレナさんの方に視線を向けると、頬が少し赤らんでいた。
多分、今この場にリッチ4世さんでもいれば『爆発』とか『死ね』とか、そんな過激な二文字を必ず含んだ恨み節を発していると思う、まず間違いなく。
右手から伝わるレナさんの温もりを感じながら大通りを歩き、一路メイン広場の方へと足を運ぶ。
メイン広場の方へと足を運ぶ目的、それはその周辺で荷車の新たな置き場を見つけたい為だ。出来れば、お値段据え置きの置き場が好ましい。
「ん? 何だろう」
と、ふと大通りの一角に人だかりが出来ているのを見つける。気にせず通り過ぎてもよかったのだが、少しばかり気になった。
「気になります?」
「うん」
「なら、見に行きましょう」
レナさんに手を引かれながら、人だかりの方へと近づいていく。人だかりは多種多様な種族から構成されてはいたが、恐らくその殆どは王都の住民だろう。何故なら、似た様な装いばかりだ。
ただ中には、同業者と思しき者や旅人や商人であろう者の姿も見られる。
そして、そんな人だかりを構成する者達の視線を一手に受けていたのは、一人の行商人だった。
「俺は北からやって来たが、北と言ってもどの地域からだと思う。……そう、あの『ヴォールリッヒ帝国』はグライツ地方からやって来た」
聞きなれない国名の登場に、知っていそうなレナさんに解決を求める。
どうやらイシュダン王国よりも北、ルザリア大陸北部に位置する国との事。ただ、レナさんも実際に行った事はなく、詳細は知らない様だ。
なお、おそらくこの男性行商人は客引きの意味合いも込めて話をしているのだろう。彼の後ろには、荷車の上に丁寧に並べられた商品の数々が見られる。
「皆さん知っての通り、今ヴォールリッヒ帝国のゼルプク地方じゃ内戦が発生し帝国中央は国内全土にそれが波及しないか戦々恐々としてる」
自分達のいる王都、或いはイシュダン王国国内においては内戦が発生したなんて話は聞かない。
それに、あれ(自称万能携帯端末)の機能の一つであるエルガルド大百科を使って以前に目を通したイシュダン王国に関する情報では、王国は害獣の脅威は別として確か比較的戦火等に脅かされる事なく発展してきたとの事が書かれていた気がする。
しかし、やはりこうして戦火におびえる事無く過ごしている国がある一方、常に戦火の陰に怯えている国があるのも事実の様だ。前世でもそうだったが、やはり世界は広い。
だが、見渡すのにも限度はある、エルガルドの全てを隅から隅まで知り尽くすなんて、多分人間の身では無理だろう。
だからこそ、周囲の人々は自身の知らない情報を持つ者の話に耳を傾け少しでも見渡せる範囲を広くしたいのだろう。自分も、今はそんな一人ではあるが。
「特に俺が滞在中に聞き及んだ話じゃ、グライツ地方を治める領主のゴットホルト様は中央以上に戦々恐々としているらしい。なんたって、グライツ地方は十年程前までは『グライツ王国』と呼ばれる小国だったからな」
そして、穏便に領土を拡大していった国もあれば、武力を背に領土を拡大していった国があるのもまた事実。どうやら、ヴォールリッヒ帝国と言う国は武力を背景にその領土を拡大させている様だ。
ただ、男性行商人の話を聞く限り、その強引なやり方が必ずしもヴォールリッヒ帝国に対して恩恵を与えているという訳ではない様だ。
それを裏付けるように、どうも国内は安定しているとは言い難く。現に、今現在もゼルプク地方と呼ばれる地域では内戦が発生している。
「……さて、もっと続きを話したい所だが、その前に。どうでしょう皆様方、選りすぐりの商品の数々を一度見ていってはくれませんか」
軽快な口ぶりで話を続けていた男性行商人だったが、長年の経験で培った感性が充分に人を集められたと踏んだのか。話を一旦区切ると、後ろに置かれた荷車の後ろに回り込む。
話の続きが聞きたければどうかお買い上げを、と言葉に出してはいないがそんな雰囲気が男性行商人から溢れ出ている。
「行こうか」
商品を手に取り品定めをし始める者や商品は手に取らず話が再開されるのを待つ者。人ぞれぞれ様々な反応を示す中、自分とレナさんは話を続きを気にするでもなくその場を後にする。
話の内容は少し気になる部分もあるが、それでもその内容を知る前に感じていた興味はさほど残ってはいない。
それに、聞いていてあまり気分が明るくなるような話題でもないので、本来の目的に戻るべく離れた。
再び歩きはじめメイン広場へと足を運ぶと、相変わらず人々の姿で賑わいを見せる中荷車を置いておける場所を探す。
それから程なくして、それらしい場所を発見する。少し広い敷地内には、石造りでのこぎり屋根が特徴的な建物が並んでいる。
「一台分の空き? あぁ、今丁度空いてるよ」
建物に近づき、管理者と思しき初老の男性に声を掛け確かめると、やはりここは荷車の置き場であった。
運よく空きもある為、最終的な判断材料たる使用料を尋ねる。すると、この立地からは想像できないが据え置きであった。
これは契約するしかない。すぐさま契約を交わし使用料を支払うと、荷車は後で持ってくると言い残しその場を後にする。
こうして荷車の置き場の問題も無事に解決し、後は存分にデート。レナさんと二人だけの時間を満喫する運びにしたい。
のだがその前に、丁度時間帯もいい頃合いで自分のお腹も主張を始めたので、昼食を食べる事に。と言っても、その場所は近く値段も手ごろで味もいいギルドの飲食スペースではあったが。
本当ならお洒落なレストランとかそんな場所での食事がいいのだろうが、残念ながらそうしたお店は上流階級御用達の為主に金銭面で足が進まず。序に言えばドレスコードも必須なので、なおの事足が進みずらい。
前世と異なり、ドレスコードも気にせず良い雰囲気の中お手頃なお値段で料理を提供してくれる店と言うのは、なかなかないものなのだ。
しかし、レナさん自身はどう思っているのかと少し気になり、昼食中に何気なくそんな事をレナさんに尋ねてみる。
「私は、ショウイチさんと一緒なら何処でもいいですよ」
と、まさに女神の如く答えが返ってきた。
が、その言葉を真に受けすぎては駄目だ。男ならばもっと頑張って何時かお洒落で高級な店でレナさんと二人だけの時間を過ごす、その為に頑張ろう。と密かに向上心を燃やし決意を新たにする。
それから程なくして昼食を終えギルドを後にすると、いよいよ本格的なデートが始まる。
その内容は、特に目的がある訳ではなく、王都内を歩きレナさんが気になった店を一緒に見て回る。所謂ウィンドウショッピングを楽しむ事に。
「この鏡、凄く綺麗……」
ガラスの工芸品を多く取り扱う店に立ち寄り、店内に並べられているガラスの工芸品に目を奪われる中。レナさんは一つの鏡に特に目を奪われていた。
ガラスとは思えぬ立体的に表現された、後に店員さんの説明により色ガラスを繊細に使われたと分かったそれは、まるで本物の小花のようで。銀製の台座と合わさって高級感と共に華やかさを演出している。
そんな見事な鏡のお値段も、これまた目を見張るお値段で。とてもではないが誰しもが気軽に手を出せる品物ではない事は確かだ。
その後も幾つかの品物のお値段を目の当たりにして、前世ではガラス製品なんて身近な存在ではあったが、少なくとも身近な存在ではないのだとしみじみ感じた。
店を出て、次の店に足を踏み入れる。そこは、銀食器を取り扱う店であった。
くすみのないスプーンやフォーク、ティーポット等の銀食器の数々が窓から差し込む日の光によって輝きを放っている。
綺麗な装飾が施されたものから、装飾のないシンプルなものまで、多種多様な銀食器の数々が目につく。
「これなんてリッチ4世ちゃんに似合いそう」
ふとレナさんが手に取ったのは装飾のないシンプルなティーポット。成程、確かにティータイムを楽しむリッチ4世さんには良いかも知れない。
その後も、カルルにはこれが似合いそうだとかレオーネにはこれがと楽しみながら、楽しい時間を過ごしていく。
楽しい時間とはあっという間に過ぎてしまう。それは前世でもエルガルドでも変わらない。
レナさんと二人、楽しく喋りながら店を回ったり小腹が空いたので商店で果物を買ったりと、楽しい時間を過ごしていると。気づけば、もう既に王都が暁に染まっていた。
充分にデートを堪能できたので、自分とレナさんの帰りを待っているであろう皆のもとに帰るべくボルスの酒場に足を向ける。
そして、店先にまで足を運んだ時、店先の隅に置いてある荷車が目に入る。
「レナさん、先に入ってて。ちょっとこれ(荷車)を置いてくる」
楽しい時間を過ごした事で記憶の隅に追いやられていたものが、一気にセンターに飛び出てくる。荷車に手をかけると、契約を交わした置き場へと向かう。
少し足早に置き場に着くと、管理者と思しき初老の男性に案内され指定の場所に自分達の荷車を置く。
こうして無事に荷車を置き終えると、今後ともよろしくと初老の男性と一言二言言葉を交わした後に、ボルスの酒場へ向けて行きと同様足早に足を進める。
先ほどと異なり店先の隅は綺麗に片付いている。しかし店の中へと足を踏み入れると、いつもの様に人々の談笑と酒の匂いが広がりを見せていた。
そんな店内で、定位置となったカウンター席には自分を除いたパーティー全員が腰を下ろしていた。
「お帰りっす、ショウイチ」
既に夕食を食べ始めてはいたが、まだ食べ始めて時間はさほど立っていないのか。各々の前に並んだ料理の減り具合はそれほどでもない。
「ショウイチ、今度はオイラも一緒に出掛けたい!」
席に着くと、一足先にレナさんから話を聞いたのかカルルからそんな言葉が漏れる。
「カルル、駄目っすよ。偶には二人だけの時間を作ってあげないと」
「気遣いありがとレオーネ。でもカルルの気持ちも分からなくはないし。そうだ、今度は皆で出かけるか」
「うん! 約束!」
レナさんも特に反論も無く理解を示してくれたので、今度休みを取った際に出かけるときはパーティー全員で出かけるという事となった。
その後、冗談交じりにリッチ4世さんがデートの感想を聞いて来たり、逆に自分達がいない間何をしていたのかと尋ねたり。夕食を堪能しながらも話が途切れる事は無かった。
こうして今夜もまた、ボルスの酒場の賑やかさは遅くまで続いていく。
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